B.B.D
夢を見ていた
第1話
――
――空が青い。まぶしいくらいの太陽が目をさす。痛い。すると遠くのほうから、迷うことなく、ただまっすぐこちらへ向かってくる、白いながれ星が俺の頭をこえて……。
――ホームラン。
――
――今日の試合の結果、2対1。逆転ホームラン負け。どうしてもため息が出てしまう。あと少しで……という場所が多かった。春なのに暑いグランド。チームメイトは帰る用意をしていた。
「……智春」
ふいに呼ばれておどろく。ふと、ふり返ってみると、そこには同じ小学5年生、中田直矢(なかた なおや)がいた。
「ほら、さいごのホームラン。あれもっと手をのばして。きっと取れるから」
「……はぁ」
いいヤツなんだけど少しおせっかいなんだよなぁ、と思っているところに拓海がニヤニヤしながら、こちらによってきた。
「むーり、むりだよな?智春」
こいつはいやなヤツ。
「おまえの野球は、何もしない野球だもんな。ボールなんてさわらねぇよな。楽しいかぁ?そんな野球―」
「何が言いたい?」
強気できくと、むこうも強気で返してきた。
「今日の負けはお前のせいだ」
「!」
「お前が打てば勝てた試合だ」
……。言いかえせない。拓海はそんなおれを見て、笑い、
「うてないバッターなんて、いらねぇよ」
そう言った。
――
「うぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!!!!!!」
くやしい、くやしい、くやしい――。死にそうなくらい、くやしい。おれの尾年間をすべて笑われたようで、くやしい。
「なんで、なんで!」
バットはぶんぶんと空気をきる。汗がほほを伝った。くやしい。何がくやしいか?自分が。自分の力の無さがくやしい。
だれもいないグランド。バッドの音とおれの息しか聞こえなかった。
「小学五年になっても、うまくならない。最初のうちは遊びでよかった。でも……」
知ったんだ。野球のおもしろさを。試合中、はじめてボールがバットにあたったとき。思ったんだ、野球ってこんなにわくわくするもの、だったのか?ってさ。
「――楽しかった。心から楽しいって思った」
それから。二年生になってすぐ、おれは野球づくしの毎日を送った。
ぶんっ!
そのひとふりで、体力がなくなった。体力ないなぁ……と、思う。そんなことでも自分がくやしくて、ゆるせなくて。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目に入ってきたのは 試合中なくなったはずのボール。
「――くそっ!」
それを手にとって、力をふりしぼり、うった。
カキーン!
すごい音がした。こんな音、なかなか聞けないけど――おれはこの音が好きだ。
ボールは空へと迷わずのびて、のびて、のびて……
ゴツンッ!
「ごつ?」
『いっでぇ!』
「!」
声がした。……どこから?
「痛い……」
そら?まさか……、え!
空に目をむけると、そこから空色にそまるドラゴンが見えた。うそじゃない、本物だ!本当はとうめいなのかもしれない。ただ空にとけていた。
そのドラゴンはおれの方へ降りてくる。
「…………。」
『なんだ、子どもか』
低くおそろしい声で、ドラゴンは言った。
大きな目、口、つの。とうめいなうろこ、太いひげ。やはり、昔話にでてくるドラゴンだった。
『おい』
すると、ドラゴンは地に体をおき、おれと見つめ合った。
何も言わず ただ、だまっていると ドラゴンはいなくなり、目の前には
「よぉ」
おれと同じくらいの年の男の子。少年(しょうねん)。
「おまえ、人間だろ?小学生だと五年生くらいかな」
「…………う、ん」
やっと声が出た。息がはぁと口から出て行く。
「久しぶりだなー、人間の世界。」
少年はうれしそうに言って、手を動かした。そしてつづけた。
「あのさ、だれかがおれの頭にボールあてやがって、痛いのさ!コンチキショー」
少年の手には、ボールが。やばい。――にげよう。
「ちょっとまて!逃げるなよ!」
足をおおきく上げているところに、邪魔が入った。
「だいじょうぶ!人間は食わないから、さ!な、な、ボールのことはゆるすから。だからさ――」
「……だから?」
少年はニカッと太陽のように笑い、言った。
「野球、やらしてくれよ」
――
「ほほーう!ホント久しぶりだなー。これこれ、なんて名前だっけ?」
「グローブ」
「おお、それそれ!」
信じられないが、ドラゴンらしい少年はグローブを手にはめていた。おれもグローブをはめる。食われるのはイヤだからな。二つ持ってきててよかった。
「お前、なんて名前だ?」
「瀬田智春」
「ふぅん、トモ……な! おれはそうだなぁ……、竜一!」
「竜一って……、ドラゴンだから?」
ドラゴンは竜とも、よばれる。
竜一はおや指をぐっと立てて、笑った。流行のポーズ。
あっちはトモって呼ぶんだから、こっちはリュウ、と呼ぶことにしよう。
「このボールをトモのところまで、投げればいいんだろう?」
気がつけば、リュウはもうマウンドに立っていた。
「そうだけど。野球やったことあるの?」
「ほんの少しな」
そう言って、ボールをじっとながめた。おれはその場にすわり、グローブをかまえた。マスクはないが……だいじょうぶだろう。守備の場所はライトなので、ミットはない。
「んじゃ、いきまーす」
片足を上げ、かたを広く開き、そして――
びゅううぅぅぅぅん!!!!
