メルヘン・ブレイカー

夢を見ていた

第1話


前置き


 悪者に攫われた姫君を救いだす勇者という構図は、今も昔も、東洋も西洋も問わず用いられている構図であり、いわば一種の様式美である。

 それにかかわるキャラクターそれぞれに、特別なキャラクター性を与えることで、同じような構図でありながらも飽きることなく、むしろ設定によっては新鮮味を感じながら物語を読み進めていくことができる。


 ここでは、全異世界のありとあらゆる正義の味方が力を合わせて、全異世界のありとあらゆる敵を滅した世界、といういわば「物語の面白いところをやりきって終わった世界」をこの物語の舞台とする。

 つまり「囚われの姫君」はこの世界にいない。

が、しかし平和になった世界に気付かず、いつまで経っても「囚われていると思い込んでいる姫君」はいるわけである。

 それを救い出すのが、ここでの「勇者様」の使命であり、同時にこの物語の主人公となる。もちろんこの勇者様にも語る価値のあるバックグラウンドを持っているわけだが、それは追々話していこうと思う。

 ではここからはメタチックな前置きを経て、「勇者様」に付き従っている「物語る従者」にこの語りの使命を与えることとしよう。


≪茨姫≫

 ◇◇国、△△城。城壁には茨が幾重にも巻き付いており、至る所に鮮血のようにめざましい紅の薔薇の花が咲いていた。「勇者様」と家来である「私」は長い年月手入れされてこなかったのだろう、朽ちた木の門扉を前に立っていた。

「ここが、かの有名な茨姫の眠るお城ってことかな」

「そうですね」

「薔薇がとてもきれいに咲いているね」

 勇者様は穏やかに言った。「帰りに一輪もらっていこうかな」

「許可をお求めになったらよいのでは」

「そうだね。お姫さまに案内してもらおうか」

 勇者様は手に持っていたつるぎを鞘に仕舞い、空いた手で門扉を押した。軋ませながらも、扉は容易く私たちを迎え入れてくれた。

「いたっ」

 勇者様はとび上がった。

「薔薇の棘でもささりましたか」

「ううん、ささくれてた木くずが刺さった。痛い」

「そうですか」

「それに薔薇はさわったら消えちゃった。あれも魔法だったのかな」

「おかしいですね……。敵の魔法ならもう既に『黎明の日』においてすべて効力をなくしたはずですが」

「ああ、『黎明の日』ね。そんな日もあったね」

 勇者様は自らの手をさすりながら、城の中へと足を踏み入れて行った。床はうつくしい大理石でできていた。しかしその折角のうつくしい床の上をおびただしい骸骨の骨が覆い尽くしてしまっていた。勇者様は歩く度に大理石の白と同じくらいに白い骨を踏みしだいていった。

「ああ、間違ってふんじゃった! どうしよう、とりあえずごめんなさい……」

「勇者様、謝罪するなら足を止めてしてください。次から次へ被害が出ています」

「結構良い音するよね、骨」

「約百年ものですからね」

「いやでもやっぱり不謹慎なこと言ってしまった。ごめんなさい」

 一、二と両足そろえて、パキンとお辞儀した。

「辺りが暗いからよくないんだよ」

 そう言って勇者様はぐるりと周りを見渡した。遠く離れた壁の方に四角の形に細く光の漏れているところがあったが、何か木の板のようなもので窓を覆っているようだった。

「面倒だから、とりあえず進もうか。腐ってる木の板、触りたくないし」

「そうですね」

「いいよね君は。足ないから」

 そう言って勇者様は恐る恐る動き出した。

「お姫様ってやっぱり、最上階のベッドにお眠りになってるんだろうね」

「そのように指令書に書いてあったじゃないですか」

「お姫様にかかってた呪いってもう解けてるんでしょ? もう起きてたりして」

「起きてたら勇者様に指令が下りるわけないじゃないですか」

「いつまでも眠ってられるなんて、幸せなもんだよねえ」

 勇者様は呆れたように鼻で笑いながら、先程発見した長い長い階段をゆっくりと、時折パキポキ鳴らしながら上って行った。

 『黎明の日』とは、全世界の敵が消え去った日である。呪いも魔法も戦も消え去り、悲劇は大団円に、悲恋は成就して幸せになる話も多くあった。

 が、この『黎明の日』が、世に数多ある話にとって、どの「時」に起こったのかによって事態が大きく変わってしまう。つまり、「姫が勇者や王子と出会う前に呪いが解かれてしまったら」、この後の救世主の出番は必要でなくなってしまうのだ。ここで必要でなくとも、美しい姫君を手に入れるために行動する勇者らもいるにはいるが、活躍も賞賛もない物語の舞台にふらりと登場する気がそがれてしまった者も中にはいるのだ。

