五枚のメダル

夢を見ていた

第1話


       一


世の中は、金だ。

これは、僕が小学生の頃に、身をもって実感させられた真実だった。


いつもみすぼらしい服を身につけていた僕は、小学生の時に何度か、いじめを受けた。

 と言っても、それほど激しいものではなく、たまに悪口などを言われたり、笑われたりといったような、まだ許容範囲のものであった。

 ――だとしても、辛いことには変わりない。家が貧乏であるのと、僕とがいじめられるのとは別問題なはずだった。僕が何か悪いことをしたわけでもないのに。ただ、普通に生きているだけなのに。どうして?

 何度もそう思ったが、小学生の僕は何もせずに、じっと黙っていた。

何故なら、ここで僕が何かの反応をすると、相手はさらに面白がって、僕をいじめるはずだからだ。最近のいじめは、気に入らないから仲間はずれにするのではなく、面白いか否かで決まる。――つまり僕は、そいつらが飽きるのを待っていたのだ。だって、その方がケンカして怪我をすることもないし、比較的に『穏やか』だと思った。……要は、これ以上仲が悪くなって、今より苦しくなるのが、嫌だったのだ。

 だからずっと堪えてきた。いつか終わってくれると信じて、学校にも通い続けた。

時たまに、僕の周りの様子を耳にした親が、声をかけてくることもあったが、

「何にもないよ。よい子でいるよ」

 と、軽くあしらった。

 本当は、悩みを聞いて欲しかった。この問題にたった一人で向かい合うのは、あまりに心細かった。けれども、母はいつも疲れた様子で家事を行い、頻繁にため息をついていたし、父はいつだって、現実の忙しさから逃れるように、食い入ってテレビを見つめていた。僕が相談できる余裕なんて、あるわけなかった。

そして何より、二人が疲れる理由はすべて僕にあった。僕がいることで、学費やら給食費やらに金が奪われて、貧乏になってしまっている。実際に、母と父がそう話していた。


だから僕は思った。

僕じゃなくて金があれば、二人は幸せなんだと。


悪質ないじめに我慢し続けていた僕が、唯一堪えられなかったことがある。いじめがより悪化してきた、小学六年生のある日の出来事だった。

 僕が体育の授業から帰ってくると、机に置いていた筆箱の中身が、全て、なくなってしまっていた。

これくらい、使い終わった食器の片付けや、宿題プリントの答案写しなどを押し付けられていた僕なら、まだ許せたはずだった。

 しかしその日に限って、誤って母が前の誕生日に買ってくれたボールペンを、筆箱の中に入れてしまっていたのだ。普通のものよりも少しだったけれど高く、書きやすい、質の良いお気に入りのペン。いつも安い鉛筆しか買ってくれなかった母が、奮発して買ってくれたものだった。

 盗まれたんだ、と僕は直感した。これに近いようなことが、前に何度かあったから。でも、全部を抜き取られたのは初めてだった。

 一体誰が? ――いや、誰がやったというのは問題じゃないんだ。そんなことよりも。

「僕のペンはどこに……?」


涙で霞む視界の中、何時間も学校に残って辺りを探し回った。が、一向に見

つからない。

日が傾き、下校時間も過ぎた時、見回りの先生につかまってしまい、否応なく外へと連れて行かれた。錆びた校門に差し掛かった瞬間、見覚えのある物が視界に飛び込んできた。

「あ……」

 盗られたものは全て、校庭の花壇に埋められていた。プレゼントのペンも、一緒に見つけた。砂まみれになっており、インクがすべて抜き取られていた。握りの部分にヒビが入っていた。これはもう使い物にならない。――これにはどうしたって堪え切れなかった。


宝物を抱き締め、抱えるように走り、急いで帰宅した。家の玄関に入った瞬間に泣くまいと思っていた意思が、みるみる弱まっていった。

「ひどいや……」

 堪えていた涙が落ちた。その一粒がきっかけになって、塞き止めていた大粒の涙が流れ始める。だんだん、泣き声が大きくなっていく。

その泣く声に気づいた誰かが、こちらに駆け寄る気配がした。僕は誰なのかも確認せず、その人に思い切り飛びついた。

 最初の方は、ただ声を上げて泣いているだけだったが、ゆっくりと感情が戻ってくると、苦しくて、痛くて、悔しくなって、泣き叫んでいた。

こんな酷いことをやった誰かへの悪口、そして我が家の不満、周りの僕への不平等な態度。すべてが重なった時、これらの原因が何かを、はっきりと悟ることが出来たのだった。

「世の中は、お金なんだ」

僕は言った。

 金さえあれば、僕はいじめられたりしない。

金さえあれば、こんな辛い思いをしない。 

金さえあれば、世界中にいる色々なやつから好かれて、びっくりするくらい楽しい生活を送ることができる。

――大体、僕が貧乏だということだけが、いじめられるたった一つの原因じゃないか。

 そんなことを叫ぶと、低い声がやんわりと否定した。

「そんなことないよ。ちゃんと、周りを見てごらん。ほら、愛があるよ」

「……うそつき。愛があるなら、ちゃんと僕を守ってよ」

 その時は両親が不在で、伯父さんが久しぶりに泊まっていた。無口であまり人付き合いのよくない伯父さんにしては、妙に熱心に、僕を慰めていた。

「わかった、いつの日か必ず、君の答えが間違っていると証明してあげるから。きっとそれが、君を守ることになると思うから」



それからしばらく。小学校を卒業する頃にはもう、僕へのいじめはなくなっていた。……終わっても、僕の周りには友達はいなかったけれど。

そして僕は、大きな問題もなく高校生にまで成長した。伯父さんの誓うような言葉は、もうすっかり忘れていた。思い出すことはないはずだった。

伯父さんが部屋の扉を、ノックするまでは。

「お待たせ」

 そう言った伯父さんは、無断で僕の机にパソコンを置いて、勝手に何かのコードを僕の体に引っ付けた。抵抗すると、弾んだ息のまま、

「これで君との約束が果たせる」

と告げた。



伯父さんは一度ゆっくりと深呼吸をしてから、僕に説明した。が、説明といって

も、理解のできない言葉の羅列でしかなかった。

「これから私は、君の頭の中に擬似世界を送り込む。もちろん、安全だ。任せ

てほしい。……説明すると、私がようやく作り上げた、現実には存在しない世

界―愛がわかる世界――を、君がいつも見る夢に、滑り込ませるんだ。そうす

ることで、君の記憶にもはっきり残るし、擬似世界に現実味が出るし、安全も保障できる。――わかりやすく、たとえを用いよう。二つの、互いに引き合う磁石があるとして。それがくっつくことで、初めて夢を見るのだとする。その引き合う磁石の間に薄い『紙』のようなものを挟ませて、夢に近い現象を作り上げる、という仕組みだ」

 僕が呆然としているのを見て、少し苦笑する。

「この『紙』を薄くするのに長い時間がかかった。夢の力を借りて、人体に影響が出ないところまで持っていくのが、思いの外大変だったんだ」

「夢? 世界? 何それ、どういうこと」

 まあ完璧に理解する必要はないかな、と笑われる。

「ちなみに私が言う、夢とはレム睡眠のことだよ。浅い眠りの方だ。夢というメカニズムはまだ、詳しくは解明されていないが、レム睡眠、ノンレム睡眠のどちらでも夢は見られることは、わかっている。ただ、レム睡眠の方が比較的明らかになっていることが多いし、安全だ」

「ちょっと待って、それって……危険なの?」

「いや何度も言っているが、すごく安全だよ。信頼してくれ」

 そう言って、腕にコードを貼り付けた。伯父さんは機械関係の仕事に就いているだけあって、動きがてきぱきしている。

戸惑う僕を横目で見て、伯父さんは僕にたずねた。

「そんなに心配か? 何度も言うが大丈夫だ。安全面には特に気を使ったんだ」

 そう言って僕をベッドに寝かしたので、軽く抵抗する。

「なんで伯父さんの言う通りにしないといけないわけ? 今日バイト入ってるんだけど。いとこの叔母さんの子どもの、お守り。一日百円。まあまあでしょ。うちの高校、外でアルバイト駄目だから――。あ、もしかして、昔言ってたこと、ずっと気にしていたの? 助けてくれるとかそういう話だっけ? そんなの、いいってもう。わかってるって。……どうせ、金がすべてなんだよ」

「――終わったら、いいものあげるから、そう言わずに試してみてくれよ」

 口元を緩めた伯父さん。しかし、目が少しも笑っていなかったことに、僕は気づいた。伯父さんは、強制的にでも、僕にやらせるつもりらしかった。こうなった伯父さんは頑固だ。抵抗しても無駄だろう。色々と揉めて、貴重な時間を取られるのも面倒だ。

 仕方なく了承の意を込めて目を閉じると、伯父さんは言った。

「大丈夫、高校生の貴重な時間を必要以上に使ったりしないさ。三分だ。三分で終わる」

「たった三分? ……まあそれでよろしくね、バイトがあるんだから」

「そう何回も言わなくても。わかってるよ」

パソコンを起動させて、何やら忙しなく動く伯父さん。その姿を眺めていたはずの僕は、何故だか頭の回転が鈍っていき、まぶたが重くなった。

「お前が変わることを祈るよ、龍」

 そんな声を最後に、意識が飛んだ。


       三


「五島龍さま、で、よろしかったでしょうか?」

「……え、はい」

「初めまして、龍さま。わたくし、リュウといいます」

 丁寧に一礼した少女に連れられて会釈する。同じ名前だった。わざと、何だろうか。

リュウと名乗った少女は、カラフルな長い着物を何枚にも重ねて身に纏い、これまた長いまっすぐした髪を伸ばしていた。その出で立ちは、平安時代の女性そのもので、細部まで忠実に表現されている様は、まるで歴史の教科書から飛び出したようであった。

「わたくしは門番です」

口を大きく開けて告げられた単語に首を傾げる。

「門番?」

「そこにあるでしょう?」

そう言って少女が指差した瞬間に、今までずっとそこに存在したかのように

入り口が出現した。さっきは、無かった気がする。

その入り口は、丈夫そうな鉄の門でも木製の扉でもなく、障子であった。沙

少女の和風な雰囲気に、ぴったり合っている扉だ。

僕の視線が再び少女に戻ると、本を音読するかのように、すらすらと説明し

始めた。

「龍さまは、三日間、この世界で過ごしてもらいます。終了時間になりましたら、わたくしどもがお迎えしますから、それまで待っていて下さいね」

「う、うん」

「注意事項を説明します。この世界には、ルールがあります。『金がすべて』というルールです。龍さま、これをどうぞ」

 そう言って手渡されたのは、一つの巾着袋であった。袋を開いて下さいと、指示されたのでそれに従うと、少女の小さな指から、これまた小さな青い硬貨が出てきた。

「ひ、ふ、み、よ、いつ。これで全部です。全部で五枚」

 小さな硬貨と硬貨が重なり合って、チャリン、と心地よい音がした。この音が僕は大好きだ。金持ちに一歩近づいた気持ちがするから。目で見て、何度も枚数を確認して満足する。きちんと五枚が中に入っていた。

僕が思わず笑みを浮かべていると、リュウは青いメダルを僕の目前に突きつけた。

「龍さま、笑っている場合ではないのですよ? わたくしの話を聞いていますか? このメダルはここでは、本当に大切なものなのですよ。くれぐれも無くさないように、盗まれないように、注意して下さいね」

「も、もちろん。そんなヘマしないよ」

「……本当ですか?」

「うん」

 戸惑う僕に、疑いの目が向けられる。苦笑を返すと、気を取り直したのか、リュウはメダルを裏むけた。そこには一本の枝と桜の花が描かれていた。二本で使う、百円玉みたいな模様だと思っていると、彼女の口が開かれた。