「ふぎゃあ!」
おれはあまりの速さにしりもちをつき、グローブから出るけむりを見た。
――なんて球、投げるんだ!
小学生でこんな球が投げれるやつ、はじめて見たぞ……!
「ひぃやほ~スポーツってやっぱいいな!なんていうか、スカッとしちゃう。」
投げた本人は楽しそうに手をぶらぶらさせた。
「ちょ、ちょっと!」
「ん?」
つかつかと歩き、リュウを見あげた。
「なんて球を投げるんだ!どうしてあんなに速い球……。おれ、はじめてグローブからけむりが出たぞ!」
「……それってすげーの?けむりが出るのは、当たり前じゃないわけ?」
きょとんとしているリュウを、どなるように言った。
「すごいさッ!あんな剛速球……。信じられない、ふしぎだ……」
そんなおれの気持ちをさえぎるように
「トモハル、早く帰れ。あんまり長くいるな、怒られるぞ」
と、コーチの声がした。
「ふ、はい!」
大急ぎでにもつを手にした。そしてリュウの手をとり、
「いくぞ!」
グランドを後にした。
――
「今日は家にこいよ、リュウ。母さんもいいって言ってくれるよ」
とぼとぼと道を二人で歩く。リュウはうれしそうに
「やった!そうしようと思ってたんだ!人間の世界のごはん~――空では〝食べる〟なんてこと、ぜんぜんしないからなぁ」
ちょっとギモンに思った。
「ニンゲンとか、空とかって……、空に住んでるの?」
リュウはいまさらだろ、と言いたそうに目を点にした。
「当たり前!おれ、ドラゴンなのな。見ただろ?おれのドラゴンすがた。透明のうろこ!カッコいいよなぁ~」
「……ドラゴンなんだよな」
「もちろん」
ドラゴン、かぁ。今ではぜんぜん考えなかったな。小さい時はすごくあこがれてたけど。
「空ってどんなの?」
「すげー広い」
リュウは手をぐーと広げ、空をまねした。
「また機会があれば、つれていってやる」
そう言って笑う。でもそれより、おれが気になるのが……
「ところで!どうしてあんなに、速い球が投げられるのさ」
やっぱりここ。あんな速い球、子どもが投げてもいいのか?いや、ドラゴンらしいけど。
「またそれかよー。なんていうの?かたを思いっきりぐーっとひらいて、体を前にして体で投げる。おっけ?」
「――それだけ?」
「おう。」
リュウはこくこくうなずいた。
「……トモが打ったんだよな」
「ん?」
「ほら、おれにぶつけた球。」
さっきのくやしさがつまった球かな。
「うん」
素直に返事をした。それを聞くなり、リュウはそのままだまった。
――
「なあ。ちょっとおれの野球人生をきいてくれない?」
リュウはふとんにすわって、おれとむき合った。
「―――野球はあそびでやってたんだ。でも、好きになった。二年生のころ。すると、なんだろう。あそびじゃなくて、スポーツとして野球をしたいと思った」
「ふうん」
「でもだ。おれはどれほどがんばっても、うまくなんて、ならなかった。好きだけでやってきた野球……おれは甘かったのかな?」
「お前、それは……、すばらしいことじゃないのか?あまいとか、はずかしいとか……ほんと、どうでもよくて!〝好きで野球やってる〟いいことだろ!」
そう言われて、なんだろう。認めてもらった気がした。
――それでも。
「おまえ、おれのチームに来ないか?」
リュウの笑顔がかたまった。
「だって、リュウはすごいし!力っていうの?なんか、生まれてから持っている力みたいで……。なぁ、おれのかわりにバッドにぎってくれよ、ライトもかわって――」
「トモ」
――気がつけば、リュウに笑顔なんて消え去っていた。おれは必死になって、リュウに言った。
「次おれが野球するときは……大会なんだ。トーナメントの……、負けたらおしまいの、大会。」
「……だから、おれにやらせるのか。おまえの野球を。自分の気持ちぜんぶを消して、おれにやらせる……はん!」
リュウはぎっと、おれを睨んだ。
「ふざけるな。おまえの野球はおまえがしないと意味がないだろう。断る!」
そう言って、布団を頭からかぶった。
――おれだって、したいんだ。好きな野球を。
――
「おはよ」
「ん……」
リュウは、グローブを手におれを見ていた。
「もう一回だ。野球をさせてくれよ」
おれはベットからとびおき、すぐに用意した。
――
ここは、宇治公園。ここにはそこそこ広いグランドがある。野球するのに、ピッタリな場所だ。
「もう一回投げる~」
とまた、マウンドに上がるリュウ。手にはグローブをつけて、ボールをにぎっていた。おれはまた昨日のようにすわり、グローブをかまえた。
「とや」
ヒュオオオオオオオ……
気がつけばグローブの中にあるボール。
「すごい……」
「ふぅ」
おれはリュウのもとへと駆けた。
「やっぱり……おれのかわりには出てくれないよな」
「もちろんだ。断る。」
あいかわらず、笑顔が消えたままだった。
「なぁ、トモ。おれがどうして断るか、おまえ……分かってないだろ」
「ああ」
まったくもって分からない。
「のどかわいたー」
「?」
「たのむ、トモ。何でもいいから飲み物、買ってきてくれよ」
――
「断る、理由はなんでしょうか?」
とぼとぼ歩きながら、ため息をつく。
「いったい何なんだよ……」
すると目の前にサッカーボールが転がってきた。ひょいと拾ってみる。
「すいませーん!」
おれよりたぶん年下の少年(しょうねん)が走ってきた。
「ほい」
と、ボールをわたす。そして、聞いてみる。
「何してるの?」
「何ってサッカーの練習だよー。ぼくは、ヘタクソだからいーっぱい練習するのぉ!」
「ヘタなのに、練習するのか?」
少年はニッと笑い、おれに無かった言葉を言った。
「ヘタだからこそ、練習するんだよ」
ああ、そうか。この少年はおれよりもぜんぜん分かってる。何のために練習するのかも、当たり前に分かってる。……なのにおれは。
「ヘタクソがね、練習して、上手になったらみんなビックリするでしょう?そんなみんなの顔を見たいし、それに――みんなと楽しくサッカーして、もっとサッカーを好きになりたい」
「そう、だな」
「ぼくね、試合が明日なんだよ!」
おれは最高の笑顔を小さな少年にむけてやった。
「がんばれよ、少年!」
少年はてれたように笑い、お兄ちゃんもね!と言った。
――
「トモ、どうした?走ってきてさぁ」
おれはアクエリの入ったペットボトルをつき出し、無理に笑ってみせた。
「言いたいことが、たくさんあるんだ!聞いてほしい」
リュウは待っていたとばかりに、笑ってくれた。
グランドから出て、おれとリュウは、だれもいないベンチにすわった。
「それで、いいたいことって?」
リュウはアクエリをごくごく飲み、言った。
「おれ、は!まちがってた!ヘタだからってことだけで、大好きな野球をなげだそうとしてた!」
「そう。投げ出したうえに、おれにおしつけてきた。」
「――でも!おれは、大好きな野球……やめたくない!もっと好きになりたい!もっとうまくなりたい!」
そして大きく息をすって、自分の強い思いをはきだした。
「おれ、優勝したい!」
おれの言葉にリュウは力強く笑って
「おう!勝てよ!そう。おれはこれを待っていたんだぞ!」
おれのほほにつめたいペットボトルを、おしつけた。
「そ、こでなんだけど」
「おれの練習につきあってもらってもいい?」
キョトンとおれのほうを見るリュウ。だめなのか?
