鉄拳でゾンビを砕け!超ゾンビバスター(`・∀・´)

ぺんぺん草

第1話 ((((;゜Д゜)))))))ハジマリ

 夜の帳が降りると、東京港は飢えた死者達による残虐な宴の場と化してしまった。



「ぐぎぁぁぁぁっ!」


「誰か助け……」



 港に上陸した人間達は、岸壁を埋め尽くす死者達に襲われ殺される運命から逃れられない。大半の者は生きたまま体を食われ、無残な死骸と化してしまう。哀れなことに、彼らの肉体は僅かな骨の欠片しか地上に残らなかったのだ。



だが石見蒼汰(いわみそうた)という青年だけはこの惨劇を免れていた。


 

──う……嘘だろ。みんな殺されちまった。もう俺しかいないのかよ!


しかし死者達の支配する港湾の一角で退路を断たれていた彼に、希望など残されていなかった。



 放置されたコンテナの屋根の上に息を殺して潜んでいたが、それもすぐに食人鬼達に気づかれてしまう。



「み……みつけたぁ」



 8本の腐った指が屋根の上に現れ、略帽を被った警官が顔を出した。その恐ろしい容姿を目にして彼は絶句する。


 皮膚を失った顔面に爛々と輝く2つの白い眼球。口元は血に塗れていたので、どうやら仲間を食い殺した化物の一体だろう。その姿はまさにゾンビだった。



 この悍ましいゾンビ警官は蒼汰のジーンズの裾を掴もうと腕を伸ばした。



「くそっ!くそっ!触るな」



 ゾンビ警官を皮切りに、次から次へと現れる腕。それらを蹴り飛ばし彼は必死に抵抗するものの、蹴れども蹴れどもコンテナの上に伸びてくる腕の数は増えていく。膨大な数のゾンビ達を前に抵抗など無駄なのだろうか。ついに足首を掴まれ死人達の海に引きずり落とされようとした、まさにその寸前。



 虚空から何者かが現れ、突如として蒼汰の傍に舞い降りた。



「なっ!」



──だ……誰だ!人間か!?



 遠くで燃える船の赤い炎が、この美しい乱入者の姿を照らす。海風に靡くセミロングの黒髪と短めのスカート。少女だ。



──お……女!?なんでこんなところに。



 呆気に取られる蒼汰を尻目に、彼女は襲いかかる死人達に敢然と立ち向かっていく。まずは挨拶がわりに、目にも止まらぬ蹴りで襲いかかる死人達の躯(からだ)を引き裂く。その靴の先は、まるで巨大な刃物のようだ。



「まだ生きてる人がいたなんてね……。貴方は一体どこからきたの?」



 振り返って問いかける少女の正体はまだ分からない。だけど蒼汰を救おうとする唯一の人間だった。



「君は一体……」


「後は私がやる。ちょっと下がってて」



 そう言い残すと、地上を埋め尽くす食人鬼達の群れに飛び込む。それからは血で血を洗う凄絶な戦闘がはじまる。



「コッチに……オイデェェ!オイデェェ!」



 両目の飛び出したゾンビが勢いよく飛びかかるも、彼女はすぐさま顔を片手で掴み、その勢いを止めてしまった。そのまま力を込めると、死人の顔はグシャリと割れて脳髄と目玉が飛び出してしまう。まるで握り潰されたリンゴのように……。



「悪いけどアンタと遊んでる暇はないの……」


「ウゴィェェッ!ブエエッ!」



 血に塗れた彼女の腕は手刀と化し、高速でゾンビの四肢を全て斬り裂いてしまう。それでも動き続ける死人の肉片を、踏みつけて容赦なく潰してしまった。



「な……なんなんだよ、これ……」



 情けなかったが、震えながら少女を見守ることしか今の彼にはできない。



「はぁ、はぁ。ちょっと数が多かったかな……」



  少女は長い髪をかきあげ死人達を睨みつけて威圧する。砕いた死人達の返り血を浴びたその姿に、蒼汰は恐怖を感じずにはいられない。


だが彼女こそ、この狂った世界でただ1人の味方だったのだ……。


○○○



 東京都心から南南東に約1000キロ。石見蒼汰(いわみそうた)は東京都小笠原村の父島で生まれ育った。


 東京都と言っても、父島の二見港から東京港・竹芝桟橋までは定期船で丸一日かかる。


 

