悪魔の最愛
夢を見ていた
第1話
「Evil cannot live without good.」
?
白い壁、青い屋根の建物。白いタイル、青いタイルの道。白い雲、青い海の世界。白と青で二分されているというとやや誇張した言い方になるが、二つの色は眩しいまでの太陽光を受けて、きらきらと人々の瞳をくすぐる。鳥の高らかな鳴き声が響く。海の塩の匂いが、温暖な風に乗って吹き抜ける。パサ。淡い色の髪が靡いた。ちいさな手が、頭に乗っかっている帽子をぎゅっと握った。装飾のリボンがゆらゆら揺れる。少女ははにかみながら、隣にいる青年の手を握った。青年は空いた手を、少女の頭にのせる。
「飛ばされんなよ」
少女はにこりとした。青年は悪戯っぽく笑い返す。
「ちっこいからな」
途端、少女の顔がこわばった。少女は無言のまま、青年をぎっと見つめた。
「心配してやってるんだ」
にやにやと揃った歯をみせながら、青年はのせた手のひらで少女の帽子をたたく。少女は何度もその手を払おうと試みるが、面白がった手は少女の頭上でひらひら舞う。抗議の声が繰り返し上げられるが、興に乗った青年は口笛まじりに少女と戯れる。じゃれ合い方はさながら初心な恋人たちといったところだが、並び立つ後ろ姿を見ると、どうやっても兄妹、従兄弟の関係にしかみえない。
街行く人々は、二人に特別注目することもなく通り過ぎてゆく。
「アミル」
すっかり拗ねてしまった少女に向けて明るい声を掛ける。
「みてご覧、海だ」
目前にひらけた青。アミルと呼ばれた少女は、大きな瞳を丸くして、その色に心を動かす。橋の向こうに海がいっぱいに広がっている。遠くの方で汽笛が鳴った。小さくてよく見えないが、二人も先ほどまで乗っていた水上汽車が走っているのだろう。アミルはすっかり機嫌になって、向こうの方を指さしながら後ろを振り向いた。その時。
ぶわっと一瞬、風が巻き起こり、少女の帽子を持ち上げた。気づいた時にはもう遅く。青年のところまで上がったと思うと、
「わっ」
途端に行き先を変えて、どこか遠くへ飛んで行ってしまった。アミルは悲痛な悲鳴を上げ、青年の腹をたたいた。青年は可笑しそうに笑いつつも、少しは悪いと思う気持ちがあるのか、ちいさな少女の頭をなでた。が、今度こそアミルは完全に青年の手を払いのけた。勢いよく上げた顔。涙にうるんだ瞳が露わになる。
「ごめんって。また買ってやるから、な?」
さすがに可哀想になったのか謝罪の言葉を述べるが、すっかり顔をそむけてしまった少女には意味がないだろう。アミルは歯切りしながら青年を責めるように睨みつけ、ヒールで思い切り青年の足を踏みつけた。
「!」
痛みに堪える青年を置いて、少女はどこかへ駆け出してしまった。慌てて追いかけても、少女の姿は見つからない。人に紛れて消えてしまった。
?
この世界には魔法というものが存在する。が、本来ならばそれは今日のように人間が使えるものではなかった。
もう一つ、魔物というものの存在もあった。魔法とは、魔物だけが唯一使うことのできる力であった。よって、長い歴史を振り返れば、いつでも魔物に屈する人間の姿があった。それほどまでに魔法の力は強かった。人間は魔法に対抗すべく、様々な方面から力を開発した。中でも目覚しい発展を遂げたのは科学の分野であったが、気まぐれな魔物の襲撃により、偉大なる発明の多くが闇に消えることもしばしばだった。
魔物は、長命である。不老であっても不死ではない。必ず滅するものだが、何分不鮮明なことがあって弱点すら人間は理解していないのだ。一方的な支配。多大なる時間を持て余した魔物が暇つぶしに人間をいたぶることも少なくなかった。
人間は魔物のことを心からの憎悪と畏怖を込めて『悪魔』と呼んだ。
人間が悪魔について知り得たことの一つに、悪魔の中には階級制度があるというのがある。下級のものは、形が醜く、魔法を扱うために必要な魔力の量が少ない。上級のものは、自らの姿を自由自在に変化させることができるらしい。よって、上級の悪魔は人間に混じって生きることもできる。が、多くの悪魔が人間を腹の底から見下しているため、時を同じくしようと考える悪魔はほとんど存在しなかった。
また、悪魔の特徴は背中についた漆黒の羽根であるということも分かっている。羽根の大きさからも悪魔の上下関係が窺えるらしいが、前にも述べたように、上級悪魔は変化できる。羽根を隠すのも大した苦労は必要としないのだ。
そしてもう一つ、忘れてはならないことがある。悪魔の頂点は誰か。人間たちはその悪魔の姿を見たことはないが、存在を知っていた
特定の名前を持たないとされる悪魔につけられた記号は、<統べる者>。
そしてその隣にいつもいるのが、幼い少女。それも人間である。
彼女は<最愛の人>として、愛されていた。
…
悪魔の最愛 夢を見ていた @orangebbk
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