ゾンビをまとめて鉄拳で粉砕!超ゾンビバスターSpecialエキサイティングversion☆

ぺんぺん草

第1話 ((((;゜Д゜)))))))ハジマリ

 自分を包む漆黒の闇。真っ先に思い浮かんだのは──ここはあの世か?という疑問だった。しかしそんなわけがないと彼は思い直す。



 おそらく寝てる間に夜になってしまっただけだろう。荒廃しきったこの世界では、電力供給は既に途絶えてしまっているので、部屋の中は真っ暗になって当然なのである。



 しかし眠れたのは朗報だった。



 72時間、ほぼ睡眠を取れていなかった蒼汰にとって、この目覚めのスッキリ感は久しく味わえていなかった。お陰で常時つきまとっていた死の恐怖が、今だけは消えてしまっている。彼は上機嫌でサイドテーブルに手を伸ばし、電池式ランタンのスイッチを入れようとした。


 しかし腕を動かすことができない。それどころか足も首も動かせない。上機嫌は一瞬で焦りへと変わる。何しろ体全体にかかる圧迫感が強烈であり、息苦しいのだ。


 呼吸ができないという恐怖は徐々に増してくる。



──う……嘘だろ!



 漆黒の闇の中で、体も動かせず一人、窒息の苦しみを味わっている。やはりここは噂の地獄だったのだろうか?



──彩奈、助けてくれぇ!


 パニックのままに手足に力を込めると、妙な感触を得る。自分の体は何かに押さえ込まれているだけなのだと気づく。次第にその物体の正体が分かってきた。



 それは土だった。彼の体を重い土が覆い被さっているのだ。



 死にたくない一心で、足掻きまくると、徐々にスペースが生まれて手足が動かせるようになってきた。あと一息……。



「だりゃぁぁっ!」



 全力で体を起こすと闇が消え失せ、代わりに強烈な太陽光が目に入る。



「プハァッ!ゲホッゲホッ」



 あまりの眩さでホワイトアウトしてしまった目に、徐々に綺麗な青空が映りはじめる。視線を下げれば雑草に覆われた広い土地が見えた。



──河川敷じゃないか……。なんで俺はこんなところにいるんだ。




 わけもわからぬままに立ちあがった。改めて足元をみると、地面には一度掘り起こされた跡が残っている。どうやら自分はここに埋められていたようだ。



 江戸時代のフグ中毒患者ではあるまいし、寝ている間に河川敷に埋められなきゃならない理由などあるわけがない。誰の犯行なのか分からないが、完全に殺人事件だと彼は思った……。


 確かに彩奈ならばそれも可能かもしれないが、彼女が重症の蒼汰を生きたまま土に埋めてしまうなんて、そんなことをするわけがない。



──じゃあ一体誰がこんな真似を……。



 何段にも積まれた石が傍らにあることに気づく。賽の河原にありそうな、この小さな石の塔は明らかに人の手で作られたものと思われる。



──これは墓だ。


 石の塔には供えられた枯れた花を見つけピンときた。






 しかし誰の墓なのかまでは分からない。



 枯れた花の下には1封の封筒が置かれていたので、遠慮なく封筒を破ってみると、中には1通の手紙が入っていた。そこには、いかにも女子という感じの細くて丸い文字で別れの言葉が記されている。


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 ずっと一緒にいたかったのに蒼汰さんは私達を置いて、皆のいる場所へ旅立ってしまった。


 蒼汰さんと過ごせた時間は本当に短かったけれど、貴方に出会えたことは神様の思し召しだったのだと思う。


 最期の会話があんなことになったのは後悔しています。なんでもっと上手く言えなかったんだろう私。最期の時に何もしてあげられなくて、ごめんなさい。



 皆は寂しがって泣いばかりいるよ。私だって……皆の前じゃ泣かないけれど。悲しくて寂しくて仕方がないのが本音なの。


 でもまた会えるよね。


 いつの日か、こんな辛い世界を離れて再び蒼汰さんと出会えますように……。神様に祈ります。



 蒼汰さんの名誉ある最後の友達。垣内彩奈より


 天国の蒼汰さんへ  8月○日。



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 河川敷に吹く風が、不思議な手紙を揺らす。



──なんてこった!お別れの手紙だ……。それも俺宛の。



 何故、彩奈がこのような手紙を書いたのか、さっぱり理解できない。



 だた自然、蒼汰の目頭が熱くなった。文章の意味はよく分からないが、何故だか熱い気持ちがこみ上げてくる。


 腕で目をこすり、手紙の意味を改めて考える。手紙の日付は驚くべきことに蒼汰が眠りについた2日後になっていた。




──嘘だろ!?じゃあこれって……。



 導き出される答えは一つしかない。「蒼汰は死んでしまった」と解釈した彩奈がここに彼を埋葬したのだ。つまりここは彼自身の墓だったのである。しかしどうにも辻褄の合わない点が、富士山のようにそびえ立っている。


