第7話同級生の行方 その2

 問題のゲームセンターの前にやってきた。店内から漏れる様々なゲームの音が、頼人を刺激した。その誘惑に必死で抵抗しながら、花凛と杏樹の方へ顔を向けた。


「とりあえず着いたのは良いけど、どうしようか。早速、中を見ていく?」


「そりゃ見ていかなきゃ話になんないわね。ただ、あの式神はこの中だけを指してたわけじゃないから、この周りも調べる必要があるよね」


 周囲の建物は雑居ビルやコンビニなどが立ち並び、その隙間には如何にも怪しい雰囲気を漂わせている路地裏がある。情報を得られそうな場所は多数存在している、というわけだ。


「でしたら、手分けして探すのが効率の良いやり方ですわね。ゲームセンターを中心に、付近の建物や路地裏などを調べてみましょう」


「うん、それでいいね。じゃあ、あたしはゲーセンを調べるよ」


 考える余地もなく、花凛は持ち場を決めた。


「あ、ズルいぞ。俺もゲーセンが……」


「何がズルいの? あたしたちは大田島の手掛かりを探しに来てるだけなのよ? どこを探そうが、変わりないはずなんだけどなあ」


 花凛には頼人の邪心が見透かされていた。頼人は花凛の言葉で、我に返った。


「あっ、ああ、そうだな。何もズルいことなんてない。ゲーセンは花凛に任せよう、うん」


「はあ、まったく……頼人は前に悪意に飲まれた人と戦った場所を調べてきて。杏樹は他に怪しそうな場所を頼むわ。これで割り振りは良いよね」


 頼人は頭を大きく上下に振って、同意を示した。一方、杏樹は目を細めて黙っていた。


「どうしたの、杏樹? 何か問題でもある?」


「……いえ、大丈夫ですわ。花凛さんの言う通りにしましょう。でも各々散る前に、もう一度源石の数を確認したほうが良いですわ」


 3人は腰に提げているストーンホルダーを開き、中を確認した。神社を発つ前に、杏樹が源石の余りがないか、式神から聞き出して僅かに残っていた源石を調達していた。元々3人が持っていた分も合わせても、ストックは多くなかった。なので、各人がよく使う属性の石を鑑みながら、再配分したのだ。


「あんまり数も多くないし、ここぞって時にだけ使うようにしなきゃね。特に杏樹はやたらとバカスカ使いたがるんだから、気を付けてよね」


「ご忠告、ありがとうございます。ですが、わたくしも馬鹿ではありませんので、それくらいは言われるまでもなく自制できますわ」


「そうだといいんだけどね」


 花凛はボソッと、聞こえないように呟いた。


「良し、確認も出来たし、そろそろ探しに行くか。じゃあ2人とも、何か見つけたら、連絡を頼む」


 頼人の言葉を最後に、各々持ち場に散っていった、と思いきや、花凛がゲームセンターに入っていったのを確認した杏樹は、頼人の後についてきた。


「あれ、御門さんどうしたの? こっちは俺の担当だけど」


 背後に気配を感じた頼人は、振り返るなり、杏樹に疑問を投げかけた。


「わたくしも、長永くんと同じ場所を見ていきますわ」


「なんで? 分かれて探さなきゃダメなんじゃ……」


「よ、良いではありませんか。ご一緒したほうが見逃しがなくなりますわ。さあさあ、時間が勿体無いですから、早く行きましょう」


 杏樹はそう言って、そそくさと先を歩いていった。


 頼人は上手く濁されたような気はしたが、同行を断る理由もないので、深くは考えずに身を委ねることにした。


 目的地に着き、まず目に付いたのはこちらに背を向けて、壁に何かを施している男だった。頼人たちには気付いていないようで、黙々と作業をしていた。


「いきなり当たりを引いたみたいだな」


 頼人は小声で言った。


「何か壁にしていらっしゃるようですね。もっと近付かないと分かりませんわ」


「それも気になるし、あの人が大田島君の情報を知っているかもしれない。穏便に済む気はしないけど、聞いてみよう」


 2人はゆっくりと男に近付いた。近付くにつれ、男が壁にしている作業が判明してきた。男は手に持ったスプレー缶で、落書きをしていたのだ。


「あの、お取込み中のところすみません」


 頼人が恐る恐る男に話しかけた。


 男は手を止めて、咄嗟に振り返った。頼人は男の顔を見て驚愕した。


「あっ、あなた、スリしてた不良!」


 まさか、同じ場所で再び見えることになるとは。頼人は嫌な運命を感じざるを得なかった。まさしくこの男はゲームセンターでスリを行い、その後頼人に成敗された不良本人である。


