第14話 手に入れること
気づくと私は螺旋階段の上にいた、あの時逃がしてもらった場所だ、その空間の空気は以前より静まり返っていて何か物騒だった、私は後ろにある本棚から本を取り出し読んだ、言葉は今の言葉で書かれているものばかりだった
「ここ何処?」
下に飛び降りて彼女と入ってきた扉のある一番下まで降りてきた、すると扉が開き中から誰か出てきた、私は刀を出して本棚の影に隠れた
「鬼達の親玉は見つからないの?」
中からは、以前助けてくれた彼女と大きな男性が出てきた、二人とも何か疲れ果てているようだった
「あの、昨日はありがとうございました」
私の顔を見た彼女と男性は驚いた顔をしていた、現実を受け入れたくないようなそんな顔を
「お久しぶりです、元気にしていましたか?」
彼女は嬉しそうな顔とは裏腹に体からにじみ出るほどの不安を漏らしていた、私は漏れている感情や空気を読むことに長けている、いや長けすぎている
「すいません、自分で制御できなくて」
彼女は顎に手を当てて何か考え始めた、ここは緊急の空間と言っていたが今ここには三人もいる、圧倒的な不安と沈黙が三人を包んだ
「私は村正に手を貸して欲しいと言われここに来た」
大柄の人が口を開いた、まじまじと見ると茶色い皮の東コートを着ていて下には赤茶色の和服を着ている、身長は私が見上げて会話をする位だった、太刀を腰に身に付けていて、柄は茶色の糸で編まれている、鐔は桜を円で囲んだような模様をしている、鉄製だろうか?
「私は鬼の親玉、“鬼覇(おには)“を倒そうとしています」
私は聞いたことのない名にリアクションを取れなかったが、彼女の隣にいた男性は驚きを隠せてわいなかった
「鬼覇とは実は鬼ではない、鬼を殺して鬼を恐怖で従えている私たちのような刀だ」
あの鬼を恐怖で、私は想像するだけで体の震えが止まらなくなった、
「神酒さんあなたにもそれを手伝って欲しい」
だがまだ私は信じることができなかった、確かに旅の条件を達成はしているがここはどこで私は本当に私なのか定かでは無かった、彼女が本当に私を助けてくれたのは事実だ、だがここで生きているかと言う感覚が無かったのだ
「まずここはどこか教えてもらえませんか?」
そして私たちは立ちながら話を始めた、彼女から暖かいお茶を用意してもらった、暖かくて風さんに似た味だった
「私たちはどこに存在しているのですか?」
この空間のこと、何者なのか、私は聞きたいことが山ほどあったが、一つ一つ大事に聞きたかった
「ここは、本当は刀しか入ることのできない空間ですがこの空間のルールを変えられて今は鬼たちが住んでいるのです」
彼女は真剣に私たちの目を見て話を始めた、私は頂いたお茶を飲んで話を聞き始めた
「ここは元々私と弟子の道場として使用していました」
彼女の顔がふわりと柔らかくなる、昔の記憶を思い出しているのだろう、微笑みながら弟子との懐かしい話をしていると私の心は一つの答えにたどり着いた
「その子の名前は鎌翠風と言ってですね、とても可愛いのです少し硬い部分があるのですが、自分で考え挑戦する強いものを持っていました」
私は知っている風さんのことに違いないだが、何か理由があって自殺したように見せたのだ、私はそれを知るまで話したくは無かった
「私は二人には知られていると思いますが私は妖刀です、その呪いは“情報”簡単に言うと私だけが妖刀ではないということです」
私はなんとなくわかった、彼女は確かに妖刀だが全くと言っていいほど禍々しくない、妖刀は基本自分の呪いで心を蝕まれ狂人になる、だが彼女はその要素が欠けているのに妖刀と言われている、蝕月は狂人じゃないよね?