「この花がすべて散った時、お出迎えに行きますから」

「え、これ散るの?」

「もちろん」

 それから、リュウはさらに説明してくれた。

まず、この世界では食欲、睡眠欲、といったものは感じられないこと。つまり、飲まず食わずでも、眠らなくても、僕はこの三日間生きることができるらしい。

そしてもう一つ、僕がこの世界で死んだ場合は、ただ夢から覚めるだけで、本当に死ぬことはないということ。

「この世界にある細かいルールについては、わたくしでなく、案内人に訊いて下さいね。わたくしはあくまで門番ですので」

「どこにいるの?」

「貴方がこれから向かう場所にいますよ。兜を身につけている男の子です。きっとすぐにわかります」

 では、わたくしの役目はここまでです、とリュウは一礼した。今度は僕も、きちんと礼を返す。

「百聞は一見に如かず、ですよ。わたくしから何かを問うよりも、行ってみる方が良いでしょう。それでは龍さま、いってらっしゃいませ」

 その言葉と同時に、障子が開かれた。その奥には、長い橋があった。奥までずっと一面に水が広がっている。

思わず三途の川にある橋を連想してしまった。すぐに首を振ってその妄想を頭の隅へ追いやり、足を踏み出した。

「どうせ、三日間だ。すぐ終わる……」

 早く終わってくれと願いながら。



 橋を渡りきると、辺り一面、穏やかな黄色く照らされていた。地面はレンガで、歩くとコツン、と音がした。その音が日常耳にしているものと同じで、伯父さんがかなりの時間を使って、この世界を作り上げたことを知った。

辺りには、数はそんなに多くないが、建物があった。それらも全てレンガで、新鮮な気分を味わう。日本では木造が主なので、レンガ造りは外国のイメージが強い。この十六年間、僕は日本から外へ出ていないので、初めて見たことになる。まあ、現実ではないのだけれど。

 そんな冷めた気持ちにさせてくれたのは、外国ではあまり生息していないはずの桜の花と、日本伝統である鯉のぼりのおかげだった。何故かこの二つがこの世界で存在していた。ミスマッチにも程がある。

 よく見ると、桜の花の中に新緑の葉が隠れていた。その葉に主役の座を譲ろうとしているのだろう、花々は皆、風に乗って散り急いでいた。

 鯉のぼりは、懐かしい川へと戻れない自身に諦めを感じているのか、桜を纏う風に身を委ねてしまっていた。

視線を人に移すと、早歩き気味の人々がやけに、目に入ってきた。けれども、その人々は誰もが皆、ぐっと俯いて、何かに急ぐように歩いていた。会話もなく、ただ、人の足音だけが響いていた。呆然と突っ立っていると、何人かに睨まれた。訊きたいことがあっても、これでは話しかけづらい。

 誰か尋ねられる人を探そうと、僕はこの世界をうろつき始めた。どうやらこの建物は、すべて何かのお店であるようだった。扉が開く瞬間、明るい楽しげな店内を覗くことができた。

僕もそこへ入ろうか、と迷いがよぎった途端、すぐさま扉の横に立つ者が、大きい音を立てて扉が閉めるので、その思いも弾けてしまう。商売が下手な人だ、と僕は密かに思った。

 お店は好きだ。何たって金が最も多く取引される場所だ。金が最も有効に活用できる場所だ。金があるかないか、ここで大きな差が生まれてくる。僕はたくさんの金を貯める。貯めて、高校生では手が届かないような高い商品を購入する。そして、学校に持って行き、家に置く。昔の失敗から学習している僕は、買ったものは絶対に手離さない習慣をつけた。……だから、あの時から無くしたものは一つもない。

 いじめられた、という過去は、高校生になった今でも忘れられない。できるはずがない。こんなに成長した今でも、恐れている。いつどこであっても、怯えている。その感情を消すためには、金――それも大量の金――が、必要なんだと、僕は随分前から知っていた。

 だから、僕は小遣いすべてを貯金し、極力自分の金を使わないようにする。

どんなに仲の良い人でも、信じられない。金の貸し借りは一切行わない。どんな時、どんな場合でも、相手がどんなに頼んできても、決して行わなかった。そのことに相手が怒ったことが何度かある。

その度に自業自得だと、電車賃やバス代を忘れた相手に言って立ち去る。これが僕だった。可哀想だとは思わない。これが、金があるかないかの差なんだと、僕は、思うから――


『可哀想に! 待ってて、私のお金、貸してあげるから』

 ふと、過去の映像が、頭をよぎった。

 同級生が電車賃を忘れて、僕に金を貸すように言ってきた日のことだ。――僕はいつも通り、金なんて貸さずにその場を離れた。

 すると、その様子をずっと見ていた彼女が耐えきれずに、その同級生に金を渡した。そして僕に向かって言った。

『どうして放っておくの? 友達が、困っているのに!』

 無視しようと歩き出した僕の手を彼女は掴んだ。僕はそれを半ば強引に振りほどいた。鋭く睨む彼女に、僕は叫んだ。

『う、うるさいな! 岡田さんには関係ないだろ!』

 もし金が返って来なかったら、岡田さんはどうするんだよ。そんなことになったら、困るどころの問題じゃなくなるだろう!

 彼女はじっ、とこちらを見据えた。

『少しくらい、いいじゃない。せいぜい電車賃でしょう。そんなに気にすることかしら? ……ねえ、あなたは友達よりも、お金の方が大事なの?』

『……当然だろ』

『――うわ、最悪、最低。人としてどうかと思うよ、龍くん、どうして――』

 好意を抱く女子に、最悪だ、と言われて傷つかない男がいるだろうか。その日は足早に帰宅した。寒い夜だった。

その女子――岡田詩織――は、そのままあいつと一緒に電車のホームへと歩いて行った。僕はそれを呆然として見ていた。こんなつもりじゃなかった。

帰宅してすぐに布団の中に潜った。

岡田詩織は、こちらをずっと睨んでいた。その目が何度もなんども脳裏に浮かんだ。どうして、と彼女は何度も呟いていた。

 ――寒い、夜だった。

 

そんな過去を必死で頭から追いやる。今のことだけを見ろと、ただそれだけを命じる。

昔を振り返って、何か利益が生まれるのか? 生まれるわけがないだろう?

無理やり意識を今に向けさせると、誰かが何事かを言い合いしているのに気がついた。人だかりまで出来ている。

どうせやることもないので、そこへ近寄ってみると、兜をかぶる子どもがいた。彼の頭にはそれは大きすぎるのか、兜の紐が首の辺りで、きつく締められていた。少し窮屈そうに思えた。子どもの背丈を見る限りでは、幼稚園児くらいの年だと思われる。そんな子どもと言い合っているのは、エプロンを身につけている大人であった。

どうせ子どもが、盗みでも働いたところだろうと考えていたが、どうも、様子がおかしい。

「金を払え!」

 大人が一方的に怒っているように見えた。子どもはただ、笑って受け流している。けれど、時々は大声で言い返していた。いやだよ、その筋合いがないもの。なんて言う。その子どもの声が、まるで注目を浴びたいが為に発せられているようで、少し耳障りであった。

「ぼくは何も取引していないよ。それなのに、どうして金を渡す必要があるの?」

 幼い姿なのに、しっかりした声だ。大人はこの言葉に怒鳴り声で答える。

「見物料! お前はここに来て、もう三十秒も俺の店をじろじろ見ていやがる。何より一分以上、店前に立っている……。合計して赤メダル四十五枚! 払ってもらおうじゃないか」

 え? 僕は耳を疑った。 見物料だって?

「赤を四十五だって? そりゃあ高すぎるよ」

 ちょっとその場に居るだけで、金を取られるなんて、なんてことを言ってるんだよ。

そんな心の声が外に漏れてしまった。周囲の注目が集まる。

「あ」

 子どもがこちらを指差した。それにより、大人のぎょろり、とした目までも向けられる。その強い視線にたじろぐ。

「このお兄さんと知り合いか、ぼく?」

「待っていたよ、龍さま」

 子どもは大人の言葉を無視して、一目散に僕へと走り寄り、丁寧にお辞儀をした。

「ぼくが案内人です。この大通りで騒ぎを起こしていれば、きっと貴方がここへやって来るだろうと思っていたのです」

「そ、そう」

「そうです。貴方と会えたのなら、こんなところに長居は無用だ」

 逃げましょう、と彼は笑った。急な展開についていけず、どうやって、と僕はたずねた。すると一層、微笑まれた。

 僕らの会話を黙って聞いていた大人は、徐々に憤怒の形相へと変化していく。周りにいた人たちも、何やら、こそこそと話し出した。――こいつら、金を払わないみたいだ。逃げるようだぞ。それはルール違反だ。ならば、違反した者の持つ金は、すべて我々が貰ってよいはずだな。そうだ、そうだ。――何だか雲行きが怪しくなってきた。僕が助けを求めて彼を見ると、彼は白い歯を出して笑った。

「もちろん走って、ですよ」

 彼の声と、大人の怒号はほぼ同時であった。それを合図に、周囲は僕らを捕らえようと襲いかかって来た。

しかし、その何本もの手を彼は、いとも間単に避けていく。まるで羽がついているかのように身軽だった。誰も彼を捕まえられない。

それに比べて僕は、何度も捕まりかけて、必死に身をよじって逃げる。けれど、大人たちは諦めない。僕らから金を巻き上げようと、彼らも必死であった。こんなことになるなら、例え兜をかぶった少年であっても、無視しておけばよかったと、一人後悔する。

金の力を、僕はよく知っている。どんなに持っていても足りない、喉から手が出るほど欲しい、――恐ろしいものだ。そのことを理解していても尚、望んでしまう金。

「……きっと、逃げ切れないよ」

 だから、これは決して弱音ではない。金の恐ろしさは身に沁みている。

「弱音ですか?」

「だから違うって! 無理なんだよ、金には力があるんだから……!」

「ははあ。さては今まで、本気で誰かに追いかけられたこと、なかったでしょう? 大丈夫、安心して。もう少しです」

 彼は細い道を駆け抜けていく。手を引かれる僕は、半ば転びそうになりながらもついて行く。何が大丈夫なんだ、という文句は心の内だけにしておいた。言いたくとも、あまりの速さに口があけられない。

「よし、着いた」

 僕は彼の言葉が理解できなかった。なぜなら、僕らが辿り着いた場所は、行き止まりの場であったからだ。向こうの方で大人たちの怒鳴り声が響いている。乱れた呼吸を整えるので精一杯な僕に、彼は手を差し出した。僕が、

「ありがとう」

と呟いてからその手を取ると、違う、と払いのけられた。

「メダル。一枚だけでいい。出して下さい」

「い、いやだ。何をするつもりだ」

 僕の金なんだぞ、手放すものかと拒んでみたが、無視された上に急かされた。

「早く」

 有無を言わせぬ態度に、何なんだと苛立ちながらも、渋々、巾着袋からメダルを出した。途端、硬貨は消えた。奪い取った彼は、すぐさま手を振り上げて、硬貨を地面に叩きつけていた。チャリン、と心地良い音が響く。

「な、何して――」

「拾わなくていい、もう来ました」

 地に落ちた硬貨を拾おうとしゃがんだら、大きな影が落ちた。今度は何だと顔を上げると、凛々しい馬の顔があった。全身茶色だが所々、白い斑点がついている。まるで春の山に疎らに積もった雪、のような模様だった。

「うま?」

 僕が動けずにいると、焦れた馬の歯によって引っ張り上げられた。そしてそのまま、無理やり馬の背中に乗せられた。既に跨っていた兜の彼が、きちんと受け止めてくれたから良かった。そうでなければ、背中から落ちて地面に体を打ちつけていただろう。

彼に、しっかり首を掴むようにと言われて、素直に従った。馬に乗るのは、これが初めてだった。馬は一声いなないて、地面を蹴った。追い詰めたと思った大人たちの頭上を軽々跳び、彼らを振り切った。そして、追いかける気力を根こそぎ奪うような速さで、その場を去ったのだった。