 だが、不良の方は様子がおかしかった。おかしいと言っても、悪意に飲まれていた時のように、異常性のあるおかしさではない。眉間にしわを寄せて、じっと頼人を見ていた。


「んー? なんだ、人を見るなりスリだの不良だの。初対面で言うようなことじゃねえだろ」


 不良がそう言うと、頼人は事態に気付いた。


 悪意を取り除いた時点で、はな婆が記憶を消していたのだ。だから、頼人の存在も不良の頭から抜けているのだろう。頼人は慌てて誤魔化そうとした。


「あ、ごめんなさい、知り合いに似てたものですから間違えてしまいました」


「……別に構わねえけどよ、スリする不良を知り合いに持つなんて、お前も見た目に似合わずロクでもねえ奴なんだな」


「あー、まあ、よく言われますよ。あはは……」


 別の誤解が生まれたものの、不良の機嫌を損なわずに済んだ。兎にも角にも、今は大田島に繋がる情報を得なければならない。幸い、不良から敵意は見られないので、刺激をせずに事を進めていくことにした。


「ところでですね、俺たち人探しをしているんですけど、もし良ければ少しお話を聞いてもらえませんか?」


「いいぜ。でも手短に頼む。こっちもやらなきゃならねえことがあるからな」


「ありがとうございます。探している人は大田島紅蓮っていう名前の人で……」


「な、なんだって! 大田島紅蓮!?」


 不良は急に大きな声を上げた。頼人は驚いて竦んでしまったので、杏樹が話を続けていった。


「ええ、そうですわ。大田島紅蓮、貴方は彼をご存知なんですの?」


「知ってるも何も、紅蓮さんは俺らのボスだぜ」


「ボス? ボスというのは何のボスを意味していますの?」


「そりゃもちろん、ギャングよ、ギャング」


 衝撃的で、俄かには信じられない情報だ。


 大田島紅蓮は行方を眩ませている間に、ギャング(これは不良男の誇大表現で、簡素に言えばヤンキーの集まりだろう)へと身を落として、しかもその頂点に立っていたのだ。


「ほう、ギャングのボス……この短い間に、とんでもない方向へ出世したようですわね。悪意の力とはげに恐ろしきもの。早く彼を元に戻してあげなければなりませんわ」


「なにブツブツ言ってんだ。つーか、お前らは紅蓮さんに何の用があるんだよ。戦争でもやりに来たのか?」


「いえいえ、そんな物騒なことは考えてませんよ。実は大田島くんとは友達でして、最近会ってないからお話したいなあって思って探してたんです」


 ようやく立ち戻った頼人が、事情をオブラートに包みつつ話した。


「友達、ねえ……どうも、そうは思えないんだよなあ。ダチだとしたら、紅蓮さんがボスだってことくらい知ってるだろうし、それにさっきから態度が怪しいし……」


 不良の表情が険しくなってきた。辻褄合わせにも無理が生じていた。事態の修復は困難になり、穏便に済みそうにない空気が漂っていた。


「やっぱり、お前ら紅蓮さんの居場所を見つけて、やり合おうって魂胆なんだろ。だとしたら、筋を通さにゃいけねえよなあ。この俺にタイマンで勝つことが出来れば、俺たちのアジトの場所を教えてやるよ」


