校風
とにかく変な学校で、校内アイドル騒ぎも教室に押しかける程度じゃないのよ。なにがビックリしたかって購買部行ったら校内アイドル・グッズを売ってるのよ。ここは高校よ、それも県立校だよ、私学だってこんな学校が他にあるとは思えへんわ。それが、まあ結構な売れ行きみたいで、嬉しそうに使ってる者も珍しくともなんともない。教師だって買いに来るし、当たり前のように使ってるんだから。
この校内アイドルのキャラクター・グッズやけど、加納と小島が入学してからさらに過熱している。購買部に普通の文房具を買いに行くのが困難なぐらい。不便と思っていたら、空き地に何か建物が出来たのよ。これがキャラクター・グッズ専用ショップ。この学校に少しは馴染んだつもりのウチでも腰抜かしそうになってしもた。
とにかくアイドルの追っかけだけでなく、色んなトンデモない事が毎日起りそうな学校。これも腰抜かしたんやけど、空き地に二階建てのプレハブが突然できたんよ。これがなんと新設のロックン・ロール研究会の部室兼練習場。
テルミに聞いたんだけど、軽音楽部にフォア・シーズンズって名前のヘビメタ・バンドがあって、これが軽音楽部ともめたそうなの。そしたら二年の水橋って人がアッと言う間にロック研を承認させ、ついでに部室まで作ってしまったってお話。いくらプレハブいうても高校生にそんなカネがあるわけないと思ってたら、サチコが教えてくれた。
「二年の水橋さんが作ったみたいで、おカネは自前だそうよ」
「金持ちのボンボン息子?」
「そうじゃなくて、自分で稼いでいるみたい」
どうにも理解しにくい話やけど、水橋さんは助っ人の請負稼業をやってるらしい。それもなんでもござれで引き受けて、失敗したことがないそうなの。
「それってボランティアか?」
「五万円か十万円が相場で、仕事内容によってはそれ以上らしいわ」
「高校生じゃ、そんなに支払える人は限られるな」
「高校生だけじゃなくて、社会人の助っ人もやってて、ロック研は請負稼業の事務所も兼ねてるそうよ」
理解するのが大変すぎる話やけど、この学校もアルバイトは許可制のはずだし、あれこれ条件はうるさかったはず。
「そうなんだけど、ロック研は治外法権みたいで、教師も手出しできないみたい。外からの依頼の人も、
『ロック研に用事が・・・』
これで教師もフリーパスどころか案内までするって話よ」
だからここは高校、それも県立校だって何度も思うけど、そういう高校と思うしかないみたい。ホンマにジキルとハイドみたいな校風で、トコトン浮かれ騒ぎで遊ぶのは自由闊達でOKで、その代わりに進級判定で締め上げて勉強を自主的にやらせるのが、あからさまなぐらいに出てる。
そうそう男女交際もほぼ無問題。無問題どころか、例の明文館タイムズが毎月どころか、毎週のように号外を出して書きたててる。やれ誰と誰が交際中だの、別れ話が出てるとか、三角関係のもつれとか、どこぞの女性週刊誌も顔負けなぐらい。突撃インタビューまで掲載されてる。
だいたい新聞部なんて、年に一回ぐらい出さへんところが多いのに、明文館タイムズは毎月発行で、ほぼ毎週のように号外出してる。そんな予算がどこにあるかと思うけど、これは同窓生にも配布されて人気が高いから協賛広告が結構集まるらしい。それだけやなく、加納と小島を特集した有料の週刊誌を出していて、これが飛ぶような売れ行き。
そんな高校の文化祭なんて、そりゃ、もう。五月にあったんだけど、入学早々の新入生のドギモを抜くような代物だった。ここの文化祭は文化系部活だけでなく、二年・三年のクラス出展や、さらには個人出展も認められてる。さすがに一年のクラス出展や個人出展はなかったけど、どの出展も過剰なぐらい凝りまくり。模擬店のコスチュームから気合が入りまくりで、店だって本格的なんてレベルじゃなかった。
ウチもテルミやサチコに連れられてあちこち見て回ったけど、ありゃ完全にワンダーランドで、校外からも押し寄せるように集まって来てた。そりゃ、運動場には遊園地みたいなものまであるんだから。この市では秋祭りに匹敵するほどの行事に位置づけられていて、延々三日間も続くんだ。ステージもノリノリで熱狂の坩堝ってところ。
伯父は明文館はウチには合わないかもと言ってた。ウチも入学した頃にはそう感じてたけど今は違う。この学校はハチャメチャに見えるけど、個性がムチャクチャ尊重されるんだ。ウチの難儀なキャラだって立派な個性で、この学校でキャラが立つというのは、それだけで珍重されるのはようわかった。
だからこの学校ではウチの居場所がある。ウチが氷姫であるのは、この学校では浮くんじゃなくて、注目されるんよ。下手すりゃ、憧れられたりする。テルミやサチコを見ているとよくわかる。ウチの場違いみたいなトンチンカンな受け答えすら、
『おもろい奴』
こうポジティブに評価され、人気を集める不思議なところ。そんな学校に通いだしてウチは確実に変わった。中学までビックリするなんてまずなかったし、ましてや嬉しいとか、楽しいとかはウチの辞書になかったぐらいやけど、今は毎日のようにある。テルミやサチコとの何の変哲もない会話が楽しくて仕方がないもの。
明文館タイムズにウチのことを書きたてられてアイドル騒動に巻き込まれそうになり、睨んで追っ払った話でさえ、
『変な奴』
『好かん奴』
こう評価されるんやないの。さすがに笑いそうになってしもたけど、
『氷姫へのアプローチを考える』
これって明文館タイムズの社説で、ありきたりの方法で近づくのは難しいから工夫が求められるって大真面目に書いてあるのよ。こんなことを真剣に考えて記事にして、それを生徒が読んで話題にする学校なんて、世界中探してもないと思う。お蔭でウチは夏休みが来るまでには学校で知らぬ者がいないぐらいの有名人になってしまったみたい。
「ところで木村さんはホントに男嫌いなの」
「そんなことはない」
「ちやほやされるのは嫌いなの」
「好きじゃない」
「なるほど! 純情一途型なんだ」
おいおいそこでアッサリ納得するなと言いかけたけど、ウチは変わっていってる。頑な過ぎる心は溶けだして、生きててよかったと思い出してる。そんな素晴らしい居場所がまだ二年半以上残ってる。ウチはもっと変われる。変わってあの人に認めてもらうんだ。それが今の目標。
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