 自分はバッチリ生きている。これはどう考えたらいいものだろうか。



 照りつける太陽の下、地面の上に胡座をかいて考え込んだ。だんだん謎の核心に迫っている気がした。



──つまり俺は自分が生きてると思ってるだけで、やっぱり死んでるのだろうか?じゃあ今の俺ってゴースト的な……。



 体を叩いてみるが、普通に存在しているので幽霊ではないらしい。しかし別の可能性が残っている。



──となると……まさかゾンビなのか俺?


◯◯◯


 東京都心から南南東に約1000キロ。石見蒼汰(いわみそうた)は東京都小笠原村の父島で生まれ育った。


 東京都と言っても、父島の二見港から東京港・竹芝桟橋までは定期船で丸一日かかる。



 彼は誕生より18年、小笠原諸島より外界に出たことはない。もちろん本州に出るチャンスは何度かあったのだけれど、風邪を引いてしまい尽く機会を逃していた。


 そんな不運を笑うクラスメートもいる。隣の席の岩井だ。



「鉄道を一度も見たことない奴なんて、ホントお前ぐらいだぞ〜石見。今日の日本でも貴重な若人だな。あはは!」


「うるっさい奴だなぁ……」



 友人の岩井は、何度か本州の土を踏んだことがある。だがそんなことで優越感を抱くとは実に小さい男ではないかと思う。


 タッパは180センチもある奴だが、人間としての大きさはナノスケールだろう。



 岩井はスマホを取り出すと、画面をスワイプして写真を蒼汰に見せる。そこには駅構内でにこやかに自撮りしている岩井とクラスメート達の画像が表示されている。



「ほら2年の時の修学旅行の時の写真だ。ここが竹芝駅で、ゆりかもめってのが……」


「もういいだろ、俺が行ってない修学旅行の写真は!何回それ見せんだお前。つかその話も皆からさんざん聞かされたよ」


 実は岩井からこの画像を見せられるのも15度目だった。このままだと死ぬまで岩井から自慢されるんじゃなかろうかと蒼汰は危機感を持つ。



「だいたい鉄道ぐらい肉眼で見てなくて何が困る!?誰が困る!?聞けよ岩井、時代はモータリゼーションだぞ。原付きの免許だってこの島で取れる。ほら免許証を見せてやる!」


「お……おお。本物だな」



 岩井の阿呆なんぞに舐められてたまるかと必死に反論してしまうのだが、自分でも墓穴を掘ってるだけのような気がしてならない。



 そんな2人が高校の卒業式を終えた数日後。



 彼らは二見港を訪れていた。船着き場は、東京に向かう定期船を見送る大勢の島民達で賑やかだ。今日は実に良い天気で、海原はキラキラと光を反射している。まるで島を出る若者達を祝福しているかのように。


 お別れの曲が港に流れ、和太鼓が鳴り、賑やかに定期船を送り出そうとしている。



「じゃあな石見!岩井!」



 同級生達は定期船のプロムナード・デッキから、2人に向かって手を振っていた。その姿を見ていると、何やらこみ上げてくる。



──アイツら本当に島を出るんだな。ずっと同じ島で育ってきたのに。



蒼汰も笑顔で大きく腕を振った。



「じゃあなあああ!たまには帰ってこいよぉぉぉ!」



 出港した船は水平線の彼方へと消えていく。海の向こうの大都会が、未来に羽ばたこうとする若者たちを待っていることだろう。島に残った蒼汰の気持ちなどお構いなしに……。



「アイツら行っちゃったな〜。石見」


「ちっくしょ〜。大学生かよ〜!」


「お前はこれからどうすんの?」


「……未定です」



 岩井は島内での就職が決まっており、明後日からイルカを見るツアーのガイドの補佐の仕事が始まるそうだ。しかしあまり触れたくない話題なので蒼汰はよく聞かなかった。



 夕方になり、岩井と別れ寂しい気持ちで家路につく。


 自室で布団の上に横になると、何気なく壁に貼った日本地図ポスターを眺めてみる。しかし父島はポスターの範囲に収まりきらない位置にあるので別枠に記されている。



──青ヶ島までなんだよなー。同じく東京なのに父島だけ遠いなぁ。



 手元のスポンジボールを軽く壁にぶつけ、跳ね返ってきたボールをキャッチした。


 ところで彼は4月から何をするのか?