「もう少ししてから、速度を緩めます。そうしたら、ここの世界のルールを説明しますからね」

 風の音に混じって、そんな言葉が耳に届いた。


       五


「龍さま、貴方はこれから、『第一層』に向かってもらいます」

「何それ」

 僕を馬に乗せたまま、兜の彼は馬から降りて、その隣を歩いた。馬も彼の歩くスピードに合わせて、ゆっくりと進んでいく。

先ほどの言葉通り、彼はこの世界のことを説明した。門番であった少女に比べると、熱意の差はあったが、彼なりに丁寧に説明してくれている様子だった。

「この世界では、生活の豊かさで、人の住む場所を区切っているんです。その区切りは全部で三つあって、それをぼくらは『層』と呼んでいます。今いるここは『第二層』で、庶民が住む場所。『第一層』は貴族や金持ちが居る場所で、『第三層』は、誰もいない場所です。……まあ、行ってみればわかりますよ。

数字が小さいほど、暮らしが良いと覚えて下さい。――繰り返しになりますが、この世界には層が三つあり、貴方はそのすべての層を経験する必要があります。必ず、一回以上はそこに辿り着くこと。これが、貴方がこの世界を出るための条件として出されるものです」

「出るための条件? そんなこと、伯父さんは一言も……!」

「既に決まっていることですから、あしからず。ちなみに、条件は一つではありません。もう一つあります。それは」

「ちょっと待って、何がなんだか……!」

「それは、――貴方が貴方を見つけることです」

「……はあ?」

「理解できませんか? まあ、始まったばかりですし、無理ありませんね。でも貴方ならきっと、すぐにわかるはずですよ。賢そうな顔をしてらっしゃる」

 まだまだ納得できそうもない僕を放って、彼はずんずん話を進めて行く。

「まず、貴方はここで学ばないといけない」

 そう言って、ポケットから青いメダルと赤いメダルを取り出した。

「ここで使われているメダルの種類は二種類。赤と青のメダル。赤が百枚で、青一枚と交換できる。けれども、『第二層』で生活する大人たちが持っている、メダルの平均枚数は、約七十枚だ。――つまりぼくが言いたいのは、『第二層』の人たちのほとんどが、まともに青メダルを見たことがないってこと。そして、その人たちが多く居る世界で、その色を見せびらかさない方がいいってこと。さらに、たとえ、『第一層』の中であっても、注意してほしいんだ。それを五枚も持っている人は、『第一層』に入っても、龍さま一人だけであろうから」

「へえ」

「ちなみに、コインとメダルっていうのは一応、違いがあるから注意して下さい。貴方の世界では勿論、この金は使えません。だから、ここでは『メダル』と呼ぶ必要があります」

「……もっと詳しく」

「うーん……、『コイン』の定義は、金として使えるもの。つまり通貨として使用可能なもの、です。貴方の世界で言うところの、円、ドル、ユーロと単位がつくものは全て『コイン』と称されます。一方、『メダル』というのは、ゲームセンターなどでしようできるものですね。――つまり通貨として、『コイン』として使えないものは全て『メダル』と呼びます。通貨か、通貨でないか。そこが『メダル』と『コイン』を分けるんです。――ふふ、たった一枚のメダルを出し渋る程に金が好きなくせに、金の知識はお粗末でしたか」

「し、失礼な。金は好きだけど、コインとメダル、というのは言いやすい方で使っていたから、明確な違いは知らなかったんだ。だから今、わかったんだよ」

「そうですね。理解できるまでの時間は問題じゃありませんね。問題は、わかるか、わからないままか」

 少し鋭くなった目に戸惑う。そんな僕に気がついたのか、笑みを作ってその目を隠した。

「では、見ていて下さいね」

そう言った彼は、近くに座り込んでいた老人に話し掛けた。

「ごめんね、ちょっと道を訊きたいんだけど」

 老人は彼の声を耳にしているはずだが、まったく動じる気配がない。何だ、こちらが話し掛けているのにと思うと、気分が悪くなる。そんな僕を彼は面白そうに一瞥してから、

「お願いだ、頼むよ」

取り出した赤いメダルの何枚かを、老人に手渡した。

「この道まっすぐさ」

 瞬時に返答される。僕は驚いて、目を見開く。しかし、まだ何か納得できないのか彼はまた、同じ色のメダルを同じ枚数だけ、渡した。

「で、本当のところは?」

「まっすぐさ」

 もう一枚追加される。

「どうなの?」

「……次のところを右、そしてすぐに左、曲がったらそのまま直進。すぐに着くよ」

「ありがとう」

 振り返った彼は、馬の鼻を撫でながら大声で笑った。

「これがここでの常識! びっくりしました?」

「ちょっと待ってよ、少し道を訊くだけで、金なんか渡さないといけないわけ?」

「そうですね、道を尋ねる以外にも、相手とちょっと触れただけで、店の前に立っているだけでも、金は必要になります。あと、何かをこちらから頼む場合は、必ず金の取引が発生します。それがこの世界での常識です。だから、人々は人を避けるようにして町を歩く。貴方も見たでしょう? 『第二層』の人々がやたらに早足だったのを」

 僕は静かに頷いた。そして思う。

伯父さんは何がしたいんだ。こんな世界に放り込んで、何を知ってほしいんだ。何を感じてほしいんだ。こんなところで一体何を学べと?

しばらく僕が何も言わないでいると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「そんなに金中心の世界が気に入りませんか?」

「別にそんなわけじゃ……」

「だって貴方も知っていたんでしょう?」

 

――この世は、金だって。

その言葉に、僕は何も言えなかった。



 一通りの説明を簡単に繰り返して、確認をした。その後、馬に触れて、こう言った。

「用が無くなったら、この馬から降りてあげて下さいね。この子は、メダルの音に反応してやって来てくれます。呼びたい時は、ぼくがやったように、メダルを、地面に落として下さいね。すぐに来て乗せてくれるので、メダルを拾う時間は無いと思いますよ。まあ、代金ってことで」

「わかったけど、どうしてメダルの音に反応を?」

「ぼくも詳しくは知りませんね。ただ、メダルを落とすと、来てくれる。それが当たり前なので」

 そうそう、と彼は再びポケットから青のメダルを出してきた。

「さっき借りた分。お返ししますね。正直なところ、取引が楽な赤メダルもいくらか渡しておきたいんですけれど、金を与えたりするのは門番の担当なので、こちらからは何もできないんです。ではこれを受け取って――あれ、もしかして、巾着袋に全部まとめて仕舞っていますか? え、よくまあそんな危険なことをしていましたね! 盗まれなかったのが不思議ですよ……。じゃあこのメダルは、別のところに入れておきましょう」

 彼は僕のズボンのポケットに滑り込ませた。これでまた、僕の所持メダルは五枚になった。そのことに少しの安堵を感じながら、彼に目でたずねる。

「ここの人たちは、基本的に財布を三つは持っているんです。所持金を分けて、盗まれても困らないように。……何度も言いますけれども、くれぐれも気をつけて。泥棒や、詐欺まがいのことをしてくる連中などには、特にですよ。それでは、ぼくの任務はここまで。さよならです」

 彼が手を振る。

「あ、うん。さよなら」

 こちらも少し乗り出して手を振ると、ズボンからメダルが落ちた。

急いで飛び降りると、先ほどまで居たはずの馬が、消え去ってしまった。そこにはもう、誰も居なかった。僕以外は。

「……ああ」

 見事、空中でメダルを握っていたことで、再び馬が現れることはなかった。金が無駄にならずに済んだ、とほっと一息をつく。その代わりに、強く尻を打ちつけたのはまあ、仕方がない。

これでまた僕は独りになった。一匹の動物だけでも、居るのと居ないのでは大きく変わってくることが今わかった。少しだけ、心細い。が、ともかく、メダルをポケットの中に仕舞おうとして、ふと絵柄に視線を向けると、

「花が……!」

 たった今、花びらが散った。動いている。満開だった桜は、少しずつではあるが、明らかに少なくなってきている。

頼む、もっと早く散ってくれ、早く帰りたい、と願ってみて、立ち上がる。そして、『第一層』へ向けて歩き出す。

 途中彼が教えてくれた道を忘れてしまって、やむを得ず二枚のメダルを払ってしまった。彼は赤メダルを使っていたが、僕の手持ちには青色のものしかない。なので、こちらはかなりの大損である。僕はひどく落ち込んで、後悔した。これなら、さっさとあの馬を呼んで、行き先を告げて連れて行ってもらえばよかった。もしくは、兜の彼に頼めばよかった――いや、頼んだけれど断られたのだったが。

それでも、馬を呼ぶには今更なので、歩くしか方法は無い。かといって、自分で突き進んだとしても、入り組んだこの道を無事通り抜けることは、出来そうも無かった。教えてもらわないと次には進めないけれども、教えてもらった道が、必ずしも正しい情報であるというわけでもない。

結果、自力でそこに辿り着いたわけだが。疲れたり、腹が減ったりする体でなくてよかったと、心から思った。

      

       六


 伯父さんは、結婚する。それは周知の事実だった。

 お相手は、長年付き合っていた同じ年頃の女の人。僕も何度か会ったことがある。穏やかな人だった。少し、ふくよかな体でもあった。笑った時にできるえくぼが、可愛らしかった。

 僕の父と伯父さんのお父さん、つまり僕の祖父は、えらく厳しい人だったらしい。人と比べると、僕と同じかそれより酷い貧乏生活をしていたという父たちは、子ども時代から、多くのことを我慢してきたらしい。

 父は言う。

「俺はいつだって、親父に反抗してきたよ。勉強しろ、出世しろ、親孝行しろ。その言葉すべてが上からの物言いで、子どもだった俺は、ひどく気に入らなかった。自分はどうなんだ、俺らに何をしてくれたんだと。だからよく喧嘩もした。大人になったら、絶対に裕福になって、我慢しない生活を送ろうと何度も思ったもんだよ」

 その決意のせいか、父は浪費家の傾向にあった。一回の買い物に対して、母が卒倒しそうな金額の品物を持って帰ってくる。そして、母にこっぴどく怒られる。これが、お決まりのパターンであった。

「ただな、兄さんの場合は違ったなあ。ずっと我慢してたなあ」

 その一方で、伯父さんはひたすらに良い子を演じたという。無理をしているように見られることは、あまりなかったらしいが、間違いないと父は断言する。

僕が珍しく静かに話を聞いていたので、必要以上のことを教えてくれた。

「兄さんは、あんまり賢くなかった、はっきり言うと、俺よりも。それでも偉いのは、努力したところだよ。いやもう、それはもう、毎日まいにち努力していたんだよ。いつも、椅子に座って、学校の教科書開いて、鉛筆握り締めて、なあ。……皆からは、そういう性格なんだと思われていたが、違う、俺は知っていた。兄さんが、勉強の最中に何度も、窓の外を眺めていたことを。外で友達と思い切り遊びたかったろうに、父や母の希望の星であるために、勉学を選んだんだ」

「……そうなんだ」

 そんな伯父さんの過去を聞くと、少し可哀想に思う。僕は思わずたずねた。

「伯父さんはさ、おじいちゃんのこと、嫌いだったかな」

「さあな。でも、憎んではいなかっただろうな」

「どうして?」

「口うるさい父親のおかげで、兄さんは立派な会社に就職できたわけだからなあ。実際、親父は色んなところに兄さんを連れて行ったりして、可愛がっていたみたいだったし」

 しばらく、沈黙した後、父は僕をじっと見てから笑った。

「そんな我慢強いところも、お前は兄さんと、似ているなあ。今じゃ、顔つきまでも似てきたしなあ」

「……僕もそう思う」 

父は苦笑した。

「確かに、昔は辛かっただろう。でも、今は、すごく幸せそうだ。――何故って、愛する人に出会えたからだよ。家族なのに、俺は兄さんとあまり会話したことなかった。なのに、今ではよく話をしてくれる。良いことだと思うよ。……まあ、大半は奥さんについてのノロケだけどな、はは」

