第95話 百獣ノ王《後編》
『
鳶を模った光の翼がハルファの両腕に刀のように変形して覆う、その翼刀で彰吾に斬りかかる。
「そんなのも出せるのか!」
驚き叫ぶように言いながら彰吾は嬉々として魔力でコーティングした手で捌き続けた。ただ獣の体を再現するだけではなく、発展または変形、あるいは解釈を変えて技として使用する。
そんな自分にもない考えを基に生み出されたであろう技に彰吾の好奇心は刺激され続けていた。
「なら俺もお返しだ!」『
楽しませてくれているお礼だと彰吾は手に魔力を渦を巻くほど強く集め、一瞬の隙を利用して腹に叩き込む。同時に集まっていた魔力が炸裂してハルファは後方へと吹き飛ばされる。
だが攻撃はそれだけではなかった。
「カハッ!?な、にが…」
自意識を封じて発動していた『百獣ノ王』が強制的に解除されかけて、一瞬だがハルファの意識が戻りかけたのだ。
原因は今さっき彰吾が放った『透心・衝』だ。効果は単純で魔力の渦を使用しての掌底の威力の強化、そして『魔力を通しての精神への衝撃の伝達』であった。
これは魔物の居るファンタジーの世界を想像した時に彰吾が考えた一番の懸念『物理攻撃と魔法攻撃に耐性を持つような相手がいたらどうしよう?』と言う事だった。
魔王と成った事で身体能力に魔力は共に化物級にはなったが、どちらもまともに効かないような相手がいた時に無力になっては意味がない。しかも魔法など使った事のない物は突然使えなくなるような可能性も高かった。
ゆえに彰吾が考えたのが『ただの魔力だけでの精神への攻撃手段の確立』と言う事だ。その答えの一つが『透心・衝』という事だ。
未完成ではあるが閉じた精神を揺さぶって呼び覚ます程度の効果は既に持っていた。
「やっぱり威力がまだ弱いなぁ~要改良だな!」
「……」
「もう、元に戻ったか」
すでにハルファが元の無感情状態に戻っていた。
だが一度でも変化させられかけたことに彰吾の事を警戒しているようで低い態勢で、じりじりと距離を取るだけで攻撃を仕掛けようとはしなかった。
「なら、次は俺から行こう!」
待つのが性に合わなかったのか彰吾は自分から仕掛ける事にして跳び出した。
魔力を手に纏わせ刃のように形状を変化させて手刀で斬りかかる。
『猛牛:豪突』
逃げられないことを本能的に感じ取ったのかハルファがは防御も逃走でもなく、迎撃だった。巨大で筋骨隆々の牛を纏って地面を抉る勢いで突進したのだ。
「さすがに正面からは危ないかな?っと」
その勢いを前に彰吾は正面から受け止める事もできただろうが、万が一が無いとも限らないので正面から受ける事はしなかった。
わずかに魔力の刃が牛の角と接触した瞬間に大きく上に跳んで、空中で何度も回転しながらハルファの上を越える。
「少し硬かったな」
綺麗に着地を決めた彰吾は魔力の刃が少し欠けているのを見て反省するように言い、手を払って魔力の刃を解く。同時に後ろでハルファが背中から血を噴き出して崩れ落ちていた。
「くそ…が…」
「やぁ~意識が戻ったみたいだね!」
血を流しながら悔しそうに拳を握るハルファの前に覗き込むようにして彰吾は話しかける。最初に比べれば彰吾も土煙で汚れてはいるが、傷1つなくどちらの勝ちかなど一目瞭然だった。
どこかバカにしたような笑みを浮かべている彰吾に対して苛立ちを覚えるハルファだが、こうまで完璧に負けては文句のつけようもなかった。
「最後の技はよかったけど、やっぱり意識を失わないと使えないのはリスクが高すぎるね」
「うるせぇ…」
負けを認めてはいても彰吾の態度が苛立つのは間違いないし、そのせいでハルファはいいアドバイスだとしても素直に聞くつもりにはなれなかった。
話を聞くよりも傷の治療を優先したいというのも理由ではあった。
「決闘に勝ったわけだし色々と話したいことはあるけど、まずは回復が優先か…言っても聞かないだろうけど…眠りな」
『安らぎの微睡を』
『スリープ』
「な、に…を…」
睡眠魔法を使用すると疲弊していたため抵抗する事もできずハルファは静かに眠りについた。起きていても無理に動いたりして傷を悪化させてしまう可能性が高いと考えた彰吾が無理やり眠らせる事にしたのだ。
眠っていてもハルファは無意識で身体強化を行っているようで、回復力も常人の数倍になるため数時間も眠れば全快しそうなほどだ。
「ふぅ……今回はちょっと楽しかったな」
静かになった戦いの跡の中で地面に腰を下ろして彰吾はしみじみと言う。
横で眠るハルファの息遣いは穏やかで、それを見て彰吾はどこか安心したような優し気に微笑みを浮かべると、同時に周囲に魔力を張り巡らせて簡易的な気温や風の調整をする結界を張る。
更にはポケットからどう見ても入るとは思えないサイズの枕を取り出して横になる。
「少し休むか~」
今回の件で傷は付かなかったが魔力を短時間で結構消費して疲れていた彰悟もハルファが目覚めるまで横になって休むことにするのだった。
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