 不良はファイティングポーズをとって、2人の反応を待った。


 頼人と杏樹は顔を見合わせて、小声で会話をした。


「ここは応じるほかなさそうだ。今後のことを考えると、源石は使わずに済ませたいところだけど、理なしだと厳しいかも」


 以前は悪意に飲まれていた状態だったとはいえ、頼人は力負けして苦戦を強いられた。


 元々、喧嘩だのなんだのは滅法弱かったし、運動神経も高くない。そういうのは専ら、花凛の領分である。


「花凛を今から呼んでも良いかな。安全に終わらせるなら、花凛がいないと……」


「いえ、花凛さんがいなくとも問題ありませんわ。わたくしが戦いましょう」


「御門さんが? いやいや、流石に御門さんに乱暴なことはさせられないよ」


「安心してください。こういう時のためのとっておきを用意していますので」


 杏樹は自信に溢れた表情でそう言うと、不良の前に出ていった。頼人は返す言葉も見つけられず、杏樹を見送るだけだった。


 軽いフットワークを披露して待っている不良の正面に立つと、杏樹は制服のポケットからヘアゴムを出して、長く美しい髪を後ろに纏めた。


「なんだ、てっきり野郎の方が相手になってくれると思ったんだが、とんだ腑抜けみたいだな。女が相手じゃ、本気を出そうにも出せねえな」


 不良は挑発するように言った。


「そうですか。こちらとしては本気を出さないでくださるのなら、それに越したことはありませんわ。なんでしたら、ハンデを付けてくれたりしませんか?」


「ハンデだあ? それは面白ぇ。それじゃあ俺が地面に膝をついたら、負けを認めてやるよ」


「お心遣い、感謝いたしますわ。では、始めましょう」


 杏樹が軽く会釈をしたのを皮切りに、2人は臨戦態勢に入った。


 先に動いたのは不良の方だった。手を抜くような発言をした割には、容赦も躊躇いもなく突撃した。


 杏樹は真正面から飛び込んでくる不良に応じるように、身を屈めて待ち構えた。馬鹿正直に突っ込んでくる不良に、カウンターを入れる算段である。


 しかし、その程度の策は不良にも読めていた。その上で、一直線に突っ込んでいた。


 カウンターといっても、所詮女の、しかも線の細い優女の力では大した痛手になるはずかない。ならば、素直に行動しても、支障は出ずに済むだろうと考えていた。


 杏樹が懐に潜り込んできたところで、不良は腹部に力を込めて攻撃に備えた。これで杏樹のカウンターは失敗し、あとは適当に押し倒しでもすれば終わりだろう。不良は当然の如く、勝利を確信していた。


 不良の下腹辺りに、軽く何かが押し当てられた。そして、バチンと激しい音がなったと思うと、不良は目を見開いたまま、足から崩れ落ちていった


「ぐっ……お前……何しやがった!」


 不良は絞り出すように叫んだ。


 杏樹の手には、電光がチラチラと瞬くスタンガンが握られていた。


「あら、スタンガンの味はご存知ないんですの? そうであるならば、幸運ですわ。貴方が本当にギャングとして成り上がるなら、この程度の痛みは慣れていないといけませんから」


「ひ、卑怯だぞ! タイマン張ってんだから、正々堂々素手で殴りあうのが常識だろ!」


 苦悶の残る顔が杏樹を見上げた。杏樹は冷ややかでありながらも、愉悦が混じった表情をしていた。


「卑怯だの常識がないだの、見苦しいんではなくて? だいたい、そんなルールがあるのなら、先に言っておくのが常識でしょう。それに最初から1対1を望むならば、男である長永くんを指して行うべきなのでは? あわよくば、女のわたくしと戦うことになって、楽に終わらないかと考えていたんではないんですの? それこそ、卑怯と蔑むべきことですわ」


 不良は返す言葉もなく、低く唸るだけだった。


「とにかく、貴方は膝を地面に付けてしまいましたので、ルールに則って、わたくしの勝ちですわね。異論はありませんよね?」


「……ああ、分かったよ。俺の負けだ」


 不良が負けを認めると、杏樹は作ったような笑顔を携えて、再び会釈をした。そして、後ろに振り返り、頼人へ甘い視線を送った。




「もうまともに喋れるくらいには元気になったでしょ。ほら、さっさと大田島の居場所を吐きなさい」


 頼人たちと合流した花凛が、壁にもたれて座っている不良に詰め寄った。


 その迫力に気圧されているのか、不良は身を縮めて、目を合わせないようにしていた。


「どうしたのよ? 今さら、教えないなんて言うんじゃないでしょうね」


「い、いや、そうじゃないんだが、なんつーか……」


 不良は口籠ってしまった。


「花凛、怖がらせちゃ駄目だろ。俺が聞くから、下がった下がった」


 花凛を押し退けて、頼人が不良の前に立った。花凛は渋々後ろに退いたが、物申したそうに、膨れっ面をしていた。


「ごめんなさい、あいつは誰に対しても態度が悪くって。それで、約束通り、アジトの場所を教えてくれますか?」


 尚も不良は目を合わせようとしなかったが、気迫の抜け落ちた声で喋り始めた。


「それなんだがよ……教えられねえんだ。俺も、アジトの場所を知らねえからよ」


「はあ? この後に及んで何言ってんのよ!」


 花凛の怒声が響いた。


「花凛さん、落ち着いてくださいまし。ここは黙って、長永くんに任せましょう」


 杏樹が花凛の肩を抑えながら宥めた。花凛はそれに従いはしたものの、牙は剥き出しのままだった。


「重ね重ね、ごめんなさい。それで、アジトの場所を知らないというのはどういうことなんです?」


「実は、俺はまだ正式に紅蓮さんのチームに入ってねえんだ。入るためのテストみてえのがあってよ、指定された場所へ、制限時間内にチームのマークを描いてこいって言われて、この場所にいたわけだ。まあ、お前らの相手をしてたら、時間も過ぎちまったがな」


