荒野の女

夢を見ていた

第1話




―――


 予言をしましょう。


 世界は<改革>するでしょう。

 世界は天と地を引っ繰り返し、世界は壊れるでしょう。

 世界は選ばれし人間を選び、その他の人間を殺すでしょう。


特に。

 生きたいと思っている人間のみを選び、滅するでしょう。


 <改革>の条件は、<改革>を指揮する者と、身体と記憶。つまりは、人間。

それと、世界を照り輝く〝光〟の存在。


 光は町と町の境目の、ちょうど真上に存在する。

 二つの町は境目を強調し、厚い壁を何枚も重ね、まるで触れてはいけないもののように、毛嫌いしている。

 その町に共通して存在する光を一つの町に持ってきて、離れ離れにさせる。


 町、光、そして身体と記憶が合わさった命。

 この三つが<改革>の鍵。





 さて、準備を始めましょうか。 

 ――予言を戯言で終わらせない為に。








―――

――世界は、荒れていた。

 木々の幹はただ真っ直ぐに伸びているのに、枝は所々折れて尖っていた。葉や花もなく、この場所を隠そうとするが、あまり効果が無かった。木々は詰めて寄り添い、この狭い空間を囲んでいた。

主にここを隠しているのは、背の高い植物や硬そうに出っ張る岩などであった。

ただ、広かった。深くまである世界が、ただ目の前に広く広がっていた。顔に力強く当たってくる風も、心地よいと感じた。空の色もただ青く、広く澄んでいた。昼夜の区別なんて光にないから、ずっと青く輝いているようだった。それも、たいまつも必要ないほどに。それが新鮮だった。



荒れきったそれらを心の底から美しいと思うのは、自分がもう終点だと思うからだろうか。

 そう、もう長くない。致命傷を負ってしまったからだ。左脇腹と右脚に深く、命も危うい傷を。出血を少しでも防ごうと、銀色の刃物が刺さったままにしてある。しかし、その鮮血が止まるはずもなく、服にじわと赤が染まっていた。


 よくやったとも思う。よくここまでたった一人でやって来れた、と思う。死ぬ場所を探すように、半ば引きずり歩く自分はどんなに滑稽だろうか。そう考えるだけで自嘲ぎみの微笑みが浮かんでくる。


 ずさ、と小石につまずき膝をつく。それと同時に手もつき、再び立ち上がろうとした。が、力が入らず無様にも横向きに倒れてしまった。

「はは、ははは……」

 思わず笑い声が漏れる。もちろん、自分の力の無さについてだ。

 思い出すのは、大切だった――いや、今も永遠に大切な仲間の顔。

 

愚かだった。

 無力で非力だった。

 それがあまりにも、悲しかった。


 今からそちらに逝く、と死んだ仲間に囁き、生きている仲間に謝罪の言葉を心の中で呟いた。



 目を閉じる。すまなかった、ごめん。



 暗闇が、満ちた。











―――

「あ、起きましたか」

目が覚めた。

眩しいほどに、強く澄んだ空の色。思わず目を細め、明るさの元凶を探した。

見たことはないが、海の色に酷似しているという、宝玉のように美しい青が一面に広がっていた。その真っ青さに飽きないようにか、白い綿の花のような柔らかそうな雲が、青を隠すように浮かんでいた。

ここに着くまで、世界は黒く暗闇の布に包まれていたというのに。


 この明るさはなんだろう?

 そしてようやく、自分がどこにいて、どんな状況にいたかを思い出す。


「……ここは」

「あ、わたし月樺っていいますから」

 急に名乗られ、声の主を探し、視線を泳がせた。

隣に正座してこちらを覗き込んでいた少女は糸のように、さらと流れる髪を揺らし、微笑んだ。


彼女は、質の良さそうな淡い青の着物を着ており、波紋の模様があちらこちら散らばっているという紋。嬢のような立場なのだろう、と思った。その考えを証明するように、頭に高価そうな髪飾りをつけていた。


 瞬間。ふと、思い出した。

 そういえば、自分を殺そうと苦痛を与えてくれていた傷は、どうなったのだろうか。あの忌々しい、他の人間が放ってきた刃に深く刺され、赤の糸を吐き出したあの怪我は。

「おれの傷はどうなった」

 気が付けば、口に出していた。

 しかしそれについての返答などなく。

「名!」

 問いには答えずに月樺はむくれたように頬を膨らませた。面倒なので、すぐに即答した。


「天道茜音」

「苗字があるのですか? 良いですね、良い名です」

 半ば興奮気味に言う月樺を冷めた目で一瞥する。今、名のことを誉められても、はっきりどうでもいい。それに自分の名については、女々しい名。としか考えていないので、苛つきを表わにする。

 それを見て月樺は喋りが過ぎたのに気づいて、照れたように首を引っ込め、こちらを上目遣いで見つめた。

「ごめんなさい。あまりにもお似合いだったから」

「……黙れ」

「――はい。喋りが過ぎました。では、こちらへ。話があります」

 さっさと本題に移れば良いものだったのに、と茜音は不機嫌に息を吐く。それと同時に綺麗だったであろう赤毛の束が、揺れた。

「話はある場所へ行く途中で話します。ですが、その前にひとつ。言わせて下さい。」





――そう、世界は<改革>する。







―――

「それで、おれの怪我を治したのは、お前ということで大丈夫か」

 茜音はぽつりと、まるで他人事のように言った。

 少女二人は荒野の刺々しい、乾いた道を歩いていた。

 月樺はずっと茜音の手を握り締め、離さないように力を込めた。


「ええ。――あなたは選ばれた〝選士〟と呼ばれる者です。この<改革>を止める、大事な役目を持つ少女です」

「やめろ。女など言うな。おれは男だ」

 そう。茜音は立派な男なのだ。

 女であるが、男なのだ。

 正しくは、女で在るがゆえに男にならなければいけなかった、悲しき少女。


「すみません。――でも、仮に男だとしてもそんな格好でよいのですか?」

 言われて、自分の服装をそっと一瞥する。

茜音の服装は、質が良いとは嘘でも言えないボロ布質で、紺の袴。女性ならば紅の袴なはずなのに、男性の紺の袴を着用していた。

やはりというか、身体の大きさが合わないのか、ぶかっとしている。それの上にボロ布が身体を包んでいるのみ。

「いいんだ」

 これが自分に似合う、乞食のような格好。

 顔に付着していた泥を、手の甲で雑に拭う。それを月樺は睨むように視線を投げてくる。

それから目を伏せ、再び低く重い口調で切り出した。


「さて、話に戻ります。――世界は予言しました。それは、世界が一から造り直されてしまう<改革>がやって来ることを。<改革>は、選士のみに生を。それ以外の人間は死を。そしてその死と交換に変革します。それはきっと、恐ろしい被害、世界となり果てることでしょう。――着きました。見てください」


 荒野の狭い道の先には、少し広い空間があり中へ踏み込むと、そこは

「この有り様を見てお察しでしょう。これが<改革>です」


 広がっていたのは、ただ、生が枯れ果てた死。


 生の喜びや怒りや悲しみでさえ、そこに感じられなかった。

 もう充分なほどに枯れていたと思っていた木も、まだ足りないというように、幹の中身が抉られるように枯れ、皮のみが残っていた。

 木々のみではなく、岩や土や風までもが死んでいた。

「…………………」

 あまりにも、恐ろしく、おぞましく声が出ない。

 月樺はそれに追い討ちをかけるように、なにかの名を呼んだ。

「未実」

 そう呼ぶやいなや、足元の土がもぞと揺れ膨れ上がった。

 土の中から出てきたのは、猫のような顔の動物。

 命あるものを見て、思わず安堵した茜音は次の瞬間その安堵を投げ出すこととなった。

 

下半分がなかった。

在ったはずの二本の後ろ足も、尾でさえも腹から下は、すべて千切られたように存在していなかった。


「なっ……」

 その命ある物は月樺の足元へ、前足のみで這い寄り頭をくっつけた。

 それを見下ろし月樺は寂しそうに言う。


「これが、<改革>です」


 茜音が息を呑む音が聞こえた。

 月樺は続けた。

「<改革>は一度に大きく被害を及ぼします。その為、力を溜める時間が必要です。だからしばらくは大丈夫ですが、第一改革によって被害を受けたのが、ここです。この子も、この子の子供も。子供はすべて奪われてしまったのです」

 今は、ひとりです。と、泣き笑いの表情を浮かべる。

 茜音は知らずのうちに、塞がっていない方の拳に精一杯の力を込めていた。


 おぞましい。

 ひどく荒んだこの状況を、誰がどう見過ごせようか。


 思わず、仲間がこんな状態になった時のことを想像してしまった。






――― 

「茜音、集中して。呼吸を水と共に合わせる感覚で!」

「あ……」

 バシャン!


 そして、湖の中へと落ちた。

 水面に浮いてきた二人の影を子供が微笑ましそうに、目を細めていた。

 子供は包帯を左眼以外――腕も脚も顔もすべて埋め尽くすように包帯を巻いていた。服は茜音や月樺とは違う、どこか別の国のような服装だった。


「あふっ」

「はあっ」

ほぼ同時に顔を出した少女らは、子供のいる陸の方へ歩くように泳いだ。


湖から這い出て茜音は、微笑む子供を睨むように見上げた。

「なにが可笑しいんだ、真」

「いや、若き者たちは一生懸命さが出て、良いな。そう思っただけさ」

 包帯でくぐもった声が聞こえた。声は低いほうで子供にしては、不自然な部分が多すぎる。

「…………嘘だ」

 そう吐き捨て、地面にあぐらをかく。 

月樺はというと、立ったまま体に付着した水滴を一つ触れて、顔の前に手を伸ばした。

 すると、茜音や月樺の服から体から、水滴が虫のように蠢き、収束した。

 体はすっかり軽くなり、ふと月樺へ視線を向ける。

 虫のような水たちは、手の中で弄ばれ、一瞬のうちに消えた。

「これは、消えたわけじゃなく、体の中に蓄えられた」

「正解です」

嬉しそうに子供とはまた違う微笑みを浮かべ、向き合う。

「それにしても……、あまり上達しませんね。〝水徒歩〟が」

「ああ」

 少し不機嫌に返すと、子供は苦笑混じりに言う。

「困ったね。そろそろ、初級術はできないと……間に合わなくなる」

「――わかってる」

 そう、自分がこんなにも惨めなことをしてるのか。それは、この世界の<改革>というものを止めるため。

 というより、茜音にとっては仲間の死を阻止ということのみしか、毛頭にない。そのために、この子供――真から教えを乞い、修行していた。


 どうやら、【陰】の人間たちは〝術〟というものを使えるらしく。初級、中級、上級、特級という位で術士を評価しているようだった。

 茜音はそのどれにも価しない。

 いわゆる、評価することもできない術士というわけであった。

「………………。」

 月樺は上級。真はもちろん、特級。あるいは特級以上だろう。

 それを思うと茜音は気分が底に落ちるようだった。


 今取り組んでいるのは初級への一歩。せめて月樺と同じ上級にまで行くことが<改革>を止める条件らしい。

 そんな茜音を真は疲れと見たのか、気遣いするような視線を向け、言った。

「次は、月樺にしようか」

「え、あ!はい。頑張ります、爺様」

 子供に向かって爺、というのもどうかと思うが、それについてわざわざ質問するのも面倒なので、茜音は黙ってそれを聞き流す。

「では、よろしくお願いします」








―――

「やあ!」

 茜音へ向けて月樺は木の棒を振り回す。

 そんな突進を脇に避けて、無防備になった月樺の頭をぽん、と叩く。

 一本。

「あう……」

「お前は猪か。馬鹿らしい。猪突猛進を体で表現しているようだ」

「そ、そうでしょうか……」

 苦し紛れにこちらに目を上げ、言った。茜音は立つよう命令し、そっと一歩退いた。

「いいか。最初は自分にとって最適の場を保つ」

 そう言いながら、そっと後ろへ足を置く。

 月樺もそれに習って一緒になって後ろへ身を引いた。

「そこで、攻める時は大きく、出る」

 そう言うやいなや、茜音は瞬間的にしゃがみ一歩身を出したかと思うと、真っ直ぐ突っ込んできた。矢の如くの速さに月樺は目を閉じる。

「馬鹿、目を閉じるな!」

「……え」

 その後に感じたのは頭に当たった棒の感触。

「どうして目を閉じた? それは敵に負けを認めているのと、同じことだと言ったはずだ。いいか、お前は今日で二回死んでいる。おれに殺されている。おれは敵だ。敵は叩きのめす、それが生き残るためだ」

