第108話 種族会議《後編》


「次は生活で不足している事についてだな」


 そう言ったアイアスの手元にはエルフ族の中から集めた現在の生活環境に関する意見を纏めた紙の束があった。他の各種族の代表者達の手元にも同じような物が握られていた。


「まずエルフ族から言わせてもらうか、まぁ…他も似たようなものだとは思うが『もっと働かせてほしい』って他は何もないな」


 どこか困ったように笑みを浮かべながら話したアイアスは紙束を机に放った。

 その話を聞いたミースも似たような笑みを浮かべて紙束を机の上に置いた。


「こっちも似たようなものですね。前までの逃亡生活も考えれば、安心して寝られる場所だけでもよかった。なのに衣・食・住のすべてに困る事がない、まさに楽園のようですからね。生活には不満は出ませんよ」


「私達も同じくです」


 そう言ったのは今まで黙っていた種族の1つ『木人族』の代表の女性『カペル』も頷いていた。

 彼女は木人と名前から連想できるように肌は木の樹皮のようになっていて、髪は葉で出来ている。そのため人間達からは『木の化物』などと呼ばれて恐れられ嫌われてきたが、最近になって彼女達の皮膚や髪に強い薬効がある事が判明。

 それにより狩りのように殺されてしまう事が増えて数を減らし、彰吾へと保護を求めてきたと言う事情があった。


 だからこそ彼女達は文字通りの命の恩人である彰吾に対して感謝…いや、それ以上の信仰に近いほどの感情を向けていた。なので今の状況に不満など出てくるはずもなかった。


「まぁ…お前達はそうだろうな」


 そんな木人達の状態を知っているだけにアイアスを始め、他の種族達は呆れたような曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 続くように話した他の種族達も概ね不平不満は出なかった。

 唯一出たのは『仕事が欲しい』と言う共通の事柄1つだけだった。


「魔王陛下のお気遣いはありがたいが、やはり何もせずにお世話になり続けるのはな…」


『少しなら仕事も用意してくれるのですけど、基本的には全部1人で終わらせちゃうからね…』


「そこなんだよ……」


 アイアスとエイシャの2人は小さく溜息を漏らした。

 そして他のミースなどを含めた者達も反応は同じだった。なにせ全種族に対して彰吾は、その種族特性を生かした仕事を1つは与えていた。


 例えば木人とエルフには植物の栽培と調薬、小人はドワーフと協力しての革製品の作成。と言ったように、元々から得意な事を生かしての何かの生産などを主に任せていた。

 これは人数も少ないので大規模な事を任せるのは無茶だと思い、それぞれの特性を生かして自分の手が回っていない事を任せようとしたのだ。


 他の、特に兵力は人形兵だけで事足りる。

 城の状態維持や自身の世話も執事型やメイド型の人形達で問題はないし、移動手段も動物型の人形で足りている。偵察は最近造った虫型人形が担っているので、今では人間の街中すら見る事が可能になっていた。

 そんな状況で他に任せる仕事など思い浮かばず、特に現段階では困ってもいないので何かをするつもりがなかったのだ。


「アイアス、魔王陛下に直接話を持っていけるのはお前だけだ。なのでこの意見を伝えて来てはくれないか?」


「…俺も別に気軽に相談できるような間柄ではないんだが、さすがに変に不満が溜まる前に話はしてみるか…」


 別段、彰吾と仲がいいわけでもないと言うのに頼まれてしまう現状にアイアスはめんどうそうにしていた。だが他の者達よりも気軽に接する事が出来るのは間違いではないので、引き受ける事にした。


「頼むぞ」


「頼みますね!」


『私からもよろしくお願いします』


 それに対してエイシャやミースにガイダロスの3人は念を押すように頼み込む。

 が、カペルだけがどこかズレた発言をする。


「私が変わってもい…」


「「『それだけはダメ』」」


 もっとも言い切る前にエイシャ達3人に息の合った言葉で遮られ拒否される。

 その3人の息の合いようにアイアスは薄っすらと笑みを浮かべる。


(まだ全種族が仲良くなれているわけではないけど、これだけの種族が同じ机を囲って話し合いをできている…やはり魔王様が収めているからこそだな…)


 本来ならいがみ合ってはいないが協力し合う事はなく、むしろ関わる事を避けてきた他種族同士がに荒野化に話合う光景。それだけ異質で奇跡とも言える物が現実として起こっている事にアイアスは感動すら覚えていた。


「さて、ひとまず真面目な話はここまでにしよう。最近起こった良い事の報告でもしよう!」


 そう言ったアイアスに今まであった少し真面目な雰囲気は消し飛び、全員が明るい表情を浮かべて楽しそうに近況報告が始まった。全員が安全な場所に来たからこそできた事、それこそ新たに生まれた赤子の話など幾つもの幸福の話で皆は笑顔になっていた。

 そこには数か月前には命の危機で憔悴しきっていた者達だったとは信じられないほど、明るく幸福に満ち溢れた光景があった。


 これこそが彰吾が保護した事で生まれた光景だった。

 もっとも本人は、そんな光景すら見る事はなく自分の興味のある事のみに没頭しているのだから何とも締まらない事だった。

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