第44話 敗残兵達の最後


 彰吾とドワーフ達の話が纏まり、保護下に入る事が決まっている。

 そんな同時刻、街の外に広がる森と山岳地帯では何とか散り散りに逃げた伝令兵達が背後を振り返ることなく走り続けていた。


 中でも森には多くの兵達が逃げ込むことに成功していた。

 なにせ伝令兵として選抜された者達は隠密や隠蔽に特化したスキルやステータス構成になっているので、人形兵が他の兵達を蹂躙して砂塵が起こっている隙を狙って一斉に風景に溶け込むながら走り抜けたのだ。

 もちろん全員が逃げられたわけではなかった。


 たまたま人形兵の感知範囲内を走り抜けてしまい気が付かれた者は自覚するまもなく切り殺された。


 それでも走り出した人数が多くて森と言う視界の良くない場所と言う事も相まって人形兵を巻くことができたのだ。


「はぁ…はぁ…」


 森の中に逃げた兵達は皆が体力を使い果たしていて息は荒く動きも精細さが無くなってきていた。

 それでも彼らは誰一人として足を止めようとする者はいなかった。

 なにせ自分達の持っている情報は国だけではない。


 人類と言う一つの種族の存続に関わるかもしれないのだ。

 ゆえに彼等には止まるという選択肢はなく。同じく他の者達と合流するなんてことは最悪の悪手だと共通認識としてあるから、誰も合流しようとはしなかった。


 だが最終的には全員がバールスト帝国へと戻る事を目指している。

 その事を魔王である彰吾が知っている事を彼等は知らなかった…


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――――――――――――――――――――


 彼ら全員が外へ外へと向かっている、その先から1人につき1体の人形兵が次々に現れた。


「な、なんで…」


「あれで全部じゃなかったのか!?」


 もはや体力も気力も限界だった伝達役の兵。

 いや、もはや本隊が敗北して逃げる彼らは敗残兵だった。


 そして知るわけもない事だが彼等が無事に逃げる事が出来たのは、街の周囲の人形兵に出されていた指示が『目の前の敵を殲滅しろ』という内容であったことが大きい。街の周囲にいた人形兵達には逃げた敵を追うという判断自体が存在しなかったのだから。

 そして一定数逃げる事を予想していた彰吾は連れてきた人形兵の半数を街へ、残り半数を周囲の山や森に配置して命令を下した。

 今の彼等が相対している人形兵達に出されている、その命令は『逃げてきた者の捜索と殲滅』である。


 彼等は逃げ出した時点で自分達を狩るための猟犬にめがけて走っていたという事だ。


「死んでたまるか‼」


「クソがッ」


「あぁ……」


 絶望的とも言える現実に直面して反応は様々だった。

 諦めずに抗おうと戦いを挑む者、悪態をつきながら必死に逃げる者、そして絶望して座り込んでしまう者などが居た。

 繊維の無い者には人形兵達も慈悲があるのか苦しまないように首を一太刀で落として殺した。


 しかし正面から抗ってきた者達は持っていた自信も矜持も何もかもを否定されたような状況まで追い込まれ手から殺された。別にこれは狙ったわけではなかったが人形兵達には何よりも自分達に損害を出さないことを第一優先と命令が共通で出されていた。

 ゆえにリスクを冒さずに堅実に相手の手を潰して買っただけだった。


 ただ、最も悲惨だったのは逃げた者達だろう。

 なにせ逃げられないように足を潰し、それができない時は眼や耳などの移動には欠かせない五感に関係する体の部位を狙って攻撃し続けたのだ。

 逃げる事を優先している者は全力戦闘などしないので人形兵達も攻撃の方に行動が偏り、結果として逃げる者達は攻撃を無数に受ける事になり全身ズタボロにされ動けなず恐怖しながら死んだ。


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「やっぱり、逃げるのに特化した奴は大したことないな」


 そしてドワーフを保護下に入れる事に成功した彰吾は宴の用意が整うまで待っていてくれ!と強く頼まれ、案内された貴賓室でくつろぎながら詰まらなそうにしていた。

 ただ手は何故かクロガネの肩に置かれていた。


「…まぁ、脅威になるような奴がいないっていうのはいい事だな。クロガネご苦労だった」


『……』


 労いの言葉と共に手を離した彰吾は閉じていた目を開いて備え付けのソファーに横になる。

 主から労ってもらえたクロガネは嬉しそうに体を震わせながら、傍に護衛として立つのだった。


「にしても、便利な力を手に入れたな」


 クロガネを見ながら彰吾は感心したように言った。

 先ほどしていたように彰吾は人形兵から情報を受け取る時は直接触れる必要があるのだが、クロガネは人形兵達を遠隔でも統治できるために遠く離れた人形兵と繋がる力を持っていた。

 これはその力を利用した抜け穴的方法だ。


 他の人形兵と繋がっているクロガネを中継点として、彰吾も他の遠い所にいる人形兵達から情報を集める事に成功していたのだ。


 その方法を使用して今も敗残兵達の様子を確認していた。

 結果は変わらず圧倒的なものとなり彰吾は少し人間と言いう種族に脅威を感じなくなり始めていた。

 しかし別に油断しているわけでもなかった。


 地球の歴史でもあるように手段と化して団結した人類種は脅威的な力を発揮する。

 それこそ勝てるはずのなかった強国を数国が連合しただけで打ち倒すなんてことが起こるほどだ。

 なにより、人間が本当に今彰吾が体感している程度なら亜人種達が現状ほど追い詰められている理由が分からない。


「まだ隠し玉のような強者か武器が存在しているってところか…」


 そう結論づけた。


「あぁ~めんどくさいなぁ…」


 今後に出てくるだろう強者達を想像して憂鬱そうに言った彰吾だったが、口元は気味が悪いほど三日月を描くように吊り上がっていた。

 まだ全力で戦う事が出来ていないのに人形兵からの経験値の供給もあってレベルが上がり、強くなり続けている彰吾にとっては自分の全力を出せる相手は無意識に求めるほどに貴重な相手となっていた。


 それでも気持ちのいい睡眠の方を優先してしまうため彰吾は自分から強者を探して動くことはないのだった。

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