「――はい」

「きちんと分かっているのか」

「……はい。」

 なんと言い表せばいいのか。彼女の言葉に殺気や真剣みが全くもって感じられなかった。

 この修行を始めてからずっと感じる、意識の無さ。

 茜音の術と同じくらい、話にならなかった。こちらの人間であれば、まず虐められ、死ぬ。女だとしても、だ。


「……お腹が減ったかな」

 ずっと口を閉ざして修行を見守っていた真が月樺に、助け舟を出した。

「え?」

 どうやら落ち込んでいたらしい。助け舟の存在も見えていなかったようだ。

 真がこちらを苦笑ぎみで見てくる。

 茜音は露骨に嫌悪感を面に出し、わざとらしく息を吐く。

 そして渋々了承する。


「おれもだ」

「え、ええっ?」

「腹が減ったんだ……って言ったんだが?」

 すると戸惑いを笑顔に変え、茜音の手を取り、荒野にたったひとつ、存在する小屋へと駆けだした。






―――

 荒れた野原の奥深くを少女二人は並んで歩いていた。

 茜音の強い意志で、手を握ることはできなかったが、隣にいることは許されたので、月樺はご機嫌のようだった。

「うふ、うふふ」

「…………。」

「なんだ、とは問うてくれないのですか?」

 微笑まれた茜音は、その笑みでさえ必要ないもののように鼻で笑う。

 そして質問に答える。

「お前が喜んでいるのはおれの存在について、でよかったか」

「ええ、なんだか家族が増えたようで……嬉しいです」

 最後の感想を聞くかいなか、茜音は目を背け、風景に目を移す。相変わらずの荒れ様。思わず脱力。しかしこれも滅びの前兆だと言われれば、思わず身構える。


 そう、ここ荒野はもとは緑色を存分に使っていた森だった――らしい。

 その森がどうしてこんなことに?

 答えは<改革>によって。

 月樺によると世界の半分は、もう<改革>の被害に遭っているという。自分の町は大丈夫だろうか、と心配になる茜音だったが、茜音はその<改革>を阻止することが出来る。そのために嫌々ながら、こんな女たちと行動を共にしている。


 真に課せられた修行内容

 一つ、茜音は月樺に習い、術士上級まで腕を上達させること。

 二つ、月樺は茜音に習い、【陽】の武術を習い、上の下まで上達させること。


 以上だった。

 二つだ、などと数の問題ではないことは、先ほどの修行様子を見ていれば一目瞭然だった。

「…………。」


 もはや一ヶ月という時間が過ぎ去ろうとしている。

 しかし、茜音は決してあちら側の――【陰】との人間と和解しようとはしなかった。


 この世界は【陰】と【陽】という二つの町で成り立っている。

 茜音は【陽】の人間で、この歳になるまでずっと町に住んでいた。


 が、その茜音が愛して止まない町は【陰】の襲撃によって命と自由を奪われた。嘘でも少ない被害だったとは、言えないほどの広大的な被害。

 力弱き人――老人や子供、病人は【陰】の町へと強制に移動。茜音や健全な若人は【陽】の簡易小屋にただ閉じ込められた。

 茜音には親がいなかった。だから、町の人々をまるで自分の親のように愛した。

以前までたった一人の妹と二人暮しだった。しかし、その生活はすべて投げ出したことになった。妹は元々が病弱なために、【陰】へと旅立った。


 茜音は憤怒と憎悪でぐちゃぐちゃになった感情を、【陰】の人間へ向けるしか冷静になれる道がなかった。


「茜音?」

 なのに、この目の前の【陰】の人間は。憤怒を変に押し込め、憎悪を見事に消沈させる。

 月樺は木製の大きい桶を揺らし、茜音の前に来た。なぜかそんな行動でさえも苛つき、茜音は空へと視線を変える。

「わたしの仕事なのに、すみません」

 月樺は真と二人暮しで、食事作りは彼女の仕事となっているようだった。となれば食材探しも必然的に彼女の仕事となってしまう。茜音は食わせてもらっているために、その手伝いをしている。


「別にいい。……今日はなんだ」

「え、えっと。そうですね、今日は筍飯にしましょうか」

「たけのこ」

「確か茸干しがあったはずなので、それも一緒に。」

 正直茜音は月樺を嫌悪していたが、彼女の作る【陰】の食べ物については関心があり、その点のみ認めていた。

「そうか」


 素っ気無い答えを返し、茜音は黙々と歩き出した。

 月樺がそっと笑ったようだったが、無視した。


 ……今日はたけのこ飯だ。





―――

「……美味かった」

「え、本当ですか!」

「…………………………。」

これがいつもの食事終了の合図だった。茜音は食についてだけは月樺を認めているわけで、正直に感想を述べる。それを聞いて毎回、子供のように喜んでいる月樺を、少し呆れた目で一瞥する。


「ふふ。楽しいね、主たちは」

 真がそう、口をはさむので余計に気分を悪くし、答える。

「黙れ」

「いいじゃないか。褒めているつもりだよ?」

「真に褒められても、真剣に嬉しくない」

「そこまで言わなくても……」

 月樺がそう割り込んできて、話は終わった。

 茜音は竹でできた皿を重ね、水の入った桶へ入れた。軽く飛沫があがり、降りかかる。その様子を中腰で見つめ、ふと思う。


 【陰】の術士は〝水〟を使う。それは当たり前のこと。

 ――本当に?

 どうしてだろう、水は自分と合わない気がして、たまらない。


「どうかしたのかな?」

「いや。べつに」

 すかさず訊く真に呆れ半分と敏感さに感心半分、といった感じで返事を返す。

 真は軽く肩をすくませ、月樺を見る。少女は何がなんだか、といった感じで小首を傾げる。

 それに対し、苛つきを覚えながら、言った。

「皿、洗う」

「え?」

「いいから」

 そう強引に言って桶を持って小屋を出た。


 外は相変わらずの空の色だった。青以外の顔を知らない動物のように、ただ白い霧を浮かべていた。そんな空でさえ、知っていたはずの空の色でさえ、新鮮みを帯びていた。その理由は違う場所だからだろうか。それとも自由を奪われて、天井という空しか見ていないからだろうか。


「ちょっと、茜音……?」

 追いかけてきたらしい月樺が突っ立っている茜音と軽くぶつかる。

「――あ、ああ」

「…………ねえ」

 すっと息を吸って、真剣な目つきのまま凝視される。

「な、んだ」

 思わずそう答えた。それを合図に形の良い唇が開かれた。


「訊きたかったことが、あるの」

「…………。」

 何でも答えるつもりは、ない。そこまで彼女ら【陰】の人間を信用してるわけではないから。

 しかし、月樺の口から出た言葉は、身構えたことでさえ、馬鹿馬鹿しくなるような質問だった。

「茜音、は……女子ですよね?」

「はあ?」

 今更すぎて、拍子抜けした。そんな声に月樺は慌てて反論する。

「え、えっと。すごく武術も上手ですし……。武術ってほら、女子というよりも……なんていうか、男子の術のような気がして――というか……」

 慌てて否定するが、茜音の害された機嫌は戻らない。刺々しい声で反論される。

「お前たち術士は男女の区別があるのか?」

「そ、そんなことはないですけど……」

「おれは昔から、男仲間と交じって遊んでいたからだろう」

 気が付けばそんな言葉が出ていて、自分でも驚く。


「そうですか。では、茜音はその中で一番上手でしたか?」

「……だろうな」


 難しい顔を見られたくなくて、つい、と歩き出す。銀の髪を揺らしながらついてくる少女の足音を耳にしながら。


 ――まるで、あいつみたいだ。

 そう思い返しながら。







―――

「姉様、どうして男子のような格好を?武術は男子のものでは?」

「……別に、姉様が強くなる必要などありません」

「なぜって、わたしが姉様を御守します」

「姉様!見てください、蝶ですよ!」



 ――嗚呼、どうして。


「姉様?」

 こんなにも愛しくお前の声は響くんだ。










――

薄暗い黒の中。風に弄ばれて今にも消えようとしている、蝋燭の火。それをただ静かに見つめるでもなく、見ていた。仲間の自由を奪う檻は頑丈で壊そうともがいても、全く効果がなかったのは壁の傷が明らかにしていた。

 そんな絶望のみをぶつけられた仲間たちはもはや、生きた目などしている者などいなかった。皆、平等にどん底の黒に包まれたのだ。家族という、友達という大切な存在を奪われ、絶望の色を隠せずに絶望しているのだ。

 辺りは仲間たちで密集していて、こんなちっぽけな小屋では狭い位だった。食物はなんとか与えられるが、空腹には違いなかった。


「………………。」

 天を仰ぎ、仲間の姿を出来るだけ見ないようにする。すると自然とあの時を思い出した。

 大事な仲間が大事な仲間〝だった〟、となってしまった瞬間。

 町は【陰】の人間の術がばら撒かれた。凄まじく恐ろしい、高く燃える炎が轟々と強く音を立てて、家々を喰らいついていった。残り少ない水を使って必死に火を止めようとしたが、あの炎が術によるものだと知るのは、【陰】の人間が死んだ人間を踏みつけて、生きている人間を選んで連れて行ってからだった。


 町は、人を失いすぎたのだ。

 そんな中で自分は何かできたのだろうか?

 自分ははっきり言って大人と同じくらい強かったはずなのに、力があったはずなのに、自分の妹しか助けられなかったではないか。

 いや、助けてもいない。

 あの後【陰】の人間に気を失わされ、妹はどこかへ連れていかれた。


 ――どこか、というのはおかしい。

 実はここにいる皆、自分の大切な人物がどこにいるか、知っていた。 

 自分たちの【陽】の光が照り輝く場所。


 【陰】は町人を奪うだけではなく、〝光〟も奪っていったのだ。

 生を見守り、成長させてくれる、神として君臨する光――【陽】。

「……かえせ」

 悔しくて、悔しくてどうしてもいられなくなった。しかし、憤慨することもこの空間では許されなかった。だから、唇と拳にありったけの力を込め、血を滲ませるほどに悔しさを紛らわせた。

 かえせ、大事だった仲間を。

 かえせ、大事な仲間を。

 かえせ、大事だったはずの、世界を。


「……えせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ、かえせ……!」


 憎悪の念を膨らませるだけでは、意味がないのだ。

 まだ取り戻さなければ、ならない仲間がいる。生きているかもわからないが――、仲間を取り戻さなければ、いけない。仲間だった仲間については、今は後回しだ。死人は何も与えてはくれない。両親がそう示してくれていた。


 だが、どうする?