 彼は誕生より18年、小笠原諸島より外界に出たことはない。もちろん本州に出るチャンスは何度かあったのだけれど、風邪を引いてしまい尽く機会を逃していた。


 そんな不運を笑うクラスメートもいる。隣の席の岩井だ。



「鉄道を一度も見たことない奴なんて、ホントお前ぐらいだぞ〜石見。今日の日本でも貴重な若人だな。あはは!」


「うるっさい奴だなぁ……」



 友人の岩井は、何度か本州の土を踏んだことがある。だがそんなことで優越感を抱くとは実に小さい男ではないかと思う。


 タッパは180センチもある奴だが、人間としての大きさはナノスケールだろう。



 岩井はスマホを取り出すと、画面をスワイプして写真を蒼汰に見せる。そこには駅構内でにこやかに自撮りしている岩井とクラスメート達の画像が表示されている。



「ほら修学旅行の時の写真だ。ここが竹芝駅で、ゆりかもめってのが……」

 

「もういいだろ、俺が行ってない修学旅行の話は!皆からさんざん聞かされたよ」


 

 実は岩井からこの画像を見せられるのも3度目だった。このままだと死ぬまで岩井から自慢されるんじゃなかろうかと蒼汰は危機感を持つ。



「だいたい鉄道ぐらい肉眼で見てなくて何が困るってんだ。聞けよ岩井、時代はモータリゼーションだぞ。原付きの免許だってこの島で取れる。ほら免許証を見せてやる!」


「お……おお。本物だな」



 岩井の阿呆なんぞに舐められてたまるかと必死に反論してしまうのだが、自分でも墓穴を掘ってるだけのような気がしてならない。



 そんな2人が高校の卒業式を終えた数日後。



 彼らは二見港を訪れていた。船着き場は、東京に向かう定期船を見送る大勢の島民達で賑やかだ。今日は実に良い天気で、海原はキラキラと光を反射している。まるで島を出る若者達を祝福しているかのように。


 お別れの曲が港に流れ、和太鼓が鳴り、賑やかに定期船を送り出そうとしている。



「じゃあな石見!岩井!」



 定期船のプロムナード・デッキから、2人に向かって同級生達は手を振っていた。その姿を見ていると、何やらこみ上げてくる。



──アイツら本当に島を出るんだな。ずっと同じ島で育ってきたのに。



蒼汰も笑顔で大きく腕を振った。



「じゃあなあああ!たまには帰ってこいよぉぉぉ!」



 出港した船は水平線の彼方へと消えていく。海の向こうの大都会が、未来に羽ばたこうとする若者たちを待っていることだろう。島に残った蒼汰の気持ちなどお構いなしに……。



「アイツら行っちゃったな〜。石見」


「ちっくしょ〜。大学生かよ〜!」


「お前はこれからどうすんの?」


「……未定です」



 岩井は島内での就職が決まっており、明後日からイルカを見るツアーのガイドの補佐の仕事が始まるそうだ。しかしあまり触れたくない話題なので蒼汰はよく聞かなかった。



 夕方になり、岩井と別れ寂しい気持ちで家路につく。


 自室で布団の上に横になると、何気なく壁に貼った日本地図ポスターを眺めてみる。しかし父島はポスターの範囲に収まりきらない位置にあるので別枠に記されている。



──八丈島までなんだよなー。同じく東京なのに父島だけ遠いなぁ。



 手元のスポンジボールを軽く壁にぶつけ、跳ね返ってきたボールをキャッチした。


 ところで彼は4月から何をするのか?


