Goodbye today,hallo new girl!

鼈甲飴雨

第1話 きっかけ

「うぃっく。ひーぃっく……! うぇへへへへ……!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……生きててごめんなさい……」

 漂うのは酒気。

 部活動に差し入れられたのは、高級ウィスキーボンボン。その効力は絶大で、あっという間に同級生と後輩、先生が出来上がってしまった。

「ああ、もう……白姉さんは大丈夫ですか?」

「……」

「姉さん?」

「すかー……」

「目を開けたまま寝ている!?」

 なんて特技なんだ、ついでにドライアイが心配だ。

 とりあえずソファに寝かせておく。軽い。

「……あれが欲しい」

「どうしたんですか、先生。ていうかあれってなんです?」

「蜆の味噌汁……」

「オッサンかよ!?」

「うあああ、やめろ、頭に響くんだよ……くそ、酒なんていつもすぐに抜けやがるんだよ。気持ちいいのは一瞬だけじゃねえか」

 謎の体質の教師。確かに、酒を飲んでるところは見たことがない。いや、校内で普通のまないが。

「ねーねーねー! ほら、あんたも食べなさいよ!」

「……いや、食うけど」

 喉を焼くようなアルコールの感覚。同時に甘くて苦い味が口の中を駆け巡っていく。

 ぽっぽとほの温かい体温になった。

「あははは! 顔真っ赤―!」

「真っ赤なのかぁ」

 自分では見れないしな、鏡ないし。

「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ……いい子にしてるのにぃ……」

「いい子は学校にキャラクターパーカーで登校しないし」

「悪い子だったんだぁぁぁぁ……」

「な~に泣いてんのよー! ほら、食べなさい、食べなさい!」

「もご、ががが……ごきゅん……きゅー……」

 倒れてしまう瑞葉。哀れな。

 先生も既に死んでいた。いや、残すなよこんなアッパーなヤツ。

「ねーねー、私ねー? 頑張ったと思うー?」

「あ、ああ。最近勉強も頑張ってるじゃないか」

「だよねだよねだよねー? ご褒美、ほしいなー!」

「……いいけど」

「んっ!」

 いつものとんがり帽子を脱いで見せる。

「え、何?」

「撫でるのー! 優しく!」

「……」

 ……彼女の髪を撫でる。

 うわ、指どおりがいい。しかも細い。女の子の髪って、こんなに……頼りないんだな。

「うんうん、分かってるじゃない……あれ……なんか、眠く……」

「お、おい、美空」

「くー……」

「……」

 寝やがった。

 男一人、俺だけを残して。

 くそ、男扱いされてないんじゃないかこれ、とも思わなくはないけれど、まぁいいや。読書でもしていよう。

 ――これは、そんなヘタレ男の物語。

「あ、アンタ、寝てるアタシ達に変なことしてないわよね!?」

「変な事ってどんなことだ?」

「Hな事よ!!」

「うわ、すっげえ男らしい」

 ……というか、俺何でこんな場所にいるんだっけ。



  一話 きっかけ


「……は?」

「そのままだ」

 いや、内容は分かっている。でもそれが信じられる話ではなかったのだ。

「何だって?」

「不登校だったり、成績不良だったり……そういうヤツの面倒を見ろってことだ」

「何で俺にいうんですか? 言っちゃアレですけど、俺成績いいし顔もいいし内申点だってバッチリのはずですけど」

「ああ、優等生のお前の裏の顔を知ってるヤツはあたしくらいだろうよ。受けなかったらばらすぞ」

「不良教師のたわごとくらい、もみ消すくらいのカリスマはあるつもりですが」

「……チッ、誰も信じねーか。まー確かにな。でも、この話の美味いところは、二年の工藤紫苑、お前を試験なしの推薦でパスさせてやれる」

「……嘘じゃないでしょうね」

「嘘吐くかよ。それだけ、この学園の裏役員のヤツは重宝されてんだ」