「すいませんが少し質問して良いですか?」
彼女は私の方を向いて返事をしてくれた
「はい」
私は素直に伝えた
「落ちるとは?」
ここは絶対に取らなくてはいけない道だと思った、彼女は少し考えて喋り始めた
「落ちるとは、刀をやめる事です、自我を失い強い力だけ残って、怪物と化します」
彼女は下唇を噛んでいた、そこからは血が垂れて床に落ち広がっていた、私は覚悟を決めていたが、いざ聞くと怖くなる
「助かる方法は二つ、一つは殺す事、二つは当人の改心を待つ事です」
彼女は自分の口を布で押さえながら眉間にしわを寄せて手を力一杯握って、悔しそうだった
「落ちると目の前が真っ暗になって、たくさんの感情に飲まれます、怒り、悲しみ、罪悪感、自己嫌悪、それとともに家族の温かさも流れてきます、私はその感情に助けられました」
彼が彼女に治療薬を渡していた、彼女はそれを唇と手に塗って深呼吸し落ち着いた、部屋は暗くて松明の炎がチリチリと燃えている、お茶はすでに飲み終わりただ空の湯飲みを手に抱えているだけだった
「そろそろ時間ですね」
彼女はそう言って自分の刀で空間を長方形に瞬時に切って、別の空間の入口にした
「ではまた」
そう言って男は空間の中に足を踏み入れ膝、肩と跡形もなく空間に飲み込まれた、心さんがやっているところは見た事があるが、こんなに綺麗ではなかった、
「神酒さんはこちらです」
そう言って彼女はすでに別空間を作っていた、先ほどと同じで黒い空間だった、その先が見えないくらい濃い黒色だったが、私は思い切って足を踏み入れた、しかし彼女が肩に手を置いたので私は足を入れることをやめ再びドアの前に立った、まるでとび降りろと言われているのに、飛び降りようとした時に止められるそんな気分だった
「なんですか?」
彼女は心配そうな顔をして自分の柄を強く握っていた
「彼は鬼斬りの中でも最強です、鬼覇の親友でした」
それと同時に私は気付いた、彼は私が喋られないことに動じていなかった、村正さんが教えたのかそれとも私と似たような人を見たことがあるのか
「名前はなんと言うのですか?」
彼女が口を開こうとした瞬間、空間が崩壊しだした、上からは本が落下して螺旋階段はへし折れ、ねじ曲がり階段とは言えない形になってしまった
「まずい、安綱さんの力が大きすぎたか」
彼女は私を押し出しながら、彼女自身も黒い空間に入った、中は以前より不安定だが村正さんがコントロールしている最中に私は意識を失った
* * * *
私はまた自分の刀の中で意識を取り戻した、私はベッドの上で横たわっていて、隣には村正さんと思わしき刀があった
「村正さん?」
私が触れようとした瞬間、目の前から消えたそして私は念を使って、村正さんを探したところが村正さんは私の空間にはいなかった、残りはただ一つ外だ
「まずい!」
私は刀から人の姿になって外に出た、私は村正さんが人目につく前に私の腰に納められた
「神酒急にどうした?」
蝕月は寝起きだったが、それを感じさせないくらいキビキビと体を動かしていた、他の四人はまだ寝ている、私は蝕月にだけ念で今までのことを伝えた
「そんなことが、」
蝕月は話を真摯に聞いてくれた、胡座をかいて膝に手を置き私の目をはっきり見て、しかも寝ている間に起きていることなんて普通の人は真に受けてくれないだろう、でも刀から火を出せる世界、理解できないと壁を貼るより柔軟な考え方だ
「この刀は風さんの師匠なの、だからなるべく風さんに知られたくない」
蝕月は風さんの話をあの花畑で聞いている、話が早くて助かった
「わかった、信じる」
私は村正さんと話がしたかったので、一人で散歩に行った、町の中は朝からたくさんの人で賑わっていた、前の町とは違って色合いが派手だ、建物は全体的に二階建てが多くて、空が遠くに見えた
「村正さんここには私以外あなたの知っている人はいないですよ」
人の姿に戻って私の横を歩き出した、悔しそうな嬉しそうな顔をしていた
「あなたの仲間になっていたとは、風は元気ですか?」
朝早くから来たので当然開いていないお店も多かった、だが朝から果物や飲み物を売っているお店は開いていた、そんな道を歩きながら私は風さんが私のことを助けてくれた話をした、
「風はそんなに強くなったのですね」
彼女はとっても嬉しそうだった、木の葉から落ちる雫のように、しかし次の瞬間には彼女は落ちた雫のように、笑顔から悲しみに満ちた顔になっていた
「再び会いたいですね」
村正さんは悲しい表情を振り払うかのように無理に顔を作って目尻の涙を拭い声だけ元気に効かせ少し前を歩いて行った
