第92話獣王 対 魔王《優勢・獣王》
彰吾が上手く手加減して相手を倒そうなどと考えている間にも、ハルファは殺意を全力で込めた攻撃を次々と繰り出し続ける。拳や足には素人にもわかるほどの闘気が込められ、わずかに掠る程度でも髪がちぎれて皮膚も切れる。
もっとも彰吾の回復力だと掠り傷は瞬時に回復してしまうのでダメージは特には残ってはいなかった。
それでも『傷を付けた』と言う、たった一つの事実がハルファにとってはとてつもなく大切な意味を持っていた。
「はっはっはっ!!どうした⁉さっきまでの余裕の態度はどうしたんだよ!」
先ほどまでの鬱憤を晴らすかの如くハルファは高笑いを上げて、見下したような発言をしながら彰吾へと攻撃を続けていた。
実際には手加減されている事を本能的に理解はしていた。だが、それを入れた上でも傷を付けた事実は変わらず。そして何よりも『手加減なんていう舐めたことを続けているからお前はしなくてもいい、苦戦を強いられているのだ!』と見せつけたかったのだ。
そうすれば彰吾も本気を出すしかなくなる。とハルファは考えて猛攻を続けるのだが、そこには本人も気が付いていない一つの変化が起こっていた。
実際に攻撃を受けている彰吾ですら戦いが始まって20分近く経過した今だからこそ気が付いた。
(こいつ……テンションで実力が上下するタイプだな。しかも現在進行形で技の精度と切れがバカみたいに上がってきてる)
攻撃を付けてきた装備の1つ『手袋』に魔力を通す事で受け流し、あるいは躱しながら観察し続けた彰吾が結果として出したハルファへの評価は『バトル漫画の主人公体質』と言ったところだった。
戦いが大好きで、強敵との戦いこそが生きがいで、苦戦を強いられても折れず、むしろテンションを上げて戦いの中で成長すらして見せる。
そんなバカげているが実在したらめんどくさいタイプが眼の前のハルファだと彰吾は確信した。
なにせ考えている間にも拳や蹴りの鋭さが2~3割ほどだが上昇している。
闘気のコントロールも上手くなり、攻撃の瞬間にだけ最大出力を出すように変わっていた。
「オラオラオラ‼」
「はぁ……」
見た目はとてつもない美女なのに目の前で男顔負けで獰猛な表情と声を出されると、色恋に興味はないとは言っても少し残念な気分にはなってしまう彰吾だった。
しかし関係ない事に思考を裂いている余裕も今はなかった。
「いまっ!」『猛虎・爪殺ぎ《つめそぎ》』
ほんの少しの彰吾に生まれた隙を逃さずハルファは今まで見せていなかった技を乗せた蹴りを放つ。
その蹴りに乗っていた闘気は巨大な猛獣の手のようになり先には並の剣など軽く凌駕しそうな爪が4本。一瞬とは言え反応が遅れた彰吾は直撃こそ避けたが、頬に10㎝ほどのしっかりとした深めの傷を受けた。
「ちっ!今のタイミングでもよけるかよ」
今ので決められる!と言うほどハルファもうぬぼれてはいなかったが、それでも戦況に影響の出る程度の怪我は負わせるつもりだった。それだけに悔しそうにしていたのだ。
そして傷を受けたほうの彰吾は自身の頬の傷を触っていた。
「いっ……はぁ~まじか」
完全に油断していた。
言ってしまえばその程度の事でしかないが、だからこそ自分の認識の甘さを修正する。なにせ、今回はただの傷だからよかったかもしれない。
でも、もし毒のある武器で今のように攻撃を受けてしまったら?簡単には避けられないような高威力の範囲攻撃を撃たれたら?そう言った危険性があった。
なんてことを今になって認識したのだ。
「しかたない、本当にめんどうだけど…これ以上痛いのは嫌だしなぁ…はぁ」
「なんだ?ついに本気でやり合うつもりになったかよ?」
「あぁ…不本意だけどね。俺も別に死にたくはないし、それにちょうどいい機会でもあるからね」
「ちょうどいい?」
その彰吾の物言いになんだか言い表せない不快感を感じてハルファの表情は険しくなる。対して彰吾は別に気にした様子もなく傷が塞がったのを確認して、軽く体を解していた。
傍から見れば今こそが一番隙だらけに見える彰吾にハルファは攻撃できなかった。しないのではなく、できなかったのだ。
ただ体操しているようにも見えるのに彰吾には一部の隙も無かった。
「ちょうどいいっていう意味はな。自分の本気を測るのにっていう意味なんだよ」
「は?」
「だから…できるだけ長く、足掻いてくれよ?」
もはや挑発ですらない。
淡々と事実を話すように彰吾は言い、どこか相手を心配しているかのようにすら感じた。
「っ上等!!」
そんなこれまでにないほどに下に見られている現状にハルファは我慢などできるはずもなく。今まで以上に全身へと闘気を高速で巡らせていく。
「てめぇこそ簡単に壊れんじゃねぇぞ!クソ魔王!!」
どこまでも口汚く、でも戦意は何処までも純粋に『彰吾を倒す』そんなたった一つの目的のためにハルファは今日一番の全力を注ぐのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます