ミルクの結晶

enaga

ひらく

終わりの始まり

 むかしむかしの雪降る夕べ、ある小さな村の入り口に、ひとりの旅人が倒れていました。

 真っ白な雪の中、横たわる黒い枯れ木のように。


 見るからにボロボロ。汚れ破れたマントの下は、目を背けたくなるほど傷だらけ。雪は結晶もほどけぬまま、旅人に降り積もります。


 最初に旅人を見つけたのは、小屋から抜け出していた牛でした。

 その日たまたまひらいていた出入り口から出てきたその牛は、たまたま旅人を見つけて鼻を寄せました。

 雪降りしきる薄暮の宵です。その茶色い大きな躰を目印に村人が探しに来なければ、旅人は人知れず白く埋もれていたでしょう。


 瀕死の旅人が発見されて、小さな村は大騒ぎになりました。

 傷だらけの氷のような躰を村長むらおさの家に運び、暖炉の前に用意した寝床に横たえて、皆が交代で付き添いました。

 小さな貧しい村のこと。少し離れたシノワ町には医者がいますが、森奥の村まで、雪の中をわざわざ来てはくれません。

 それでも懸命な手当てに応え、どうにか命をとりとめた旅人の、震えるまぶたがひらかれますと。


 冬の青空を映した薄氷のようなその瞳の、なんと美しいことでしょう。

 生気を取り戻したその人は、すべてが目を瞠るほど端整でした。


 それからいくつかの夜を超えた、灰色の雲の午後。

 シノワの町長まちおさと数人の町人が、馬車で村に乗りつけてきて。

 集めた村人たちに「旅人の面倒をみているらしいな」と、開口一番言いました。


「その旅人は、『穢れし流れ者』だ。人の道を外れ、神が見放した者。そんな者を置いておけばきっと災いがある。早く追い出したほうがいい」


 しかし村人たちは、町の者の忠告よりも弱った旅人を守ることを選びました。

 それからまもなく、町の向こうの大きな街で、疫病が発生しました。

 その病は屍の山を築きながら、シノワ町へ、そして村へと迫ってきたのです。

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