Wagen-Aigo
naka-motoo
Wagen(和顔)
美しい名前だ。
そして僕は彼女を救うために生まれた。
本気でそう思っている。
「イヤーッ!」
紫華が獅子に槍を振るうと全ての照明が落ちた。同時にイョホー!と氏子衆が叫ぶ。
祭りが終わった。
「紫華、お疲れ様」
「ありがとう、
14歳の少女。
神に奉納する獅子舞の男どもの中でたったひとり女子として夜叉の大役を担い、祭りのフィナーレを飾る獅子殺しをやり切った紫華は黒髪と白髪のかつらを外し、汗で額に貼りついた前髪のままでスポーツドリンクを一気飲みした。
連休の終わり、ちょうど平成から令和に改まる、豊作・豊漁を祈る春の大例祭だった。
極彩色の夜叉の衣装を着た紫華のポートレイトが街のSNSアカウントのヘッダーに貼り付けられた。
けれども彼女は飛び込んだ。
「おばさん、紫華は?」
「ありがとう、馬頭くん。今眠ってるわ」
紫華のお母さんの後ろに着いて病室に入った。
個室でまるで獅子舞の網目の部分のようなハンモックのような寝具で宙に浮くようにして彼女は眠っていた。
左腕と右の親指・人差し指を永遠に失って。
「守ってやれなくて、すみません」
「・・・ううん。知ってるわ。クラスであなただけが紫華と話しててくれたんでしょう?あなたまでいじめられたけれどそれでも紫華と一緒に居てくれたって・・・」
理由なんて要らない。
僕がこの母子を守れなかったという結果だけが残っている。
通過しようとする急行電車のホームから飛び込み、命があったというだけで奇跡だと思う。左腕は失くしたけれども右の二本の指は最新のロボット義指を施してスマホを使って決済すればほとんどの買い物も支障はない。
けれども、もうひとつ失くなった。
「ふふ」
雪が降りそうでまだ降らない小さな川に架かった橋の上で立ち止まり、彼女はそう声を立てた。
羽織った白のカーディガンの通すべき対象のない左袖を風になびかせて。
ふたり並べばちょうどよい視界に収まるその川の流れを見下ろすと、鴨が水面を羽毛の油で流れながらときどき、くるん、と首を水に突っ込んでくちばしをもそっと動かしている。足掻きが逆立ちみたいに空に向かうのを見て、僕は笑った。
口元を
紫華は声で笑う。
顔は、真顔のままで。
「心因、としか言えません」
彼女の命をそれこそ命がけのオペで救ってくださった石野先生はそれなのに自らを無力だと僕と紫華に詫びた。
紫華は笑えない。
表情筋の動きを失ったんだ。
「ココロは笑ってるんだよ?」
僕をそう気遣う彼女に、橋の真ん中で泣きたくなった。
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