 彼女――保健体育の先生、矢車紗耶香先生の言い分はこうだった。

 この学園――天壌我原学園高等部は屈指の進学校として知られている。

 ――裏口入学組を除けば。

 最悪なことに、金を入れればどんな奴だってこの学園の一員になれる噂があり、それは事実。

 さすがに前科持ちやそれに準ずる人間などはダメだが、成績が普通でも金持ちという理由でぶち込むことが可能。

 そんな彼らに勉強などを教えてやるのが、裏役員としての役割らしい。

 今回は三名。うち一人ずつは先輩と後輩らしく、荷が重い。

「な? 頼む! さぼりとか認めてやるから!」

「体育の時間は気晴らし何でいりませんが……まぁ、便宜を図ってくれるんなら、協力もやぶさかじゃないですよ」

「お前のそういう冷静なとこ、好きだぜ」

「先生のそういう無遠慮なとこ、割と尊敬してます」

 密約が交わされた。

「よし。んじゃ、部活勧誘な。表向きは部活だから、何人か揃えとけよ」

「それも俺の役目ですか」

「おう。頑張ってくれよ、裏役員……もとい、相談部!」

 裏役員は俺一人。例年、成績優秀者によって発足されるらしい。

 総じて、相談部ということで、部活動をしていいらしいので、存分にやるか。部室の鍵ももらった。

 表向きには、なんでも相談に乗る、ということなのだが。

 ……アホな事にならなければいいが。

「……行ってみるか」

 問題児一号がまだ図書室に残っているとのことらしいので、図書室に向かう。

 夕暮れ。斜陽が図書館を紅に染めている。

 そんな中、とんがり帽子が見えた。

 ハロウィンでもないのに、とんがり帽子に黒いマントの恰好。制服のようなものを着用すること、という風紀自体は、下に着ているブレザーにチェックスカートで守られているのだが……魔女みたいだな。

 そんな彼女は、机の上で、寝こけていた。

 広げられているのは――ドリル? 小学生用のドリルだった。

「なんで、こんなものを……」

 小学三年生用のドリルを眺めていると、彼女がはっと目を覚まし、ドリルを奪って屈んで、全身で隠した。

「……み、見た?」

「う、うん。ごめん」

「……ほら、いいわよ。笑いなさいよ。小学校の問題すらできないなんて」

「え、できないの?」

「……うん」

 しょんぼりとしている彼女に苦笑しながら、対面の席に腰を降ろす。

「え?」

「馬鹿になんてしないよ。できるできないが人で違ってるのは、当然のことじゃないか。まぁ、さすがに驚きはしたけど。ごめんね」

「あ、いや……別に」

「理由、あるんだよね」

「……アタシのこと知ってる? ほら、裏口で……」

「入学したんだね。それで?」

「……アタシね、小学三年生の頃に……重い病気で学校に行けなくなってて。で、行けるようになって行ったんだけど……勉強とか、さっぱりわからなかったんだ。もちろん、そんなアタシを待ってくれる人はいなかった。……高校生になりたくて、お母さんにだだをこねたの。そしたら、ここに入れてくれたんだ。だから、勉強……頑張ろうって……」

 多分……この子は、勉強の仕方を知らないんだ。

 だから、泣いている。

 己の力が足りないという感情か。それとも、周囲と一緒じゃないことのプレッシャーか。あるいは、両方かもしれない。

「でも、わかんなくて……! 小学三年生から、アタシ、ちっとも成長してない……! このままは、嫌なの……! 裏口で後ろ指を指されるのくらいはかまわない。でも! ……お母さんに、成長したとこ、見せたいのよ……!」

「……そっか」

 ボロボロとなく彼女の隣に座る。

「え……?」

「俺が教えてあげるよ」

「……馬鹿に、しないの? 教師だって、馬鹿じゃないのかって鼻で笑ったのに……」

「馬鹿にしないよ。まぁ、普通は分からなかった時点で他に学ぶ方法を模索するんだけど……ちょっとプライドが高いか、頭が足りてないのか。いや、ごめん。でも、役に立てると思うよ」