よって、そのような場合、物語が「完結」せずにそのまま放置されてしまうことになる。それを少々収まりが悪くとも終わらせてしまおうとするのが、勇者様も所属している『代理会』の目的である。代理会とは勿論、正義の味方の代行をする会である。完結していない物語は詳しくは知らないが代理会が大まかに把握しているらしく、そこに所属する勇者や王子、不思議な力をもった者などのような、主人公たる資格のある者は、物語をひとまずの「fin」の文字を添えるために動く。

 今回の××姫の場合は、あと一年と二十五日後に王子がこの城を訪れる予定であった。これは代理会の指令書に書かれていた報告である。それを知った勇者様は「あともうちょっとだったんだね」と呟いていた。

人と人のやりとりを『話』と呼び、それを多くの他者が聞けば『物語』となる。私は人の姿をしていないから、少し離れた場所で物事を判断することができるが、代理会のように未来を予知することも、話の筋道をいくつも創りだすこともできない。しかし、いつもお側に使えているこの方の、勇者様の話を語ることができるのは、私以外にいないだろうと思う。私には役目がふたつある。勇者様の側を離れないこと、そして勇者様の話を物語にすることである。

「何か考えていた?」

「いえ、何も」

「さ、もうすぐ着くよ」

 階段を上り終えると、妙にこぢんまりした扉が私たちの前に立ちはだかった。勇者様は白い絹の手袋をはめて、ノブをひねった。扉は抵抗することなく、すんなりと部屋へ通してくれた。小さく薄暗い部屋であったが、幸い、正面の窓からわずかに光が漏れていたため全体像は把握しやすかった。骨の姿はなかった。

 そこにあったのは一つ。透明の天蓋のついた豪奢なベッドである。そこにはまだ誰かがいる気配がした。勇者様は足音を忍ばせてそちらの方へ近づいてゆき、そっと枕元を覗き込んだ。

「いましたか」

 勇者様はぐしゃぐしゃになった指令書を開いて、そこに描かれていた人物の画を見つめた。

「うん、合ってる。彼女だ」

 流麗な桃色の髪に長い睫毛、つややかな唇に血気のよい頬の美少女。まさか九十八年とちょっと眠り続けている女性とは思えまい。整った寝息が今もなお彼女が生き続けていることを証明する。

 勇者様は自らの唇をぐいっと手袋でぬぐい、後ろについてきていた私に振り返って尋ねた。

「やっぱりお目覚めのキスがお伽噺には必要なんだよねえ」

「まあ、彼女が勇者様のキスをお求めかどうかは分かりかねますが」

「そうなんだよねえ。ぼくが美少年だったらよかったんだけど」

「〝美〟ではありますけれどね」

「あ、やっぱり?」

 勇者様は満足そうに頷き、「鏡よ鏡よ鏡さんごっこする?」と提案してきたので私が無視をすると、自らの使命を思い出したのだろう、眠り姫の顔に自他ともに絶賛のお顔を近付けて行った。瞬間、姫君は目を覚まし、勇者様は思い切り姫君の張り手をもらった。勇者様の悲痛な声と姫君の悲鳴が辺りにしばらく響き渡った。


「だ、だれですか、あなたは!」

 金切り声をあげる姫君に、勇者様ははたかれた頬を撫でながら答えた。

「初めまして××姫、ぼくは……えっと、王子代行者です。貴女に目を覚ましてもらうために起こしに来ました」

「……そ、それだけのために? どうして」

「おそらく自覚がないと思いますが、貴女は約百年の眠りについていました。この〝約〟というのがミソです」

「ひゃ、百年?!」

 姫君は少し考えて、はっと勇者様を見つめた。

「まさか呪いが……」

「そうです。その呪いが発動して、貴女は長い間眠っていたのです」

 勇者様はちら、と私の方を一瞥した。どうやら彼女に説明しろということらしい。私はゆっくりと進み出て、一礼した。

「本来の筋であれば、貴女はその百年後、運命の殿方のキスによって愛とともに目覚め、幸せな生活を送るはずでしたが、残念ながら『黎明の日』が起こってしまったために、貴女の運命の人が行方をくらましまして……」