 岩井のように観光客相手のガイドをやるという予定は微塵もない。そもそも働く予定がない。てっとり早く言うと無職。だが無職というのは無慈悲すぎて響きが良くない。せめてフリーターという肩書は欲しいところだ。


 

──どうやったら無職という称号を回避できるんだろうか。いっそ釣り動画でYouTubeに参入すべきか?意外に需要があるかも知れんぞ。



妙案が閃き、ニヤリと笑みが浮かんだ。


 離島と言えど、徐々にネット環境も充実してきている。釣り動画に活路を見出すべく蒼汰は体を起こして人気ユーチューバーの動画をチェックしてみることにした。


 今にして思えば呑気なものだった……。この世界が激変するなんて夢にも思っていなかったのだ。蒼汰のみならず誰もが。



○○○



 夏のある日。2人は並んで浜辺に座って、ボーッと水平線を見つめていた。

 


「なあ石見。本当に世界は滅んじまったのかな?」


「さあな……。分かんねえよ」




 仲間達を見送ってからはや4ヶ月が経つ。季節はもう夏だ。だがこの僅か4ヶ月で人類社会はあっけなく崩壊してしまった。全人口の9割9分9厘は既に死滅し、人間は絶滅寸前と言っても良いだろう。


 今でも信じられない。仲間たちを見送ったのは、ついこの間だというのに……。



「アイツら、出発がもうちょっと遅ければ助かったのによ……」



 砂を掴んで岩井は軽く浜に投げる。空は薄曇りで波は穏やか。ここから見る海の眺めは平和そのものだ。



「俺たちは運がいいよ。島に残ったからケッタイな感染症とは無縁だ」



 人類の大半を死滅させた犯人の正体は、前代未聞の伝染病だった。何しろ致死率が100%に達するというから常識を超えている。『新黒死病(NWE PAGUE)』と名付けられたこの伝染病は、後にウイルスが原因だと判明する。


(ちなみに黒死病自体はウイルスとは無関係だ。だが社会そのものを破壊してしまう恐ろしさは共通していたので、新たな伝染病は『新黒死病』と名付けられることになる)


 だがそれは実に奇っ怪なウイルスだった。人間を死に追いやるのみならず、その屍にすら影響を与えるというから前例がない。新黒死病で命を失った人間の屍は、再び動き出し、生きている人間を襲い始める。簡単に言えばエサと認識して食ってしまう。


 あまりの変わり種で、ウイルスの再定義が必要になるほどだったが、残念ながら研究者達には悠長に議論する時間などなかった。



 『新黒死病』がもたらすパンデミックを抑え込むことは何者にもできず、全世界は地獄と化してしまった。




 蒼汰は立ち上がって、ビーチサンダルに入った砂を払う。



「東京の方はかなり酷かったらしいぜ。何しろ新黒死病の発祥地だもんな。まだ生きてる奴いんのかな?」


「さすがに0ってことはないだろ。いや0人かもしんないけど……」



 災厄の始まりは4月の東京駅だった。


 世界で最初の新黒死病感染者と言われている人物は、ロシア帰りの日本人だった。彼の足取りは詳しく分かっていないが、構内のベンチの上でひっそりと死亡していたという。推定死亡時刻は4月15日の午後2時半。だが彼がまさか死せる食人鬼に変貌するとはこの時は誰も思わなかった。



「呼吸なし、脈無し……。瞳孔は開き、硬直がはじまっている。警察に引き継ぐ案件かもしれんが、やはり一度、医療機関に運ぶことにしよう」



 駆けつけた救急隊員達が亡骸を担架に乗せようとした時に異変が起きる。亡骸が、突然に隊員に噛みついたのな。驚いた隊員は担架から手を離してしまう。



驚くべきことに床に落ちてしまった亡骸は立ち上がり、駅の利用者達を次々に襲いはじめた。最終的に鉄道警察が出動して取り押さえることになったが、この時点で噛まれた人は8人に及んでしまった。


 これが史上初めて発見されたゾンビである。亡骸は縛り付けられて警察に運ばれたが、その後どうなったのかは誰も知らない。「縛ったまま火葬して処分した」というのが定説になっている。