 不良の後ろの壁に目を向けると、赤い染料一色で、たてがみの生えた髑髏が描かれていた。周りを見回してみると、同じようなマークが其処彼処にあることに気付いた。


「テストを受けたのなら、チームの人とは接触したんですよね。そこはアジトじゃないんですか?」


「アジトってのは簡単に余所者に知られちゃいけねえものなんだ。だからテストを受けるために、連中がよく行く場所で待ってるしかねえんだ。そこで、だ。お前らにはその場所を教えてやる。それで勘弁してくれねえか」


「ええ、それでも貴重な情報ですから、ありがたいです。ぜひ、教えてください」


 頼人はポケットに忍ばせていたメモ紙とペンを不良に渡して、地図を書いてもらった。


「この場所に大田島君がいるという可能性はありますか?」


「どうだかな。最近はアジトに籠もりっぱなしって話だし、いないんじゃねえか」


「そうですか。となると、アジトは絶対に突き止めないといけなくなるか。情報ありがとうございました。じゃあ俺たちは行きますね」


「ああ、あばよ。出来れば、二度と会わないことを願ってるぜ」




 路地裏を後にして、3人は再びゲームセンターの近くまで戻ってきた。そこで、一度話を整理することにした。


「あのヤンキーによると、大田島はヤンキー集団のボスになっちゃった、と。そして、アジトなる場所があって、そこにたむろしてる、で合ってるよね?」


「うん。実害を出してるかはまだ分からないけど、早急にアジトに向かわなきゃな」


「でもさあ、信じられないよね。あのガリヒョロ眼鏡くんがヤンキーのボスって……特攻服とか着てたりするんでしょ? 想像できないなあ」


 花凛は目を細めながら、必死にイメージを膨らませたが、納得のいく像は見出せなかった。


「悪意というものが、どこまで人に影響を与えるものなのか計りかねますけれども、御仁には多大な影響を与えてしまったのでしょう。それが御仁の性格を全く正反対のものにしたのか、はたまた心中に秘めていた真実の姿が表に出たのか。もしや、誰かに唆された、という可能性もありますわ」


「なんであれ、大田島くんを元に戻してあげなきゃな。そのためにも、チームの人に会わないと」


 頼人は手に持っていたメモ紙を開き、花凛と杏樹に見せた。


「この地図を見たかんじ、ここからは遠くない。でも場所がコンビニの駐車場っていうのがな……」


「横に大っきい道路があるし、バイク乗り回した後の休憩所として使ってるみたいね。探す手間はなさそうだから、アジトの場所を吐かせることだけ考えればいいんじゃない?」


「……参考までに、花凛さんならどのようにして、アジトの場所を教えてもらいますの?」


 杏樹が不安そうに聞いた。


「そりゃ相手はヤンキーなんだから、拳で分からせてあげればいいのよ。杏樹だって、さっきはそうやったんでしょ? 道具は使ったみたいだけど」


「それとこれとは話が違いますわ、場所を考えてくださいまし。大衆の目に付きそうな場所で、暴力沙汰を起こそうものなら、通報されてしまいますわ」


「ああ、そうね……でもさ、アジトの場所を教えてくれって言っても、ご丁寧にベラベラ喋ってくれるような連中じゃないでしょ? どうすればいいってのよ」


「大丈夫ですわ。わたくし、こんなこともあろうかと、とっても役立つアイテムを持ってきてますから」


 杏樹は制服の内ポケットに手を入れて、少し大袈裟にそのアイテムを取り出した。


「この小型発信器を使って、アジトの場所を突き止めるのですわ」


「おお、用意周到だ。スタンガンといい、御門さんは便利な物を携帯してるんだな」


 素直に感心する頼人とは裏腹に、花凛は眉間にしわを寄せて、発信器を見ていた。発信器という物に良い印象を持っていないからだ。


「なーんであんたがそれを持ち歩いてるのかは気になるところだけど、それを気付かれずに着けられるの?」


「問題ありません。慣れてますから」


 悪びれる様子もなく、微笑む杏樹に、花凛はただ苦い顔を返すだけだった。




 気が付けば、空は夕焼けに染まっていた。市内を慌ただしく駆け巡っていたのもあってか、頼人に少し疲れの色が出ていた。大きな欠伸をして、それを示すと、隣にいる花凛が背中を叩いた。


