第12話婚約破棄

勿論誰が悪いと言えば元カノである事には間違いないのだが、童貞であるが故に招いた結果であるとも言えよう。


兎にも角にも俺はこういう高圧的な異性が苦手なのである。

浮気は心の殺人とは良く言ったもので今もなお、浮気を知ったあの時の感情が振り返し俺の心を締め付ける。


「知るわけないだろ。今初めて貴女の名前を聞いたんですから。それで、俺に何か用があって来たんじゃないんですか?」

「なっ! し、失礼過ぎません事っ!! 平民の分際でっ! わたくしは公爵の娘であり東の王国第二王子の婚約者でもあるのですわっ! そもそも貴方如きが口を聞ける事すら出来ない存在であるわたくしがわざわざここまで来てあげただけでも異例中の異例であるというのにっ! 第三王女様であるレミリア様の許嫁であるというからこうして来たといいますのにとんだ無駄足だったみたいですわっ!」

「はあ、それは申し訳ございません。ではお気をつけて。さようなら」


はっきり言って彼女、マリアとは一秒でも早く離れたかったのだが向こうが勝手に怒り帰ってくれるのならばそれをわざわざ止める必要もないであろう。





なんなんですのっ! なんなんですのっ! なんなんですのっ!


先程の殿方の無礼な態度に激しい怒りが治らない。

むしろ時間が経てば立つほど怒りが込み上げてくる。


今現在わたくしのひいてはフレール家の立場は非常に危うい立場に立たされている。

我が領土は公爵家に相応しい程の広さを誇る領土を所有している。

しかし広ければ何でも良いという訳ではなく何をするにもその広さに似合う莫大な資金が必要なのである。

その中でも今現在特に資金が必要なのはなんと言っても防衛であろう。


帝国東側、王国との国境にある草原地帯から、十年ほど前から魔物の発生が活発になっており、それらがフレール家の領土へ向かって来るのである。

当初魔物の発生は二、三年で治ると思っていたのだが治るどころか年々魔物の発生数が増えて来ておりフレール家の資金も底を尽きかけているというのが現状である。

それに伴いわたくしの王国第二王子との婚約も無くなってしまいいつ白紙になってもおかしくない。

正に崖っぷちである。

だと言うのに父上は国王に良い顔をしたいのかフレール家の現状を伝える事はせず「今年で治るはずだ」と希望的観測に縋っている。


こんな状況下であのレミリア第三王女様、その婚約者がこの学園へ編入してくると言うではないか。

これは神が与えてくれた希望なのではないか?

そう思いこちらからわざわざ会いに来てやったと言うのにコレである。

そこら辺にいる平民でさえこれ程までに失礼な態度を取られた事がない。

勿論クロード程失礼な態度で接してくる方と出会うのも初めてである。

本日、今現在帝国にいらしている王国第二王子主催のパーティーがあるというのに最悪な気分で迎えなければならないという事実に更に気分を悪くする。





「マリア様、本日も美しいです」

「当然ですわ」


おかしい。


いや、わたくしが美しいのはいつもの事なのですのでそこではなく、王国第二王子であるルイス・ボーガン様が迎えに来る気配が無いのである。

しかしそれは様式美のようなものであり必ずしも迎えに来なければならないなどという事はないのだが、わたくしがルイス様の許嫁となってから今までに迎えに来ないという事は今まで一度たりとも無かった。


心に不安は残るものの行かないという選択肢はない為ルイス様が迎えに来ない事を考えないようにしながらパーティーに向かう準備をし始める。




フレール家の馬車に乗り小一時間、本日の会場である帝都自慢の城が見えてくる。

城壁の中へとそのまま馬車は進んでいき駐車スペースへと移動する。

そして駐車した馬車からわたくしが一人で降りて来るその姿は目立つらしくそこかしこからわたくしを見た者達がヒソヒソと会話をしだす姿が見える。

しかしわたくしが公爵令嬢である事と王国第二王子の婚約者という肩書きがある為面と向かって言いに来る者は居ない。


「なんだ、今日はお主一人できたのか?」

「ええ、そうなんですよ。ルイス様はお忙しいのでしょう」


そう、この脳筋第三王女ことレミリア様以外は。

しかし皮肉な事にいつも鬱陶しくさえ思うレミリア様が今日ばかりは有り難く思える。


「そうなのか? 先程から綺麗な御婦人と楽しく喋っているのだが、その時間があれば婚約者であるマリアを迎えに来るべきであると私は思うのだがな。あ、そうだ。ちなみにだが今日は一応私の婚約者である旦那様もといクロード様の御披露目会でもあるからな。当然私は旦那様を捕まえ………捕縛………首根っこ………仲良く、そう仲良く来させてもらっておるぞっ!」

