第57話 妖精の花蜜


「うぅ…」


『くぅ…』


「『きもちわるい…』」


 翌日の朝日が昇る数時間前、逃げる予定もあって気合で起きた彰吾とエイシャの2人は顔色は悪く今にも吐きそうな様子だった。

 この世界に来てからは時たま彰吾も酒を飲んではいたのだが、やはり地球では飲むことのできない高校生だったこともあって慣れていなかった。


 更に機能呑んだ果実酒はドワーフとエルフが協力して作った促成の物で、アルコールの度数を確認せずに持ってきたのだ。と言うのも、ルーグ老が『妖精族は果実などが好きなので、それを使ったものなどは珍しがられていいと思われます』と言っていたので適当に持ってきたのだ。

 そして想定以上にアルコール度数が高くて2人そろって二日酔いになっていたという事だ。


『魔王って毒に強いんじゃなかったんですかぁ?』


「毒って認識できないと意味ないんだよぉ…」


「『うえぇ―――』」


 もうまともに動けるのかも怪しい状態になりながら彰吾とエイシャはゆっくりと歩いて、近くの水場に行ってうがいをして近くの樹に腰を下ろす。


「あぁ――きっつ…回復魔法でも覚えようかな~」


『回復魔法ですか、もし覚えられたら今度呑むときは私にも使ってくださいよ』


「もちろんだ…とにかく、今はすぐに動けるようになるように休もう…」


 そう言った彰吾は体を樹に預けるように力を抜いて、まだ星の見える空を見上げる。少し遅れて顔も洗ったエイシャは屋敷から小さな瓶を抱えて戻ってきた。


『こちらをどうぞ』


「それなんだ?」


 急に戻ったと思ったら何かを抱えるようにして戻ってきたエイシャを見て何を持ってきたのかと彰吾は興味を示す。

 聞かれたエイシャはどこか誇らしそうに小さく笑みを浮かべる。


『私達の村で作っていた【妖精の花蜜】と言う物です。多少の病気や毒なんかを回復できるので、今の状態にも聞くと思います』


「お、ならちょっと貰おうかな」


『はい、遠慮なくどうぞ』


 瓶の蓋を開けた中には琥珀に輝く液体がなみなみと入っていて、それを彰吾は貰った小さなスプーンですくって一口。


「んっ⁉これ美味しいな‼」


『そうですよね!ただ美味しすぎて、村の妖精たちが盗み食いするので補完するのが大変なんですよね…』


「ははは!あいつら異様に甘い物好きだからな」


 楽しそうに笑いながら彰吾は数時間前、エイシャと酒盛りを始める少し前の事を思い出す。もう安心できる相手だと思った妖精達は一斉に彰吾に群がり口々に『飴玉ちょうだい‼』と言ってきたのだ。

 原因はティーが2人が話している間に他の妖精達に自慢していたのだ『もう本当に食べたら果物の味が口いっぱいに広がって、その上でお菓子の甘さも最高なんだから!』と全力で自慢しながら下に見るように笑ってみせたのだ。


 その話を聞いた妖精達が悔しさもあったが、なによりも未知の甘味の誘惑に抗えずに全力で群がってしまったのだ。すぐにエイシャが引きはがして下がらせ、予備で持ってい飴玉を彰吾が配る事で騒動はひと段落した。


 そんな場面を思い出して今食べた花蜜の味からして妖精達がどんな反応をするかを考え、容易に想像できてしまい彰吾は更に笑みを深める。


「ま、まぁそれはともかく、本当によく効くな。もう気持ち悪さが抜けた…と言うか疲労もかなり解消されたな」


『ちゃんと効果あったみたいでよかったです』


「エイシャは舐めなくて平気なのか?」


『私は既に家でひと舐めしてますから』 


 そう言ったエイシャは先ほどまでの青染めた顔とは打って変わって血色も良く、とても健康的で元気な様子だった。自分の顔も確認しようと水場に行くと彰吾の顔も血色が戻った綺麗な色をしていた。

 ここまで効果があるとは思っていなかったのか確認した彰悟は驚いていた。


「これは確かにすごいな…道理で人間に執拗に狙われるわけだよ」


『そうですね…まだ花蜜だけが目的ならやりようはあったのですけれど、眉唾の噂も原因のようですから。捕まれば何をされるか分かりませんから』


「…暗い話は辞めよう。それよりもこの花蜜ってどうやって作ってるんだ?」


 このまま話を広げてもエイシャが余計に暗く落ち込むと思い彰吾は話題を別の方向へ逸らす。なにより実際の効果を目の当たりにして製法に興味が出ていた事もあった。


『花蜜の作り方は大して難しくはないです。【月光草】月夜にのみ光る草の汁と【陽光華】太陽の元でのみ咲く花の蜜を私達、つまりは妖精の鱗粉を入れて混ぜる。最後に何でもいいので果実の果汁を少し入れて完成です‼』


「思った以上にお手軽だな。必要な植物が探すのに苦労しそうだけど、それ以外は妖精達の協力さえ得られれば簡単に量産もできそうだしな」


『量産もできなくはないとおもいますけど、自分の種族をあまり悪くは言いたくないですが…妖精って自由人なので、協力してくれるかは時々の気分によるかと…』


 彰吾の話にどこか申し訳なさそうに声を小さくしてエイシャは言った。

 その反応を見て何か不思議そうに首を傾げながら彰吾は少し考え、どういうことか理解すると面白そうに口元に笑みを浮かべる。


「あぁ~!別に本当に量産したいわけではないから気にしなくていいぞ。今はの人間達もそう考えられていれば、ここまで攻撃的で後先考えない方法を使わなかったかな~?と言う仮定の話だ。言葉足らずで、悪いな」


 先ほどのは思わず考えていた事が口から洩れただけだったようで、ふざけたようにも見えるが彰吾は本当に申し訳なさそうにしていた。と言うよりも、どこか恥ずかしそうだった。


(なんで毎回やらかすかな。俺って…これでも一応は直そうとはしてるんだが…独り言って無意識だしなぁ)


 考えている事がつい口から洩れてしまう事を自分でも直した方がいいと常日頃から意識してはいた彰悟だが無意識にやってしまうものを四六時中、気にして注意しながら生きる事なんてできる訳もなかった。

 それだけに自己嫌悪気味になるわけだが、落ち込んでいる彰吾の姿を見てエイシャは安心したようだった。


『ならよかったです。この後は避難という事でいいですよね』


「それで問題ない。さっき言った月光草や陽光華がもしあるなら数株もってい行きたいから用意してもらえるか?」


『すぐに用意できますよ』


「なら頼む」


『わかりました』


 体調も整った2人は後1時間ほどで脱出するために急に真面目に話すのだった。

 もはや二日酔いだった情けない姿が嘘だったように、真剣に動く2人は集団の長としての責任感に溢れていた。

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