第21話決戦は地下で その3
紅蓮が1人、駆ける通路は頼人たちと同様にいくつも道が分かれ、意味深な小部屋が随所に配置されていた。当然、その小部屋に潜んでいる可能性が多いにあるため、天井から隅まで見落とさないように見ていった。
音の元凶となるものは見当たらずにいたが、小部屋にはどうも不可解な点が共通して存在していた。それは天井に丸い穴があることだ。人が1人入れるくらいの大きさで、穴の先は暗く、何処に繋がっているのかは確かではなかった。通気口の類に見えないこともないが、その穴とは別に壁にファンが付いている。用途の分からないその穴が気になっていたが、調べることも出来なかった。ただ、その穴の存在を頭に入れておきながら、小部屋巡りをしていった。
何度も何度も小部屋に入り、人の気配に敏感になっていた紅蓮はとある小部屋の前で何かを感じた。鼓膜を鋭く突く異音に混じり、小部屋の中で物音がしていた。
扉を開く前に唾を飲み込むと、紅蓮は勢いよく扉を開けた。紅蓮の目に飛び込んできたのは、出会うことを覚悟していたあの女だった。
「ウィッチ……」
「やっば……って君かー。あれー?」
ウィッチは訝しげに紅蓮を見つめた。紅蓮も同じくウィッチの様子に疑問の眼差しを向けた。ウィッチは小部屋に置いてある金庫の前で小さいリュックに札束を放り込んでいた。しかし、それに気を引かれてしまう訳にはいかなかった。すぐに身構え、ウィッチの出方を伺った。一方でウィッチは難しい顔をしたまま、金庫から札束を取り出す作業を止めずに紅蓮を見ていた。
「んー、なんでだろ? まあ考えるだけ無駄か……あー、そんなに睨まないでよー。わたしに戦う意思はありませんよー」
「どういう意味だ?」
一向に敵意を向けてこないウィッチだったが、紅蓮は気を抜かずにいた。じりじりと距離を詰めて、隙を突く算段だった。
「どういうもこういうも、そのまんまだよ。もう君たちと戦う理由がないんだよねー。沈む船には乗ってられないし、金目の物だけ頂いておさらばしようとしてたところなんだー」
「信じられんな。そう簡単に仲間を見捨てるのか?」
「仲間だなんて冗談キツいなー。まあ1人くらいはそう呼べる人がいたかもね。もういないけど。だからあっさり未練なくとんずらかませるんだよ。ねえ、信じてよー」
猫撫で声で請うウィッチに、紅蓮は足を止めた。どうも裏がありそうな気もしたが、それがウィッチの発言に嘘が含まれているような類のものではないようだった。
「じゃあ、信じてもいい。だが、その金は盗んだものだろう? みすみすこそ泥を見逃すわけにはいかん」
「そりゃ、困るなー。でも、理を使えない君でわたしを止められるのかなー? ……なーんてね」
ウィッチは茶目っ気たっぷりに舌を出すと、札束を詰め終えて腰を上げた。
「無益なことはしたくないよね、お互い。だからさー、ちょっとした取引しようよ。君がわたしのことを見逃して、誰にもわたしのことを言わないでくれるなら、『ノイズ』のいる場所を教えてあげるよ」
「ノイズ……そいつがこの音を出しているのか?」
「そうそう。ノイズは普通に探しても見つからない場所にいるんだよねー。闇雲に探しまわっても絶対に見つけられないよー? どう? 知りたいでしょ?」
悪魔のような取引だった。それはウィッチの犯罪の片棒を担ぐようなものだ。しかし、一刻も早く音を止める必要があるのも事実であり、それなしでは状況を覆せず、最悪の結果が訪れることになる。紅蓮は苦悶した後、険しい顔つきのまま悔しそうに言った。
「分かった。お前のことは見なかったことにしてやる。だから、そのノイズとかいう奴の居場所を教えろ」
「んふふ、話が分かる子で良かったー。そんじゃ教えてあげる。ノイズはねー、この地下層にはいませーん」
「なんだと? だったらどこから音を出しているんだ」
「まあまあ、続きを聞いてって。ほら、天井見てみてよ。穴が空いてるでしょ?」
ウィッチは真上にある穴を指差した。
「あの穴は地上から真っ直ぐ繋がってるんだー。それで……今度はこっち見て」
小部屋の隅に移動すると、つま先で壁を突いた。
「ここにスイッチがあってね。ちょっと強く壁を押してあげると、こんな感じ」
コンクリートで出来ている壁の一部がウィッチのつま先に押されて、少し凹んだ。すると、穴から勢いよく梯子が降りてきた。
「とまあ、これで地上に出られるんだ。どの部屋にもこの仕掛はあって、地上の至る所にポッと参上できるってわけ。逆に誰かから逃げる時にも利用してるね。大体は使われてない廃屋とか、人目の付かない場所にこの穴はあって、ノイズもそこから音を送ってきてるんだよ」
「前からおかしいとは思っていたが、こんな蚊の鳴くよう音がどうして遠くにまで聞こえるんだ。ましてや地上からとなるとますます理解できない」
「理の力を舐めちゃいけないよー。特に音っていうのは『言』の属性の理だから、基本属性なんかより、ポテンシャルは高いからねー。それにドーピング的なこともしてるだろうし。まあそんなことより、肝心のノイズの居る場所に繋がってる部屋を教えてあげる。君が入ってきた扉を出て、突き当りまで直進した後、左に曲がって最初に出てくる分かれ道を右にいった所の部屋がノイズのとこに繋がる部屋だよ」
紅蓮は頭の中でそれを復唱した。複雑ではないので問題なく覚えることが出来た。
「ふむ、場所は覚えた。礼を言う」
「お礼なんていらないよー。これは取引なんだからさー。そうそう、ノイズって戦う力は全然ないから安心してね。適当に気絶でもさせておけば良いと思うよー」
「至れり尽くせりだな。取引として釣り合ってるのかは分からんが」
「わたしとしては、君たちがロックたちをブチのめしてくれる方が嬉しいからねー」
「そうか。恨み節も聞いてやりたいところだが、待たせてる奴がいるからな。先を急がせてもらおう。約束通り、お前のことは見なかったことにしてやる。だが、もしまた悪事を働くようならば容赦はせんぞ」
「はいはーい。頑張ってらっしゃーい」
紅蓮はウィッチに背を向けて、急ぎ足で小部屋から出て行った。その姿を見送るウィッチは降りてきた梯子に手を掛け、ぶつぶつと独り言を呟きながら昇り始めた。
「もっと早くに見切りをつけとけばなー。金を貪るゾンビたちとは一緒にいたくないっての。悪意ってのは飲まれるんじゃなくて、飲み込んでやらなきゃ。賢いウィッチちゃんは、もっと効率よくお金を手に入れちゃうよーっと」
こうしてウィッチはこの戦いから退いた。しかし、彼女に宿る悪意は消えてはいない。それがやがて頼人たちにどのような厄災として振りかかるのか、知る者はいないし、予想している者もいないだろう。
紅蓮の方はというと、ウィッチに教わった通りの道筋で通路を駆け抜けていき、ノイズのいる場所に繋がる小部屋に早々と辿り着いた。
部屋の中は今までの小部屋よりも生活感が増していて、ソファーにテレビ、オーディオ機器など、この場所で充分に暮らせることを示唆するものが置いてあった。
しかし、紅蓮はそんなものには目もくれず、第一に天井に目を向けた。そこにしっかりと穴が空いているのを確認すると、今度は部屋の隅に向かっていった。
運良く、最初に確認をした隅にスイッチはあった。蹴るように足先で壁を押すと、それに呼応して、穴から乱暴に梯子が降りてきた。いよいよ、この不快な音を出す元凶と相対することが出来る。不安や緊張はなかった。早く音を止めて、皆を助けなればならない。使命感に似た感情を抱き、梯子を昇っていった。
手足を機敏に動かし、ただ上だけを見て昇っていくと、降りてきた時よりも早く地上に戻れた。日の光と思しき明るさに周囲が馴染んでいき、穴の出口に辿り着いた。
紅蓮は素早く穴から脱すると、同時に背後から物音がした。すぐさま振り返って確認すると、やせ細った中年の男が口をすぼめて壁に張り付いて驚いた様子で此方を見ていた。
「お前がこの鬱陶しい音を出してるのか?」
紅蓮の問いかけに男は答えなかった。焦ったように目をぐるぐると動かし、口をすぼめたまま壁沿いに移動し、紅蓮から離れようとしていた。
挙動の不審さが音の元凶、ノイズであることを証明しているようなものだった。紅蓮はノイズに飛びかかり、あっさりと捕縛した。
「弱い者苛めは性に合わねえが、敵は敵だ。少し痛いが眠ってもらうぞ」
紅蓮はノイズの頭を片手で鷲掴みにし、壁に叩きつけた。鈍い音が鳴ると同時に今まで耳に纏わりついていた音が消えた。
ノイズから手を離し、投げ捨てるように床に放った。人形のように手足を投げ出して倒れるノイズの手から、黒いメダルが零れた。紅蓮は火の源石を手に取り、黒いメダルに向かって炎を射出した。炎は黒いメダルを溶かしていき、メダルと共に消えていった。
「問題なく使えるようになったか」
そう呟いて、紅蓮は穴の中に戻っていった。これで戦いが終わったわけではない。紅蓮が次にすべき行動は決まっていた。強がりなお嬢様を助けるため、滑るように梯子を降りていった。
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