 今ここにいる仲間は、はっきり言って大人になれなかった男だけだ。男は絶望に陥れるだけで、折れる。それを敵は熟知しているのだろう。

――だが、どうだろう。彼らは何かをしくじった。


 ……自分という存在。

 元々、男のような顔つきだったのだ。男のような格好をしていれば、誰でも間違えるものだ。そこをしくじったのだ。


 女は、決意すれば全てを成し遂げるまで、折れることはない。


 大人がいない今、この中で力を持つのは女の自分のみ。


 自分は女であるがゆえに、女を捨て、男にならなければいけなかった。





―――

 初めて人を殺したのは、そんな矢先だった。

「あ……」

 仲間の一人が思わず声を漏らした。 

親の形見だった腕の半分しかない刃物を、敵の腹へと押し込んだ。

 食料が雨のように降りかかり、それと混ざって鮮血も降ってきた。黒ずんだ生地が赤い斑点模様を描く。ずぶ、と刃物を引き抜くとさらに斑点が大きく増えた。

 

仲間は唖然としたままこちらを見つめる。

 屍は自分の方へもたれかかったので、横にずれ床に落とす。肩で息をする自分に思わず驚く。

 相手は完全に隙だらけだった。だから、そんな激しく動いてもいないはずなのに。

「やったのか……」

 そのやった、とはどちらのやっただ?

 鋭い視線を投げかけると、身体を竦ませた。

――まだ、だめだ。

 まだ決意に踏み込めていない。おそらく、全員だ。


 本心は激しく拒絶したが黙らせ、死んだ兵士の髪を掴み、問うた。

「仲間は生きているか」

「……………………………………。」

 何も返事しない。それよか、身じろぎ一つしない。

 当たり前だった。この人間だった奴はもう死んだのだから。自分の手に握られている刀が何よりの証拠だった。しかし、こんなことをするのは理由があるからだ。

 身をずらし、兵士の口元に耳をあてる。


「―――仲間は、生きているそうだ」

「……!」

 皆の顔色が変わった。もちろん先程言ったように、屍は何も語らない。――つまり、嘘をついたことになる。大変心苦しい、心が今にも張り裂けんばかりの思いだったが、仕方ない。


 これが、仲間のためになるのならば。

たとえ、仲間が死んで、嘘が嘘だとばれようとも――その憎悪で生きることはできるだろう。そういう計算もあった。


「外に出るぞ」

 扉から外に出ると、物音に気づき他の兵士が集ってきた。それを物言わさぬ速さで切り裂いた。




 嗚呼、お前はなんというだろう。

 妹、おれは人を殺し、お前だけを助けに今棘の上を歩いている。



 その後、光を探し【陰】の町を歩いていると先読みしていた敵に、罠を引かれおれは仲間を守るため、深い致命傷を負うこととなった。

 まず、一人対多数という時点でおれの負けは、決まったようなものだったが、充分に時間を稼いだだろう。


 それから、死にかけの身体を半ば引きずるように、荒野を墓として死ぬ。


――はずだった。








――――

「茜音」

「……なんだ」

 真はそんな答えに苦笑混じりに言う。

「主は、月樺に何を重ねて見てる?」

「!」

 心臓の脈が急激に速くなった。あまりにも、図星だったからだろう。本人月樺は皿洗いに出かけている。

 真は包帯を顎に追いやり、薄桃の唇で茶を啜りながら、そう問い掛けた。

「……死んだ【陽】の人間についてかな? それとも――」

「違う! ――死んだ人間は、何も教えては……くれない」

 そう、吐き捨てるように言うが、真は特に気にしていないように言葉を続けた。黒瞳をそっと細める。

「主はここに来て、そこそこの時間が経過していると思うよ。それなのに私はともかく……月樺に懐かないのは、おかしい……というより、どこか無理をしているように見えるんだ。別に、それに対して何か言おうとしているわけでは、ないんだよ? ただ、主を縛るものが何だとしても、ここにいる間は少し放っておいて欲しい。そう思うだけだよ。――どうせ茜音はそのうちここを発つのだろう?なら、その間だけでも苦しさを逃れるのも、いいと思う。」

「…………。」

 少なからず、真の言葉はなんとなく的を射ている。

 確かに、一生を苦しみに委ねなくともいいはずだった。それでも――と反論する自分もいる。

 激しく葛藤する。どうすればいいのか、本気で分からなくなってきた。

 

そんな茜音を見つめながらも、真は言葉を続けた。

「準備、そう戦に発つ準備みたいな感じでくつろいでみてはどうかな?月樺も主が思うよりも遥かに主に好意を持っているよ。できれば、仲良くして欲しい」

「………………。」

 もはや、何も答えることができなかった。なんと返事していいのか、茜音自身分からなかったからだ。


「――すまないが、席を外していいか」

「ああ。主にとってはすぐに返事できる問題ではないようだ。どうぞ、ゆっくり考えてくれ」

「ああ」

 そう言い残し、茜音は扉を開けた。

 外の風が心地よく吹き付けた。空は相変わらずの晴天。【陰】の光が照り輝いていた。

 茜音はゆっくりと足を動かし、どこに行くでもなく歩いた。


「あら、茜音?」

 す、と月樺の脇を通り過ぎる。はっとして月樺は振り向くが、背を向けたまま黙って歩いていた。

「茜音!」

「…………なんだ。」

 不機嫌にそう答え、振り返ると胸に温かいものが潜り込んできた。

「な……」

 言葉も出ない茜音の胸に頬をすり寄せる。

「もう、平べったい胸だこと」

「は?」

「あ、すみません。こちらの話です。――えっと、こうでもしないとすぐに行ってしまいそうなので」

「……はあ」

 全くもって、月樺の行動はわけが分からない。理解不能だった。急に抱きつく、性別を訊いてくる、なにかと関わってくる。本来彼女はこんな風に自分を見せない、と真に聞いたばかりなので余計に理解できなかった。


 こんなところも、――似ている。

「あ」

「え?」

 また、重ねていた。自分の妹と。

「どうして、お前はこんなにも妹に……」

「え?」

「――あ」

 まただ、どうも調子がずれる。黙っていようと思うこともつい口に出る。だから茜音は妹に対して隠し事ができなかった。

「いや、忘れろ」

「もう、どうしてですか!」

 教えて、とせがむわけでもなく、怒った。頬がぷくりと膨らんだ。

 ここは、違う。妹は怒るときは他人の身体を叩くのだ。もちろん、痛みを感じたことなどない。妹は病弱だった。力とは無縁だったのだ。

 ……?

「そうか」

 真はこれについて言いたかったのだろうか。

 茜音は確かに月樺を妹と重ねていた。しかし、人間に同じ人間が二人もいるなんてことはあるはずないのだ。人間である限りは。

 妹と重ねるのは勝手だが、月樺のこともしっかり見つめてくれ。

 そう、伝えたかったのだろうか。だから、あんな切り出し方をしたのだろう。


 そうだな。今、少しだけ決めた。

「なあ、月樺」

「はい」

 顔を上げ、見上げてくる彼女の頭を軽く撫でてみた。こんなことを他人にするのも初めてだった。しかし、手触りの良い髪を撫でていくうちに、これは結構いいものだ、と思った。そして言った。


「おれに、術を教えてくれ」


 少しくらい、休憩時間を用いるのも、いいだろう。







―――

「月樺」

「はい」

「どこへ行く?」

「……さあ」

 駄目だ、と直感する。

 違う相手に期待する。

「おい、真」

「なにかな」

「……どこへ行くつもりだ」

「お楽しみに。としておこう。そこまでお楽しみになるかは、わからないけれど。まあ、人に会いに行くだけだよ」

 茜音はまったく意味が理解できなかった。


 術の修行中、真は急にどこかへ行くと言い出し、二人を連れ出した。

 荒野の中をずんずん進んでいく。月樺はおぼつかない足取りで歩くので、茜音はそれを毎度毎度受け止める羽目となる。

 真はそれを隠れていない右目で見つめ、微笑む。


 ――あれから、少しだけ時間が経過したわけだが、月樺はともかく茜音がまったくもって成長しなかった。

 集中力もある。真剣さも見ていれば一目瞭然。真の目から見ても、初級、中級ほどの力があると見て良い。そのはずなのに、茜音は水面を歩くことさえもできなかった。

 長年術士を育てている真だったが、茜音の場合あまりにも変だった。



 ということで、ある場所を目指し歩き続けた。


「今日の昼飯は」

「えっと。米はそのまま炊いて……そうですね、味噌汁でも作りましょうか」

「みそしる」

「ええ。温かい……お汁?でしょうか。色々な実を入れて美味しくするのです。今日は実を小魚にしても良いですね」

「――そうか。なら、おれも手伝う」

「ありがとうございます」

「……というよりここに魚がいるのか?」

「もちろんですよ!」

 そんな他愛のない会話が交じり終えた途端――、

急に荒野の姿が変化した。

 

からからだったはずの地面から、新緑の命が芽生えている。茜音は顔には出さずに、驚いた。

かすかにだが、水の音もする。川か湖が近いのだろう。しかし木々は相変わらず葉もない枝を、淋しそうに揺らしていた。

 そんな中、強く居座っている細く高い筒状の建物に目が行った。

 塔と呼ぶにはあまりにもしっかりした建物で、空高く、それも今にも暗空へ着きそうなほど高く積み上げられていた。


 そんな景色をそっと見つめ、真は言った。

「ようこそ、<改革>の中で唯一無事だった場所、――【陰】へ」







―――

こつん、と三人分の靴音が、壁や地面に跳ね返り、響いていた。

辺りは暗闇だった。真の術によって灯りが製されたが、やはり暗いものは暗かった。

「水は映すのみだからね。松明には少し頼りないかな」

そう、真は照れるように言う。右手の上で浮遊する水の塊が、ちらと点滅する。かし、この灯りだけでも充分なほど辺りが見えた。

 広がっていたのは、階段のみ。

円を描いた螺旋階段が、大きく広く、塔の中身を埋め尽くしていた。頂上など、見えるはずもなく、ただ渦巻く階段しか視界に収まらなかった。

 そこで茜音は訊いてみることにした。

「先程の【陰】へようこそ……とは、どういうことだ?」

真はきょとんとした顔でこちらを見る。

「そのままの意味だけれど」

「そ、そうだろうが……おれには理解できないんだ。ここは【陰】だから今更ようこそもないだろう?」

ああ、そういうことか。と真はにこりと微笑む。

「それはね。光には名があることから説明しなければいけないよ」

「名前」

「そう。【陰】という町の名は実は制御している、光の名からつけられている。主の町【陽】も光の名がそうだから、【陽】なんだ。だから、光は町で、町は光なんだよ。光が町の中心点。」

「……そうだったのか」

 茜音は光について、ほとんど無知だと言っても過言ではなかった。

 実際には学ぶ場所はあったのだが、親がいないため茜音が家を養っていた。

 【陽】の町では稼ぎの主な職が付き人、であった。茜音は元々が腕っぷしが強かったので、他の人からの要請が尽きなかった。時には死と隣合わせとなる場合もある。


「さて、いいかな」

 町について考えを膨らましているうちに、歩みが遅れていたらしくはっとする。そして急いで歩みを進めた。

 月樺の歩幅は茜音よりも普通に狭かったので、すぐに追いつく。

 そして気になったので、すこし問うてみる。

「ここに来たことはあるのか」

「――え? い、いえ……初めてです」

 黙々と階段を上っていた月樺は驚いたように、こちらに身を寄せ言葉をすませた。その際にバランスを崩し、茜音へと倒れ込む。それを察していたかのように瞬間的な速さで片手を出し、月樺の背を支える。

