Aurora
夢を見ていた
第1話
゜。゜。
想世十九年、冬。北国のモスクロールの街にて。
ついに別れの日がやってきた。
その日の空は灰色で、飽きもせず雪がしんしんと降り続いていた。
二人の人間が軋むベンチに腰掛けて、別れを惜しむようにゆっくりと言葉を紡いだ。お互いに覚悟はできていた。そうでなければ会話など出来はしない。それは強大な力に抗う術の無い『子供』たちにとって共通の、諦めの覚悟であった。どうすることもできない。ただ『大人』に従うことへの覚悟。
遠くで大人が名前を呼んだ。それに反応して座っていた僕は立ち上がった。淋しそうに表情を曇らせながら、それでも笑顔で別れを告げるために笑みを浮かべて、言う。
「――もう、行かなくちゃ。工場長が呼んでる。……きみは元気でやるんだよ」
別れが淋しくなかったかと問われれば、勿論否だろう。でも、仕方のないことだと割り切っていたから、泣くことはなかったのだ。泣いて状況が変わるわけでもない。僕は理解していた。世に溢れる理不尽に納得もしていた。が。
僕につられて、立ち上がった三つ編みの少女。彼女だけは違った。
僕の服の袖を縋るように掴む。「行かないで、」と。
僕は諭す。「仕方のないことだよ」
彼女は尋ねる。「本当に仕方のないことなのかな。本当にわたしたち、離れなきゃいけないのかな」
別れの時間はすぐそこまで迫っている。それなのに彼女はふ、と疑問を口に出した。大人が聞けば激昂されるかもしれない明らかな抵抗の意思が籠った問い。わからないことがあれば、少女はいつだって僕に尋ねた。いつもなら、少女の気の済むまで付き合ってやったのだが、それはもう出来そうにない。
僕は急いた。支配人がこちらに向かって歩いてきている。強引に丸めこむ。困った時の常套句だ。
「僕らには、どうすることもできないよ」
暗に諦めろと。首をゆるゆると振って、手を振った。
「さよなら、サーシャ」
彼女の目は涙で潤んでいた。けれどもその瞳の奥には、強い意思のこもった輝きがあって。僕は走り出した。
――サーシャ。きみはいつだってこの世界の理不尽に疑問を持ち、抗おうと、闘おうとしていたのを、僕はちゃんと知っている。
そんな君を支えようとしなかったのは、ほかでもないこの僕だった。
゜。゜。
あなたと別れてから。どれ程の時が過ぎたでしょうか。
…
Aurora 夢を見ていた @orangebbk
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