「……アンタ、名前は?」

「工藤紫苑」

「あー! 知ってる! 成績トップの!」

「うん、まぁ、そんなとこ。じゃ、始めようか」

「う、うん。算数だけなの、わからないのって。他のって暗記だから……」

「算数も計算の仕方さえ覚えていればできると思うよ」

「が、頑張る!」

「よし。じゃあ、ここからだね」

 その後、日が暮れるまで彼女に勉強を教えた。



 彼女――片桐美空は割と優秀な生徒だった。

 教えたことはスポンジのように吸収する。だが、応用になるとてんでダメになる。

 彼女に有効だったのは、正解を示して、その過程を教えること。正解へのロジックが明らかになると、彼女は劇的にそれをモノにする。

 一週間で中学生の問題へ。そして、もう一週間かけて、高校生の問題を解けるようになった。

 そして、さらに一週間。

「あってる?」

「正解」

「やったー!」

 今やっているところまで、彼女は追いついてきた。なんとか、中間考査には間に合ったな。

 正直、彼女が賢いのだ。教えがいのあるヤツだった。そして、俺も様々な教え方を模索することができた。

 有意義な時間だったともいえる。

「これで問題ないと思うよ」

「うん、授業の意味もようやく分かったし!」

「後は、勉強を欠かさないこと」

「……」

「? どうしたの?」

「ねえ、何でここまでしてくれるの?」

「ん? 聞きたい?」

「聞きたい」

「そうだねぇ。まぁ、俺は相談部っていうのに所属しててさ。困ってる人を助ける部活なんだ」

「なにそれ。善行ばっかりなの?」

「その見返りに、勉強なしで推薦をもらえるんだ」

「お、おおお……。ちゃっかりしてるのね」

「まぁ勉強しても余裕だろうけど、一応ね。保険を重ねておいて悪いことはないから」

「……それ、アンタ一人?」

「そうだよ」

「アタシも……アタシも、その活動、やりたい!」

「え、なんでまた」

「勉強、一緒だと楽しかったんだ。部活入ってなかったけど、アンタみたいに胸を張れる活動、したいの!」

「……丁度良かったよ。相談が寄せられている生徒の残り二人が女子なんだ。俺一人じゃ気後れしちゃうから」

 俺はしないけれど、同じ女性がいるだけで相手もホッとするだろう。

「決まり! じゃ、相談部結成のお祝いでもしましょ! あ、カフェなんかどう? 美味しいとこしってるよ!」

「じゃあそこにしようか。割り勘だからね」

「もちろんよ。じゃ、行きましょ!」

 


 カフェ――ロワゾ・ブリュ。

 シックな外見に似合わず、リーズナブルな価格。

 チョコパフェを美味しそうに崩す彼女に苦笑しつつ、コーヒーを傾ける。

 ここは穴場だな。静かだし、落ち着ける。

 ダークブラウンの木製調度品が多いせいだろう。大人な空間だ。

「そういえば、その帽子は?」

「ああ、これ? イギリスに旅行に行ったときにね、魔法使いのおばあさんがくれたの。ちなみに、このマントは自前よ! 頑張って作ったんだから!」

 本場のモノだったとは。

「見せてくれないか?」

「どうぞ」

 ぽんと帽子を渡してくる。

 そうすることでわかる、彼女の小ささ。

「? 何?」

「いや、なんでも。じゃあ、失礼して」

 ……材質は、革だけれど……何の生地だ、これ。まぁいいや。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 すぽっと手渡した帽子を被る片桐さん。