「あ、ありがとうございます」

「いや」

「頼りになりますね、茜音は」

「嬉しくもなんともないな」

 真がこちらを振り向き、困ったように笑う。

「まだかい?」

 その言葉に二人は一緒に背筋を伸ばし、一生懸命足を動かす。

 真はそれを見てふっと笑い、再び足を進める。


 そうしてやっとのことで、扉の前へと辿りつく。


「さて、開けようか」

 ぎい、と鈍く古さを物語る音がして、扉が開いた。


茜音の目に飛び込んできたのは、目一杯の〝光〟だった。眩しくて思わず目を細め、視線を放り投げる。

それからしばらく視線を外すが、だんだん目が慣れてきて、再び目をやる。

 何色ともとれないただ眩しく輝く、光だった。雲なんて見えないほど、それは神の領域だと、茜音は心の底から思った。

それと同時に憎悪が強く溢れてきた。


「これは、おれらの光か」

「え」

「これは―――我らを導く神の光、【陽】ではないのか!」

 この強く輝く神の領域。

 真はこれを【陰】だと言ったが、それを示す真実がない。もしかしたら、真は騙されているかもしれない。いや、おれが騙されているかもしれない。そう思うと考えは止まらなかった。


 途端、光が弱まった。

 目を細めると、円に囲まれた宝玉に目が行った。

 真っ白な、それこそ空気の色に浸したような透明さだった。その透き通る肌に何かの紋が刻まれており、宝玉は地面に着くこともなく、浮いていた。

【何を申す、人間よ】

「!」

 月樺でも、真でもない低く、おぞましい声が辺りに響き渡った。

【我は【陰】であり、【陽】ではない。それは事実だ】

「ほ、本当か……?」

【勿論だ。【陽】は何処であろうと満々と照りつづけるが、我【陰】は暗闇の中でしか映えぬ存在ゆえ、【陽】との輝き方とは違うのだ】

「……し、しかし! 世界に青空を浮かべるほどの強き光で――!」

 茜音が必死に反論する言葉を【陰】は否定した。

【それは違う。同じ町に二つの光があるから、そう思うだけだ。この光は我の光ではない】

「……!」

「茜音、本当だよ」

 真が慰めるように言うので、茜音はそっと俯く。

「違う、のか」

【おや、その力の流れ――さては【陽】の人間だな】

「そうでございます」

 真がそう、丁寧に答える。

【用件は】

 すると、もう一度光が強まり、茜音は目を伏せる。

 再び眩しさが消えると、素晴らしく美しい宝玉の姿は忽然となくなり、代わりに人の姿をした男が目の前にいた。


「人間の姿になるのは、久しい」

 真っ直ぐとした目に金の髪。頭には薄い布を被り、変わったしかしよく映える服装をして、男は目の前に立っていた。

「お前は真か。相変わらずの子供のままか」

「……ええ。まったくもって成長せず」

 すると、男は月樺に目を向ける。

「お前は我が人間だな。美しい顔をしているな」

「……え、その……あ、ありがとうございます。嬉しく思います」

 火照る顔を隠すように俯き、そう言葉を紡ぐ月樺を横目で見る。


「真、お前はこいつについて我に問いたいのだろう」

 男は茜音の目と鼻の先まで近づき、顔を近づけた。茜音は驚き、硬直している。

「はい、そうです」

「そうか。なら率直に申そう。こいつは〝火〟だ」

 そう言い終えるやいなや、男は真に向き合った。茜音は落ち着きをなくし、肩で息をする。


「属する場が違うのに、水術を教えては駄目だ。かといって、お前には火術をもっていない。ならば……」

 もう一度茜音と向き合い、見据える。緑の瞳が痛いほど突き刺さる。


「我が、すべてを叩き込んでやろうぞ」





―――

「あの……」

「なんだ、我が娘よ」

「え、えっと。陰様、でよろしいでしょうか……」

「呼び名か? 陰でよい」

「そ、んな恐れ多いこと――」

「陰」

 茜音は表情一つ変えず、そう呼んだ。月樺は今にも壊れそうなほど顔を一変させた。恐怖で口が引きつっている。


「ああ、なんだ」

 普通に答える陰を見てさらに表情を固める。

「今日から月樺ではなく、お前がおれの術教師となるのか」

「いや、違う。助言をするのみだ。これはお前たちの修行なのだからな」

 そのため、我もお前たちと行動を共にすることとなる。そう、陰は言った。

 となれば、月樺は大忙しだ。いつもは二人分しか用意しない飯も二人分追加となる。それでなくとも陰に対して、緊張している月樺は心臓が足りないほどであろう。

 それを真は何も他言せず、微笑ましく見守る。



 ――そんな中、修行が始められた。

「まずは、火徒歩からだ」

 それを合図に地面に火が灯る。蝋もないのに、不思議だった。

「おれは一応水術士だが、火術も使用できる。ほら、渡れ」

「う……」

 火は恐ろしいほどに高くそびえ、轟々と噴く。月樺は火がない、終点で待機している。前のように手を引いて歩くことはできなかった。

 どこか緊張の面持ちで月樺は手を伸ばす。

「呼吸を合わせるのは、多分火術でも同じだと思います! だから……気をつけてください!」

「ちなみに歩けなかった場合、水では落ちるだけだったが、火では必ず火傷を負うことだろうな」

 陰はさらに追い討ちをかけた。

 茜音はそれを耳に入れつつも流そうと必死で、火を見つめる。

 思い出すのは、憎い炎たち。恐怖と憎悪で気が狂いそうなほど、身体が震える。

 しかし、ここで行かないと<改革>が止まらない。

「たあっ!」

 茜音は火へと飛び込み、赤い光の先に足を置いて、駆け出した。途中、足を滑らせ足に軽い火傷を負うが、それを気にする余裕もなかった。ただ一目散に月樺の元へと足を動かした。


「茜音!」

 月樺の胸へと飛び込み、息を整える。危なかったが、なんとか大丈夫だった。ぴり、と火傷が疼き、思わず声が漏れる。

 月樺はそっと茜音の背をなで、軽く抱き締めた。


「初級術は完了だ」

「はあ……はあ……はあ……」

 虚ろな目で陰を見上げる。金髪がさらりと揺れる。

「次は中級だ。休むな、時間は待ってはくれない。神と違ってな」






―――

「あっ!」

「あ、ごめんなさい……」

 茜音は身体を椅子の上に投げ出し、怪我を治してもらっていた。月樺はふくらはぎに手を当て、治療していた。こうやって目の前で治療してもらうのは初めてだったが、これが意外と痛い。

「だ、大丈夫ではなさそうです……」

 そう、隣で見下ろしている陰に言う。が、陰の方はさも当たり前といった様子で見下していた。

 陰の人間がどうして術の中でも特に水術に長けているか、それは火はとても強力なのだが、暴れ回る獣のように制御することが特に難しいとされている。それに習って級会得の修行も厳しくなる。とった理由があるからだそうだ。

 しかし、茜音に水術は合わず、火術の道しかなくなってしまったのだ。

 つまりこのつらい修行をこなし、上級まで上がらないと、世界は<改革>してしまうのだ。

「………………いや、大丈夫だ。」

 こう言うしか他ならなかった。陰もどこか満足そうに鼻を鳴らす。


「ともかく、今日は食材探し、一人で行ってきます。あ、茜音はいいですよ!大丈夫です。わたしも頑張りますよ」

 そう言い残し、月樺は外へと出た。

「そうだ、私も出かけなくては。塔の階段の一つにひびが入っていたんだ」

 真も扉を開け、外出した。

 残るは茜音と陰のみ。


 ふいに陰は問い掛けた。

「お前は、【陽】の人間だと……言ったな」

「茜音だ」

「――茜音は【陽】を見たことが、あるか?」

「光か、人の姿か」

「……まずは光の方」

「残念ながら。多分、おれの妹なら知っているだろうな」

「妹?」

「あ……」

 ついうっかり口を滑らせた。なんだか、月樺と話しているように自分が掴めない。茜音は頭を掻いて、照れを紛らわす。

 しかし陰はそれについての追求はなく。そっと茜音の頬に手をおいた。

 茜音は驚き、顔をそっと赤く染める。

「な、なんだよ……」

「いや。――似ている」

「だから、なにが」

「我の愛する女子に。」


 陰は今までで一番優しく、悲しそうに微笑んだ。

 それを見て茜音はつい、と視線を外した。

 

そんな笑い方、してほしくなかった。

 仲間を結成し、【陰】へと向かう途中、多くの仲間を失った。死に逝く仲間を見届けるのが、仲間の務めだと皆で見守った。

そんな中仲間のほとんどが、そう言った微笑み方をして逝った。

 見てられなくなって、そっぽを向くように言う。

「そんな、顔……は、死者の顔だ。陰は生きているのだから……、そんな風に微笑うな」

「……?」

「ともかく、今は笑うな! あ、あとで笑え」

「……そうか」

 何もわからなかっただろうが、陰は微笑みを奥に引っ込め、元の仏頂面に戻る。


「なあ、おれはもう、中級合格者か?」

「ああ」

 頷く。茜音はふと、真に言われた内容を思い出す。

 初級は徒歩、中級は出入、上級は変化だったはず。茜音はその中級まで一日で昇り終えた。これは、真でさえ目を丸くする事態だったらしく、陰は誇らしげだった。

 茜音は特に考えもせず、右手を目の前で広げ、念じる。


 ぼうっ


 と、手のひらの上で炎が揺らめいた。思わず、ほっとする。完全なる火術士ならば炎で火傷など有り得ないらしい。早くそうなれば良いことを願いつつ、茜音は火を仕舞う。

 それを外から帰ってきた真が見つけた。

「ああ、大分上手になったんだね」

「……な、んとかな」 

 

――途端。

「爺様!」

 と、慌しく月樺が扉を開けた。

「何かな?」

 落ち着きはらって答える。月樺はその場で足踏みし、ばっと身体を退ける。


すると、外には女性が立っていた。

 留守番していた二人は何者だ、と言いたげにいかぶしげに見つめる。それから真に目を向ける。すると真は大きく瞳を開かせ、見たこともないほどに驚いていた。

「杏奈」

「や、元気だった?」

 杏奈と呼ばれた女性は、脱力した笑顔を撒き散らし、片手を軽く上げる。




―――

「久しぶりね、真とは。ふふ、元気だった?」

「まあ、一様は。……杏奈のほうはどうなんだい?」

「私?まあまあ。普通に充実してたんじゃないかな。しかし真は相も変わらず子供のままね!あはは、笑える」

「…………。」

 この二人の雰囲気は普通じゃない。なんというか、違う。友達関係でもなく、かといって血縁関係でもなく。何かが違った。


 動揺を隠せない二人は月樺を緊急呼び出しし、話を聞くことにした。

「どういうことだ……?」

「あれは口だけは達者だったはず。なのに黙らせているとは何事」

 月樺はきょとんとしながら問いに答える。

「杏奈様は爺様の幼馴染、と耳にしておりますが?」

 それを聞いて、二人は顔を合わせ、月樺に詰め寄る。

「「本当か?」」

「え、あ、た、多分そうです……、はい。」

 少し身を引かせながらもそう答える。二人はちら、と真を一瞥し月樺と向き合う。

「あれは恋人どうし、とかそういう関係ではないのか?」

「……さ、さあ」

「案外、元々の恋人かもしれない」

「ど、どうでしょうか」

 そんな会議が聞こえたのだろうか、杏奈が立ち上がり、腰まで伸びる栗毛を揺らしながら、歩み寄ってきた。

「や。私は院賀杏奈だ」

 両の黄瞳をどこか弛ませ、だらけたように自己紹介する。

「月樺は、前に逢ったから知ってるよね? そこの男は陰。そうでしょう? 我らの光」

 陰はそうだ、と威厳のある声で答える。すると茜音と目線を合わせ、口を開いた。

「……うん。私と同じ〝あ〟から始まる名だね」

「な、なぜ分かる」

 すると杏奈はだらん、とした微笑みを浮かべ、小首を傾げた。

「勘」

 思わず拍子抜けする。そんな茜音に対しけたけた笑い、真と向き合う。

「私、久しぶりに真と二人で話したいんだけど。席を外してもらってくれない?」




―――

「もしかすると、ですけど」

 カンッ

「ああ」

 カンッ、カン

「やはり、彼女は爺様の言ってた、大事な人、かも、しれません」

 カン、カンカンカン!

