第94話 百獣ノ王《前編》
「くっ」
彰吾の強烈な蹴りを食らったハルファは両腕で受け止める。
だが、すでに内臓に多大なダメージを負って満足に回復できていない体では完全に受け止める事はできなかった。
戦闘が再開して30分が更に経過しているが戦闘は変わらず彰吾優勢に進んでいた。
その優勢なはずの彰吾の表情には疑問が満ちていた。
(今のでも倒れない…もうすでに気絶してもおかしくないんだけどなぁ)
戦闘が再開してからの攻撃で通常なら致命傷になるような攻撃も彰吾は放っていた。実際に人体的に急所と判断されるような場所にも幾つかは直撃していたが、立つのがやっとと言うようなありさまになりながらもハルファは戦う事が出来る程度の状態を維持していた。
普通なら地面に横たわって治療を受けないとおかしいのだ。
今のように攻撃を受けて苦しそうにしながらも反撃の隙をうかがう、なんて事は本来なら出来ない。
「お前は何故まだ立ていられるんだ?」
「はっ…自分で考えてみろ」
素直に聞いたとしてもハルファはこんな感じに答えることなく、挑発してくるだけだ。
そして隠している種は簡単だったりする。闘気と魔力操作の1つ『身体能力の強化』の応用法で強化する対象を限定するのだ。
例えば腕力なら通常の強化で一般的な女性が成人男性2人分の力を得るが、それを腕力だけに強化を集中する事で5~8人分の力へと変化する。
今回のハルファがやっているのも同じ事で自己治癒力のみを強化して受けたダメージを瞬時に回復し続けている。だが彰吾が与えるダメージが膨大すぎて完全に回復する前に、回復した分と同程度のダメージを受け続けているため万全の状態に戻る事が出来なかった。
さらにもう一つの差し迫った問題が1つあった。
それは魔力と闘気の消費が膨大すぎる事だった。
「はぁ…はぁ…」
息も切れ始め回復すら追いつかなくなっている。かろうじてしのげているのは回復している事と、彰吾には殺す気が欠片も存在しないからに他ならない。
殺すつもりなら頭を吹き飛ばす事も、心臓を抉る事もできた。
でも、やらなかった。
(こんなのは時間稼ぎにしかならないっ)
手を抜かれている事も理解している上で攻めに転じる事が出来ない現状にハルファは苛立ちを覚え、そしてできる事なら使うことなく終わらせたかった切り札を切る決断をする。
「これを使わせたのはお前の責任だからな?」
「ん?まだ何かできるならやれ、すべてを出し切った上で叩き潰してやる」
「ふっ…なら遠慮なく」
小さく笑ってハルファは胸元から綺麗な琥珀の首飾りを取り出して自身の血を垂らした。その血は染みこむように消える。
『宣言しよう。我は王、獣の王』
『百獣を統べる気高く、狂える力の王』
『すべての獣は我の力』
【百獣ノ王】
言葉を紡ぐごとにわずかに放たれていた光は最後には完全に消え、ペンダントの琥珀がいつの間にか生き物の目のようなってハルファの額に第三の目のように装着された。
代わりに、元々の両目が閉じられていた。
「それが奥の手か?」
「そ、うだ…」
「…おい、まさか自我が飛ぶような技を使ったんじゃないだろうな?」
「フッ、お前には関係の、ない…事だ」
どこか辛そうに声を出すハルファは最後に満足げな笑みを浮かべると表情が抜け落ちた。完全に感情をなくしたような状態のハルファを見て彰吾は詰まらなそうにため息を漏らす。
「はぁ……一先ず様子だけは見てみるか」
『
様子見を決めて脱力した瞬間を狙って、いつの間にか接近していたハルファはやせ細った狼を纏って噛み付こうとする。
わずかに掠りながら彰吾が躱すとハルファは口元にわずかについた血を舐める。
瞬間、衰えていた闘気の勢いがわずかに回復した。
「なるほど、今のはそう言う業か」
『毒蛇:双牙毒』
「無視かっ」
感想を言う彰吾に対してハルファは一切の躊躇なく次の技を放つ。
両手に紫の不気味な光の蛇を纏って放たれた貫手は触れる事すら不味いのを初見でも理解させられて、魔力を服に流して能力を発動と共に強度を上げて彰吾は完璧に防ぐ。
だが受け止めて流した瞬間だった。
『双頭蛇:
腕が本物の蛇のように受け止めた腕に巻き付き圧し折ろうと締め付ける。
「ふん‼」
もっとも折られないように腕に力を入れて順次に振り払う。だが、一瞬の生まれた隙に手先に残っていた毒蛇の牙が彰吾の頬にわずかに触れてしまった。
そこから皮膚がわずかに紫に変色し始めていた。
「ちっ!」
舌打ちをしながら毒に侵された箇所に膨大な魔力を流し込み毒を一瞬で中和した彰吾は、至近距離にいるハルファとの距離を開けるために蹴りを放った。
『金剛猿:剛力獣拳』
放たれた彰吾の蹴りに大してハルファは巨大なゴリラを纏って全力で殴りつけて応戦した。拳と蹴りが衝突すると2人を中心に地面が破裂してパン!と空気が破裂した音が周囲に響いた。
2人の髪をなびかせる衝撃波だが彰吾とハルファは、どちらも怯む事すらなく拳と足を打ち合わせて停止する。
「はははっ!」
思わずといった様子で彰吾の口からは笑いが漏れた。
相手に自我が無い状態での戦闘は少し退屈ではあったが、そんなの関係ないと思えてしまうほどに強い今のハルファに歓喜していた。
これで手加減をほとんどしなくても戦える!たったそれだけの事が嬉しくてたまらなかったのだ。
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