「僕もされたよ。恵さん、すごく優しいんだぞって何回もなんかいも、ね」

 二人の大きな笑い声が、リビングに響いた。



 『第一層』に辿り着いた僕は、そのあまりにも豪華で、派手な建物に圧倒された。『第二層』とは比べ物にならない大きさ、華やかさ。

 ここにも桜の木があり、優雅さを感じさせた。桜の花は、自分が桜の花であることに満足しているかのように咲き誇っている。僕はそれを眺めて、平安時代の人たちのように、一句でも詠んでみようかと思って、後回しにする。

 そう、急ぐことはない。どうせ、ここは僕の世界になるんだから。

案内人は先へと進んだ。その後をゆっくりとついて行く。

層と層を分ける門は空に届きそうなほど大きく、見上げすぎて首が痛くなった。首を回しながら、ふと視線を地面に移すと、地面が妙に輝いていたので、何かの宝石が埋め込まれているかもしれないと思った。そんな場所を、元の世界ではどこにでもいる一般人である僕が、通っているだなんて夢みたいだった。

僕は知らず知らずの内に緊張していた。そして同時に、まるで自分が大金持ちにでもなったかのような、何ともいえない優越感までも感じ始めていた。

まるで? いや、違う。

「龍さま、こちらですよ」

 実際に、そうなるのだ。そうだ。ついに。

ついに僕は、大富豪へ仲間入りしたのだ。 


――時は少し前に遡る。

門の前に来ると、険しい表情をした門番がこちらを睨んできた。

「門の中に入るんですか? なら――」

「お金でしょ? はい」

 その言葉は聞き飽きたので、有無を言わせずメダルを握らせた。すると、手を開いた門番が、今まで会ってきた人と同じように目を大きくした。

 ただ、ここからの反応が他と異なった。

「こ、こんな大金、いただけません!」

 わずかに飛び上がり、なんと震え出した門番に、僕はただただ驚いた。他の人たちは、驚いた後すぐに黙って、さっと自分の財布の奥へと仕舞っていたのに。

「ああ、大金?」

「門をくぐる為に必要な金額の……、遥か上を越えていらっしゃいますよ! こんなにもたくさんのお金……、私のような門番がお持ちいただいていたら、命までも狙われてしまいます! 私には必要ございません、お返し致します! それよりもずっと下の、その、赤のメダルをお渡し下さい……」

 そうだった。この短時間に損をし続けたことがあまりにもショックで、自棄になってメダルを渡していたのだ。もう何枚払っても同じだとさえ思っていた。同じではないのに。

門番の言葉に、元の自分が戻ってくる。が、赤メダルを持たない僕は、青メダルを渡す他に方法が無かった。

「でも僕、これ以外に持ちあわせなくて。本当なら、赤色を渡したいんだけれどね、僕だって」

「で、では、もう、何ひとつ必要ございません……! お入り下さい、ご案内させていただきます!」

「え、大丈夫なんですか?」

「心配なさらないで下さい、貴方様は、ご立派な御貴族様でいらっしゃるのでしょう?」

 貴族なんかじゃない。明らかに勘違いをされている。けれど否定しなかった。できなかった。まさかこのメダルが、ここまで価値のあるものだとは――いや、それなりの価値があることは知ってはいたが、まさか、立派な御貴族だと勘違いされるまでとは――思わなかった。道を尋ねるために、何人かに軽い気持ちで渡してきたことが非常に悔やまれた。ここまでの金額だと知ってさえいれば、もっとうまく使えたのに。どうして、あの兜の彼はもっと詳しく教えてくれなかったんだろう。平均枚数がどうとか、青は赤何枚とか言われても、実感が湧くわけがないのに。

 ――ともかく、現実のような騙しだましの金持ちではなく、本物の富豪。夢にまで見たものが今、目の前にあるんだ。それを手離すやつがどこにいるだろうか。僕はあまりにも興奮しすぎて、呼吸もやっとだった。これで、これで僕は誰にも……!


「さあ、こちらへどうぞ」

 開いた門をいくつも通っていくと、とある場所に案内された。そこには、たくさんの女の人がいた。黒く長い髪。それも門番であったリュウよりも、ずっと長い髪だ。品が良さそうで鮮やかな着物を纏っている。正直こちらの女性たちの方が、ずっと教科書に載っていそうだった。それほど、美しい。

門番が彼女らに、何やら伝えて去った途端、僕はもの凄い勢いで女性に囲まれ、美しい笑顔を向けられた。そして、質の高そうな、良い香りがする上着をそっと羽織らされた。紫の菖蒲の花が、一面に描かれている。紫色は昔の高貴な人が好んだ色とされている。その色を僕が身にまとっている。たったそれだけのことでさえも、僕を満足させるには充分だった。

「よくお似合いですわ、えっと……、何とお呼び致しましょうか……」

「あ、僕の名前は――」

 自己紹介をしようとしたが、口を挟まれてしまった。

「ねえ、私たちがお呼びしやすいお名前を考えない?」

「それはよい考えですわね。一体、何にしましょうか」

「美しいお名前が良いわね」

 戸惑う僕を他所に話し合いが始まった。そして女性たちは相談の末に、美しい名をつけてくれた。

「では。その羽織にちなんで、菖蒲の君、と」

 頷く僕。沸き起こる歓声に、驚きつつも悪い気はしなかった。

「ねえ、菖蒲の君、ここでご休憩なさりませんか?」

「休憩?」

 首を傾げると、それがいいわ、と多くの賛同の声。

「貴方が……本当にお金をたくさん、お持ちなら……、ここで一服なさるのが良いと存じますわ」

「でもですよ、この場所は値が張る場所ですから……。残念ですけれど、菖蒲の君とは離れなければ、いけないかもしれませんね」

 ちらり、と送られる一瞥。残念がってはいるが、要は僕の有り金はいくらか、という話だ。ちゃっかりしている。

勿論、たくさんあるよと、半ば得意げに答えて、巾着袋を取り出して広げてみせる。

「ほら、この通り。たくさんあるだろう?」

 一枚の青メダルが、どの品物と同じ価値なのかが未だにわからないので、大金であること以外わからなかった。が、彼女らの反応を見て、これが言葉にならないほどの金だというのを実感する。同時に、そんな額の金を自分だけが所持しているのだということに、自分と他人との大きな違いを感じて、並々ならない喜びを感じる。これでやっと僕は、誰かに傷つけられることもなくなり、認めてもらえるのだ。そう、確信した。

「菖蒲の君、何か、わたくし共で出来ることはございませんか? 何でも仰って下さいな、何でも致しますから!」

 その言葉に弾かれたように、急に皆が動き始めた。菓子とお茶とを持ってくると出て行った者。肩や手をマッサージしてくれる者、体を妙に密着させる者。本当に様々だった。夢にまで見た状況が今実際に、目の前で繰り広げられている。あまりの嬉しさに頬が緩んだ。

「……もしかしてさ、僕と同じくらいの年の女子とかってさ、その、いたりする?」

 調子に乗った発言も、楽しげな笑い声によって優しく包み込まれた。

これが金の力だ。僕は強く思った。つまりは望みが叶ったことに酔っていたのだ。

――ここから、奈落へと突き落とされるなんて、少しも考えないで。 


「何かお知りになりたいこと、ございました?」

 声を掛けられ、頷いた。

「うん。あのさ、どうして屋根の上に鯉のぼりがのぼっているの?」

「それはですね、ええと、『登竜門』はご存知ですか? 滝をのぼった鯉が龍になるという言い伝えがあって、そこから転じて立身出世の関門、という意味になった言葉で」

「うん、知ってる。故事成語だよね」

 学校で少し習った。鯉が急流の滝を登るなんて、有り得ない話だけれど。昔の人は昔から発想力があったんだな、と思ったのを覚えている。

「ですから、縁起物なのですよ、鯉のぼりは。立身出世を願って、空に揚げるのです」

「へえ。じゃあもしかして、今日は五月? 五月の五日だったりする?」

「え? そうですけれど……」

「それなら明日には片付けなきゃ。こどもの日は今日で終わりだから」

 首を傾げる女の人。僕がどうしたの、と問うと、女の人はさらに首を傾けた。

「明日も片付けませんよ?」

「え、どうして? 早く片付けないと六月になっちゃうでしょ」

「ろくがつ?」

「ああ、六月を昔で言うと……何だっけ、水無月だったかな――。うん、そうだ、水無月になっちゃうでしょう?」

 近くにいた女性ら皆、口元を隠して笑った。

「いやですわ菖蒲の君。妙なことをおっしゃって。明日もその明後日もずっとその先も、五月五日じゃあありませんか」

「ずっと五日?」

 時間が進んでいないのか、と一瞬考えた。けれど、彼女たちには明日や明後日という概念が存在するから、時間は進んでいるはずだ。

伯父さんが何を思って、この世界を創造したのかは知らないけれど、どうして五月五日にする必要があったんだろう……。

僕が沈黙したのを見て、彼女たちは話題を転換した。

「そんなことよりも菖蒲の君、貴方様の羽織は、いくらするとお思いになりますか?」

「いくらだろう、わからないよ」

「青のメダル二枚ですわ。希少で貴重なものなのですよ? 大事になさって下さいね」

「ねえ菖蒲の君、あそこに置いてある壺がお見えになりまして? あれは、この建物の中で最も価値のある置物なのですよ。なんと青メダル四枚もするのです。そして、この建物は青メダル五枚に値します」

 その他にも色々と説明してくれた。宝石やら、お菓子やら、絵画やら。その中に、僕が持っているメダルの枚数に近い品物がいくつかあって、少し不安になる。もっと、もっと金がないと――。

「こんなにも高価な品物だとしても、ですよ? 実際に目に見えないと形がないと、無意味だと思われませんか、不安にはなられませんか?」

「なる。すごく不安だ」

「ですから、わたくしどもは今、これら全てをメダルに換金致しましょうかと、相談をしている最中なのです。菖蒲の君は、どう致した方が良いと思われますか?」

「難しいね……」

 そうしてしばらく他愛のない話をしていると、彼女らが是非、見てほしいものがあると言い出した。持って来るので待っていてほしい。とても大きいものだから、時間が掛かるだろう。その言葉に僕が頷くと、彼女らは、

「決して、帰ったりはしないで下さいね……」

 と俯いたので、何度もなんども首を縦に振った。そこでようやく安心したのか、笑みを浮かべてこの場を立ち去った。

一人になったので、この部屋を少し歩き回ってみる。歩いて、今までの出来事を整理しようと試みた。

どうして鯉のぼりや、兜や、菖蒲といった単語が出てくるのか。確かこれらはすべてこどもの日――つまり五月五日でよく使われる言葉なはずだ。多分、伯父さんはわざと、こういった要素を詰め込んでいるはずだ。五月五日、その日に何かがあっただろうか。もしくは、何があるのだろうか。それとも、五という数字に、何か関係があるのだろうか。疑問が渦巻く。五月五日、こどもの日。


『五島くん、誕生日おめでとう』

 ふと、幼い頃の岡田詩織の声が、頭の中で響いた。その瞬間、閃いた。ああそうだった、思い出した。その日は僕の誕生日だった。貧乏だったせいで、あまり大きく祝われたことが無かったので、忘れかけていた。

『何歳になったの?』

 笑いかける記憶の中の彼女は、あまり可愛くなかった。

ご近所さんである岡田詩織とは昔から仲が良かった。が、正直なところ、彼女はあまり可愛くなかったのだ。でも、中学の頃からだろうか、急に大人びて、そう、綺麗になった。その頃から僕は段々、彼女から目が離せなくなっていった。そんな時に偶然、中学二年になって同じクラスになれたんだ。嬉しくないはずがなかった。僕なりに、彼女に好かれるよう頑張った。けれど、その後しばらくして、寒い夜の日、あいつとの金貸しのトラブルが起こった。それからも色々あって、お互いを避けるようになっていった……。


「……だとしても、もう関係ない。僕の居場所はここだ。ずっと、ずっと望んでいた場。皆が僕を認めてくれるんだ」

 僕はここに住んで、ここで生きて、幸せになるんだ。 

 ぽつり、と決意を溢してからようやく、だれかの気配を察知した。はっとして振り返ると、背の高い男がいやらしく微笑んでいた。

「こんにちは」

「……どちら様ですか」

「怪しい者じゃないさ。一つ、気になった品物があっただけで」

「何ですか?」

「その羽織」

 いくらだ、と問い掛けられて戸惑う。すると、男は懐から財布を取り出して宙に投げた。重力を受けて落ちてくる巾着袋を片手で受け止める。その時に、じゃらん、と何枚ものメダルが奏でた音が聞こえた。それをよくよく確認すれば、その巾着袋は僕のとは比べられないほど大きく、メダルの形が浮き彫りになるほどに、ぎゅうぎゅうに詰められていた。

「金はある」

 いくらだ。再び問われ、僕は先ほど得たばかりの情報を口にした。

「おや、青二枚か。もっと値が張ると思っていたが。はは、意外や意外、ほんの少しだが、得をした」

 はは、と笑う声が耳につく。僕はメダルを受け取って、羽織を手渡した。

彼女たちはメダルの方がいいと言っていたんだ。別に悪いことをしたわけではない。なのに、何故か胸がもやもやした。――この人が、妙に嬉しそう笑顔を浮かべていたからだろうか。

「では、私の用事はこれまで」

 そう告げて出て行こうとした男は、ふと、置いてあった壺に視線を移した。

「おや……」

「何ですか」

「こちらの方が形も良さそうだな。美しい。これはいくらだ?」

「青四枚です」

「うう、高いな――。けれども、……よし、こっちを買った!」

「はあ」 

「では、これを返すよ」

 男は羽織を差し出し、巾着袋から新しく、青メダル二枚を取り出した。

「え?」

 戸惑う僕に、呆れた声を出す。

「この青メダル二枚と、この羽織を合わせて、青の四枚分だろう? ――おいおい分からないのか、この羽織は青二枚なんだろう? では、合わせていくらだ? そうだ、四枚だろう? これで計算が合うはずだろう? 君、そんなことも出来ないのかい? 随分大きな子に見えるけれど、頭の中身は少ないのかい? ニたすニの計算くらい、ぱっと解いてくれないと」

 そう言って羽織とメダルを押し付けられて、壺を持って行かれた。

 そして、入れ違いになって帰ってきた女の人たちにすぐ、壺はどこいったのか、何かあったかと事情を聞かれる。

「これ、メダル。さっき壺が売れたんだ」

 伝えてからメダルを渡すと、女の人たちは喜んだ。が、様子がおかしい。何回も手の内のメダルを数えて、首を傾げる。

「あの菖蒲の君、申し上げにくいのですが、あとの二枚は?」

「え? あとの二枚はこの羽織で――」

「まさか」

 呟いた女性は外にいる人々に呼びかける。すると、先程の門番がやって来て、何故か恐ろしい顔でこちらを見下してきた。

「お前が受け取ったメダルはこれだけか」

「は、はい」

 頷くと、みるみる顔色が赤くなって、鬼のような形相で怒鳴られた。急なことに驚いて、わずかに体が飛び上がった。

「初歩的な詐欺に引っ掛かりやがって!」

「サギ?」

「お前は本当に、頭が悪いんだな! お前の手元には何枚メダルが残っている! 二枚だろう? けれどもあの壺は青四枚の価値があるんだぞ? ならば、お前は四枚持っていないと計算が合わないじゃないか! 足し算も出来ないのか!」

「え、ちょっと、どういう」  

 何をそんなに怒っているのか、理解できなかった。横に居た女が怒鳴った。

「きっとそいつは一度、違うものを購入したんでしょう。けれど、帰る途中になって商品を変えた。そして代金に、最初に買おうとしていた品とメダルを使用した。つまり貴方はね、商品の値段と貰ったメダルとを足してしまったの!本来、貴方の手元に無いといけないメダルの枚数は四枚なの! ああ、もう、わからないの? 要するに、私たちは大損したってことよ。本当に初歩、低レベルの詐欺にね! 今時謎かけにもなる位、簡単な話なのに……、引っ掛かる人だって滅多にいないのに……!」

 畳みかけられて、僕はさらに狼狽する。知らなかったんだ、そう言ってもただの言い訳にしかならない。

「金を返せ! 返せ、返せ、返せ!」

 思わず後ずさりすると、逃げるな、と大勢の人間に飛びかかられて、手足の自由を奪われた。両手両足にかかる大人の体の重さに耐えきれず、悲鳴が漏れた。逃げなくては、早く、どうやって。こんな時に限って僕の頭は鈍く回転する。どうしよう。怖い。助けて。

 思い切り身を捩った瞬間、予想してなかったことが起きた。仕舞っていたはずの巾着袋が地面に落ちたのだ。中に入っていたメダルが、音を鳴らした。さっと、体の温度が途端に引いていくのが分かった。そこからは、まさに一瞬であった。

大人たちは待っていたと言わんばかりに飛びついていた。その場は、みるみる人が集まり、取り合いが始まった。なんと僕は、命の次に大事な金を落としたのだ。取り返すことは最早できるはずがない。この取り合いの中に入り込むことは命を捨てることに等しかった。

何かを考える前に、僕の体はその場から逃げ出していた。自分の身を守る為に、金を捨てたのだ。その事実は僕にとって、この世界にとって、持っていたはずのすべての力を、失ったのと何ら変わりのないことだった。


       七


 誰も追いかけて来なかったことが、唯一の救いであった。振り返っても人影はないけれど、それでも僕は歩みを緩めなかった。ここで立ち止まれば、もう二度と生きていくことができないそんな気がして。

 ほら、人間なんてそんなもんなんだ。どこかで誰かが囁く。金がなければ、そいつに利用価値がなければ、――それこそ、愛があろうがなかろうが――、捨てられてしまうんだ。まるで、

「まるで僕の宝物みたいに――」

 持ち帰った砂まみれのボールペンは、どう頑張っても元通りにはならなかった。

インクがないペンは書けない。そして僕も。金がない人間は、生きてはいけない。そう、こんな世界の中では。

僕は、金のない人間だ。使えない。だから、捨てられる。僕はまた独りになる。誰もいない。孤独。金さえあれば、そんなこと起こらないのに、また、僕はまた、いじめられるのか――?

 未だかつて味わったことの無い悲しみに苛まれる。どうしてこんなにも僕は裏切られていくんだ? 僕は何をしたって言うんだ? いつだって僕は不公平に扱われる。どうして、どうして……。

 一度俯くと、何だか泣きそうになったので、それからはずっと空を仰いで歩いた。そのせいで、周りに居たたくさんの人とぶつかった。ぶつかったらすぐにその場を逃げ出した。彼らから大金を請求されないために。

 しばらく当てもなく、さまよい歩いていると、

「龍さま!」

 ぶつかった人から、僕の名前が聴こえた。僕は瞬時に振り向いた。

 その子は小学生くらいの背丈で、小さな籠を手に提げて立っていた。その籠の中には草の葉で包まれた白い餅があり、それがチマキであることを知った。またもや五月の行事だ。

ふと、その子どもの顔に視線を移すと、どこかで見掛けた顔であった。どこだっただろう。兜の子にも似ているが、もっと違う場所で見た気がする。黙っていると、子どもの方が話し始めた。

「はじめまして、龍さま。ぼくも『案内人』です。ぼくの使命は道案内です。どこまで行きました? 『第一層』はあちらにあって――」

「いい」

「え?」

「僕はどこにも行かないよ」

 ため息をつくと、彼は全く違ったように解釈した。

「ああ、お疲れなんですね? そうですね、少し休憩なされてはどうですか? 今までずっと歩いていたようですし。これでも食べて、元気つけて下さいな」

 そう言って差し出されるチマキ。小学生の頃、よく給食で取り合いしていたなあ、と思い返す。何だか面倒な話になってきたので、適当にあしらう。

「いらないよ」

「そう言わずに。大丈夫です。龍さまには特別に、無料です。特別ですよ? 何故って貴方がここに居られる時間が、残りわずかだからですよ。『案内人』からのちょっとしたサービスです」

そう言って彼は、僕に青色のメダルを見せてくれた。それを奪う気力もなくて、ぼんやりと見つめる。

そこに描かれている花びらはもう、半分位しか残っていなかった。最初に見た時は、すごく華やかに思えたのに、今ではもの寂しいだけの桜の花。

ここへ来てから、あんなにも散々な目に遭った。それなのにまだ時間が許してくれず帰れない。いい加減、家に帰りたいと思うところなのだろうが、正直なところ、もう、どうでもよかった。独りにさせられたなら、もう永遠に独りになりたかった。

「いらないって。僕、この世界では飲み食いが出来ないって門番の――リュウが言っていたし」

「そうでしたか。では、せめて受け取るだけでも……。駄目ですか?」

笑う少年と、差し出すチマキをじっと見つめる。

――この少年くらいの年だった。このくらいの年の時にいじめが始まったのだ。

『やーい、貧乏! おれの余ったパンでもオメグミしようか?』

 からかう同級生の姿が思い出される。僕はただ首を振って拒み続けた。口の中に無理やり放り込まれたこともあった。 

「実はですね、このチマキ、真実の餅といって、とてもすごいんですよ? 隠されている事実――過去なんかを振り返ることが出来ます。貴重なものなのですよ。持っておいても損ではありませんから」

 この時僕は、目前にいる少年と、昔のあいつらの姿とをごちゃ混ぜにしていたのだった。

僕は、少年が持っていたチマキを思い切り払いのけた。過去も未来も真実ももうたくさんだった。

払いのけたその一瞬に手が彼のチマキに触れた。たったそれだけのことで僕の意識はもっていかれた。体の力が抜けていく。地面に崩れ落ちた感覚がして、気を失った。彼はこのチマキに触れさせたいが為に僕に近づいたのだ、と気づいた時には既に遅かった。

「……さて、連れて行きますか」

 少年は、その場に倒れた僕の体を、ゆっくりと持ち上げた。

「『第三層』へ――」


       八


 意識を失っているというよりも、まるで夢を見ているような、そんな気分であった。ぼんやりしている頭の中で、多くの声が響く。が、何の言語を口にしているのか全くわからなかった。

しばらくしてから、遠くで、メダルが落ちた音がした。するとその音を耳にした瞬間から、ずっと聞こえていたその声が理解できるようになった。そしてすぐに、それが『第一層』の奴らの声だとわかった。暗闇の中、まるで奴らが近くに居るかのように大きく響いた。

『あの子、本当に金を持っていたわ。あんなに多くの金をどうするつもりかしら。宝の持ち腐れだわ。どうするの、奪うの?』

『あら、そんなの決まっているじゃない、全部奪ってしまうわ。そんなことわざわざ訊かないで頂戴』

『その為には俺がほんのちょいと、大声を出せばいいんだろう?』

『そうね、貴方ほんとうに怖そうだもの。ちゃんと脅してね。そして貴方は、あの子に気づかせないように、取引を成功させるのよ。失敗したら面倒だからね』

『わかってるよ』

 すると、目の前が明るくなり、とある情景が浮かんだ。夢の中のように、最初はぼんやりと、そして次第にはっきりしてくる。そこは『第一層』の屋敷の裏であった。そこで、こそこそと誰かが話し合っている。――何なんだこれは。

『では行って来るよ』

 立ち上がった男はよく見ると、壺を買っていった男だった。屋敷の中に入ることで、僕の視点が変わった。羽織を着た僕が見える。僕と男が会話をしている。何を言っているかは聞き取れなかったが、そこで話した内容はちゃんと覚えている。二人の話が終わると、男が壺を抱えて立ち去る。――まさか、嘘だろう……? 

