第14話人工的な魔獣の氾濫

 マリアのその言葉に項垂れるシュベルトにルイス第二王子。

 ここまでの人数に見られ、そして自分たちが行った行為がいくら妹のアンネに騙され操られての行動であったといえどだからと言って無罪放免といくわけが無い。


 近い将来自分に降りかかる未来を、また明日の事これからの事を考え二人は言い訳もせずそれを黙って受け止める。

 ここで喚き叫んだところで余計にみじめな姿を晒すだけでどうにもならない世界であると二人は理解していた。


「そ、そんなっ!?待って下さいっ!!マリアお姉さまっ!!わたくしはこの第二王子とシュベルトに騙され、犯された上に脅迫されていたのですっ!!信じて下さいっ!!」


 しかしアンネだけはそれを受け入れる事が出来ず癇癪を起して泣きわめき、騙し捨てようとした姉にみっともなくも縋りつく。

 マリアを貶めるために仕組んだ嘘に誘導尋問により吐いてしまった蜜月の事実が露呈しているにも関わらずなおも自分は被害者であると喚き散らすその姿にもはや誰一人として彼女を擁護しようとする者は現れるはずもなく、アンネが喚き散らす度に自らの首を締めあげているという事実にアンネは気づけない。


「信じられるはずが無いでしょう。周りを見てごらんなさい。アンネ、あなたはこれ以上フレール家の顔に泥を塗りたくるというのであれば容赦は致しませんわよ」

「どうして………どうして………どうして」


 そして周囲を見渡し、そこにいる人々の視線に気づいたアンネは体から一気に力が抜け膝から崩れ落ちると下を向きながら自分の予想していた未来予想図との乖離してしまった現状になぜこのような事になってしまったのか自問自答を繰り返す。


 今まで一緒に暮らし寝食を共にしてきた妹と今目の前で蹲り嘆き呟いている人物が同一人物であると未だに信じれない気分である。

 わたくしは過去に妹へ何か許されざる事をしてしまったのか。

 そう疑問に思ってしまうには十分すぎるぐらいには。


「一体、何がアンネをここまでさせたのですの………」


 その言葉は口にするつもりは無く故に無意識に声に出していたとしても誰にも聞こえないはずであった。

 

「お前がぁっ!!お前がいるからわたくしは何も得ることができないっ何者にもなれない透明人間として生きなければならなかったんですのっ!!だったら少しぐらいお前が持っている物をわたくしにくれてもよかったではないですかっ!!なのに何でわたくしの婚約者は潰れたヒキガエルのような方なのですのっ!?わたくしが一体何をしたというのですのっ!?」


 もうどうにもならないと悟ったアンネは自分の感情のまま思うままに叫ぶのだが、レミリア様の婚約者はそれを聞いてより一層冷たい視線をアンネに向け口を開く。


「だからと言って自分ではない誰かを不幸にして良い訳が無い。お前がした事は第二のお前自身を作ってしまっただけでもしお前の作戦が今日この時だけは上手くいったとして、マリアだけでなく童貞二人を騙した事実はいずれこのしわ寄せはお前の首を絞めていたであろう」

「旦那様であるクロード様の言う通りであるぞ、アンネよ。上流階級の世界はお主が思っている以上に魑魅魍魎が渦巻きそののど元を食いちぎらんとしておる世界なのだ。自分の感情をコントロールできぬ者が生き残れる世界では無い。遅かれ早かれお主は破滅を迎え、それが少しだけ早まっただけだ」

「感情をコントロールできないって、レミリアが言いますかね」

「感情をコントロールできているからこそ旦那様の周りを固め逃げれない状況を作り婚約に至ったのだぞ?誇りに思うがよい」


 結局のところレミリア様とその婚約者であられるクロード様が仰られたようにアンネがやった事は遅かれ早かれ必ずアンネ自身を蝕むであろう事は少し考えれば誰しもが考え付くような事であろう。


 それほどまでに女性の浮気、それもただでさえ蜜月さえ禁止されている婚姻前の女性の浮気はご法度でありタブーであるのだ。

 しかも方や異国の王族であり、方や公爵家お抱えの従者。


火を見るより明らかであると分かるような事であるにも関わらず、それすらも理解できないくらいわたくしの妹であるアンネは追い詰められていたのだろうか。

 そこに少なからず思わない事も無いのだが同情はしない。

 腐っても貴族、それも公爵家であるのならば身体ではなく頭を使うべきだったのだ。


「もういい………もういいですわ。でも最後にお教え致しますわお姉さま。ここ数年フレール家と王国との国境側からやって来る魔獣が増え、そしてそのどれもが同種のそれよりも明らかに大きく凶暴であり強いですわよね?あれ、王国第二王子であるルイス様が社交界で一目惚れしたお姉さまを手に入れる為公爵家の力を削ぐ為に仕組まれた人工的な魔獣の氾濫なんですのよ?」

「嘘を言うでないっ!このアバズレがっ!」


 妹アンネの発言にルイス第二王子は未だ床に磔にされた状態で叫び否定するが、アンネは一瞬だけルイス王子へ視線を向けるもかまわず喋り続ける。


「その証拠はわたくしの部屋にある化粧台の引き出し下から三番目にございますのでこれからどのように使うかはお姉さまに任せますわ。結局わたくしにはそれを上手に扱える程の頭は持っていなかったのですから」


