第二話 筋トレ始めました


「オリバ! もう昼過ぎだよ!! いつまでもダラダラしてても何も変わらないよ!」


 かあさんの怒号が一階から聞こえてくる。


 冒険者の宣告を受けてから今日で二週間がたった。

 職業・ボディビルダー、スキル・無限プロテインはさすがにショックが大きかった。

 あれからずっと部屋に引きこもってる。


 なんで自分だけこんな目に合うんだ?

 今まで真面目に生きてきたぞ。


 もし職業が戦士だったら、今頃みんなに自慢してて、パーティーに入ってくれって誘われまくっていたんだろうな……。

 そんなことを無限ループで毎日グダグダと考えていた。


 でも、自分でもわかってる。

 同じことを無限ループで考えても状況は絶対によくならない。


 それに、かあさんはマジでキレる寸前だ。

 八年前にたくさんのちっさいスライムをトイレに詰まらせた事件以来、かあさんを本気でキレさせるのだけは避けるようにしている。


 しゃあない、やるか……。

 小さく呟いて俺は布団から体を起こした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 職業がボディビルダーだからとりあえず体を鍛えよう!


 そう思い、近所のジムに来た。

 子どもの頃から体が弱かったから筋トレなんてしたことない。

 近くに住んでるけど、ジムの中には初めて入る。


「フンッ! フンッ!」


「ハァ……ハァ……」


 マッチョな男たちが息を切らして鉄の棒を持ち上げてました。


 あっ……これはダメなやつだ。絶対に長続きしないやつだ。


 そう思って帰ろうとした瞬間――


 綺麗でスタイル抜群なお姉さんたちが視界に入る。

 彼女たちはカラフルな服を着て一心不乱に筋トレしている。

 その姿はまるで、筋肉と鉄塊で覆いつくされた荒野に咲く可憐な花のようだ。


 筋トレって素晴らしい。

 汗をかくって素晴らしい。


 毎日ジムに通えそうな気がしてきた。


「ようこそ、シルバージムへ! 見学かい? ゆっくり見てってよ」


 振り返ると凄いマッチョが立っている。

 彼はこのジムのオーナーでコールマンと名乗った。


 でかいなんてもんじゃない。

 身長は180センチくらいだが体の厚みが俺の三倍はある。

 人間はここまで大きくなれるんだと人体の神秘を感じる。

 なんでも王国一のボディビルダーらしい。


 俺はコールマンに今までの経緯を語った。

 子どもころから病弱だったからジムに来たのは初めてなことや、冒険者の職業がボディビルダーになってしまったことなどだ。


「それは残念だね。ボクも冒険者の職業がボディビルダーの人には会ったことがないな」


 俺の話を聞き終えたあと、コールマンはそう言った。


「でも、冒険者の職業とスキルはその人の能力を最大限引き出すものに必ずなるよ。きっとキミは筋肉の神様に祝福された人なのさ。だから……今すぐうちに入会しよう!!」


「いえ、でもまだ入会を決めたわけじゃ……」


「いいから、いいから。筋肉の神様も今が入会するときだって言っているよ。それにキミの上腕二頭筋が筋トレを欲してるよ」


 欲してねーよ!


「雨が降っても地震が起きてもキミの筋肉は逃げない。逃げているのはいつもキミのほうじゃないかい? あきらめたらそこで筋トレ終了ですよ……?」


 どこかで聞いたことあるセリフを言いだした。


「いや……でも……」


「はい! また逃げようとした。言いわけは筋トレのあとでって学校の先生に教わったよね?」


「それは絶対に教わってません!」


「そうだろう? 世の中には学校じゃ学べないこともたくさんあるんだ。だからこそ、実際に挑戦してみるしかないんだ」


 そんな話の流れになってねーよ!


「ちょっと意味がわかりません……」


「はぁ~……わかるとかわからないとか、そういう次元の話じゃないんだよ……」


「と言いますと……?」


「わかれ! いいからわかれ! わからなくてもわかれ!!」


 命令されたっ! しかももっと意味がわからない!!