また、視点が変わった。壺を持つ男は、皆がこそこそと集まっている場所に戻って来た。その顔には、人の悪そうな笑みが浮かんでいた。

『やった、成功だ。馬鹿だなあ、あいつ。こんな簡単な詐欺も見破れないなんてな』

『よし、それでは奴の金をすべて、巻き上げようか』

 そう言って皆、僕のいる所へと走っていく。

何だ。なんだ。結局、皆、グルだったんだ。


「お目覚めですか、龍さま?」

「――裏切られた」

「ええ、まさしくそうですね」

「信じていたのに……!」

「ええ、金の力をね」

 さも理解しているという口ぶりに苛立ちを感じ、この行き場のない怒りをぶつけてやろうと声の主を探す。しかし、辺りには、ひどく寂れた世界しかなかった。無人。何もない。と思った瞬間に、枯れた木が目に入る。どこにでもあった桜の木だ。ただし花は散ってしまい、風に強く吹かれると、枝は呆気なく折れてしまった。この木はきっともう、花を咲かせやしないだろうと僕は思った。この木はきっと、色々なものをなくしてしまったんだろう。……僕と同じで。

 そんなことをうまく働かない頭で考えていると、地面が動いた。そこでようやく、僕の体が運ばれていることに気づき、立ち上がった。けれども、足場が思ったよりも不安定で、バランスを崩し、そのまま地面に落ちた。尻餅をつく。散々だとゆっくり顔を上げると、とあるものと目が合った。

「こ、こいのぼり?」

 赤い鱗をもつ鯉のぼりは、まるで本物の鯉のように、体を捻ってこちらを見た。僕は言葉を失った。鯉のぼりは地面から浮いて、僕と対峙していた。黙ったままの僕に彼は、口をぱくぱくと動かして説明した。

「あ、僕ですよ。ほら、チマキを配っていた男の子です。今ちょっと、龍さまを運ぶ為に、姿を変えているだけで――」

それは体こそ鯉のぼりだが、目だけは本物であり、僕が立ち上がる動作を潤んだ瞳で追いかけてきた。その瞳の奥に、温かな微笑みがあるような気がして、少し安堵する。が、すぐさま鯉のぼりから離れる。誰も信用できないのだった。どうせこいつも裏切ってしまうに決まっている。

そんな僕の考えまでも感じ取ったのか、彼は諭す口調で話しかけてきた。声色こそ優しいが、それとは正反対の、鋭い言葉を放った。

「貴方はいつだって、逃げている。一番逃げてはいけないものから、逃げていた。そうでしょう」

 チャリン。金の音が聞こえる。そしてその言葉がなぜか、

『お前はいつだって、逃げている。向き合わなきゃいけないものから』

 過去にあった伯父さんの声と重なる。

「貴方は昔から、自分にとって良くないことがあると、逃げ出す癖があった。今もですよね。その癖が貴方を苦しめているんですよ。貴方の両親のことだってそう。自分が貧乏のせいでいじめられていると、伝えればよかったのに。どうして黙っていたんですか? 疲れているから、自分のことで迷惑を掛けたくなかったから、悲しませたくなかったから? それが全て逃げるための理由だと貴方は気づいていましたか?」

 瞳の奥に潜んでいたはずの力強い炎が表に出て、轟々と燃え盛るようであった。僕はすぐに視線を逸らした。そこに、僕が何よりも恐れているものが、あるように思えたのだ。

「うう……」

 また頭痛が始まった。それと同時にメダルの音がする。その音を合図に、誰かの声が響いた。

『龍、最近学校はどうなの? 先生から聞いたけれど、よく一人だっていうの、本当?』

 ひどく心配している母の声。その時もいつも通り、あしらったのだ。

『違うよ。その日は、たまたま皆が外にいたんだ』

 そうだ。いつも通り嘘を吐いて、母に、心配させないようにして。それが正しいはずだ。それなのにこの少年は両親に、貧乏なせいでいじめられていますって、言えというのか? 酷すぎるだろう。嘘は方便なはずだろう。僕の何が悪いっていうんだ!

「痛っ……!」

 再び鼓膜を震わせるメダルの音。きっとこの音が、僕の過去を呼び起こしているんだ。それを察した僕は、自分の耳を塞いだ。けれど、無意味だった。過去の映像が、次々に現れてくる――。

『確かに、あの子は龍くんを裏切ったことはあったよ。でも、彼はちゃんと謝ったじゃない! それで終わりにしようよ……。過ちは誰にだってあるじゃない……』

『それでもあいつは、僕を見て嘲笑っているんだよ、貧乏は、貧乏のままだって、前にも……!』

『ねえ、それっていつの話? 前って小学校の頃でしょう? 中学校に上がってからそんなこと、あの子言ってたことある? 一度だって言ってないじゃない』

 岡田詩織が、叫んだ。

『ねえ、今を見てよ』


今の僕の中に、昔の映像がまるで映画のように流れていく。けれど、そこに幸せそうな顔は誰にも浮かんでいない。ただの悲劇だ、僕の人生なんかは。嘘を吐いたって、真実を知っていたって変わらない。

ふらつく足で、その場を立ち去ろうとした。こんな所にいたくない。こんな苦しいだけの過去を見たくなんかない。そんな一心で足を動かした。

「また目を背けるんだ、貴方は。今日背けたら、明日も背く人生になるんですよ。今日を変えられない人間は、明日も同じことを繰り返すに決まって――」

「ちょっと。お前、それは言い過ぎだ」

 背後から声がして、僕は振り返った。そこには、僕と身長が同じくらいの少年が立っていた。にきびが目立つ彼は、どうやら中学生くらいの年齢であるようだった。

「やあ」

 声が低く変わる途中なのか、不安定に響く。そこから、鯉のぼりの彼よりも年上であることがわかる。

その中学生くらいの少年が、こちらに優しく笑いかける。けれど彼の険しそうな、何をやってもつまらなそうな顔に、その屈託ない笑みはとても不似合いに思えた。

そのつまらなそうな顔を、僕は昔どこかで見た気がしてならない。夢を利用した世界だからだろうか、記憶が曖昧なところがある。一体誰だっただろう。

「初めましてですね、龍さま。ここがどこだか、そして僕らが誰だか、もうお気きになりました?」

「僕ら?」

 首を傾げると、今度は困ったように笑われた。

「その様子からすると、まだわかってないみたいですね。ここは、『第三層』。貧困の世界ですよ」

 僕が呆然としているので、彼はもう一度繰り返した。

「『第一層』から始まり『第三層』で終わる。貴方はついに最後の層へやって来たんですよ。つまり、帰る条件を一つクリアしたってことですよ、わかりますか?」

「……でも、あの世界に帰っても、何も変わらないよ。だって、どうせ、人間なんて金なんだよ。ほら、『時は金なり』なんて言葉あるだろ、でもそんな風に考えてる奴なんてまずいないよ。どんな時でも金が欲しい、金が多く貰える職に就きたい。そして、出来るなら楽ができた方がいい。それが真実だ。――何が、なにが愛を教える、だよ……。見たくない世界しか教えてくれなかったじゃないか」

 誰も何も言わなかった。

 僕はまたぽつり、と呟いた。

「この世界。現実の世界。逃げられない自分。もう、嫌なんだよ。僕は一体、何の為に生まれて来たのか。僕だけが不幸な目に遭う。いつだってそうだ。誰も助けてくれない。皆、僕よりずっと幸せなんだ」

 今度は反応があった。ただし刃のように鋭い、問いかけだった。

「へえ。じゃあ貴方は、金があれば幸せになれるのですか」

 ずっと黙っていたはずの鯉のぼりが口を挟んだ。僕が静かに頷くと、僕の手を口に咥えて、強く引っ張った。

「じゃあ、幸せにしてあげますよ」

 その言い方が、ひどく投げやりで、悲しげだった。



「ここだ」

 彼が案内したそこは、先程居た場所よりも、ずっと寂れた場所だった。先ほどまで居た所には、枯れてはいたものの木があった。が、ここには生命の息吹が一切感じられない。地面と空だけだった。ただ地面といっても土の色は見えず、一面真っ黒の砂利で覆われていた。歩くとじゃり、と音を立てた。砂利にしては、綺麗な丸の形をしていたのが、少し引っかかった。それ以外は、他に何もない。

それなのに何故か僕は、達成感に似たようなものを感じていたのだ。ようやくたどり着いた。やっとだ。ついにここまで来てしまった。――しまった?

 僕の心が震えるのを感じた。くすぶるような恐怖が、達成感と入れ替わるように急速に広がっていった。心が拒絶し出す。

「僕、……ここに居たくない」

 たまらなくなって縋るように言葉をこぼすと、鯉のぼりと少年は同時に首を振った。

「「それは出来ない」」

 少年は黒い山のようなものの前に立った。その黒いものは、人の身長ほどに高く積み上げられていた。塔のようにも思えた。振り返った少年は静かにこちらを見た。

「これは何だと思いますか」

わからないと首を振ると、彼は手を伸ばして、その黒い塊の一つを手に取った。何か、丸みを帯びているように見える。注意深く観察すると、元々黒い色をしているのではなく、その丸いものが錆びついていることに気がついた。彼は僕の目の前にそれを突きつけた。

「わかりますか」

 また首を振ると、擦ってみるように言われた。戸惑いながらも、自分の服でそれを綺麗にしてみると、少しだけ輝いた。はっとしてさらに力を入れると、全体の姿がわかった。

「……錆びた、メダル?」 

呟くと、少年は頷いた。

「この地面すべてを覆っている黒いものと、山のように積んである黒いものとはまったく同じもの――つまり、メダルです。錆びてはいますが、綺麗にすればちゃんと使えますよ」

「そう、なんだ」

「どうしました? 嬉しいんじゃないのですか、幸せになれたんじゃないのですか? 貴方が望んだことでしょう」

鯉のぼりが矢つぎに問いただしてくる。望んだことか。そうだ、確かに僕は金持ちになりたかった。そうすることで、幸せになれるはずだった。

 黙る僕を一瞥し、少年は黒くなったメダルを地面に叩きつけた。高い音は、地に散らばるメダルの中に消えていった。が、その音を聞きつけた何かが周りに集まり始めた。

「金の音に敏感なのは、貴方の影響を受けているんですよ」

 集まってきたのは、様々な動物たちであった。犬や、猫や、鳥。ついには虎までもがやってきた。

「あ……ああ……」

 突然、僕の体が震え出した。最初は虎か何かに対して怯えていると思ったが、違った。

「いっぱいいるでしょう?」

少年はどこか寂しそうに言った。

「彼らを含めて僕らは、捨てられたんです」

「誰に……」

 二人は真っ直ぐ、僕を見据えた。少年が答えた。

「五島龍に」

「え」

「そこにいる彼は、喜び。彼は、楽しみ。そして彼は、信じる力」

 そう言いながら、少年は周りにいた動物を指さしていく。

最後に指された動物が、メダルの音に反応するあの馬であった。僕が呆然としていると、馬は一声嘶いた。

「すべて貴方が、捨てたものたちですよ」

「どういう――?」

「その通りの意味です」

 山になっていたメダルをまた一つ握って、それを少年は遠くへ放り投げた。遠くで響いた音に、またもや動物たちが大いに反応する。音のした方へと物凄い勢いで追って行った。あまりの勢いに、砂埃までもが舞った。

「貴方は、金に、心を奪われてしまった。貴方の心にあったはずのもの――優しさ、夢、思いやりといったプラスの感情、そして愛――。それらは全て、彼らに反映されているんです。そして、貴方の中にあったはずの感情を持った彼らはメダルの音に敏感になった。そう貴方に、影響されているんです」

「どうして……」

「ここは、貴方が中心の世界だから」

 笑った。その笑みが、今まで見て来た――兜や鯉のぼりの――子どもたちと重なった。よく思い出してみると、彼らの顔が、笑い方が、皆よく似ていたのに気づいた。

 動物たちが僕の感情をそれぞれに持つとしたら、僕の名前を知る子どもたちは――。

「もしかして君たちは……、僕そのもの?」

「正解!」

この子どもの声は、聞き覚えがあった。

錆びたメダルの山に隠れていたらしい、兜をかぶった子どもが、こちらに笑みを向けていた。中学生の頃の彼もまた、兜の子と同じ笑みを浮かべた。鯉のぼりだったはずの彼もいつの間にか、元の小学生の姿へと戻っていた。その顔もやはり笑っていた。体つきの違うたくさんの僕が並んでいる。妙な状況であった。

 皆、僕に対して笑みを浮かべていた。けれどその笑顔もすぐに消えて、強く、僕を見据えた。

「ずっと、君が気づくのを待っていた。そう。僕らは、君の一部だ。ここにいる動物たちよりも、ずっと君に似た存在。だからこそ、君を案内する役目を与えられた」

「僕らは君を案内する役目。では、動物たちは一体何を表していると思う?」

「何度も繰り返すけれど、君が捨てて、奥に仕舞い込んだ、感情なんだよ」

 潜んでいた恐怖が膨らんでいく。ついには、体までも小刻みに震え出した。震えを止めたくて、自分の体を抱え込んでみても止まることはなかった。恐れているんだ。自分を守る為に、一度切り離した感情がまた僕の中に戻ってしまうことを。

 三人の僕は交互に開口した。

「君が恐れるのは無理もない。なぜって君はずっと怖くて逃げていたのだから」

「たとえ、向き合うことで心が傷つくことがあったとしても」

「それでも向き合わなくては。ここは君の、心の奥底」

 

 頭の奥で、何枚ものメダルが、一度に地面に跳ねる音がした。過去の記憶。若き頃の母の声がする。

『あなた、いじめられたんでしょう! どうして言わなかったの!』

開いた母の口から、飛び出した言葉。ずっと黙っていたのに、どうしてばれたんだろう。幼い僕はそう思った。今日もよい子で留守番をしていたのに、よい子で我慢していたのにと。

『嘘は吐かないで、伯父さんから聞いたのよ。ねえ、どうして黙っていたの? 誰にされたの? ボールペン、壊されたんでしょう? ねえ龍、何か言いなさい!』

 それでも何も言わなかった。何と伝えたら母は心配しないで済むだろうか。わからなかった。

『母さんに迷惑、掛けたくなかったからなの?』

 その通りだった。恐る恐る頷くと、母は思い切り僕の頭を叩いた。

『親にとってはね、それが何よりも迷惑なのよ、龍……、わかってよ!』

 母は泣いていた。それを見て、僕も自分自身が情けなくなって泣いた。すべて僕のせいなんだ。母が泣くのも、いじめられるのも、貧乏なのも。しばらくの間、お互いのすすり泣く声だけが聞こえていた。

 帰宅した父は、母から話をすべて聞き終わるや否や、物凄い音量で怒鳴った。

『やり返してこい』

僕はたまらなくなって、叫んだ。

『それじゃあ意味ないんだよ……! またひどくなるばかりなんだよ……。皆が飽きるまでがまんすればいいだけなんだよ』

 縋り泣く僕を、父は殴った。痛みに涙が零れた。この時生まれて初めて、父親に殴られたのだった。ここまで怒る父を見るのだって初めてであり、恐ろしくて少しも顔を上げられなかった。それなのに、父はこちらを見るように言う。拒むこともできなくて、怯えながら顔を上げると父はたずねた。その声は怒りに満ちていたが、僕を責める声ではなかった。

『誰にやられたんだ』

 これ以上怒られたくなくて、すぐにあいつの名前を告げた。

 名前を聞くと、二人はすぐさま立ち上がった。僕はどこへ行くのかとたずねた。その答えは既にわかってはいたけれど。

『お前も来い、龍。お前の問題なんだから』

 必死に抵抗する僕を、無理やりその子の家へ連れて行った。すぐに両親はあいつの両親と口論になった。ここまで来たらと腹を括って、僕もあいつと戦った。もう投げやりだった。何を叫んだのか、戦ったのか、全く覚えていない。ただ、戦いが終わってからの僕とあいつの体が、ひどい傷だらけであったことのみ記憶に残っている。

その後、いじめはなくなった。ただし、戦ったことを告げたあいつは皆を見方につけた。皆は僕を避けて通るようになった。僕は何も悪くないのに、何度もそう思ったけれど、話しかけても無視されるので、主張することもできなかった。 

小学校を卒業し、中学生になった僕は、偶然にもあいつと同じクラスになった。できるだけ関わらないように距離を置いていたはずなのに、あいつは自ら僕の方へ近寄ってきた。入学式から、三日後。あいつは僕を人気のない場所まで呼び出して、頭を下げて謝ってきた。何度もなんども繰り返される謝罪の言葉。声が震えているのが、聞き手からでもわかった。

『ごめん、俺が……、悪かったんだ。ほんとはずっと……もっと早く謝ろうと思ってたんだけど……、ごめん、ごめんな』

 僕はそっと微笑んだ。許すふりをした。それから一緒に過ごすようになった。――そして、駅で置いてぼりに、したのだった。僕はそれを一種の復讐だと思っていた。

 岡田詩織は、復讐した次の日に屋上に呼び出して責めたてた。

『あの子、謝ったんでしょう? どうして許してあげないの? あの子、すごく悩んでいたのよ、同じ小学校の私に、恥を忍んで相談してきたの……。どうしたらいいんだろうって、貴方に悪いことした、謝りたいんだって、泣いてさえいたのよ!』

『僕だって泣いた』

 泣いて終わる話なら、僕の心に傷なんてつくはずないじゃないか。

 ――それから、あいつと彼女とは話していない。



中学生の僕が話しかけたことで、夢の世界に戻ってくる。

「どうしてボールペン一本が、そんなに大事だったのか。考えたことは?」

「……ないよ」

「父親と母親とが、一生懸命働いて稼いだ金の重みを、幼い子どもながらにも理解していたからだよ。その重い金を自分に使ってくれたことに、愛情を感じていたからだよ」

愛情という言葉に反応する。恐ろしい言葉だ。愛があっても、幸せにはなれない。金がないと全てが無意味だ。これが、僕が信じてきた真実だった。はずなのに、今ではそのことに疑問が浮かんでいる。

僕は俯いたまま、彼らの声を聞いていた。すると、遠くで何かが近寄って来る気配がした。ふと、そちらの方向を見つめる。

動物たちが、再び集まってきていた。その中に、僕を助けてくれたあの馬がいた。馬はこちらをじっと見つめている。

ふと、その下の方で何かが動いたのでそちらに視線を移すと、馬の下に小さ

な子馬がいた。あの馬の子どもなのだろうかと思った瞬間、あの動物が僕の最も恐れている感情を抱えていることに気がついた。直感でわかった。心が震え

る。

幼少の頃の僕が続ける。

「今では簡単に買えるペン。壊されたってまた買えばいいだけの話。好きな女の子を無視してまで、大事にするものかな」

 子馬と目が合った。ゆっくりゆっくりと、こちらへ向かってくる。僕は後ずさりする。足がもつれそうになる。それでも構わずその場から逃げ出そうとした。

 小学生の声が、僕の心に囁いてくる。

「金の力で、何もかも忘れようと思ったんだろう? 金を得ることで愛されると思ったんだろう? それでも、うまくいかなかった。この錆びたメダルを見たら、嫌でもわかるよ。君は心の底から金を望んでいるんじゃない、そうだろ?」

逃げる足が止まる。僕の意思ではない。体が、僕にもう逃げるなと告げているようにも思えた。彼らはもう一度問うた。それに僕はここに来て初めて、逃げずに自分の答えを導き出した。

「そうなんだろ?」

「――そうだよ」

 受け入れてしまえば、簡単だった。頭で考える前に体が勝手に足を曲げて、地面に膝をつけた。そして両手を広げた。彼らを受け入れる為に。

金は一文もないのに、動物たちが次々に僕に駆け寄ってくる。

僕は目を閉じた。僕は今まで、たくさんの人の思いに背いてきた。母は、僕が頼らないことを迷惑だと泣いたのだ。友達は、信じていたのに、僕が裏切ったのだ。すべて僕ひとりが皆を否定していたのだ。

 胸に温かいものを感じた。周りの動物たちが再び、僕の心の中へと戻ってきたのだと思った。心の温度は、動物たちが心に戻るたびに上下した。優しさは、春の陽気みたいに暖か。悲しみは、氷のように冷ややかだ。『第二層』で助けてくれた馬は、どうやら希望を持っていたらしい。心が元気になるのがわかった。

皆が心に入っていくことで、僕は今まで切り離していた感情を取り戻していった。やっと本当の人間になったように思えて、少し可笑しかった。今までの僕だって、人情味はあまりなかったけれど、一応人間だったはずなのに。

元々これらの感情は僕のものなんだ。自分を受け入れた今だからこそ、これらの感情を受け入れることができる。苦しみを感じることで、喜びを感じることができる。素晴らしいほどの喜びの中にいることで、いずれ来る苦しみに耐えることだってできる。今まではただ、苦しみから金という道具を使って逃げていた。――そう今までは。

 では今は?

「……戻っておいで」

 高く子馬が鳴いた。この子が最後の一匹だった。子馬が、勢いよく僕の胸に飛び込んで来た。喜びや希望よりもずっと熱く、太陽みたいに力強い。

 ――今は、違うんだ。向かい合うことができる。

僕が心の奥底から望んでいたものは、

「愛だ。そして、信じる気持ちだ」

 そして、苦しみと向き合い、喜びを受け取る力だ。 僕の周りにいる大切な人たちがくれた、大切なものだ。――やっとここまでたどり着いた。そう思うと、一粒だけ、涙がこぼれた。

「でもまだ終われない」

 閉じていた目を開けた。仰ぎ見れば、空は透き通るほどに青かった。

「僕はここから、帰らなくては」

 元の世界に。



 錆びていても、金は金だから持っていけと、中学生の頃の僕に言われたのでその通りにした。僕は今までにない程、歩幅を大きくして、足を一生懸命動かしている。帰らなくては。錆びたメダルにある花びらは、残りわずかしかない。それは、タイムリミットが近付いていることを意味していた。

『第三層』から『第二層』まで何とか走り抜けたのは良いものの、さすがに疲れが出てきた。それでも、走るのを止めるわけにはいかなかった。僕にはやらなければならないことが、たくさんある。ここで気づけた大事なことを、元の世界でも大事にするために、ここからは一刻も早く帰らなければいけない。

「何かに気づくと、色々なことをしないといけないんだ」

 そのことを嘆いたりはしない。むしろ逆で、頑張ろうという気持ちが湧いてきた。乱れる呼吸を必死に整えながら、全速力で走る。あまり足の速い方ではなかったが、辛抱強く地面を蹴って走れば、知っている場所に戻って来られた。もう少しだ。帰られるんだ。僕は、さらにスピードを上げた。

 その時。

「待って!」

 僕の道を妨げる人が居た。苛立ちながら、そこを譲るように言うが、首を振られた。細い、綺麗な大人の女性だった。

「そう急がなくてもいいじゃない。ね、貴方、今日は何の日か分かる?」

 そう言って女性は僕の行く手を遮った。何度も通り抜けようと試みるが、い

くらやっても、彼女は僕の前を遮るように立ちはだかった。

強引に彼女を押し退けて行けばよかったのだが、そうはしなかった。彼女の姿に少し見覚えがあったからだ。もしかしたらこの人も、この世界での重要人物であるかもしれない。彼女のことを思い出すまで、彼女に付き合うことにした。

