第82話 敗北の聖騎士


 そして気絶されたまま放置されていたリューナ達は彰吾が去ってから30分後、人形兵も完全に撤退しているため妨害を受けることなく到着した救援部隊によって保護された。


 待機していた中隊の半数近くの大人数でやってきた彼らはボロボロの姿で地面に倒れるリューナ達を見て、最初は死んでしまったのか⁉と大慌てしていたが息があるのを確認すると一安心。

 しかし森の中ではいつ襲われるか分からないので、その場で最低限の治療をして大慌てで街へと戻って行った。


 その姿を魔物に殺されることのないように見守っていた虫型人形は見届けると、元々の役目でもある人間の動向監視へと戻るのだった。



 そして街に戻ってからリューナ達は丸1日に渡って気絶したままだった。

 外傷は治癒魔法や魔法薬などで感知していたのだが、全員が魔力を9割以上を使い切っていたうえに過剰に味わったストレスによって精神的疲労が限界に達していた。

 ゆえに起きることなく眠るように気絶し続けたのだ。


 もっと本当に大変だったのは眼を覚ましてからだった。

 なにせ各小隊の隊長に加えて中隊長までもが意識を失ってしまっていたのだ。しかも帰ってきた隊長達は全員が『』と言うおまけつきだ。

 その事実に気が付いた隊員達は探し損ねたのか⁉と慌てて半数を森の中の探索に向けていたのだ。


「うっ…ここは…」


 翌日の昼過ぎ、ゆっくりと意識を取り戻したリューナは寝ていて固まってしまった体を動かし周囲を確認する。そこは会議の時にも借りた街一番の教会内にある治療室だった。

 薬品の匂いがわずかに漂う部屋の中、白い天井を見上げてリューナは現実逃避する。


(勝てない…アレには誰であろうと勝てるはずがない。なにより、武器も奪われてしまった…)


 正面で言葉を交わし、なまじ実力があるからこそリューナは実感していた。

 魔王と名乗った男の存在の気配は尋常ではなく、心の弱い人間などは接触しただけで死に至る可能性すらあった。

 更には教会から下賜された聖武具を持っていかれてしまった。


 あれは隊長格や実力を認められた強者だけが持つことを許される特別な物だった。世界的に女神さまの声が聞こえなくなったことで、聖武具が増える事もなくなり余計に慎重にならざるを得なくなっていた。

 そんな事実もあってリューナは憂鬱な気分もあってベットから負い上がる事もできず横になり続けた。


「起きたかよ…」


 横のベットから声を掛けられると全身に包帯を巻いたヴィスラが上半身を起こして沈んだ表情を浮かべていた。


「っ!無事だったのね!」


 ヴィスラの表情は不愛想にも見えるが、そんなことは関係なくリューナが最後に見たヴィスラの姿は盛大に投げ飛ばされて地面に這いつくばるところだった。

 それだけに元気とは言えなくても生きている事を純粋に喜んでいた。


「無事だよ。アイツには最初から殺す気が欠片もなかったからなっ」


 悔しそうに枕を殴りつけて破裂させてしまう。

 それでも息を荒くしながら怒りが収まらない様子のヴィスラだったが、急に顔を顰めて横になる。


「うぅ……いてぇ」


「バカでしょ、そんな怪我をした状態で興奮するからよ。他のみんなはどうしてるか知っている?」


「あぁ?他の奴等なら、俺達よりも軽傷だったみたいで少しまえに完治したからな。今は外で中隊の奴等に指示出しをしているってよ」


「そう…なら一先ずは安心ね」


 一緒にいた小隊長達は優秀だった。

 戦闘力はリューナとヴィスラには劣るが統率力と言う点では2人と同等か、それ以上だと判断されて小隊長と言う立場を任されていた。

 そんな彼らが今は指揮を執っていると聞いてリューナは安心したのだ。


「なら、問題は私達の今後の立場だけね…」


 もう部隊が崩壊する心配がなくなったことで押し寄せてくる問題は『聖武具損失による責任』それをどのように取る事になるかという事だった。

 紛失したことを教会本部に報告してから上の判断を仰ぐ必要があるので、今すぐに処断されるわけではないが最悪の場合は聖騎士を除籍される可能性すらあった。


 そう深刻に考えているリューナを横目に見たヴィスラはどこか呆れを含ませた声音で話す。


「処分されることはねぇよ。教会本部からの伝言だ『人類の脅威の発見ご苦労。しばし休んだのち帰還、次の戦闘に備えよ』だってよ」


「っ!?まさか…教会はあの化物と戦うつもりなの⁉」


「それは知らねぇ~けど、備えるってことはなんかあるんだろ」


 さすがにヴィスラも伝言を受け取っただけで上層部の考えなどは知らないので、明確に答える事はできないが『次の戦闘に備える』と言う文言が入るのだから何かあるのだと確信していた。

 そして魔王である彰吾と直接対面したからこそ脅威を正確に実感しているリューナは、人類ではどうやっても勝てないと考えていて顔を青染めて震えていた。


「あれは人間が勝てるような存在ではないわ。もし可能性があれば団長クラスの強者だけだろうけど…そんな者達が確実に協力してくれるとは限らない」


 危険の多い世界だからこそ強者は尊敬されて尊重される。

 リューナも女性でも中隊長と言う地位になれたのは相応の実力があったからだ。


 それでも組織に属している以上は上の命令に従う必要があるが、例外とも言えるのが聖騎士団の団長クラスの世界有数の強者たちだった。

 彼等は強すぎるのだ。なにせ1人で国を傾ける、あるいは滅ぼすことが可能な文字通りの化物級の力を持った者達なのだ。


 ゆえに彼等をルールで縛ることなどできず。

 もし頼んで拒否されても文句を言う事もできず頷くしかないのだ。


「そこをどうにかすんのが居上の役目だろ。俺達は今は休むしかできねぇんだしな」


「そうね…確かに…それしか…」


 弱弱しく頷き声をしぼめていきリューナは現実逃避するように眠りについた。

 対してヴィスラは苛立ちの表情を浮かべながらも口元はどこか嬉しそうに笑っていた。


(次こそは真っ二つに切り裂いてやる!楽しみにしてるよぉ~魔王‼)


 次に戦う時を想像してやる気を滾らせ続けるのだった。

 ちなみに負けてもリューナ達への部下からの信頼は無くなる事はなかった。

 戦闘の痕跡を見たもの全員が得体の知れない化物と戦い、見事に撃退したのだ!と思ったためだ。そのせいで必要以上に評価が上がってしまい、正式に部隊長に主任したヴィスラは個人の特区の時間が少し減ってしまう事になり苛立つことが増えるのだった。

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