「緊張感ないわね。目の前のことに集中しなさいよ」


「分かってるよ。分かってるけどさ、あんまりにも動きがないから、どうしても集中が切れるんだよ」


 頼人は目を擦り、視線をガラスの先に戻した。


 コンビニに着いた3人だったが、そこに大田島の仲間だと思われる人物はいなかった。そこで、コンビニの中に入って、彼らが現れる時を待っていた。


 雑誌を読むフリをしつつ、駐車場に目を向けていると、派手なバイクに乗った集団がやってきた。


「お、あれなんじゃないか? ようやくお出ましか」


 雑誌に目を戻して、彼らに気付かれないように振る舞った。


「バイクにデカデカと『紅蓮隊』って書いてあるよ。それにあの髑髏マーク。こいつらで確定だね。で、お目当ては来たけど、ここからどうすんのよ、杏樹?」


「発信器を彼らの内の誰かに着けるだけなら、他愛もないんですけれど、雑に着けてしまうとばれてしまう可能性がありますわ。ですから、ばれないような場所に着けなければならないわけです。そこにうってつけなのは、彼らのバイクですわね」


「バイク……でも、あの人たち、コンビニに入ってくるどころか、バイクの側から離れようとしないな」


 雑誌で顔を隠しながら、彼らの動向を確認した。


 ギャングたちは自宅にいるかの如く、駐車場を占領して寛いでいた。


「人数は……5人。彼らが全員コンビニに入ってくれるならば簡単なのですけれど、そう上手くはいきませんわね。こうなったら、彼らの注意を別の場所に向けさせる作戦でいきましょう」


「具体的に、どうやんの?」


「花凛さん、あなたに一役買っていただきますわ。適当に誘惑してきてください」


 花凛は思わず「はあ?」と大声を出して杏樹に顔を向けたが、他の客の視線が集まったのを感じて、慌てて雑誌に視線を戻した。


「な、何よそれ。なんであたしが誘惑しなきゃなんないのよ。もっと他にあるでしょ」


 客に注目されなくなった頃合に、花凛は小さな声で杏樹に不平を言った。


「これが確実で手っ取り早い方法なんです。ああいう輩は花凛さんみたいな、不良っぽい子に惹かれるはずですから」


「あたしに不良の要素なんてないっての」


「髪を染めて、制服をだらしなく着崩してりゃ、充分に不良の要素含んでるな。ほら、文句言ってないで、早く行ってこいよ」


 頼人は花凛の持っている雑誌を奪った後、肩を掴んで向きをドアの方へ変えさせた。恨めしそうに頼人たちを見てきたが、観念したのか渋々と外へ出ていった。


 出たは良いものの、花凛はギャングたちを魅了する方法が全く思いつかなかった。とりあえず、自分のイメージする不良が好きそうな女性像を演じて、話しかけてみることにした。


「あら、そこのイケてるお兄さんたち、楽しそうだけど何をしてるのかしら?」


 やたら艶かしい声色で誘った。


 ギャングたちは一斉に静かになって、花凛に視線を移した。まだ警戒しているのか、厳しい目をしていたが、花凛は怯むことなく会話を試みた。


「お兄さんたちがあんまりにも楽しそうだから、あたしも混ざりたいと思ったのよ。ねえ、駄目かしら?」


 ギャングたちは再び、顔を見合わせると、計ったかのように全員同時に笑い出した。


「ギャハハ! 面白いなあ、お嬢ちゃん。悪いが、ガキに鼻の下伸ばすほど、俺たちは見境なくねえんだわ」


「そうそう、俺たちは姐さん一筋だからな」


 笑い者にされて、怒りがこみ上げていたが、気になる言葉が出てきたので、感情を抑えて、キャラを崩さずに聞いてみた。


「姐さん、というのはあたしよりも綺麗な人なのかしら?」


「ああ、そうだとも。オメェさんなんかより何十倍も美しくて、俺らよりも何十倍も強くて、まさに非の打ち所がないお方だ」


「ボスの右腕だけあって頭も冴えてるしよ、マジでサイコーの女だぜ。お前とは比べもんになんねえや」


「そ、そうなの。そんな完璧な女性がいるのね。参考までに、その人のスゴい話を聞いてみたいわ」


「姐さんの武勇伝か。それだったらつい昨日、新たな伝説を作り上げたばかりだ。俺らのシマをデケェグループが荒らしに来たんだがよ、姐さんはたった1人で連中のとこに行って、あっという間に全員をのしちまったんだ。スゲエだろ?」