「だ、ろう、な!」

 瞬時に左へ反れ、月樺の頭を枝で叩く。

「あう」

 頭を抑え、悔しそうに見上げる。茜音は肩に木の棒を置き、遠くを見つめる。

 外に出された三人はやることもなかったので、陰は自分がいなくとも、青空は消えない、ということで塔には行かず、散歩に出かけた。

 二人は何をしようか話合ったが、これと言って良い案が出なかったので、今日はしてなかった修行――武術をすることとなった。

 茜音からして月樺はまだまだ弱い。まあ、【陽】の下っ端辺りまでには漕ぎ着けたが、やはり茜音から勝利を奪うなんてことはまだ、遠そうだった。


「もう一回お願いします」

「まだやるのか」

 いい加減、火傷が痛んできた。取りあえず、塞ぐ程度に治療してもらっただけなので、開く可能性もある。

「大丈夫です、これが最後です。最後に、決めます」

「くく、そうか」


 もちろん、茜音にはまだまだ敵わななかった。

 しかし、意気込みだけは合格だ、と茜音は少しだけ認めてやった。




―――

 扉を静かに閉め、真と向き合う。

 真は難しい顔をしたまま、手を顎に当て、座っている。

「どうだった」

 杏奈はゆっくり歩み寄り、真の前の席――月樺の席に座る。本来は二人ぐらしなのに、二人も家族が増え桶などが椅子代わりとなっていた。それを微笑ましく眺める。

「どうなったんだ」

 もう一度問い掛ける。杏奈は思い出したように真を見やる。長く細い脚を組

み、同じように顎に手をやる。

「――やはり、<改革>は実行に移っている」

「となると、<改革>を止める、というより中止する、の方が妥当のようだ」

「被害は思いの他大きいわ。ある村では下半身を無くした女子がいた」

「……そうか。」

「………………あの子は、何を望んでいるのかしら」

 天井を仰ぎ、杏奈は言う。どこか遠い思い出を彷徨うような眼差しで。

「そうだね。――主は大丈夫かい?」

「なにが?」

 気だるそうに真へ目を向ける。

「ほら、<改革>の被害とか」

「べつに」

「それなら、良かったよ」

 と、安堵の息を吐く。


「<改革>を中止する術を、貴方だけに教える。いい? 絶対に貴方と関係者以外は知ってはいけない。特に、あの子だけは――」

「分かってる。大丈夫だ」


 予言を止めようとする者、予言を実現させようとする者。

 そんな者たちを虫にでも例えて、蹴散らすかのように。


 ――運命が廻る。





―――

「てええっ!」

 茜音へと棒を振り上げ、月樺は突っ込んだ。前と同じ戦法。

茜音は呆れるように息を吐き、しゃがむ。そして、前へと突っ込む。

「今!」

 月樺はくるりと回り、茜音の背後に回る。しかし、それも予想済みだったのだろう茜音が急遽身体を捻るように方向を変え、再び間を詰める。月樺は棒を前に出し、攻撃を受け止める。ぎしぎし、と木が軋む音がし、二人は一度間を取る。茜音は余裕だったが、月樺は今のでかなり体力を消耗していた。

 しかし、ここは戦場だ、と自分に言い聞かせ、棒を握る手に力を込める。

 そして、もう一度突っ込む。あちらも一緒になって突っ込む。棒を接触させ、月樺は棒を持つ手を右手のみにし、茜音の脇腹を左手で攻撃する。しかし、棒の力が無くなりバランスが崩れる。危うい所で地面を転がり、攻撃を避ける。

 今度は茜音が仕掛けてくる。月樺ははっとして棒で攻撃を防ぐ。

 鈍い音が何度か繰り返され、響く。茜音は一撃一撃を全く違う方向から攻め、月樺は遅れながらも、防御に応じる。

 ここだ、と月樺は思った。

 そのまま、身を右にかわさせ、茜音の頭を向けてありったけの力をぶつける。


 カンッ!

 しかし、それもまた茜音の防御範疇だった。棒と棒が再び接触する。今、月樺は茜音でなくとも隙をつけるほど、隙だらけな姿を見せていた。

 そのまま、茜音は棒を振りかざし、ぽかんと頭を叩いた。


 試合終了。


「うえ……」

「残念、惜しかったな。――と言いたいところだが。今の一撃はおれの髪を触れていた。おめでとう、合格だ」

「え!」

 信じられない、と月樺は自分の頬を両手で掴む。

「本当ですか!」

「もちろん」

「うわ、うわ、うわわわわ……」

 ぴょこん、と胸へと飛び込んできた月樺を、愛しそうに見つめ、頭を撫でる。

「ほ、褒めて……くれますか?」

「よくやった。この成長の速さには、驚いた」

「や、やったあ……」

 涙声になりつつも、嬉しさを伝えたくて、茜音の胸に頬擦りをする。


 この数日間で月樺は本当に強くなった。最後はほんの少し力を緩めたが、別に良いだろう。

 次は茜音の番だった。

「火を、竜に変えろ」

「らしいです」

 茜音は体中の力を紅の炎に変え、放出する。そこから竜の姿を生成する。何度も触れてきた炎はもう、自由自在に操れるようになっていた。

 まずは胴体。蛇にも見えなくない姿を創り、その後に鱗をつける。そして勇ましい顔を創り上げ、目を、髭を、牙を生成した。

「すごい……」

 杏奈が思わず声を上げた。彼女も【陰】の人間なので火術は珍しいものらしい。目を奪われていた。


 あまりに急に多量の炎を創り出したために、茜音は気を失ってしまった。


「では次へと進もう」






―――

 荒野の中、少女二人は手を握り締め、刀を交じり合せている。銀の刃物が光に反射して眩しく光る。


「「できた」」

 二人は声を揃えて言い、息を吐く。それから顔を合わせ、そっと微笑む。


「これで、大丈夫だろう。<改革>は止まる」

 刀を鞘へ仕舞う少女は、刀を手に駆け出した。


「今日は頑張って食事を豪華にします! 待っててください!」

「……待ってろ」

 そうして荒野の中へと姿を隠した。

 真たちはそっと苦笑ぎみにその姿を見送り、真剣な目でお互いを見合わせる。

「動くぞ、彼らは」

「死守しろ」

「勿論。その為に、私は来た」




―――

「なあ、月樺」

 荒野の中をうろうろとする落ち着かない少女に、茜音は声をかける。

「いつまで手を繋いだままなんだ?」

「え……」

 視線を自分の片手に移し、俯く。茜音は何故俯いているのか、理解できなかった。

「嫌でしたか……?」

 そっと見上げる月樺に慌てて否定する。

「ち、違う! 勘違いだ……?」

「でしたら、良いでしょう?」

「あ、ああ。良いぞ」

 それから月樺はにこり、と満面の微笑みを向けた。茜音も連れられて表情を緩める。

「今日はたくさん、食料探してくださいね。見つけたら、ここへ放り込む!」

「分かった」

 それから二人は微笑み合い、荒野を歩いた。





―――

 いつも通り、食料探しを終え小屋へと帰る。元々は二人用に作られた小屋なのだろうが、今は五人も暮らしていてかなり窮屈だった。が、それは少女二人にしては初めてのことなので、嫌悪感など全く感じられなかった。

「爺様、帰ってきました」

 小屋の戸を叩き、爺様こと真が顔を出す。

「お帰り」

 しかし、その微笑みにはいつもは感じられない、真剣さが混じっていることに茜音は気づいた。

「何か、あったのか」

「い、いや。別になにも……」

 怪しい。茜音はそう思いながらも、彼が簡単に口を割るとは考えられなかったので、そうか、と答えた。


「お帰り」

「ただいま帰りました」

 月樺は幸せそうに杏奈に微笑みかける。

 杏奈も、どこか真剣みがあった。陰は相変わらず仏頂面で読めなかったが、多分彼も真剣な思持ちなのだろう。


 ――何が、あった?

 いや、違うか。

 

――何があるというのだ?






 すると、急に戸が激しく叩かれた。

「「!」」 

ここには、茜音たち以外、人がいないはずだった。もしかして、茜音と同様彷徨ってきた人物なのだろうか?となれば、自分に権限はないけれど助けてあげたい。そう考え、立ち上がる。

「「待て!」」

「!」

 真剣な眼差しで命令する真と陰。真剣さは先程よりも、遥かに真剣みが増している。


 これが警戒していたことだろうか。

 茜音は考え、次の指示を待った。

「……茜音は月樺を守っておくれ。奥へ下がるんだ」

 真はそう、静かに落ち着いた声で言った。

 茜音はそれに応じ、何も理解できていない月樺を抱き、奥へと引き下がる。

「大丈夫、すぐ終わるから」

 杏奈がそう言い、微笑みかける。実際のところ茜音は終了時間よりも、皆が無事であることを願っていた。

 茜音にとってもう皆は、仲間として意識していたのだ。


「開けたら、外に出ろ。中へは入れるな。出たら杏奈、お前はこの扉を閉め守れ」

「分かった」

 陰の指示に杏奈が頷く。


 それからがっと扉が開き、閉まった。


 どくどく、と心臓の音がする。

 茜音も子供ではない。これが戦争だということ位、承知済みだった。そして自分たちは守られる、お荷物側。それがただ許せなかった。

 自分も戦える、そう叫びたかったが、茜音には月樺を守る必要があった。

 何も理解できない、子供のような月樺を。



 月樺は微かに震えており、ぎゅっと目を瞑り、茜音に抱かれていた。

「大丈夫、大丈夫だ」

「……………………うん」

 腕を茜音の首へと回す。それからまた、震えだす。

 茜音はこれ以上何も言えず、ただ抱き締めた。そして思う。

 ――妹も、こんな気分で毎日を過ごしていたのだろうか、と。



 しばらく、凄まじい音が響いていたが、気がつけば音は止み世界は沈黙していた。

流れる静寂。これほど不安になる時間はない。静寂が訪れるのは、終わりのみ。果たして、どちらが勝ったのだ? 少女らの心は暗闇に包まれたままだ。


 途端、扉に異変があった。

 がたがた、と音を立て、開けようとしているようだった。

 月樺が扉の方へと飛び出した。茜音はそれを止めるために、追いかけ、全力で止めた。

「どうして!」「しっ、声を出すな」

 バンッ!


 と、大きい音が部屋中に響き渡った。思わず息を殺す。しかし、隠れる場所もなく、姿を完全に見せていた。

 それはいつか見た監視兵の姿だった。同じ人間が入っているのではないだろうが、全く同じ服装だった。

 思わず、憎悪に乗っ取られる。

 兵士は獲物を見つけた、とばかりに顔を歪め、笑った。

 それから、刀を振り上げた。

 茜音は間一髪のところで月樺を投げ飛ばし、安全なところへと避難させた。そこで、思い出す。兵士は歪んだ笑みのまま、刀を振り下ろしていた。


 痛い、かなあ……

 茜音は死ぬ間際、そんなことを、思った。

 ザシュッ!