 アンネの言葉を聞きわたくしは一気に血の気が引く。


 恐らく彼女の言い分が正しければフレール家と王国との国境沿い付近にルイスが魔獣寄せの効果がある黒魔石やその粉を一定量を散布していることになる。

 これらは魔獣寄せと言われているが厳密には魔獣をおびき寄せるものではなく無から新たに生み出すものであり主にダンジョン等に見られる非常に危険な物である。

 その上今回の魔獣の件で我がフレール家でも真っ先に、国境沿いに新たなダンジョンの発生またはそれに近い何かがあると推測し腕のある冒険者を何グループか雇い入れ秘密裏に調べさせていたのだが、今までそのような報告は一度とない。

 そしてその冒険者たちを推薦していたのは誰なのか思い出す。


「アンナ、あなた………まさか」

「あら、今更気付いたのかしら。そう、ルイス様の企みを知ったわたくしはそれを逆に利用する事を思いついたんですもの。そんなわたくしが推薦した冒険者達が真面目に調査などするわけがございませんわ。冒険者たちは面倒くさい調査などせず多額の金貨が貰えるのですもの。喜んで引き受けてくれましたわ」


 突如として発生し始めた魔獣たちの所為で何人もの領民やフレール家の兵士達が犠牲になったかと思うとわたくしは怒りで軽い眩暈を起こしてしまう。

 自分の言った事の重大さを理解していないのか、何がおかしいというのか先程までわたくしに縋っていた妹はわたくしを見下し笑っている。

 その姿を見てわたくしは初めて本当の殺意という感情がどういう物であるのか理解した。


「感情的になるな。相手の思う壷だぞ」

「………え?クロード様」


 妹を殺す事にもはや何の感情も湧かず、しかし目の前の喋る肉の塊を殺すという感情だけがわたくしを支配し弾けてしまいそうになったその時、誰かが優しくわたくしの頭をポンポンと二回叩いた後撫でながら話しかけてくる。

 その相手はレミリア様の婚約者であるクロード様だと気付いた時にはわたくしの中から殺意は霧散し、代わりに妹に対しての怒りとして残っていた。

 しかし今度は自分の感情に流されず冷静に現状を鑑みて今わたくしがこの場で妹を殺せばどうなるのかを判断する。

 今ここでわたくしが妹を殺してしまった場合、次女はクーデターを起こし姉は実妹殺しの噂が瞬く間に広まりフレール家は間違いなく没落する。

 今後フレール家を没落させない為には妹を貴族のルールの元わたくし側に確固たる正義を示し断罪しなければならない。

 もしクロード様がわたくしを止めて頂けなければ、そんな簡単な事すら考えようとせず感情の赴くまま目先の「殺したい」という欲に従い、まるで理性の無い獣のように妹を殺していただろう。


 そしてわたくしは深呼吸をひとつし、荒れ狂った感情を整える。


「アンネ、あなたを裁判にかけさせて頂きます。それまでの間拘束させていただきます。異論はありませんね?」


 結局法の裁きにて断罪するのが一番無難と言えよう。

 こんな人間とも思えぬ所業をする悪魔の所為でわたくしのみならずフレール家まで破滅させてしまうのはあまりにも理不尽であり到底納得いくような結末ではない。


 そして妹はわたくしの問いに一言も答えず、何事も喋る事無くルイス及びシュベルトと共に反逆罪などの罪により衛兵により拘束され連行されていった。


「皆様、わたくしの身内が大変お見苦しいところを見せてしまいまして誠に申し訳ございませんわ。わたくしはやるべき事が出来ましたのでここで帰らせて頂きます事をお許し下さいまし」


 もはやパーティーなどという空気ではなくどこかのお葬式かのような空気の中わたくしは今早急にやるべき事の為にこの会場を後にする事を謝罪の上頭をさげると気持ちを引き締め踵を返そうとする。


 おそらく妹やルイス、そしてシュベルトまで妹に誑かされていたことからフレール家にとって敵になりうる存在が内部にいる事は間違いないだろう。

 その上魔獣の氾濫をどうにかしなければならないのだ。

 年々魔獣の強さが高まっており早急に手を打たなければ取り返しのつかない事になる。

 その為にはまず妹が雇った全ての冒険者たちを解雇、そして新たに信頼できる冒険者を雇わなければならないのだが氾濫先を調査できる程の実力を伴う冒険者を雇い入れるだけの時間的猶予は無い上に今現在父上を含み信頼できる者がいない現状に頭を抱えたくなる。

 しかし頭を抱えたところでどうにもならない事は十二分承知している為苛立ちのまま叫びそうな感情を抑え今どこから手をつけるのが最善なのかを考える。

 そんな時、わたくしの手首がつかまれ扉から速足で出て行こうとするわたくしをクロード様が引きとめる。


「何一人で抱え込もうとしているんだ馬鹿。そんな貴族のプライドや意地は捨ててしまえ。助けてほしい時は助けてほしいと素直に言えば案外なんとかなるもんだぞ。俺もお前から助けてほしいと言ってくれれば手伝うから」

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