「今日は五月五日です」

 問いかけに答えると、少し怒られた。

「そんなことはわかっているでしょう」

「……じゃあ、僕の誕生日」

「ううん、それも違う。ヒントは、私たちの嬉しい日」

 私たち、という部分に力を入れられたので、僕は男女二人の記念日か何かだと予想する。出会えた日とか、告白された日とか、手をつないだ日とか、もしくは――。

「……もしかして、結婚する日?」

 自信はなかったが、正解だったようだ。女性の顔がみるみる明るくなる。

「そうなの! 素敵な日でしょう? もちろん貴方は、私たちの結婚式に来てくれるわよね?」

「えっと……」

 そんなことよりも、そこを退いてほしいと言おうとするが、彼女の方が何倍も早かった。

口が開いたままの僕を放置して、矢次に自分たちの馴れ初めを語り始めた。

「私たちはね、お互い学校も職場も違ったの。だから出会う機会なんてなかったはずなんだけど、ある日、彼がたまたま私の地元に遊びに来ていて、河川敷で咲いている桜を見ていたの。別に名所だったわけでもないのに、彼はそこに立っていた。思わず気になって彼に近寄ってみた。すると彼は、散っていく桜をしかめっ面で見ていたの。だから聞いてみたのよ。『花が散るのを惜しいのですか?』ってね。そうしたら、彼ははっとしたようにこちらを見て、微笑んで言ったわ。『桜は、散る時が一番悲しいです』ってね。何だかよくわからなくて何回も問いただしたら、彼の家庭は貧乏だったから、あまり遠くに外出したり、物を買ってもらったりはできなかったらしくて。――それでもね、お父さんは、彼を愛していたの。だからあまりお金のかからない所という制限つきで、花見や、図書館に連れて行ったりしてくれたんですって。それが今でも、大事な思い出で、忘れられないから花が散ってほしくないって、寂しそうにそう言うから……、たまらなくなって私は、彼に百円玉をあげたのよ。百円玉には、絶対に、枯れない桜の花が咲いているでしょう? これを見て、元気出しなさいと言ってあげたら、彼は大笑いした後、ありがとうって言ってくれたわ。可笑しな話だけど、それがきっかけになって、彼と何度もデートしたりして、

今日やっと、結婚するの。ね、素敵な話でしょう?」

 この話の途中で、僕は彼女が誰であるのか理解した。そして、五月五日が何の日なのかも、どうしてこの世界でくどい位に、五月五日に関連するものが多く登場したのかも、はっきりと分かったのだ。

 僕は巾着袋から、ありったけの錆びたメダルを彼女に手渡した。戸惑う彼女に僕は、お祝ですと告げて、その場を去ろうとした。

「待ちなさい」

 呼び止められて、振り返ると、そっと抱き締められた。背の低い彼女は、精一杯に背伸びして、その両腕で僕を抱き締めてくれた。温かかった。人の体はとても温かかった。

「あなたなら、大丈夫よ」

 その言葉が、この世界すべてから発せられたもののように感じた。

「……はい」

 自然と笑顔がこぼれた。彼女が僕の名前を呼ぶ。

「龍ちゃん、結婚式に来てくれるよね?」

「ええ、もちろん」

「約束よ。忘れないで。そのために、あなたの誕生日に式を挙げることにしたんだから」 

「――はい。約束、です」

 ゆっくりと彼女から離れる。深くお辞儀してから、背を向けて走り出す。


――彼女は、今年の五月五日に、伯父さんのお嫁さんになる人だ。

 ……五月五日。僕の誕生日であると同時に、伯父さんと恵さんの結婚式。それが偶然ではないことに初めて気がついた。

 僕は、結婚式を挙げる日がまだ決まっていない時から、伯父さんに、式には出席しないことを伝えていた。愛情を理解できない僕には、伯父さんたちの結婚を心から祝うことができなかったからだ。これは、僕なりに考えて気を遣った結果だった。なのに、伯父さんたちにとっては、それが許せなかったらしい。

だから、僕に結婚式の日を忘れさせず、出席させる為だけに、二人の大事な日を合わせたり、この世界に五月五日の行事をいくつも取り入れたりしたんだ。 

何でこんなまどろっこしいやり方しかできないんだろうとも思うが、幼少時代から親の言うことを聞き、自分のやりたいことを我慢してきた伯父さんにとっては、これが精一杯の『強硬手段』なのだろう。

 それがわかる今、僕のためにそこまでしてくれたことが、とても嬉しかった。

 

急に、後ろの方が騒がしくなった。はっとして足を止めて振り返ってみると、多くの人間が集まり、塊のようになって僕の所へと迫って来ていた。人々の口からは、

「金を寄こせ」

 という声だけが発せられていた。

手持ちのメダルはもうないはずなのに、じわじわと寄ってくる人々。考える前に僕は走り出した。

するとそれを合図に、その塊が物凄い速さで近付いて来た。人々の手が、僕の手を、足を、体を、掴んでくる。恐ろしい。ここで間に合わなければ一生、この世界に居なければならない。母も、父も、伯父さんも、恵さんも、あいつも、詩織も、誰もいない世界に。

「嫌だっ!」

 ここまではっきりと拒絶したのは、初めてかもしれない。意思の弱かったはずの僕はついに、しっかりとした、真っ直ぐの人間になれたのだった。それを高校生になってまで持っていなかったなんて、すごく恥ずかしいが、一生手に入らないよりマシだ。僕は走った。恐くて足が震えていたが、気づかぬ振りをして、走り続けた。

 しかし、『第三層』からずっと全力で走っていた僕は、疲労により徐々に速度が落ち始める。捕まりたくないのに、負けたくないのに、ずっと前から重くなっていた足は、どんどん回転を緩めていく。腕も力を無くして、垂れ下がる。

――それでも、心はどくん、と動き続けていて。

「それだけで」

 大丈夫だと思えた。息を大きく吸って、足を振り上げた。

 その時、ポケットから、兜の僕に入れられていた青いメダルが落ちた。一瞬だけ見えた桜の花びらは、最後の一枚だけであった。

地面に当たった瞬間。僕の心から、前に助けてくれた馬が飛び出した。

「ひっ!」

 気づけば僕は彼に跨っていた。振り落とされそうになり、咄嗟に僕が彼の背にしがみ付くと、それを合図に彼は駆け出した。風や光かと錯覚するほどに速く駆ける。何度も落とされそうになったが、気合で何とかした。世界が線のようになって消えては生まれ、生まれては消える。それを目で追いかける余裕は

なくて、ただただ、しがみついていた。

 そんなにも速いはずなのに、追ってくる塊の中の手が、とうとう彼の尻尾を捕まえた。彼が身を捩ってその手から逃れようとした時、ついに堪え切れず、体が離れた。

 宙に投げ出され、もう駄目だと思った瞬間。

 高い子馬の嘶きが聞こえた。投げ出された体は、地面にぶつかることなく、子馬の背に跨った。

「う、わっ」

 今度は子馬が、僕を乗せて走ってくれた。彼の親と比べれば随分と小柄な体つきであるのに、その足はしっかりと力強く地面を踏みつけていて――、僕に諦めるな、と伝えているようだった。

彼らのお陰で、ついにあの門の近くまでやって来ることが出来た。

 長い道のりだった。ここに帰ってくるまで僕は、何度、悩んだことだろう。何度、傷ついただろう。こんなにも辛いことを体験したのは初めてだった。

けれども、今の僕には、伯父さんに感謝する気持ちしかない。伯父さんは本当に大切なことを教えてくれたから。

「ありがとう」

 ――僕はもう、僕を見捨てたりしない。

 気づいた時には、門に手を伸ばしていた。門の前には、もう一人の僕が、同じように手を伸ばしていてくれた。

 

扉は、パタン、と閉じられた。




「お疲れ様です」

 リュウは笑った。僕は言った。

「お出迎え、ありがとう。――それで、君が、僕と同じ存在の僕だね」

 笑いながら頷いたリュウは、高校生の僕――つまり今の僕――と全く同じ姿になった。まるで鏡の前に立っているようであり、妙な気分だった。

「これで、すべての条件をクリアしました。お帰りになられますか?」

 僕は頷いた。

それと同時に、視界が真っ白に染まった。

「鯉は滝を登って、晴れて龍となったように、あなたもまた、立派な人になったのですね」

 あなたに相応しい名ですね、五島龍さま。

 その言葉に、僕はそっと笑みを返したのだった。


       十


 帰ってきた僕と、伯父さんは握手をした。

「どうだった」

 期待と不安とを入り混じらせたような顔の伯父さんに、僕は飛び切りの笑顔を見せた。

「すごかった」

「そうだろう? 私の傑作だからなあ」

「伯父さん、ノロケたかっただけ?」

「はは。うん、それもある」

「恵さんって、昔は痩せてたんだね」

「でも、今の方がいいだろう? ほんわかしてて」

「うん、そうだね」

 色々と話したいことがあったけれど、何て言葉にしていいのか分からなかった。

自分は変われたんだ。どんな風に? それを表す言葉が見つからない。それを見越してか、伯父さんは僕に何かを握らせた。

「ほら今時、公衆電話なんて使うと、かなり目立つだろうけど」

 お金だった。お金は、手の中でじゃらじゃらと鳴った。

「……まさか。もしかして、これがいいものなの?」

「そうさ」

「それなら、家の電話でいいじゃん。お金、もったいないよ」

「人に聞かれたくないだろう?」

「……というか僕、番号知らないし」

「ほれ」

 そう言って、僕にメモの切れ端を渡した。そこには、女の子のような丁寧な字で、詩織と、あいつの電話番号が書いてあった。

「前に恵さんと一緒にここへ来た時、詩織ちゃんに頼まれてね。『龍が悩んでいるみたいだから、なんとかしてあげて』って。まあ私じゃなく恵さんに相談したわけなんだが。――いや、いつの間にか、恵さんは龍のお母さんよりも、詩織ちゃんと仲良くなっていて驚いたよ――。でも、お前は私と似て、少し頑固なところがあるから、きっと、よっぽどのことがないと変わらないと思ってね。だから、ちょうど研究に使っていたこの機械を、お前専用に作り変えてみたわけだ」

「詩織が、僕のために……」

「大事な幼馴染なんだろう?」

 その言葉に静かに頷くと、伯父さんが勝手に話を進め始めた。一人分の百円で、伝えたい言葉だけを伝えること。面と向かってではないのだから、照れて何も言わなかったら駄目だということ。そして、あとで全額返すこと。

「けち。くれるって言ったのに」

「まあ、そう言うなよ」

 伯父さんの言葉通り、そこから何も言わずにいると、驚いた顔をされた。確かに、前の僕だったら、何時間もごねていただろう。しまいには、警察なんかを呼んでいてもおかしくはなかった。

 けれど、今は違う。

「詩織も……、なんで電話なんだよ。メールとか他にも色々……」

「いいじゃないか、青春っぽくって」

 笑う伯父さんを睨みつけた。けれど、あまり意味はなかった。

「父さん、母さん、詩織ちゃん、あの子。そして最後に恵さん、だ。最低でもこの五人には伝えておくこと。迷惑掛けたんだから」

「……ありがとう、伯父さん」

「おいおい。私は最後でいいのに。その言葉は、皆の為に取っておけ」

 僕は外に出た。五枚の百円玉を握り締めて。


 そこにある桜の絵は、たとえ色あせても、散りはしない。

時間はあるんだ。頑張って生きたい。



 この世は金だ。


 ……けれど、時には愛だって同じ位、大切だ。





       了

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五枚のメダル 夢を見ていた @orangebbk

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