「仲良くと言いなおす前の言葉が全て正解だ馬鹿野郎」

「それは羨ましい限りですね」

「そうだろうっ! ラブラブだからなっ!私と旦那様はっ!」

「それはお互い両想いの時に使う言葉だ馬鹿野郎」


なんだこの夫婦漫才は。

 こうも人目も憚らずにイチャイチャとされるとこっちまで恥ずかしくなってしまいそうである。

 しかしながらレミリア様の、ルイス様が他の女性とお話しされているという言葉に少しチクリと胸が痛むがこれからの事を考えるとこれしきの事を気にしていてはやって行けないだろうとその小さな痛みには気付かぬフリをする。


 これから多くの方達、勿論うら若き女性ともルイス様は社交辞令や情報交換など様々なシュチュエーションで会話する事もあるだろう。

 それこそ第二夫人や妾なども作るかもしれない。


 たかがこれしきの事でいちいち傷付いていてはキリがないしいつかその痛みで潰れてしまうだろう。

 だからわたくしはこの痛みを気付かない。

 気付かない。


 そしてわたくしはレミリア様と未だにあの時の事を深く根に持っている憎き、不敬な男性と共に城内にある会場へと向かう。

 わたくしが一人で会場へ向かう事がなくなった為今日ばかりはこの前のわたくしに対する失礼極まりない態度の数々を指摘する事は控えてやる事にする。

 これで今回の貸し借りは無しである。

 勿論、あの日の不敬の数々を無しにする訳ではない為指摘するのを後日に回すだけなのだが。


 そしてわたくしは会場へと向かう。




「マリア・ドゥ・フレール! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 会場の扉を開けた瞬間、第二王子であるルイスが開口一番会場全体に響き渡る声で言い放つ。

 その響き渡る声に会場にいる者達は野次馬の如くわたくしとルイス様を円を書くように取り囲む。


「え? ………え?」


 しかしその言葉の意味を直ぐに理解する事が出来ず頭の中でぐるぐると繰り返し反芻され、次第にその意味を理解するにつれて顔から血が引いて行くのがわかる。

 しかし婚約を破棄される理由も思い当たる節など無く「なんで?」と「いやだ」が頭の中で溢れかえる。


「な……なぜですの? ……り、理由をお教え下さいませ」


 頭の中が二つの言葉でクジャグジャに掻き回されながらもなんとかその言葉を紡ぎ出す。

 その唇は震え、足は今にも膝から崩れ落ちそうなのだがなけなしの意地でなんとか堪える。


「なんで……だと? よくもまあそんな言葉が言えるなっ! 俺が何も知らないとでも思っているのかっ!!」


 そう言われても何一つ婚約破棄されるような事が思い浮かばない。

 今度は「わからない」が頭の中を支配すると共に涙が溢れ出て来そうになるのをつまらないプライドで必死に堪える。


「お前から言わないのならば俺が言ってやるよっ! マリア、お前は実の妹に対してよくもまぁ毎日のように酷い虐めをしてこれたな! そんな卑しい心の持ち主など我が婚約者になど相応しくない!」


 そう言うとルイス様は側にいた、いつもより着飾っている妹のアンネをわたくしから守るかのように抱き寄せ、アンネはわたくしの視線から怯えるかのように震え、またその恐怖をルイス様に守って頂くように抱きついているのが見える。


「何かの間違いですわっ! わたくしは実の妹であるアンネを虐めた事など一度たりともありませんわっ!」

「黙れっ。アンネ様が怯えているのが分からないのか?」

「シュベルト……何言って、きゃぁっ!?」


 そしてこんな状況の中でわたくしの護衛役兼従者であり幼馴染でもあるシュベルトが怒りを隠しもせずにわたくしの方へ近づいて来ると断りもなくわたくしの頭を掴み、その鍛え抜かれた腕により地面へ突き付ける。


「マリア、お前は人目が無い所で妹のアンネを罵るだけでは飽き足らずドレスを割き、アクセサリーを壊し、水を頭から被せるなど数えきれぬ程の虐めの数々を知らないとは言わせないぞ。お前がアンネを虐める度に陰で泣いているその姿を見て我々がどれほど心を痛めたのか知る由もあるまいっ!」


 目の前でわたくしを罵る男性、わたくしの頭を押さえつける男性、わたくしを蔑み薄く笑う女性は一体誰なのか分からなくなる。

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