「え……」

 気がつけば茜音の上には杏奈が覆い被さるように、抱き締めていた。ぎりぎり駆け込んだのだろう、肩が激しく上下に動く。

 兵士は歪む顔を消し、驚いた表情を作るが、すぐにまた声なく笑い出す。

「あ、う…………」

 はっとして、刀の先を目で追う。刃は、杏奈の腹を真っ直ぐに貫いていた。茜音の服は紅に染まり、杏奈はただ痛みに耐えていた。

 

ずる、と嫌な音が遠くでする。

 兵士は刀を抜き、見下し笑う。

 杏奈はそれと同時に咳き込み、腹を押さえてただ耐えるのみ。鮮血が滝のように流れるのを、茜音は放心状態のまま眺めていた。


 考えることができなかった。すべてを客観的でしか、見つめられなかった。

「あ、んな……」

「はあ、はあ……。だ、いじょうぶ? 怪我、ない?」

 そう言って杏奈は頬に優しく触れ、そっと辛そうに微笑む。

 また、だ。

 この微笑み方。嬉しさや幸せ以外のものを含ませ、笑う。最期を迎える時の笑い方。

 茜音は震えながらも必死に、その手を掴んでいた。

 離さないで欲しかった。

 ただ、生きていて欲しかった。


「そう、貴方は可哀想な子……。もう少し、せめて、もう少しだけ……大人になってから、この日を受け止められたら、良かった、の、に――」

 そう言い残し、目を閉じる。

 そんな何でもない仕草が、茜音には耐えられないほど、辛かった。

 そして茜音は思わず、あの時の言葉を思い出していた。





―――

 ある、時間が空いた日だった。

 茜音と杏奈がぽつん、と残された日。

 何もすることがないということで、杏奈がぽつり、語り始めた。


「あのね。私と真は幼馴染だったの。――私は、不器用だから術士とか向いてないってよく言われた。それ位、何もかもが満足に出来なかったの。……でも、そんな風に言われた時は必ず真の隣で、眠るの。彼は親もいない、見捨てられ子だったのに、術は一流で私とは真逆の存在。だから憧れと無様さを抱いて、彼の隣にいたの。

彼は昔から包帯巻き男で、皆からいじめられてたし、友達が少なかった。から、私を友達と思って行動してくれたのかな、って思う。術の使い方とか、料理の仕方とか、本当に色々教えてくれた。


――それから、しばらくして彼の不自然なところが見つかった。

彼、成長しないの。

私がいくら大きくなっても、全く。背も目も、すべてがそのまま。あまりにも不思議に思った私は訊いたの。

そうしたら、真は笑って初めて私に笑って、こう言ったの。

〝私はね、呪いをかけられた子供なのだ。成長しないし、術もこれ以上は伸びる事はない。私はこの姿でもう、何百年も生きているんだよ〟

 とても、信じられなかったけど。

 彼の目は本当だったから。……その目を信じたの。

 なのに、皆それを不気味に思い、町から出て行け、と言ったの。何百年も独りだった彼に、よ?

 私は止めたけれど、彼は独り、出て行った。

 この、荒野に。家まで建ててね」


 私はそれを時々監視する、面倒な女子なのだ。と、言い終え、語りに終止符を打った。

 それを聞いて、少し頭を回し、問う。

「杏奈は、好きだったのか」

「真を?」

 茜音はこくんと頷く。しかし杏奈はそれを馬鹿らしいと言った顔で受け止め、すぐさま笑って返す。

「私、真は苦手だった」

「色々世話になったのに?」

「それが尚更。なんだか見下されていたみたいで、苦手だった。でも不思議と嫌いじゃなかったな。何でかな」

 茜音は男に目を奪われたことも、奪われることもなかった身なので、そう言った細かい乙女心が今ひとつ、理解に苦しんだ。

 それをわかったのだろう杏奈は、そっと付け足す。


「すきだけど」

「え?」

「すきだけど!でも、そう言えば真は必ず言うの。〝その気持ちは本当じゃないから〟って。私何回もすき、って言ったのに……言えば言うほど、辛くなった。だって了解してもらえないもの」

「………………。」

「ああ、死ぬ前には最期の最後に、すき、って伝えよう。そうしよう」


 どうかな、茜音は。

 こんな思いは、忘れたり、消した方がいいと思う?


 すきをどれだけ伝えても、同じ思いにはならないこの恋を。





―――

「杏奈、お前は……!真に最期で最後のすきを伝えるんだろう?どうして死ぬんだ!まだ、死ぬな!おれにそんな大事な言葉を渡すんじゃないっ!」

 涙声になりつつも叫ぶ茜音を、優しげな瞳でそっと見つめる。

 いまや杏奈は確実に茜音の胸の中で、弱っていた。

 こういう時に限って、視界は狭くなる。

 真の姿を探そうにも、見つからない。ついには視界がぼやけてくる。

「ああ、もう!」

 と、悔しげに俯くと強烈な一撃が腹に命中した。

「……かはっ!」

「喋り、終わり。連れて行く。黙れ」

 そう、切れ切れな言葉を耳にしつつ、ぎっと睨む。

「お、前が、黙れえ!」

 帯にぶらさがる親の形見の刀を抜き、相手を殺す勢いで突っ込む。

 しかし、相手の方が上だったのか、見事に首に一撃をくらい、意識が朦朧とするところを、担がれてしまった。


 あとは、何が起こったのか、わからない。

 ただ景色がぼやけ、なにを考えても形にならない。


 運命はさらに動くこととなった。








―――

 ざわつく朝。

 なんだ、月樺がまた馬鹿なことをしたのだろうか。

 全く。少しは寝ている人に対して配慮というものをしろ。

「げっ……」


 そして気づく。

 ここは、いつもの幸せが降る小屋ではない。――いつもの部屋ではない。いつもの寝床じゃない。


「なんだ……!」

「こんにちは、茜音様」

 ふと横目を見ると、女中らしい女が二人隣にいた。

「うちらは鴉須様に仕えます、凛でございます」

「同じく、瑠来でございます」

 二人は会釈し、そっと目元を細める。双子なのだろうか、似たような顔つきをしており、髪を耳の辺りで短く切っていた。

 はっとして起き上がる。凛と名乗った緑の髪をした少女が咎めるように、見据えてきたが、無視する。

「!」

 そして自分の服装を目に映し出す。ボロ布で纏っていた服はいまや、どこかへ行き、代わりに質の良さそうな――まるで月樺が身にしているような服があった。

 髪もよくすかれており、水のようにに赤く流れる長い髪が付きまとう。

「勝手ながらも、お着替えさせて頂きました。あまりにも――その、汚れたお格好をしておられましたので」

 瑠来はおそるおそると言った感じで、言う。どうやら性格は逆のようだ。双子の仲間を思い出し、そういえばあいつらも、逆の性格だったと思い返す。

「ところで、ここは?」

 すばやく、凛が答える。

「鴉須様のお屋敷でございます」

「ございます」

 紫の髪を揺らす。


 そして、思う。

 月樺や、真、陰は?

 ――杏奈はどうなった?

 疑問は耐えることなく、溢れだす。

「う……」

 考えれば頭が痛くなった気がした。それに、瑠来が慌てて反応し、寄り添う。

「よ、寄るな!」

「「!」」

 二人はお互いの手を合わせ、身を寄せた。あまりにも急に叫ぶものだから、驚いたのだろう。しかし、茜音にはそれを配慮する余裕もなかった。

「ともかく、一人にさせてくれ。おれは、色々と頭を悩ます必要があるようだ」

「……主がそれを望むのならば」

「……望むのならば」


 そして、ようやくやっと、一人になることが出来た。

 辺りを見渡す。白い壁と、白い天井。窓などはなく、個室だった。だがそれがなぜか閉じ込められているように感じるのは、半ば嘘ではないだろう。

「ここには、おれの世界の住民はいない」

 独りの世界。茜音はそれに酷く寂しさを感じた。

 慣れていたはずなのに。孤独には、慣れを感じていたはずなのに。

 仲間の誰かが言っていた。孤独を慣れることができる人間などいない、と。確かにそうだと思う。思うが、この時ばかりはこの寂しさに慣れを感じれたらと強く願った。


 膝を抱え、呟く。

「黒灰、桜、原川、蜜柑、京――」

 仲間の名を呼ぶが、寂しさは変わらない。

「真、杏奈、陰――」

 変わらない。


「月樺……」

 変わらない。

 辛い、悲しい、寂しい。


 そんな孤独でちっぽけな自分に、初めて涙した。

 



―――

 ほら、君がそうやって私を頼って来るから、私は張り切って君を立派にしようと頑張る。

 こんなことは何年ぶりだろう。そうは考えるが、途中でやめる。そんなことに意味があるのか、価値があるのか。


 私が無力で、【陰】の兵隊に傷を負っているとき、君はすぐさま彼女を助けに行ったね。私は何もできなかった。死守すら、侭ならなかった。

 やっとのことで、君に駆け寄ることができた。

 憎んで欲しかったのに、君は微笑んで、遅い、と言った。

 そして最後に

「やっぱり、貴方がすき」

 

 ――やはり後悔ばかりが募る。何が百年も生きた、だ。なにも変わっていない。人を見捨てるところも、独りで後悔するところも。すべて――。



―――

「行きます」

 月樺は迷いなく、真っ直ぐな目をして言った。

 そんな彼女に無意味だとは言え、念を押す。

「わかっているだろうが、陰は【陽】へと近づけば近づくほど、力を無くして行く。それは【陰】が【陽】の恩恵に頼っているから。恩恵を受けすぎれば破滅するから。分かっているだろうな」

「はい」

「つまり陰はほぼ、役に立つ事ができない。あれが使えるのも、〝命水〟がなくなるまで――回数では三回まで。それまでに<改革>を止めなければいけない」

「わかっています。我ら水術士は【陽】の光に弱いのですね」

 それを言い終えると真に手を差し伸べた。

「行かないのですか」

「……いや、残る。きっと外に出たら呪いによって、壊れてしまうから。そっと、死ぬことにしよう」

 陰は少し残念そうに俯いたが、すぐにその表情を消し、真の頭を撫でた。

「この〝杏奈の命水〟は大事に使うから、安心しろ」

 そう言って小瓶に入る水を見せた。そして懐に仕舞う。

 それをそっと目で追って俯く。

「頼むよ」

「ああ。行くぞ、月樺」

 月樺は陰の背へと乗り肩に縋り付くように、しがみつく。

「はい」



―――

「私が、死ねば……よかったのにね」

 杏奈が嫌いだった水――湖の前に立ち、そう語りかけた。

 返事は、もちろんない。


「私も、すき、だよ」

 命水となってしまった杏奈の身体は、どこかに消滅してしまった。

正しくは、私が変えてしまったのだけれど。

それなのに、律儀に杏奈の言葉を返す自分を嘲笑った。どこか罵るように、憎むように、顔を歪ませた。

「どうか、私を憎んで逝って欲しかったよ、杏奈」

 相も変わらず荒野はその言葉を、飲み込むのみで、返事など返してくれさえも、嘲笑いもしなかった。

「私も、もうすぐ……だ。私はここの世界に長居しすぎたようだね。――すべてが終われば、君の元へ行くから」


 どうか、そこで、ちっぽけな私を笑っておくれ。

そんな言葉を空気に混ぜ込んで、真はたった一筋の涙を流した。 







―――

「茜音様、鴉須様がお呼びでございます」

「ございます」

 凛と瑠来はそう目を閉じ、言った。

「――ところで、どうしておれの名を知っている」

「主を連れてきた兵が言っておりました」 

「おりました」

 そうか、と茜音は泣き腫らした目をぐい、と擦り起き上がる。

 その際、赤髪がさらと揺れ、上に被されている薄い布が、同じように揺れた。

「よく……、お似合いでございます」

「お似合いでございます」

 それに対しての返事はしなかった。面倒だったのもあるが、ただこれ以上ここの空気と混じり合いたくなかったからだ。

 ここは、敵地だ。これを今更ながらに思い出した。

 我らの〝光〟があるかもしれないし、ともかくこの状況を利用して、うまく動くことを第一と考えた。それなので、ここの頂点に会うことが出来るのなら、訊き出そうと思う。

「どこだ」

「……その前に、忠告させて頂きたいのですが」

 凛はそう、落ち着いて言い出した。それを瑠来はどきまぎしながら見つめていた。

「……………………。」

「ご無礼の、ないように」

「な、ないように」

 茜音はそれを聞き、鼻を鳴らした。もちろん、言われるまでもない。ただ、少し問うだけだ。

「連れて行け」

 そう強引に言うと、凛は渋々と、歩き出した。扉は自由を縛るように鍵が取り付けられていた。茜音の後に瑠来が続き、部屋を出る。

 念には念を、というわけで鍵をかける凛。どうやら鍵は凛が管理しているようだ。わざわざ確認する必要もなかったが。


 そして、茜音はそっと足音を立てず、上品に歩き出した。




―――

 奥の奥、障子を何枚も重ね、締め切られた空間。

 そこには、鴉須という男当主がいた。若い青年で、黒髪に青瞳を輝かせていた。その目に何が映っているのか、怪しいところだが、そこは敢えて伏せておく。

「参りました、鴉須様。お呼びであると耳にしましたが?」

 茜音は先程の上品さをこの上なく振り撒き、その様子を見ていた女中たちは、好奇の目をし、息を吐いた。

 茜音ほどの美しさに優雅さが加われば、それはもう、女であろうが魅了するものであった。凛や瑠来はその変わり具合に目を白黒させていたが。


 茜音だって馬鹿ではないのだ。命を握られている身、優一の武器の刀も没収されたか、身元にはなく。自分の身を守るものはもはや、生身の自分でしかないという現実。たとえ、当主に媚びるように接するとしても、それは仕方のないことだった。

