第16話
けずりこ屋の庭には相変わらず看板の手足が山積みになっている。換気扇が回っていて、家の中では丸山さんが当たり前のように焼きそばを作っていたので私は驚いた。丸山さんは窓を開けて「入りなよ」と言った。私が窓から上がろうとすると、「いや、玄関から」と続けた。
「看板の役割がだいぶわかってきたみたいだね」
「いや、それほどでも」と私は応えた。
「心霊写真がなぜ幽霊の写真なのかは知ってる? 変なものが写り込んだからときにそれが幽霊だと考えることが自然だから。いろんなものが人に見えてしまう現象をシミュラクラと言うんだけど、ぼくはシミュラクラが意識そのものだと思っている。霊感っていうのは英語ではインスピレーションっていうんだ。人は自分の考えを自分の考えと認識していない。だれかから語りかけられたものだと思っている。意識があると思えるものから語りかけられることが意識だ。人は自分の脳から語りかけられるとき、脳に意識があるかのように思えてしまうから自分に意識があると思える。暗算だと解けない問題が筆算だと解けることあるよね、文字は意識を拡張して時間を超えて考えるから。印刷物は背後に意識のないかのような文章を作れるよね、心のこもらない文章を。死ぬというのは意識がなくなることだよね。意識のない主体から語りかけられることができたら、死んだ人と生きてる人の境界はなくなる。看板っていうのは場所に対応する命令なんだ。『鳩にエサをあげないでください』とか。言葉は元来、命令だった。『言うことを聞く』という表現があるけど、『言うことを』『聞く』、それだけのことが服従を意味する成句になる。有名な記憶術に記憶したい対象を場所に対応させるというものがある。場所を思い浮かべ、そこに記憶したい言葉を置くんだけど。心のこもらない文章が命令として記憶に残りすぎるとき、なにが起こるだろう。幽霊にとりつかれたのと同じだ。幽霊が見えるのは、幽霊が見えるという有能さをを示しているのかな、幽霊にとりつかれてしまった無能さを示しているのかな」
そして丸山さんは言った。
「死んだ人の声を再生するのが看板の役割なんだ」
「はい」
と私は答えた。
そんなことより私は聞きたいことがあった。「あの、逮捕されたって聞きましたけど」
「そうだけど。無実だし、無罪だった。今はもう自由」
その言葉に私は安心した。
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