 まるで自分がやったかのように、得意げに言った。


「カミナさんはホント強えからな。噂じゃそん時、木刀一振りで何十人も吹っ飛ばしちまったらしいぜ」


 ギャングの口から『カミナ』という名が出て、それが彼らの慕う女の名前だと花凛は悟った。


「戦う姿も、サマになってるんだよな。カミナさんに見惚れて、紅蓮隊に寝返るなんてよくあることだしよ」


「そりゃお前だけだろ。俺らはちゃんとした信念を持って入隊したんだぜ。だよな?」


「いや、お前もカミナさん目当てで入っただろ。試験の時ポロっと言ってたじゃねえか」


「ち、ちげえよ! それは場を和ませようとして言ったんだよ」


 花凛がいることをすっかり忘れているのか、ギャングたち喋りたいままに喋っていた。しばらくして、そのうちの1人が携帯電話を取り出して何かを確認をしたかと思うと、一際大きな声で彼らの話を遮った。


「おい! そろそろ行かねえとやべえぞ。集会の時間だ」


「随分話し込んじまったな。よっしゃ、それじゃあ行くか。あ、最後にお嬢ちゃんよ、俺たちと楽しいことしたかったら、もっと自分を磨くことだな。じゃあな」


 ギャングたちは下品な笑い声を上げ、風のような速さで去っていった。


 花凛は大きな溜息を吐いた後、唸りながら頭を掻きむしった。


「ああああなんなのよあいつら! 人をガキ呼ばわりして! たいしてトシ変わんないでしょ? 何がもっと自分を磨くことだな、よ。あんたこそ、そのハゲ頭磨いてろっつーの!」


「あの、もしもし、花凛さん?」


 花凛はぐるりと顔を後ろに向けた。そこには杏樹と頼人が苦笑いを浮かべて立っていた。


「お気持ちは察しますけれど、そんなに気にすることはありませんわ。だから、落ち着いてくださいまし」


「杏樹、あんたは言われてないから分かんないのよ。あんな、脳ミソが溶けてる連中に……」


「まあまあ。想定とは違うけど、花凛のおかげで発信器は付けられたんだ。作戦は成功したんだから、そのことは忘れようぜ」


 頼人の言う通り、花凛が注目を集めたことで、杏樹は発信器の取り付けに成功していた。しかし、尚更花凛は納得がいってなかった。


「それよ。あたしがあいつらと話し始めてすぐ、杏樹が来てさっさと着けてったじゃない。あたしがあいつらを誘惑する必要あった? 別に気を引ければ何でも良かったんじゃないの? 無駄に恥ずかしい思いと、苛立ちを募らされた気がするんだけど」


「始めに言った通り、確実性を考慮しての作戦でしたし、それに花凛さんが一斉に注目を集めてくださったからこそ、迅速に事を進めることが出来たんですわ。おまけに、新しい情報を得られましたし、良い事尽くめで万々歳ですわ」


「そうだ、カミナとかいう女! あいつらの話じゃ相当の強者っぽい感じがするけど、どうせ誇張してたに違いないね。何が一振りで何十人も吹っ飛ばす、だ。いくら見た目が良いからって、そういうところにまで脚色しなくていいんだよ」


「その話が本当かどうかはともかく、大田島くんのところに辿り着くためにはまだまだ障害があるってことだ。気を付けていかないとな。花凛も頭を冷やしておけよ?」


 花凛はまだ怒りが収まっていなかったが、これ以上愚痴を言うのは止めて、膨れっ面のままに黙り込んだ。


「花凛さんも落ち着いたようですし、彼らの行き先を見てみましょうか」


 杏樹はスマートフォンを取り出して、怪しげなアプリを開いた。すると、画面に街の地図が出てきて、その中で青い点が動いているの確認できた。


「とりあえず、発信器が着いてることはばれてないようですわね。あとは彼らが目的の場所まで連れて行ってくれますわ。では、追いかけましょうか」


 杏樹を先頭に、3人は歩き始めた。


 彼らのアジトとは一体どんな場所なのか、頼人は想像することも出来なかったが、大勢のギャングたちが集うのは確かである。果たしてそれを掻い潜って、大田島の下に辿り着くことが出来るのか。頼人は少し不安になった。


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