 姫君は目がこぼれ落ちそうなほど丸くして、私の方を凝視していた。

「なるほど、驚くのももっともなことと思われますが――」

「えっ、ちょっとなんで! かか〝影〟が独りでに勝手に動いているの……?! 一体どういうこと! しかも、殿方の声が聴こえる……い、一体どこから……?」

「これはぼくの影で、ぼくの従者。害は特にないから安心して大丈夫ですよ?」

「意味がわからない……」

 今にも泣き出しそうな姫君を見て、私はともかく彼女が落ち着くまで時間を置こうとしたのだが、

「急なことで混乱しているとは思うんだけど、それでも色々と理解してもらわないといけないことがあるんだ。君はいわば幸せになり損ねた姫君でね、君主演の物語はもう完結してもらわないといけないってことなんだ」

「わ、わかんないわよう……」

「勇者様、先程の張り手の仕返しですか?」

「そうそう女の人は爪が長いから――じゃなくて! 姫君が目覚めて物語が進み出したから、単純に急いでいるだけだよ」

 私から見ても姫君は大いに混乱していて、こちらの話はおろか、自分が今どこにいて何をしているのかの把握すら満足にできていないようであった。それに苛立たしげに舌打ちする勇者様は、何を思ったのか彼女の手を取った。

「な、何をするの! さわら――」

「とにかく部屋を出よう。話はそれからみたいだ」

 姫君はいくらか抵抗していたが、力は勇者様の方が随分強かったようで、彼女の身体をぐいっと引き寄せて半ば強引にお姫様抱きをした。

「ちょっと!」

「静かに」

 姫君を助けに来た王子様にしてはどうにも身長がやや低めであるが、その姿勢が崩れることはない。飄々と姫君を抱え上げて扉を開けて、階段を下りはじめた。

わめく姫君の耳元にそっと唇を寄せて小声で囁いた。

「気が動転しているのはわかる。だけど、君の命がかかってるんだ。できるだけ落ち着いて、聞いて欲しい」

「い、いのち――」

「君はただ運命に従って無防備に夢見ていられなくなったんだよ」

 私は影が滑るように、勇者様たちの後ろを追いかけて行った。勇者様は下の広間の様子が見え始めたころに足を止めた。

「みえるかい」

 勇者様が軽く前屈みになったので、姫君は落ちないように咄嗟に首に手を回して抱きついた。

「ああ、ごめん」

「……、」

 涙目で睨み付ける姫君に悪びれもなく言葉だけで謝って、勇者様は簡潔に説明した。

「いいかい、約百年の間――つまり君が眠っていた間、時は流れて、君を守っていた兵士も国王様も女王様も、みんなみんな骸骨になってしまったんだ。つまり、◇◇国で生きているのは、君だけ。君だけが残されてしまったんだよ」

「そ、んな」

「君は〝幸せになり損ねたお姫様〟だ。このままうまく時が過ぎれば、君のもとには美しい王子が現れ、君は幸せになれた。うまく行けば、ここで死んだ者たちも生き返ったかもしれないけれど。でも、もう呪いも魔法もなくなった世界になった。ここで、君の選択はふたつにひとつだ」

 勇者様の言葉を聞き終える前に、姫君はついにわあっと大声で泣き出してしまった。顔を覆ってか細い肩を震わせる。勇者様は、焦る心を抑えながら、彼女を慰めようと何度も声をかけていた。

「つらい気持ちはわかるよ。でも時間がないんだ。ぼくの話を、きいて。お願いだ」

「いやよ、いやよこんなのってないわ。私、独りぼっちになったのね。私何も悪いことしてないのに、それでもこんな風に運命に苛められてしまうのね。ああ、ああ、もう、いっそのこと、いっそのこと!」

 禁断を口にしようとしたのを、誰よりも早く勇者様は気付いた。そして、両の手に覆われた唇を暴き出し、そこに自らの唇を合わせた。私はそっと自らの眼にあたる場所に手をやった。泣き声が止んだので、姫君の涙は止まったのであろう。雄々しい勇者様である。