 岩井のように観光客相手のガイドをやるという予定は微塵もない。そもそも働く予定がない。てっとり早く言うと無職。だが無職というのは無慈悲すぎて響きが良くない。せめてフリーターという肩書は欲しいところだ。



──どうやったら無職という称号を回避できるんだろうか。いっそ釣り動画でYouTubeに参入すべきか?意外に需要があるかも知れんぞ。



妙案が閃き、ニヤリと笑みが浮かんだ。


 離島と言えど、徐々にネット環境も充実してきている。釣り動画に活路を見出すべく蒼汰は体を起こして人気ユーチューバーの動画をチェックしてみることにした。


 今にして思えば呑気なものだった……。この世界が激変するなんて夢にも思っていなかったのだ。蒼汰のみならず誰もが。



○○○



 夏のある日。2人は並んで浜辺に座って、ボーッと水平線を見つめていた。



「なあ石見。本当に世界は滅んじまったのかな?」


「さあな……。分かんねえよ」




 仲間達を見送ってからはや4ヶ月が経つ。季節はもう夏だ。だがこの僅か4ヶ月で人類社会はあっけなく崩壊してしまった。全人口の9割9分9厘は既に死滅し、人間は絶滅寸前と言っても良いだろう。


 今でも信じられない。仲間たちを見送ったのは、ついこの間だというのに……。



「アイツら、出発がもうちょっと遅ければ助かったのによ……」



 砂を掴んで岩井は軽く浜に投げる。空は薄曇りで波は穏やか。浜辺で遊ぶ子供達の声が響き渡り、ここから見る海の眺めは平和そのものだ。



「俺たちは運がいいよ。島に残ったからケッタイな感染症とは無縁だ」



 人類の大半を死滅させた犯人の正体は、前代未聞の伝染病だった。何しろ致死率が100%に達するというから常識を超えている。『新黒死病(NWE PAGUE)』と名付けられたこの伝染病は、後にウイルスが原因だと判明する。


(ちなみに黒死病自体はウイルスとは無関係だ。だが社会そのものを破壊してしまう恐ろしさは共通していたので、新たな伝染病は『新黒死病』と名付けられることになる)


 だがそれは実に奇っ怪なウイルスだった。人間を死に追いやるのみならず、その屍にすら影響を与えるというから前例がない。新黒死病で命を失った人間の屍は、再び動き出し、生きている人間を襲い始める。簡単に言えばエサと認識して食ってしまう。


 あまりの変わり種で、ウイルスの再定義が必要になるほどだったが、残念ながら研究者達には悠長に議論する時間などなかった。



 『新黒死病』がもたらすパンデミックを抑え込むことは何者にもできず、全世界は地獄と化してしまった。




 蒼汰は立ち上がって、ビーチサンダルに入った砂を払う。



「東京の方はかなり酷かったらしいぜ。何しろ新黒死病の発祥地だもんな。まだ生きてる奴いんのかな?」


「さすがに0ってことはないだろ。いや0人かもしんないけど……」



 災厄の始まりは4月の東京駅だった。


 世界で最初の新黒死病感染者と言われている人物は、ロシア帰りの日本人だった。彼の足取りは詳しく分かっていないが、構内のベンチの上でひっそりと死亡していたという。推定死亡時刻は4月15日の午後2時半。だが彼がまさか死せる食人鬼に変貌するとはこの時は誰も思わなかった。



「呼吸なし、脈無し……。瞳孔は開き、硬直がはじまっている。警察に引き継ぐ案件かもしれんが、やはり一度、医療機関に運ぶことにしよう」



 駆けつけた救急隊員達が亡骸を担架に乗せようとした時に異変が起きる。亡骸が、突然に隊員に噛みついたのな。驚いた隊員は担架から手を離してしまう。



驚くべきことに床に落ちてしまった亡骸は立ち上がり、駅の利用者達を次々に襲いはじめた。最終的に鉄道警察が出動して取り押さえることになったが、この時点で噛まれた人は8人に及んでしまった。


 これが史上初めて発見されたゾンビである。亡骸は縛り付けられて警察に運ばれたが、その後どうなったのかは誰も知らない。「縛ったまま火葬して処分した」というのが定説になっている。


 この恐怖のニュースは日本全体、いや世界全体を震撼させることになる。しかしこの段階ではまだ『新黒死病』がもたらす厄災の恐ろしさを予見できた者はいなかった。 


 もちろん政府も医師たちもただ手をこまねいていいたわけではない。必死にウイルスを解析しようとしていたが、あまりにも感染スピードが早く間に合わなかったのである。製薬会社が大量をワクチンを製造して配布するには時間がなさすぎた……。



 奇妙なことに、この不気味な病は日本だけでなく、世界各地でほぼ同時に発生していく。そして……世界は3ヶ月もかからずに、あっさりと崩壊することになる。



 ただし父島を除いて。


 全人類の大半が死に絶えてしまった今でも、絶海に位置する父島は未だ『新黒死病』の直接的影響は受けていない。週一の定期船だけが、この島と外界をつなぐ交通手段だったことが幸いした。定期船を止めるだけで『新黒死病』の父島上陸を阻止することができたからだ。



 お陰で島に残っていた2人も、大災厄から逃れることができたのだった。


 しかし喜んでばかりもいられない。人類社会が崩壊してしまった影響は大き過ぎる。


 5月末まではテレビ放送が維持されていたが、今はもうテレビは見れない。そもそもテレビに電力を供給する発電所が停止している。ただし海外ではまだラジオ放送は継続されている国があったので、この頃の島民だって短波ラジオで僅かながら情報を得ることができていた。



 とりあえず父島は無事であったのだが、島民も徐々に困窮していった。何しろ外部から物が入ってこない。そのせいで5月には岩井も職を失った。もはや観光業など成立しないのだから、収入を得る手段などない。



 暇になった岩井と蒼汰には、大村海岸の砂浜に座って雑談を交わす時間だけはいくらでもあった。この頃はしょっちゅうここで時間を潰していた。



「3年間の休暇が貰えたって?聞いたことねえよ岩井!あはははは!あっははははははっ!げほっげほっ」


「ムセるほど、はしゃぎやがって。大変なんだぞこっちは」



 腹を抱えて笑い転げる友人に呆れるしかない。軽い天然パーマの入った髪の毛をかきあげながら、彼は呟く。



「だから俺さ。明日から叔父さんの唐辛子畑で仕事を手伝うことになったんだわ」


「あ〜そう!良かったな。全面的に応援してやるよ」


「お前、絶対どっかでザマァとか思ってるだろ!?」



 蒼汰は笑顔で岩井の肩を掴む。笑いすぎで涙が出ていたのだが。



「ツンツンすんなよ〜岩井ちゃん。無職仲間じゃないか〜俺たち。ようこそコチラ側へ!暖かくお前を歓迎するぞ。アハハハ!」


「ちっ。お前も笑ってる場合じゃないだろうに。本当に気楽な奴だよなあ石見は」



──そりゃ誤解だよ岩井。俺だって本当は分かっちゃいるんだ……。



 でも今はまだ深く考えたくない。息が詰まりそうになるほどに、自分たちの未来は暗いのだから。



 大村海岸からの帰り道のことだった。村役場の前に人だかりができている。短波ラジオを囲んで、島民同士が議論している様子だ。その中に蒼汰の父親がいて、2人に気づくと大声で呼んだ。



「大変だぞ蒼汰!」


「どしたの親父」


「海の向こうも流行が酷すぎて収集がつかんらしい。お陰で、米露の両政府がとうとう水爆の使用を許可してしまったとよ。そのニュースで皆が大騒ぎだ。現在はロサンゼルスと交信不能だとさ」



 2人は顔を見合わせて呆然とする。



「マジで岩井?」


「俺に聞かれても!ロサンゼルスなんて行ったことないし」



 シアトルからのラジオニュースによれば、既にゾンビの街と化してしまったロサンゼルスは水爆により消滅させられたという。ロシアのサンクトペテルブルクでも同様のことが起きているという。

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