ぼっちだからって情報把握を怠るのはよくない
ところで、私は比較的真面目に勉学に励む生徒であると自負していたりする。
予習はしないこともあるが復習はきちんとやるし、宿題だってよっぽど面倒でなければ――解けないものでなければ、きっちりやっている。
さらに付け加えるなら、授業中に教室で寝たりすることもないし、内職をすることだってないのだ。
真面目に学生をやっている、と言ってもいいだろうと強く思う。
もっとも、その頑張りに成績のほうがなかなか追いついてこないという問題があるのだけれど。それはさておき。
確かに私は努めて真面目に勉学に励んでいるつもりだが、退屈な内容であれば面倒だと感じることはあるし、辛いと思うことだってある。
ちゃんと予習をしている場合は尚更だ。
だって、予習してるってことは、授業で説明される内容は全部知っている内容なのだ。当然と言えば当然の話であった。
「……くっ」
そして今日の授業、このコマがまさにそれだった。
科目は国語の古典。
何が悲しくて他人の色恋沙汰――しかも大抵男側がろくでもない――ものを読まにゃならんのかといつも思う。
中学生の頃からずっと、そんなことを考えながら授業を受けてきたけれど。
この問いかけに対する答えは、受験に必要だから、でしかないのである。
世知辛いよね。
しかし、私も人間だ。
どうしても授業そのものに付き合う気力が出ない日というのはあって。
そういうときは、こういう手段をとることにしていた。
教壇に立つ教師の説明がちょうど終わったタイミングを計り、へんなりと手をあげて、
「……すみません、先生。気分が悪いので保健室に行かせてください」
保健室へ行かせて欲しいと懇願するのである。
なんだそんなことか、と言われるかもしれないけれど、この方法は割と成功率が高かった。
それなりに長い学生生活で何度も使っている手だが、頭ごなしに却下されることは殆どなかったのである。
考えられる理由は二つ。
ひとつは、昨今の教育現場において生徒の発言力が無駄に大きいことだ。
厳密に言えば、発言力が大きくなっているのは生徒ではなく親の方だし。
その発言力の増加も良い意味ではなく、言ってしまえば精神的に幼い大人が親になった例が多くなり、かつ、苦情を面倒くさがる教師となる人間の質が変化したというだけの話だけれど――利用する側からすればどちらでもいい話である。
そしてもうひとつは、教員としても、一人の生徒のためにクラス全体の授業を止めるのが面倒だろうということだった。
教員というのは大変な職業だ。
能力の異なる生徒それぞれの理解度を考慮した上で、決して多くはない授業時間の内に、定められた学習範囲の内容を終わらせなければならない。
そう考えれば、授業時間というのがどれだけ貴重なものなのかがわかろうというものである。
とは言え、体調が悪いということを報告すると、たまに本気で心配してくる教員もいたりするのだが――そもそも、そんな人間が相手なら私も仮病を使ってまで授業をサボることはない。
教員というのは大変重要な職業だが、その仕事を実際に行っているのは人間だ。
立派な大人と呼ばれる連中からすれば大したことのない年齢だろうと、私もそれなりの時間を生きている。
これでも、ヒトを見る目はあるつもりなのだ。
つまり何が言いたいかといえば。
この授業を担当している教師は、その程度の人間だということである。
「…………」
国語担当の教員は、しばらく悩むような仕草をした後で、溜息を吐くと、わかったと言葉を作った。
「――っし」
私は期待通りの回答が来たことに、机の下、教壇から見えない角度と位置でガッツポーズを作る。
思わずテンションも上がってしまって声が少し漏れたけれど、教員の耳に届いた気配はなさそうだった。
その事実に内心でほっとしつつ、サボりが成功したことにうきうきしていたのだが――教員の続けた言葉で若干気分が沈んでしまった。
「保健委員は居るか。彼女を連れて行ってやってくれ」
前はそんなこと言わなかったくせに、と内心で溜息を吐く。
本当に自慢にもならないが、私はこの教室に親しくしている生徒はいない。
だから、この教室から保健室までの道中は大変居心地の悪い時間が続くことが予想されるわけで。
……ああ、やだなぁ。
微妙に落ち着かない沈黙が続くか、あるいは間がもたなくて仕方なくぎくしゃくした会話を始める状況を想像してうんざりしていたところで、わかりましたと返事があり、誰かが近づいてきた。
益体の無い妄想を中断して、傍に寄ってきた人影を確認するべく視線をあげると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
……うん?
と思って再度相手の顔を確認したが、そんなことで目の前にある現実が変わることはない。
「佐藤さん、大丈夫? 歩ける?」
と声をかけてきた相手は、朝にあった騒動の中心人物、黛その人だった。
「……ええ、大丈夫。そこまで酷いわけじゃないからね」
そういえば黛は保健委員だったかと、今更ながらに思い出して内心で舌打ちをした。
表情に出ていなければいいけれど、と考えながら、椅子から立ち上がり、黛を伴って教室を出る。
席を離れて教室を出るまでの間に、視線に物理的な力があれば穴が開いていたんじゃないかなと思うほどの意思をこめてこちらを見ていた二対の視線、その正体が誰だったのか、なんてのは考えるまでもないことだっただろう。
……ホント、他人の色恋沙汰は面倒臭いったらない。
そんなことを考えて、思わず口から溜め息が漏れたのだった。
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