「村正さん!」
私は立ち止まり、村雨さんは振り返かえった、目と目尻は少し赤くなっている、私はその気持ちに似たものを知っている、自分を繕ってやりたい事とはほど遠いことに向かって走り出して途中で気づいて悲しくなる、そして過去が輝いて見える、良い記憶だけ蘇ってくる、本当はそんなに綺麗な色はしていないのに、道端に生えている綺麗な楓の木が風に吹かれて靡いている
「私たちと約束を結んでもらえないでしょうか?」
風が一瞬強くなって、楓の木から葉が振り落とされていた、そしてその葉は空気に抗いながらも自分の重さで落ちていく、きっと葉は落ちている事に気づかない、私たちの人生のように
「何でしょうか?」
空からはいつしか雨が降り出して、服を濡らし、音を立て始めた、だが楓の木はまだ沢山の葉を付けて力強く根を生やしてそこに立っている
「私たちの仲間になって欲しい」
楓の下にある大きな水溜りに葉が溜まっていた、楓の木は先ほどよりも葉が無くなっていたが風を受け流して靡かなくなっていた
「そんなに私が必要ですか?」
私はその瞬間彼女の雰囲気が暗くなったのを感じた、空から降る雨の量はさらに多くなって、四肢が冷たくなっていく次第に街にいた人は減って行った
「私はあなたと仲良くなりたいのです」
大雨の中、楓の木に鴉が止まった、口にはまだ息のある飛蝗を咥えている、鴉はからだの筋肉を的確に動かし飛蝗を口から落とさずに上手に食べていた、そして体の水を振り落として、低くどこかへ飛び去っていった
「それだけで良いのですか?」
村正さんは確実に強い、技術も能力も確かなものがある、だからこそ悪いものが寄ってくる、そして妖刀であるせいか人とうまく関われなくなっているのだと思う、生まれつきの力だけで私は人を見切らない、そんな者、私は大嫌いだ、自分の力におごり自分を傷つけ後戻りできなくなって、そんなの不自由すぎる。先ほどまで強かった雨脚がだんだんと弱く小雨程度になってきた、空にある雲は少しずつゆっくりと空の彼方へ流れていく
「はい」
私達は雲を追いかけるように宿に歩いて帰った
* * * * *
神酒が散歩に行ってから、20分近く時間が経った、既に部屋で寝ている刀はいなく、風さんが入れてくれたお茶を小さな机を囲んで飲んでいた、
「朝に飲むお茶は更に美味しく感じるのだな」
朝に飲むお茶は初めてだった、暖かい湯飲みから出てくる熱を両手で感じながらお茶を口に運ぶ、飲み込むとお茶はいつもと少し違った味がした、深みのある苦味とその味をあとから追いかけるように甘みが口の中に広がった、それを飲み込むと体の芯から暖かい熱が四肢にゆっくりと広がって行くのも感じた
「今日も美味しいです」
俺は机に湯飲みを置いて風さんにそう伝えた、机に置いた湯飲みからはまだ湯気が出ている、
「そうかそれは良かった」
風さんは湯飲みを手に持っているのを机に置いて笑顔で返事をしてくれた、俺は再び湯飲みに口をつける、机の向かいにある大きな曇った窓から差し込んでくる日差しを辿って外に目を遣った、外からは朝が来た事にワクワクしたような鳥の囀りと生き生きとした人の声が入り混じって聞こえてくる、そのおかげかさらにこの部屋の静けさを感じた、それを覆すように廊下から足音が聞こえてくる、帰ってきたか
* * * * *
私が戸を開けるとそこは外とはまるで別世界だった、時間の事を忘れさるくらい時がゆっくり流れていた気がした
「ただいま帰りました」
四人はそれぞれ違うタイミングで“おかえり”と言ってくれた、その瞬間何か言葉では言い表せない、ぬるま湯のようなものが私の中を満たしていった、私はその気持ちを味わうように席に着く、その机の上には一つだけ湯飲みに入ったお茶があった
「冷めてしまっているな」
そう言って湯気の出ていないその湯飲みを風さんが下げようとした時には、私はとっさに風さんの手より早くお茶を掴み取っていた、風さんは少し驚いた顔をしていたが再び優しい笑顔に戻っていた
「いただきます」
私は風さんの顔に泥を塗っているのかもしれない、そう思いながら私はお茶を口に運んだ、風さんのお茶で初めて冷たい味のお茶を飲んだが温度が違ってもとっても美味しかった
「神酒殿、味はどうだ?」
いつもと変わらないとても美味しいですと伝えた、外からの光はだんだんと強く暖かくなっていた
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