「そんなの、いまさらだろ?」
そう言って、リュウはだまって立ち上がり、右手をおれに差し出した。
「手伝わせてもらうよ、というかお前がイヤだって言ってもやる。」
おれはその手をぎゅっとにぎった。
――大会までのこり二週間。やってやろうじゃねぇか!
――
カキーン!
ボールが高く高く上がり、おれの方まで飛んでくる。おれはグローブを立て、にらみつけるように、ボールを見た。
場所はここでだいじょうぶだ。下へ、したへおりてくる。それを
キャッチ。
「やった……」
思わずもれた、うれしさ。すぐにリュウのほうを見る。すると、リュウはバットを投げ出し、こちらに走ってきて、
「よくやった!守備はもう、心配ないな!」
と笑ってくれた。おれは少してれたように笑い、言った。
「一週間もかかったなぁ」
「でも、上出来だぞ!ゴロも、フライも、まったく心配ないからな!」
そういわれると、かなりニヤけてくる。うれしい。
「次は――打撃だな」
――大会まで、あと一週間。
――
いつもの宇治公園。グランド。
「よし、今日ははじめての打撃練習だな。自信はあるか?」
「……あんまり」
リュウはいやな顔一つせずに、こくんとうなずいてくれた。
「トモ。お前は自信をもっていいぞ!」
そう言って、おれの背中をたたいた。
「おれが空で飛んでいたとき、お前のボールが飛んできた。そのとき、おれはさ……、いたいぐらいにおまえの心を感じたんだ。おまえのくやしさ、もどかしさ――トモの魂のこもった球をおれは感じたんだ。この身をもってな」
おれは静かにつづきを待った。
「――おれは、すごくおどろき、喜んだ!空の広さもしらない人間どもが、人間の子どもが!そんな強くいたい球を打つなんて!――だから、おれはお前といっしょに練習してる。トモの力を引き出したいから」
「おれの球は……、強かったか?」
リュウは手にちからを入れ、おれのかたをつかんだ。
「ああ、強かった!ほんとうに、ほんとうに強かった!だから、だいじょうぶ。自信をもて。お前はドラゴンにも、みとめてもらったんだからな!」
うれしくなって、おれは笑った。するとリュウもニカっと笑っていた。
「じゃあ、練習開始!」
その後に、おれとリュウは深く礼をして
「「よろしくおねがいします!」」
と、さけんだ。
――
練習メニューなんて言えるほど、しっかりしてはいなかった。
ただ、打つ。それだけのこと。……ただし、打つのはもちろん、リュウの球。
「だいじょうぶだって!おれの球は速いだけでなく、コントロールもいい。トモがケガの心配をするひつようはないのだ!」
リュウの言うとおり、コントロールはバツグン。すべてストライクゾーンだった。おれはバットを見つめ、力強くにぎった。
「こいっ!」
おれには、リュウからもらった自信があるんだ。いつか、打てる。いや、卿にでも!
すかっ
「バッターアウト!」
もう一回。
すかっ、すかっ、すかっ
「バッターアウトォ~」
まだだ!
すかっ、すかっ、かきっ(ほんの少しかすっただけ)
「バッターアウト!チェンジ!」
「なんでだよ!」
「でもまぁ、当ってきてるな。がんばれ~これで百球投げたことになるけど。百球でやっとかよ。」
「う……」
まだまだ!もっとこい、ほら!
――
「おい、あいつ……」
となりにいる友達に言ってみる。
「智春じゃね?」
友達の拓海はするどくこちらを見つめた。
――
夕方。日曜日。
カキン!
カキン!
