人間の希望


 そして神々の思惑が錯綜している中で人間達にも動きがあった。

 世界中の人間国家、その中でも強大な勢力を持つ国の王達が集まっての会議が教会本部で開催されていた。


 少し前に教会の要人達が会議していた部屋…ではない。

 別の巨大な部屋は会議室と言うよりも闘技場のような円形の無数の席があって、そこに各国の王が護衛を1人連れて座っていた。席の半数以上が埋まっていて、その中心に置かれた証言台のような場所に立っていたのは教皇の『ドルトス・ヒスラー』が代表するように立っていた。


「今回は皆様にお集まりいただき嬉しく思います。長々と前置きをするのは貴重な時間の無駄なので、さっそく本題ですが…神託にあった『魔の災い』の正体と思しきものが判明しました」


「それは本当か!?」


 ドルトス教皇の言葉に王達は誰もが驚いていたが、特に驚いていたのは神託を受けて強く備えるための行動をしていた国の1つ【ゾーイル王国】の『国王:パルワ・ゾーイル』は席を倒しそうな勢いで立ち上がって叫ぶ。

 その行動には近い位置にいた者達は不快そうに眼を細めるが、大半の者は叫びたい気持ちが理化できるのと、そんなことにかまっている場合にではなかったのでドルトス教皇の答えを全員が待っていた。


 周囲からの注目を受けながら小さく息を吐いたドルトス教皇はゆっくりと口を開いた。


「嘘偽りなく本当の事です。数日前、森の調査の為に赴いた聖騎士の中隊が遭遇…中隊長を始め小隊長など8名ほどの精鋭でしたが、歯も経たず戦意を砕かれ帰還。その問い戦った言当てが【魔王】と名乗ったそうです…」


「魔王だと!?」


 対して広まってはいないはずの魔王と言う単語に反応したのはバールスト帝国のオルスタード・バールスト皇帝だった。

 ドワーフの街との交渉の失敗を受けての侵略などを企んだオルスタード皇帝だったが、その計画は彰吾によって一方的に蹂躙されて終わった。


 しかしオルスタード皇帝は何故そんな事になったのか?と言う事に強く疑問を持ち、秘密裏に大量の情報屋を資材を投じて大量に雇用してできうる限りの情報を集めた。

 その中に当時の事を詳細に語る情報があってよく覚えていたのだ。


 急に現れた『魔王を名乗るやからの存在』しかも『亜人の保護』を大々的に宣言している以上は、どう頑張っても敵対に近い状況になる事は理解していた。それでも最悪の場合は話し合いの場を設ける必要が思っていた矢先の【魔王が人類の敵】ともとれる発言に動揺せずにはいられなかったのだ。


「すでに魔王の存在を知っている方が居るとは驚きました」


「呼び名だけだ…しかも本人が名乗ったのだ…」


 褒められても何処か気落ちしているようでオルスタード皇帝の表情は暗かった。

 それだけで何かがあったことは間違いないと周囲は理解し、親しい国の王たちは少し気になっているようすだった。

 だが反対にドルトス教皇は明るい笑顔を浮かべて見せた。


「よほどの経験だったのでしょう。ですが脅威だけを考える必要はないのです!」


「「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」


 急に力強く発言するドルトス教皇の言葉に王達は驚き、一斉に意識が引き寄せられるように彼だけを見るようになっていた。もちろん中には抗い興味深そうに笑みを浮かべる王や、傍にいた護衛によって意識を引き戻された者も居た。

 だが例外の者など気にすることなくドルトス教皇は自信に満ちた表情で話を続けた。


「脅威の判明と時を同じくして、…それに繋がる手がかりを見つけました」


「「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」


 今度は別の意味で王達は驚愕の表情を浮かべてドルトス教皇の顔を凝視する。

 そこには嘘などをついているようにはとても見えず、しかし大半の王達は脅威となる『魔王』の力もわかっていないのに希望など必要なのかを疑っている段階だ。

 とは言え、脅威への対抗手段があるかもしれないという言葉は十分に魅力的だった。


「希望とは一体何なんだ!?」


「どこで見つけた!」


「落ち着いてください。見つけたのは古代の遺跡の最奥、そこに今までは感知できなかった神の波動を感じ調査したのです。結果として、以前までは存在しなかった魔方陣が出現して一つの文言が書かれていました」


 そこでドルトス教皇が区切ると王達の前に一つの文章が書かれた紙が置かれた。


『我が愛しい子らよ。汝らに希望の種を残す、猛火の月を超え、赤黄せきおうの月の満月の夜に光と共に現れる』


 少し面倒な言い回しだが、王達ほどの教養があれば例外を除いて一文だけでも言いたいことを理解した。

 そして理解したからこそ喜ぶ者と深く考える者に分かれた。しかし根底にあるのは『これで憂いはなくなった』と言う安堵の気持ちだった。


「皆様もこれで一安心できたとは思いますが、先ほども言った脅威たる魔王が希望の出現まで行動しないなんて保証はないのです。だから決して油断なさることなく脅威に備えるように願います…」


 ドルトス教皇はどこまでも上からではなく下から、まるで敬うかのような口調で王達に接した。だが、彼が本当の意味で敬意を払うのは神に対してのみだった。

 だからは教えなかったのだ。


 彼は人間を思考の存在だと信じていた。

 だが同時に人間の愚かさも誰よりも理解していた。


 ゆえに必要以上に欲望を刺激するような事を伝えるようなことはしなかった。

 それが本当に人類の為と成るのかは……近い未来に全ての国を巻き込んで判明する事になる。

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