 この恐怖のニュースは日本全体、いや世界全体を震撼させることになる。しかしこの段階ではまだ『新黒死病』がもたらす厄災の恐ろしさを予見できた者はいなかった。 


 もちろん政府も医師たちもただ手をこまねいていいたわけではない。必死にウイルスを解析しようとしていたが、あまりにも感染スピードが早く間に合わなかったのである。製薬会社が大量をワクチンを製造して配布するには時間がなさすぎた……。



 奇妙なことに、この不気味な病は日本だけでなく、世界各地でほぼ同時に発生していく。そして……世界は3ヶ月もかからずに、あっさりと崩壊することになる。



 ただし父島を除いて。


 全人類の大半が死に絶えてしまった今でも、絶海に位置する父島は未だ『新黒死病』の直接的影響は受けていない。週一の定期船だけが、この島と外界をつなぐ交通手段だったことが幸いした。定期船を止めるだけで『新黒死病』の父島上陸を阻止することができたからだ。



 お陰で島に残っていた2人も、大災厄から逃れることができたのだった。


 しかし喜んでばかりもいられない。人類社会が崩壊してしまった影響は大き過ぎる。


 5月末まではテレビ放送が維持されていたが、今はもうテレビは見れない。そもそもテレビに電力を供給する発電所が停止している。ただし海外ではまだラジオ放送は継続されている国があったので、この頃の島民だって短波ラジオで僅かながら情報を得ることができていた。


 

 とりあえず父島は無事であったのだが、島民も徐々に困窮していった。何しろ外部から物が入ってこない。そのせいで5月には岩井も職を失った。もはや観光業など成立しないのだから、収入を得る手段などない。



 暇になった岩井と蒼汰には、大村海岸の砂浜に座って雑談を交わす時間だけはいくらでもあった。この頃はしょっちゅうここで時間を潰していた。



「3年間の休暇が貰えたって?聞いたことねえよ岩井!あはははは!あっははははははっ!げほっげほっ」


「ムセるほど、はしゃぎやがって。大変なんだぞこっちは」


 

 腹を抱えて笑い転げる友人に呆れるしかない。軽い天然パーマの入った髪の毛をかきあげながら、彼は呟く。



「だから俺さ。明日から叔父さんの唐辛子畑で仕事を手伝うことになったんだわ」


「あ〜そう!良かったな。全面的に応援してやるよ」


「お前、絶対どっかでザマァとか思ってるだろ!?」



 蒼汰は笑顔で岩井の肩を掴む。笑いすぎで涙が出ていたのだが。



「ツンツンすんなよ〜岩井ちゃん。無職仲間じゃないか〜俺たち。ようこそコチラ側へ!暖かくお前を歓迎するぞ。アハハハ!」


「ちっ。お前も笑ってる場合じゃないだろうに。本当に気楽な奴だよなあ石見は」



──そりゃ誤解だよ岩井。俺だって本当は分かっちゃいるんだ……。



 でも今はまだ深く考えたくない。息が詰まりそうになるほどに、自分たちの未来は暗いのだから。



 大村海岸からの帰り道のことだった。村役場の前に人だかりができている。短波ラジオを囲んで、島民同士が議論している様子だ。その中に蒼汰の父親がいて、2人に気づくと大声で呼んだ。



「大変だぞ蒼汰!」


「どしたの親父」


「海の向こうも流行が酷すぎて収集がつかんらしい。お陰で、米露の両政府がとうとう水爆の使用を許可してしまったとよ。そのニュースで皆が大騒ぎだ。現在はロサンゼルスと交信不能だとさ」


 

 2人は顔を見合わせて呆然とする。



「マジで岩井?」


「俺に聞かれても!ロサンゼルスなんて行ったことないし」



 シアトルからのラジオニュースによれば、既にゾンビの街と化してしまったロサンゼルスは水爆により消滅させられたという。ロシアのサンクトペテルブルクでも同様のことが起きているという。

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