「『お姫様』は、自ら死を望んだりしない」

 勇者様は初めて彼女に心からの微笑みを贈った。

「ただ、待っていれば良いなんていう、簡単な世界ではなくなった。お姫様もね、自分で海を渡ったり、食べ物を探しに出たり、逆境と戦ったりしなくてはならない時にね、なってしまったんだよ」

「……うう、」

「人材不足ってやつでね」

 勇者様はちらっと姫君の肩越しから私を見つめた。

「だからぼくが来た。それで君はね、これから選ばなくちゃならないんだ。この世界に居続けるか、それとも外へ出るか」

「そ、と?」

「ここに居続ければ、物語が世界を閉じようとする。つまりは適当なエンディングを作り上げて、完結させようとしてしまう。それが幸せなものならいいんだけれど、どれもこれもが陳腐な悲劇だ。誰も救われない、誰も生き延びない」

「私は選ぶの?」

「そう」

「選ばなくてはならないの?」

「そう」

「どうしても?」

「どうしても」

 姫君は勇者様におろしてくれと頼んだ。勇者様は素直にその言葉に従った。おり立った姫君は、一度欄干に手を置いて、死の香りが残る階下を見つめた。そうして、涙を一粒、こぼした。

 勇者様は辺りを見渡して、「もう時間がない」と呟いた。再び選択を迫ろうと口を開いた時、それを遮るようにして、姫君は叫んだ。それは悲痛な叫びだった。

「どうして起こしたのよ! こんなことならずっと、眠り続けていればよかった……! こんなのってないわ、私の大好きだったお父様も、お母様も、みんな、死んでしまって……、私だけ、のけ者にされちゃったの……? 私、いやよ、独りだなんて。みんなは死んじゃったからもう何も感じないのかもしれないけれど、私、私からしたらこんなに辛いのにどうして? どうして置いていったのよう、連れて行って、誰も助けに来てくれないなら、もういい、このまま消えてしまいたい」

 私は世界の閉じてゆく気配を感じた。「勇者様、もう限界ですよ――」

「……まだだ」

 勇者様は唇を噛みしめ、私を力強く見つめた。「まだ間に合う」

 世界の揺らぎを感じる。城の構造がバラバラと崩れてゆくのだ。これが物語の世界が閉じる兆しであった。これから物語は急速に収束してゆき、この物語はつまらないお話として世に語り継がれることになる。そして、下手をすればこの物語に干渉した私たちも、吸収されてしまう。主人公の代理は危険が伴うのである。そして、決まって難航する。何故なら人ひとりの価値観を崩しかねない選択を迫るから。

「いつまでも夢の中に生きることはできないんだよ」

「じゃあ、外に出たら何があるって言うの?」

 涙を流しながら、途方に暮れた女性は、からからと力無くわらう。

「ここより辛い事ばかり。違う?」

「――ちがわない」

「じゃあずっとここに居た方がいい」

彼女は自嘲ぎみに言う。「もしかしたら、また何百年後に私を救ってくれる王子様が現れるかも」

「それはない」

 城が崩れる。天井から瓦礫が降って来て、徐々に二人の逃げ道を奪っていく。私は勇者様に帰還すべきだと訴えた。

「やり直しはきかないんだ」

 勇者様は悲痛に叫んだ。「ここで運命を変えられないなら、彼女はもう死んでしまうんだ」

「そういう運命もあります」

「それは、逃げじゃないだろうか」

 瓦礫が姫君の頭上に落ちようとしていた。勇者様はとびつくように姫君を守り、彼女を説得し続けた。

「外へ出る選択をしてください。こんなくだらない運命に従って死ぬつもりですか」

「いやよ、だって」

「思考をとめないでください。ひとつのことがダメならすべてダメですか? 物語の筋書きに対する革命を起こしましょうよ、登場人物の意思だって尊重されるべきだって訴えましょうよ、貴女は今まで理不尽に苦しめられてきたんだ。それくらい、それくらい言ったって良い、権利があるはずなんだ」

 段に足を取られ、二人は踊り場まで転げ落ちてしまった。私はもう限界だと見切った瞬間、姫君は初めて私の方を見た。そうして、自分を小さな身ひとつで守ろうとする勇者様を見つめた。勇者様は彼女の頭に両手を置いて、上から落ちてくる瓦礫を避けるため、姫君の盾となろうとしていた。勇者様の肩越しに巨大な瓦礫を見たのであろう、姫君はそっと勇者様に目をやった。