 でも、体が弱いことを理由に筋トレしてこなかったのは事実だ。

 それに俺の職業はボディビルダーだ。


 もう一度、荒野に咲いた可憐な花たちに視線を移す。


 あぁ……筋トレって美しい!

 筋トレって素晴らしい!


 俺はジムに入会を決めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ジムに入会したあとにすべきことは、謎のスキル『無限プロテイン』の確認だ。


 俺は自宅に戻り、図書館から借りてきた冒険者の職業とスキル一覧を読み漁った。

 でも、どこにもこんな職業やスキルは記載されていなかった。


 いったいこのスキルはなんなんだ?

 発動条件や効果が全くわからない。

 とりあえずそれっぽく叫んでみる。


「無限プロテイン! 発動!」


 ……何も起こらない。


 発動条件に触媒が必要なのかもしれない。

 闇魔法だと触媒として生きものを生贄にすると聞いたことがある。


 キッチンから残りもののマッシュポテトを持ってくる。


「無限プロテイン! 発動!」


 マッシュポテトが光に包まれた。

 光はすぐに消え、そこにはマッシュポテトの代わりに白色の粉が現れた。


 やった! 発動できた!


 発動できたのは嬉しいけれど、冒険者のスキルとしては普通にカッコ悪い……。

 複雑な気分だけど、とにかくこの白い粉を調べてみよう。


 白い粉はサラサラしている。

 スキル名が『無限プロテイン』だから、これはプロテインに違いない。

 さすがに『ダメ、絶対』的な白い粉ではないハズだ。


 白い粉を指に乗っけて、ちょっと舐めてみる。

 なめらかな口溶けだ。

 味は昨日食べたマッシュポテトそのまんま。

 このスキルは食べものをプロテインの粉に変えるみたいだ。


 俺の部屋から食べかけのチョコレートを持ってきた。

 チョコレートをプロテインにしたら絶対美味しいハズだ。


「無限プロテイン! 発動!」


 チョコレートが光り、黒色の粉が現れた。


 ちょっと舐めてみる。


「うまい! もう一口!」


 思わず独り言を言ってしまった。


 軽やかな口溶けのチョコレートそのものだ。

 これでプロテインなんて信じられない。

 牛乳に混ぜて飲んでみる。


 うまい!


 もう完全にアイスココアだ。

 これなら毎日飲める。


 だんだん楽しくなってきた。

 キッチンにあった豚の干し肉、ホウレン草、バナナも試してみる。


 わかったことはこのスキルは食べ物をプロテインに変え、プロテインの味はもとの材料の味に似るってことだ。

 それなら、肉からプロテインを作るよりも、草から作ったほうがコスパよくないか?


 そうだ!

 キッチンにある食料じゃなくて、庭に生えている雑草でやってみよう。

 使い放題だし、庭が綺麗になってプロテインも手に入るなんて一石二鳥だ。


 庭に生えている雑草を抜いて、一か所に集めた。

 庭が綺麗になった。

 これでかあさんの機嫌は確実に良くなる。


「無限プロテイン! 発動!」


 今度は緑色の粉ができた。


 いざ、実食!


 ……なんていうか、ポジティブな言い方をすれば健康に良さそうな味がする。

 砂漠にひとり取り残されて、食料がこれしかなかったら『食べたい!』と思えるお味だ。


 ……ハッキリ言うと、いかにも『草!』って感じで苦い。

 食べれなくはない。材料代はタダだし。

 でもやっぱり草感が全面に押し出されている。

 この苦さはどうにかしたい……。


 そうだ!

 さっきのチョコレートプロテインと混ぜてみよう。

 苦さが少しはましになるかもしれない。


 俺はチョコレートプロテインと雑草プロテインをブレンドした。


 いざ、実食!


 ……悪くない。いや、むしろなかなか良いではないか!


 チョコレートの甘さに雑草の苦さがマッチし、ほろ苦いチョコミント味だ。

 これなら材料代も安くすむ。

 これをたくさん作って、筋トレのあとに飲むようにしよう。


 この日、俺はジムに入会し、チョコミントプロテインの製造に成功し、ボディビルダーとしての一歩を踏みだした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る