かすっ
「おぃ!しっかり気合入れろよ!」
「入れてるって……ほら、がんばれ!」
大会まであと、三日。やっと、リュウの球を目でおえるようにまでなった。ここまでになるまで、かなりたいへんだった。この前まで、からぶりは、当たり前だったし。
そんなとき。
「なぁ」
どこかで聞いた声が後ろからした。ふとふりかえるとそこには――。
「拓海……」
おれにイヤミなことをたくさん言ってくれた少年、拓海だった。
――
「お前、どうしてこんな所で、野球なんてしてるんだ?」
「……悪いか」
「こいつと?」
拓海はそう言って、リュウを見くだした。リュウはぐっとにらんでいた。練習時間がけずられて、かなりおこっているようだ。それはおれも同じだけど。
「お前はずっとお遊びしてるだけの野球でいいんだよ!」
「は?」
これに反応(はんのう)したのはリュウだった。
「それはどういうことだ。――それは、トモに対して言っているのかッ!」
「ああ、もちろん」
リュウは歯をぐっと見せ、かなりおこっていた。
「おまえはさっさと野球をやめろ」
「おまえなぁッ!」
ばくはつしそうなリュウをおれは片手で止めた。
「……トモ。」
「手を出せば、負けだ」
拓海はにやにやと笑っていた。
「よく分かってるじゃん、トーモーハール?」
おれは大きく息をすい、言った。
「おまえに、おれの好きな野球を否定することなんて、できねぇよ」
「は?なに言って――」
おれはさいごまで言わせずに、持っていたバットを拓海にむけ、言ってやった。
「――おれは、勝つ」
心から、心の底から、そう、言ってやった。
すると、拓海はなにも言わずその場をはなれた。いや、言えなかったのだろう。おれの本気を心から感じたから。
「……やるじゃん、トモ」
「ども」
「――さて。つづきをやるか!」
「おう」
大会まで、あと三日。
――
まだ寒い朝。宇治公園をかんりしているオジサンにたのみ、三球のみ、やらせてもらえることとなった。
「一回勝負だな」
リュウは、にかっと笑った。おれも笑う。
「ついに、この日がきたよな」
「大会前に、おまえはやらなきゃな」
もちろん。
「おまえの球を運んでやるよ」
「ふはっ!じゃあ、おれも手かげんなんて、できないな。」
まっ白なボールはただひたすらまっすぐ、おれへ流れてきた。さあ、ここで打たないでだれが打つ?
バットを思いっきりふった。ボールはそのままバットに、すいつくように……
カッキィィィ――ン!
――
「ここで打たないと、勝てないぞ!」
「このチャンスをつかめ!」
「次はだれだ!」
おれは返事もせず、ただバットをにぎった。こちらのこうげき。
満ルイの3対0。逆転のチャンス。
おれが勝つためにすること。
「……逆転ホームラン」
みんなだまって、おれを見ていた。
「できんのかよ、お前に」
拓海は、ただ静かに言った。おれは、ヘルメットをかぶり、
「――勝つ」
それだけを言って、バッターボックスへと、むかった。
――
「トモ、勝てよ……!」
ネットをつかみ、食い入るように見ていた。
「――さぁ、打て」
――
おれは、このために、がんばってきたんだ。今なら言える、おれは野球が大好きだ。心から、大好きだ。
だから、勝つ。だから、打つ。
――勝つ!
カッ――キー――ン!!!!!!!!
白い星はのびて、のびて……
――ホームラン。それも、逆転
「ホォームラァァァァァアアァァァン!!!!!!!!!」
おれはすべてのベースをふみ、もどってきた。
ゲームセット。勝った。
「よくやった!」
「見直したぞ!」
「やったな!」
と、みんなほめてくれた。そんな中に
「智春……」
と、うつむいている拓海がいた。
それを見ておれは、言ってやった。
「あやまるよりも、笑ってくれよ」
拓海はすこし意外そうな顔をしたが、すぐに満面のほほえみとなった。
「やったな!智春!」
――
「やるじゃん」
リュウはにやりと笑っていた。
「これなら、帰ってもだいじょうぶだな」
そう言って、足を地面からはなした。とうめいのドラゴンとなっていた。
『楽しかった、トモ。楽しかった』
するどくとがった牙(きば)を光らせ、笑みをうかべた。
『また、トモの大好きな野球をやらせろよ。――じゃあ』
『――また、な』
――そう言って、ドラゴンは空の中へと、
――消えた。
完
B.B.D 夢を見ていた @orangebbk
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