「どうして、そんなになってまで、私を守ろうとするの」

「王子様であれ、物語であれ、誰かから見捨てられるっていうのは、やっぱり辛いことじゃないですか」

 勇者様は最後まで笑っていた。

「だから、せめてぼくだけは、貴女を見捨てないようにしようと思いました」

 姫君は力いっぱい、勇者様を抱き締めた。

「じゃあ私は、貴女を信じてみる」


 本の中から、人が二人飛び出してきた。妙に傷だらけの勇者の恰好をした少女と、同じく傷だらけの桃色の髪をした少女だった。

「勇者様、それに、茨姫、お疲れ様です。もう少しで本を閉じるところでした」

「ここは……」

 茨姫はきょろきょろと辺りを見渡した。そこは、私たちが身を置く図書館の一角であった。

「これ、例の影の本体」

「えっ」

 私は深々とお辞儀をした。

「先程は失礼いたしました。勇者様の従者のカロンです。ここでは、『物語』の管理をしております」

「物語、えっ?」

「混乱するのも無理ないよ茨姫、本当なら貴女は今まで通りこの本の中にいて、本を開くたびに幸せになればよかったんだ」

「ここは代理会の本部になります。私たちはここで貴女がたの物語――つまり、貴女がたの生きる世界を守るガーディアン的存在だったのですが、『黎明の日』というありとあらゆる敵が消滅した日があるわけですが、――その日、この図書館に忍び込んだ者たちがいます。その者たちが物語の改変を行いました。つまり、敵という敵をペンで塗りつぶしてしまったのです。本来であればそれはただの落書きにすぎないわけですが……何やら不思議な力が働いているらしく、物語の筋が大きく変わってしまう、あるいは物語が進まなくなってしまうという現象が起きたのです。ここで私たち『代理会』が考えたことは、ひとまずここに登場するキャラクターを保護する。可能であればその世界の舞台も大事に保護する。そしてじっくり時間をかけて崩壊した舞台を修復し、キャラクターたちが安心して物語の中で動き回れるようにするというのが、私たちの目的です」

「でも、キャラクターをこちらの世界へ連れ出すというのはそう簡単なことではなくって、キャラクターが物語世界とともに消滅することを望めばさすがにどうすることもできない。その世界はともにキャラクターとともに消えてしまう。キャラクターがいなくては物語は成立しないから、キャラクターの死はすなわち物語の死であり、本は消滅してしまう」

「……勇者様は、ここの世界の方なの?」

「いや、ぼくは……」

 勇者様は顔を伏せた。それを見た茨姫は、優しく勇者様の手を取った。

「いいたくないなら、きいたりしないわ」

「茨姫、」

「それは、私の名? ううん、私、ちゃんと名があるの。シャーロットって、呼んで」

「シャーロット」

 シャーロット姫はにこりと笑った。

「勇者様はどんなお名前? お聞かせくださる?」

「セネカ」

「セネカ様、ね」

 彼女はぎゅっと手に力を込めた。

「あなたは私の救世主よ」

「いだっ」

 おそらく手にささっていた木くずが深く刺さったのであろう。それでも、勇者様は我慢してシャーロット姫と向き合った。

「私の国には、最上級の御礼はキスを贈るというものがあるのだけれど」

「へえ、そんならぜひともお願いしたいかな」

 ここに、と最初に思い切りはたかれた右頬を指さした。シャーロット姫は嬉しそうにその右頬に顔を寄せた。

「ぶっちゃいやよ」

「まさか」

 ふたりは楽しそうに笑っていた。私はやはり、自らの瞳を手で覆って、何もみないようにした。ふたりの世界を邪魔するのは、語り部としてやはりよろしくないと思うからである。











「勇者様、どうして私たちはここへ居続けなくてはならないのでしょう? みんながみんな幸せでいられる世界がどこかにあるのでしょう? ならどうして私たちはその世界に生まれず、こんな世界に生まれてきたのでしょう、運命でしょうか、私たちの前世の罪がそうさせるのですか? それとも運が悪かったと済ましてしまうのですか?」

「そうだね。少なくともぼくに言えることはひとつだけ」

 勇者様はどこか憐れむように一瞥して、去って行った

「その足枷の鍵、きみが握り締めてる棒きれのようだから、しばりつけてるの、結局きみ自身だよね」

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