「ああ、茜音の君。腰をおとしたらどうかな」

「そんな、滅相もありませんわ」

「いいから。早く。どうぞ」

「……では、甘えさせて頂きます」

「ひとつひとつが、堅苦しい女だね、茜音の君は」

「すみません、わたくしはつまらぬ女の身でございます……」

「くく、君は敬い方に慣れていないのかな?そんな返し方、はじめて聞いたよ」

 茜音は心の中で舌打ちを打つ。男にまみれ生きてきたので、生まれてずっと男言葉を遣っていた身で、ここまでの敬語を遣えるなど、褒め称えても良いくらいなのに、この男のように何人の女を相手にしていると、茜音の不自然さにすぐ気づいてしまうようだった。


 だからといって、この着ぐるみを脱ぐわけにはいかない。

 これしか、茜音が纏うものは存在しないのだ。

「失礼しました」

「くく、……いや?」

 座りなよ、と勧められ、茜音はそれに従った。

 それにしても、この鴉須という男、侮れない。ただ、えらそぶっているわけでもないだろう。喋り、微笑みながらも、腹の下では何を考えているか分からない。……かなり厄介な男だ。

 しかし、その腹を探ってみる必要がありそうだ。

 恐ろしい顔をしているだろう、一度その顔を引っ込めさせ、目を閉じそっと攻撃に移ることにする。

「恐れ多いことでございますが……。いくつかの質問をさせてもらっても――?」

「ん?――うん、いいよ。その為に呼んだものだからね」

「その有難きご好意、恐縮共に涙が出る思いでございます。では、三つ。よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 そこで、一拍間をおき、静かに気持ちを落ち着けて、言った。

「一つ、ここはどこでしょう?」

 これの答えはもう知っていたが、茜音には戦略があった。

 そんなことだろう、と鴉須はにこりと微笑み、言った。

「僕の館、といえば、どうかな?」

「では、二つ、わたくしは何者か、ご存知でございましょうか」

「茜音の君。【陽】の人間かな、力が僕らとは違うから。」

「……では、最後に三つ。



――陽はどこにお出でなのでしょうか?」


そう、最初の二つはこの質問を出しやすくするための、言わば捨て身のもの。これが本題なのだ。

これにはどう反応するか見物だと思っていた茜音だったが、予想外に鴉須は

何事もなかったかのように、表情を一液も変えずにいたのだ。


「くく。これが一番問いたかったのだろう? その目を見ていれば、敵視され

ているようだね。……残念ながら答えるつもりもないな。答えても得にはなら

ないからね」

「……………………。」

 お見通しだったのだ。茜音はそっと唇を噛んだ。

「まあ、でもこう答えたら、君はこう考えることができるね。〝答えるつもり

がない、ということは、陽はここに在るのだろう〟、と。強ち間違いではない

から否定はしない」

「失礼、しました」

「いいよ。さあ、去っておくれな」

「はい。短き時間でしたが、わたくし、茜音は……幸せで気が狂いそうでござ

いました」

 茜音はそう腰を浮かしながら言った。目を閉じ、表情を悟られないようにす

る。が、無意味なのは茜音も分かりきっていた。

「今度はその言葉を本心で言っておくれよ。そんな鋭い目を向けずにね」

「………………失礼します」



 外には凛と瑠来が待ち構えていた。もう、逃走のことなど考えてもいなかっ

た。

 結局、尾でさえも掴めなかった。

 そして、みるみる鴉須の恐怖に包まれ、身体が震え始めるのを、止めること

ができなかった。




―――

「食事の準備が出来ました」

「出来ました」

 茜音は布団を頭から被り、そっぽを向いて身体を横にしていた。熟睡なんて

もってのほかで、茜音はここに着てからずっと一睡もすることもなく、生きて

いた。

「……いらない、今日も」

 それに食事までも摂っていなかった。それなのに、平然としているのは、保

っているからだった。

 憎悪と恐怖で自分自身を保っている。

「そんな、こと仰らないで下さい……」

「下さい……」

 そう言う双子たちに、一瞥だけ送って目を閉じる。

「――では、またの時をお伺いします」

「します」

 ああ、と短く返事だけをし、そっと布団の中へと身を引っ込める。

 怖かった。鴉須と会ってからずっとこれだ。



 なにか、鴉須にはおぞましい気が纏ってあった。恐ろしくもあり、狂気でも

あり。ともかくそれは、茜音の精神を抉るのに充分なほど、おぞましかった。


「――月樺、月樺、月樺………………」

 落ち着かない。身体が震える。

 自分のあまりの無力さに、怒りが心頭する。


 そして。

そっと、助けを求めた自分を心底罵倒した。





―――

「鴉須様がお呼びでございます」

「ございます」

 身体がぶる、と震えだした。

「……拒否権は、あるか」

「ございません」

「ません」

 それに落ち着き払って息を吐くが、どこか顔が強張る。

 無力さが、胸に込み上げてくる。

 男になりきれない、女々しい自分。女なのに、男のようでしかない、自分。

「わかった」

 そんな自分には無力さが、お似合いだと言い聞かせ、微笑む。笑ったら何か

黒い塊が中から出てきてしまったが、それも自分らしいと思った。

「承りました」

「承りました」

 そう言って二人は出て行った。がしゃん、と重い錠が掛かる音がした。








―――

面会場所はこの建物の一番頂点だった。風が、赤く揺れる髪を弄び、茜音は

そっと目を細める。

 鴉須はそこで、これ以上の楽しみはない、といったような顔をしながら、満足そうに微笑んでいた。それがどうしても嘲笑っているようにしか、見えなくて茜音は少し苛ついた。


「用件は、なんでしょうか」

「うん。そうだね」

「…………………………。」

 風が強く吹く。

 茜音は鴉須と充分に距離をおいて話す。

「だんだん、実現しそうなんだ」

 急にそれを本当に楽しそうに話すので、茜音は思わず一歩後ろへ退く。不気味だった。ぽつり、と口を動かすところも、


 おぞましさと一緒に、狂気さえも感じてしまうところも。


 茜音が呆けてそちらを見ていたら、急に目の前に人影が映った。

 瞬時に動き、後ろへ引くが人影は胸元に手にかけていて、身動きが取れない。

そのまま、抵抗も虚しく足が地に着かないほどに、上へと持ち上げられた。

「ぐ……はっ……!」

「くく、さすがは【陽】の人間。受身でさえほぼ完璧だったのに、さて……どうして捕まってしまったのかな?」

 一生分の幸せを堪能しているかのように、微笑みながら問い掛ける鴉須を、睨みつける。

「答える気、ないみたいだから正解発表。――君はね、怯えていたんだよ」

「……!」

 途端に目に憎悪の光が蘇ってくる。茜音はありったけの力を用いて、抵抗した。足を、手を、千切れるほどにまで振り回した。

 しかし、後一歩のところで鴉須は避けてしまう。茜音は必死に歯を食いしばって抵抗しつづけた。そんな中。



「うん。もう我慢が限界だ」

 鴉須の声が、おぞましく世界を包容した。




―――

 茜音はそれに恐怖とともに抵抗した。しかし、胸元から首へと移動している手を必死に握り締めるしか、動くことができなかった。空気を求めて口が閉じたり、開いたりする。しかし苦しいのは相変わらずで。

「は……なせ……!」

「くく、残念ながら、それ無理だから」

 そう、恐怖のどん底に茜音を突き放してから、そっと微笑んだ。優しくもない、笑顔。

 鴉須が腕をそのまま伸ばし、茜音は策を乗り越え、空に投げ出された。いつ、落ちたとしてもおかしくない状況。

「じゃあ、さよならかな。くく、ちゃんと死ねよ」

「…………っ!」

 憎悪で狂いそうな頭で視線を動かし、地獄まで連れて行ってやる、と思い切り念じた。通じるはずもないのは分かっていたが、恐ろしい形相で茜音は睨んだ。

「―――さよなら」


 そう言った瞬間、身体がふわ、と浮き上がった。

 かと思えばもの凄い速さで自分が落下していることに気がついた。

 全てが動いて、なにがなにか認識できない状況の中、今度こそ、死を迎え入れる準備をした。


 思えば自分は死にそこなってばかりだ。

 もしかしたら、今度もそうなるかもしれない。


 そんなちっぽけな願いを自嘲するように、笑った。



「茜音っ!」

 …………………………………………?




 ビュン、と耳の横で空気が横切る音がした。

 落下した衝撃だろうか、変な気分だ。

 まるで誰かに抱きかかえられているかのような、そんな感覚。


 ――――――?

 おかしくないか、この感触。



「茜音、茜音!」

 滑り込む高い声にどこか聞き覚えがあった。

 わざわざくどく考えることもないだろう。

「……月樺?」

 やっとのことで音に出来た名前。呼ばれた少女は泣き笑いのような顔を浮かべて、

「そうです、月樺……です!独りにさせて、すみませんでした――」

 それだけを一気に言い終えると、茜音を抱き寄せ、力いっぱい抱き締めた。

 茜音を縛っていた感情のすべてが、安心感に染まり変わっていった。

 そんな自分を罵倒しながらも。


 その心地よさに酔いしれた。



―――

「大丈夫ですか……」

「う……、ああ」

「――嘘はやめた方が良い」

 茜音と月樺を背から降ろし、陰は息を吐いた。

 そんな言葉に息詰まるが、すぐに訂正して言い直す。

「――正直に言うと……、少しつらい」

「なら、すぐに終わらせて休みましょう」

 月樺はいつになく真剣な目を茜音に向けた。澄んだ瞳には強い決意の重いが感じ取れた。

「ああ」

 そんな瞳に対して、強く頷いた。





―――

 ギィィィ……

 と重い扉が勝手に開く音がした。

「……………………。」

「あちらは準備が出来たようだな」

 そう、鼻を鳴らしながら陰は言う。


 月樺を先頭にその中へと入っていった。

 中は黒の布を一面に縫いつけたかのように、暗闇だった。そっと足を踏み込ませ、歩く。三人分の靴音がこつん、と響いた。

「火は、出したほうがいいか?」

「……必要ないです」

 これに対して月樺が返事をしたのに、少し驚く。

「そういうことだ」

 そんな茜音を一瞥してから陰は言った。



「もう、着きました」

「え?」

 辺りを見渡しても、暗闇に微かな変化も見られなかった。それなのに、月樺は一歩も退かず、ただ真っ直ぐを睨むように見据えていた。

 茜音も連れられて正面に視線を動かした。

「…………!」

 途端、暗闇がどこかへ追いやられたかのように、さっと消え去った。その代わりに、手前から順番に光が、命を吹き込まれたように輝きだした。

 そこに浮かんだのは人影。

「「……………!」」

 茜音と陰は絶句する。

 月樺は相変わらず、燃える眼差しを弱めない。



「――やあ。皆さん。初めましての必要がなくて、助かるよ」

 鴉須は、卑屈に顔を歪ませ、微笑んだ。




―――

「何故、お前が!」

 気がつけば叫んでいた茜音を、月樺が手で制する。 


「……兄様」

「月樺、やはり君は妹としてかなり、優秀なようだね。褒めてあげよう。こちらへおいで?」

「――嫌です」

 表情を一つも変えず、堂々と即答する月樺を見て、声も出なかった。そこにある、静寂をも操る世界。

 二人以外は存在しないかのような、空間。

 

