午後6時に今日もあなたと

みなづきあまね

第1話 文字さえ愛しい

久々に仕事が早く終わった。時刻は17時。しかし、今日は帰宅しても家族はおらず、一人でいるのも寂しく、じゃあ少し暇を潰そうかな、と未だ職場に滞留していた。


特に新しい仕事をするでもなく、ニュースを読んだり、同僚とお喋りしたりと、無駄な時間を過ごしていた。しかし、いつまでもだらだらしていても仕方ないと思い、18時に外へ出た。


更衣室に入り、ロッカーからコートを出した。キャメル色のダッフルコートに、マフラーを巻き、冬本番に万全を期す。マフラーの巻きを整えていると、隣の更衣室のドアが開いた音がした。隣は男子更衣室だ。


誰かと一緒になると気を使うので、一足早く出ようと電気を消し、ドアを開けた。しかし、タイミングが合ってしまい、右側から声が聞こえた。


「あ、お疲れ様です。」


私はその声にドキッとした。左を向くと、同じ部署の先輩がいた。さすがの寒さに、彼もコートを羽織っていた。


「お疲れ様です。今日は帰り、早いんですね。」


私はいつも20時くらいまで残っている彼に尋ねた。


「ああ、たしかにいつもは朝から晩までやってますけど、今日はキリがついたし。」


そう言いながら私たちはタイムカードを押しに向かった。するとこれから忘年会に行くであろう他部署の集団がたむろしていた。彼には割と面識がある人たちらしく、挨拶を交わしていたが、私が知る人は数人しかいなかった。


彼らがどんな風に思っているかは分からないが、なんだか気まずくて、私は黙ってタイムカードを押した。続いて彼も押した。


社外に出ると、彼は話を再開した。


「実はこの後、ある人と約束があって。久々に会って仕事の話でもしようってことで、今から待ち合わせなんですよ。」


私は「ある人」という、勿体ぶった言い方に、相手が女性なのか気になった。しかし、そこまで踏み込む勇気もなく、そのまま話を続けた。


以前よりも打ち解けてきた頃合いで、飲み会の話や、近くにできた新しいカフェの話、好きな食べ物の話などをした。前よりも明らかに砕けた雰囲気で話をしている実感があったし、実際、彼のガードも緩い気がした。


改札を抜け、「お疲れ様でした」と、どちらからともなく挨拶すると、お互い別々のホームへと別れた。


1人になったホームで、イヤホンを耳につけた。英語の勉強でも、と思ったが、心がざわつき、音楽を聴くだけで精一杯だった。私は音楽アプリを起動し、少し切ない曲調の曲を選択した。


そして、彼に連絡をするかひとしきり悩んだ。仕事関係の人から、仕事に関係ない連絡が時間外に来るのはあまり喜ばれないだろうし、そもそも何を連絡すればいいのだろうか。


でも、とにかく彼と繋がりたかった。音楽がポップな曲に切り替わった瞬間、徐々に「送ってしまえ」という、謎の自信がむくむくと湧き、私はくだらない要件で連絡した。


端的に、飲み会なのにこちらの都合に合わせて歩いてもらい、申し訳なかったということと、楽しんでということだ。


一瞬躊躇ったが、意を決して送信した。ほどなく既読の文字が光り、彼から返事が来た。


「全然大丈夫です。時間には余裕もあるし、ちょっとした人と飲むだけなので。」


自分の口元が緩んだのが分かった。その後も数回やりとりが続き、15分程経った頃、返信がパタリと止んだ。話の流れとしては、誰が見ても途中と思われたが、疑問形で返したわけでもないため、返事が来るかどうかは分からなかった。


恐らく飲み始めたのだろう。律儀な彼のことだ、きっと今下手に返事をすれば、飲み相手にも私にも失礼だから、今は目の前の人に専念しているのだろう。


私は買い物に寄ってから家に着くまで、何度もスマホを確認し、誰もいない部屋に着き、簡単な夕飯を作ってる間も、気になって仕方なかった。


夕飯を食べ終わり、ソファで寛ぎながらニュースを読んでいた。すると、彼からさっきの続きが返ってきた。


「楽しかったですか?」


と、ありきたりな私の言葉に、


「はい。久々に会えたので、思い出話や今の話も出来たので。」


と返事が来た。


これ以降もたわいない話が続いた。彼の仕事に対する意識を褒めたり、職場の人の話など。


あっという間にやりとりを再開して1時間が経った。さすがにじっと返事を待つだけでは無駄な時間を過ごしすぎると思い、家事や勉強をして合間を潰した。そして、そろそろ彼の負担になるだろうと思い、


「そろそろ自由にしてあげます!構ってくださり、ありがとうございました!」


と、冗談めかして答えた。


彼はこれに、「こちらこそ。」と和やかに返してきた。そしてやりとりは終わった。


もう23時を回っていた。お風呂にも入っていない。眠気と興奮が混じり合い、眠いが胸が高鳴り、何度もやりとりを穴があきそうなほど読み直した。


ああ、どうしよう。胸がしめつけられるような、強く打つような、そんな気がして、手からスマホを離せなかった。


18時から5時間経っていた。私はふーっと息を吐き出すと、充電コードを挿し、スマホを机に置き、お風呂へと向かった。

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