 ……ついでに、俺の服装は、何の面白みもなく、白のシャツにブレザー、チェックズボン。制服をノーマルに着こなしている。

 ああ、いや。ネクタイはしていない。その代わり、ループタイをしている。

 こうやって制服を結構自由にできるのも、この学校の特色だった。

「アンタ、パフェ食べないの?」

「あ、ああ。注文してたね、そういえば」

 このままだとアイスが溶けてしまう。

 慌てて口に運ぶ。バニラアイスが半分融解していたものの、スポンジ生地にそれがしみていて食べやすい。

「うん、美味しいね」

「あ、ごめん。甘いの苦手だった?」

「いや、コーヒーを堪能してたからさ。忘れてただけ。美味しいね、ここのコーヒー」

「ごめん、コーヒー苦くて味わかんない」

「まぁ、味覚も人それぞれだから」

 実際、苦手な人にとっては、やたら香ばしいただの苦いお湯だろうし。

 慣れてくると、その苦みの奥にコクやら甘み、酸味や深みが分かって楽しいのだが。ちなみにここのは全体的に濃く、味はコクと苦みが強め。

 パフェは濃厚さもあるが、それはアイスに。ホイップクリームは、多分果実系の香り付けがされてあって飽きない味だった。酸味のあるベリーソースも美味しい。

「ねね、ベリーのパフェ、一口くれない?」

「どうぞ」

「ありがと! こっちのチョコも食べていいわよ!」

「ありがとう」

 苦笑しつつ、互いのパフェをつまみあう。

 うん、チョコもカカオが香っていていい感じだ。

「ここ、軽食も中々美味しいの。鴨肉のサンドイッチがおススメ」

「じゃあ、次に来たら食べてみるよ。いい店を教えてくれて、ありがとう。片桐さん」

「……美空でいいわ。紫苑って呼ぶから」

「……そう? じゃあ、ありがとう、美空」

「うん」

 しばらくパフェを突いていたが、美空は意を決したように顔を上げた。

「と、とと、友達、だよね? これで」

「美空さえよければ、だけどね」

「いい、いい! じゃ、今日から友達! ……」

 何故か、泣いている。

 見て見ぬふりをしつつ――いや、無理。瞼をこする彼女にハンカチを差し出す。

 女の子の泣き顔は、いつみても見慣れない。

「あ、ありがと。ごめん、なんか……友達って、できたことないから、嬉しくって……」

「美空は可愛いから、いっぱいいると思ってたよ」

「あ、アタシ、気にくわないことがあったら率直に何でも言ってた時期があって……今もだけど。で、その……」

「仲間はずれ、か」

「うん……」

「……いいんじゃない、一人で。俺も友達いないし」

「え!? 嘘!? うちのクラスでも、アンタの噂してるくらい人気者なのに!?」

「……んじゃ、友達にだけ。本当の俺を披露するね。……あー、しんどいわー。勉強も頑張って、進学のために先生の機嫌とったりして、こんな部活までやって。しんどいっつーの。友達? 俺のこういううわべだけを見てヘコヘコしてくる奴らの事? ははっ、やめてよそんな奴と同列にするの」

「……」

「これでどう?」

「アンタ、性格悪いわね」

「まぁな。ホントはこういう風にちゃんと口が悪い」

「うん、でもちゃんと見せてくれたじゃない。えへへ、友達よ! ずっと!」

「喧嘩したらどうするんだ?」

「その都度、仲直りすればいいじゃない!」

 ……何というか。

 片桐美空は、よくしょげて、よく笑って……一本芯が通ってて、男気があって。

 そして、真面目だ。

 流せばいいだけの周りの評価にも立ち向かう。何か気に入らないことがあればすぐにかみつく。

 そんな、逃げてばかりの俺とは正反対の、素敵な人だった。

「うん、よろしくな、美空」

「こっちこそ、紫苑!」

 ハイタッチを要求してくる美空に、思いっきり手を叩く。

 ――バッチーン!

「いっ!? ったあああああ!? 強すぎるのよ、アンタ!」

「あ、ごめん」

 早速、この後喧嘩してしまったが。

 こうして、記念すべき友達と相談部の部員を確保できた。

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