 それをさも世界中のすべての喜びを、噛み締める微笑を浮かべる鴉須。

「くく。さて、君は妹としての命を果たしに来てくれたのだろう?」

「………………。」

 この言葉には絶句するしかない月樺。

 それをも喜劇と言いたげな鴉須。

「ちょ、ちょっと待て……」

 おずおずと口出しをすると、微笑を浮かべながら、こちらを視界にも映さず言った。

「少し、黙っておいて欲しいのだけれどね?」

「…………っ」

 茜音を黙らせると、再び月樺と向かい合う。


「君に命じたこと、覚えているのかな。僕らの親が【陽】との戦に負け、死に。それから真に兄妹揃って助けられ、自らもう一度【陰】へと戻るとき。君に命じたよね?」

 質問しているが、その答えを望んでいないらしく、言葉を止めることなく続けた。

「僕は言った。〝君には兄妹だからこそ、頼めることがある。それは、【陽】の人間の命を差し出して欲しい。そして君の命も〟……そう言ったのを、優秀な君はしっかりと覚えていると――思っていたけれど?」

「…………!」


 急に鴉須が纏う空気が変わった。おぞましさが増加し、恐怖が上に被さった空気。

 月樺もさすがに身を竦ませて、顔を強張らせた。が、一歩もその場を退かずに、睨みつける。

 しかしこれには黙っていられるはずもなく、口を挟んだ。

「ど、どういうことだよ……!」

 今度は黙らせるという行為をせず、鴉須はその疑問に答えた。


「君は、選ばれたのだよ。月樺にね。――選者、だったかな?月樺もよく考えたものだね」

「!」

「何故、知っているのか。それは、僕が彼女の目を通じて君たちを見ていたから。感情も、すべて知り尽くしているよ。たとえば――茜音、君を愛する家族と思っているところ、とかね?」

 茜音はどうしていいのか、わからなくなった。

 呆然として立つ茜音に陰はそっと囁く。

「奴の言葉は毒だ。耳を傾けるな」

「……けれど」

「ならば、真実のみを聞け。それ以外は決して耳を貸すな。飲み込まれるぞ」

「――ああ」

 

「さて、僕が<改革>について知ったのは、真と暮らし始めてしばらくしてからだった。真の倉庫らしき場所に偶然たどり着いたんだよ。その中には大変興味深いものがたくさんあってね。<改革>は今から百年も前に起こったという。すべてを自分の思うままに操れる。人の命も、すべてを。」

 すると、ここで始めて月樺へと歩み寄るため、歩き出した。

「月樺、もう僕らは人の命の惨さを知らなくてすむよ。他の人間たちも、そうだ。僕はこの百年前に<改革>を失敗させた男のように愚かでない。僕の言葉は真実だよ?僕は、僕はね君を―――」

「触るな!」

 月樺へと伸ばされる手を跳ね除け、ぎっと睨みつける。月樺は驚いたように目を向けるが、そんなことはどうでもいい。


「先程から聞いていれば、それは月樺やおれに犠牲となれ、と言っているようにしか聞こえない。それにそれがおれらじゃなくても、いいはずだろう!何故お前はおれらに着目する!」

「それは僕が選んだ月樺が選んだ君だから、だよ」

 それに、と鴉須は俯いたまま続ける。





「それに、犠牲はあいつらで、君は生贄でしかないんだよ?」


 その言葉にやっとのことで、茜音は明るくなった周りを見渡す。

「……!」

 


 そこには山ほどの死体が投げ出されていた。


「まさか……」

「そう、僕が命令して殺した。これは犠牲。……それにしても。ここの兵は頭が残念なようだ。僕が<改革>の犠牲に入れないと言えば、すぐに従った。死に恐怖を敏感に感じているんだね。僕はそこまででもないのにさ」


「――――――」

 一面の死体。術でもかかっているのだろう、血の匂いひとつしない。けれど。仲間たちの顔が、生を吸われたように、死んでいる。


 死んで、いる。



「<改革>には条件があってね。ひとつ、選ばれし者とその者に選ばれた者。つまり君と月樺。ふたつ、百もの死。そして――二つの光だ」


「「!」」

 鴉須が片手を広げると、光の行き届いていない場所から、そっと歩み寄ってきた人影が。


「夜雨!」「陽!」

「茜音姉様、陰……」


 彼女は細く白い腕に縄がきつく巻かれ、自由を奪われていた。短い、茜音と同じ色をした髪は乱れに乱れ、首には何かのあざのような紋があった。


「【陽】?」

 月樺が問いたので茜音は驚きと怒りを込めながら答える。

「おれの妹の名だ。」

「なら、どうして陰が知っているのでしょうか」

 それに対しての答えは返ってこなかった。

陰はいつになく取り乱していた。


「陽、やっぱりここにいたのか、独りでつらかっただろう、さあ早くおいで。私がここにいる限りは―――」

「――陰っ」

 夜雨は涙ぐみながらも、鴉須の一歩後ろから動かなかった。いや、違うだろう。動きたくても足が動かない、そんな様子だった。

 それを歪んだ笑顔で見下す。

「残念だけれど、君たちを今同じ空間に入れていることだけで、かなり危ないからこれ以上は無理、ね。<改革>のために、よろしく頼むね」

 夜雨は俯き、陰はぐっと唇を噛み締めた。

 陰がすぐさまに夜雨を取り返してもいいはず。けれどそうすれば、多分夜雨にあるあざが生き物のように蠢き、締め付けるであろうことを痛感していた。


「茜音、月樺……動くなよ」

「……ああ」「わかりました」

 茜音はここに来て、数々の感情が渦を巻いていた。一つに絞れない思い、疑問、憎悪、苛立ち、憤怒。他にもたくさんの思いが回る。


「さて、序章はこれで終わりだ。本編に移らなければいけないね。

――おいで。月樺、茜音。」

 そう言って片手を差し伸べす鴉須に、茜音と月樺は俯き、手を繋いだ。

 そしてゆっくりと歩きだし、そして



 刀を抜いた。





―――

「憤怒に震えろ、緋音」

「すべてを終幕へ、沈月」

 刀を交じ合わせ、叫ぶ。

 陰は命水を取り出し、一滴その場に垂らした。

「最後の一滴。陰、すべてを終わらせるために、力を貸してください」

「了解した」

 そう言い終えるとすぐに陰の姿は消え、水となり、二つの刀に纏った。

「茜音」

「わかった」

 茜音は目を閉じ、水の上に炎を重ね纏わせた。



「僕はこんなことでは死なないよ? 僕の術の腕は君がよく知っていると思っていたのに、月樺」

「黙れ、おちぶれた男」

 言うと、月樺は俯きながら、言葉を紡いだ。


「こんな兄様を止められなかったのは、わたしの責任ですね……。わたしは最初、貴方に従っていましたが、――終わりましょう、鴉須兄様」

 そして顔を上げ、茜音を見据える。


「すべてを、終わらせましょう」

「……ああ」


 水と炎がくるくると動き、刀が交わる場所で一つの球となった。


「「すべてを停止させよ、【荒野】!」」














―――

 館は下の階のみが半壊した。上の階の瓦礫が落下して、所々壊れて、存在していた。

「くく、くははは!どうやら最後の術でさえ、僕には届かなかったみたいだね!」

 水の盾で生き残った鴉須は起き上がって、血を吐いた。


「しかし、こんな子供の術がこれまでとはね……。少し油断していただろうね。しかし、これで――<改革>が」



「あああああっ!」



 ザシュッ!





 血が腹部から勢いよく吹き出した。銀の刀が肉を貫く音が鈍く響いた。

「はあ、はあ、はあ……」

「月、樺」

 驚くというよりも、分かっていたと言った方がいいのか。穏やかな表情で見上げる。

「兄様……、わ、わたしは――兄様が間違っているとも、正しいとも、判断できません。それでも。わたしはこんなにも犠牲を出してしまった貴方を、許すことができないのです。……すみません」

 すると、鴉須は悲しそうに眉を寄せ、つらそうに言った。


「その謝罪はこの痛みに対してだろうね。命を奪ったことに謝罪するのなら、僕はそれを一生の不幸だと嘆くよ」

「――そうですね、下手ですみません。やはり、わたしには武術は合わないようですね。――ねえ、茜音」

「……ああ」


 そして、鴉須はつらそうに微笑みながら、死んでいった。






―――

「姉、様」

「ああ、夜雨。お前は【陽】なのだろう?」

 そう淡々と告げる茜音に夜雨は表情を曇らせた。

 それを悲しむように言った。

「――ああ、そういうつもりで言ったのではない。」

「でも、姉様を騙したのには、変わりようのない事実ですわ」

 血のつながりまでも、騙した。

 もし茜音が夜雨の立場であれば、欲しい言葉は決まってくる。


「おれとお前はいつまでも、姉妹だよ」

 そして、そっと微笑んでやる。


「……!」

 夜雨は大きな雫の粒を流し、微笑んだ。陰はそっと側について、背をなでた。

「行くのだろう、空に」

「ええ」「ああ」

 陰と夜雨は向きあい、軽く微笑んだ。


「陰なら、夜雨を任せられるが、喧嘩でもしたのなら、おれは夜雨の実家になろうぞ」

 陰は苦笑し、夜雨は楽しそうに笑った。

 そして茜音は夜雨の額にそっと口付けを落として離れた。



 そして、二人は目を閉じ、手を取り合って、消えた。










「……終わりましたね」

 月樺が言った。茜音はそれにそっと疲れた表情を表して言う。

「やっとだな。おれも女に戻れるかな」

「貴方は元々女子ではありませんか?」

「そうだよな。でも、男にならなくてはいけなかったから」

 言い終わると、月樺は握った手に力を込めた。


「貴方はどうするのですか」

「おれは仲間の墓を作り、まだ生きているはずの仲間を探しに行く。そしてすべてを話し……、村をもう一度建て直したい」


 そして茜音は月樺に向き合って訊ねた。


「月樺はどうする?」

「――わたしは、茜音と一緒にいたいです」

「……お前には帰るところがあるだろう」

 眉を寄せ、難しい顔をすると、月樺は微笑んだ。


「爺様はきっと、荒野を滅ぼしました。<改革>が終われば、そうするつもりだったのでしょう。先程強い力が荒野の方で弾けましたから」


 茜音は俯いて、手に力を込める。

 月樺は優しげな歌のように囁く。



「わたしは、ひとりです」

 それに静かに答える茜音。

「そうだな。おれもだよ」



 そう言って、すべてを悔やみ、すべてを嘆き、ひとりでないことに、泣いた。



 続く道は、少女にしては酷な道でしかなかったが、強く歩くために、二人して泣いた。








 荒れた野には、小さな少女が二人、抱き締めあって、泣いた。


 そして続く先に向かって、二人は手を取り合って歩き出していた。













                                 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

荒野の女 夢を見ていた @orangebbk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る