1-3.彼の〝日常〟が変わる寸前のひと時

 チャイムが鳴った。

 それはテスト時間終了の合図と共に、二学年時・二学期の中間テストが全て終わった合図でもあった。周りからは溜息や、テストが終わった事に対しての喜びの声が聞こえてくる。

 そんな中、俺、麻生真樹あそうまさきは一人帰り支度を整えていた。定期テストの点よりも、早くこの教室から去りたいという想いが強かったのだ。それは、あの白河梨緒が同じ教室にいるからということもある。この空間にいたくなかったのだ。自分を疎外する対象としてしか認識していない空間に、どんな意味があるのか。ただただ苦痛だった。

 あの失恋から早くも四ヵ月が経ったが、気まずさは変わらなかった。教室ではお互いを避けあっているし、目が合うと気まずいという域を超える。今となってはもう鬱陶しい。

 ホームルームまでまだ少し時間があった。そわそわした気持で担任を待っていると、親友の穂谷信ほたにしんがブレザーの上着に腕を通しながら話し掛けてきた。


「麻生~。数学の応用どうだったよ?」

「さあなー」


 俺は他意を込めず、不機嫌さを示して返事をした。赤点ではないだろうが、決して良い点ではない。平均点に行っているかどうかだ。


「さあなってお前、それはよくできましたという意味にしか聞こ

えねーぞ。俺は補習確実だっていうのに」

「ンなわけあるかよ。赤点セーフかどうかってところだよ」

「それを聞いて安心したぜ! まあ、毎回うちのクラスは数学の平均点はビリだしなぁ」


 信は納得した様子で頷いた。

 我が桜ヶ丘高校では普通科、外国語科、情報科と学科が分かれている。外国語科は文系クラスで、情報科が理系クラスだ。俺や信は外国語科のクラスに所属しており、数学の平均点は毎回三学科の中で最も低いのだ。


「でも、俺はお前と違って提出物は出したから、補習の心配はないだろうけどな」

「なにぃ⁉ 卑怯だぞ、麻生!」


 信が胸倉を掴んでくる。卑怯と彼は罵るが、定期テストで点を取る自信が無いのなら、きっちり提出物を出すのは常套手段だ。


「怨むぜ、麻生。一人じゃないと安心してたのに……」

「お前みたいな奴が他にも何人かいるだろうから心配すんな。それに、もしかしたら補習で可愛い子と出逢えるかもな」

「おぉっ、そうか! そんな可能性もあるな。仕方無い、俺の幸せに免じて今回の事に関しては許してやろう」


 こうやって、よくわからない事を言っているのが信だ。無茶苦茶だけど、面白い。そういう男だ。ちなみに、彼は俺がこの学校で唯一ちゃんと話せる友達でもある。


「ところで、せっかく今日でテストも終わったことだし、どこかパァーっと遊びに行くか?」

「考えとくよ」


 そう返事をすると信は満足げに頷き、クラスの女の子達の席のところへ行った。なにやら笑い話をしている。そんな事を簡単にできる彼が、少し羨ましかった。

 ふと教室を眺めていると、今度は俺を見事に振ってくれた白河莉緒と目が合った。その瞬間、彼女は露骨に目を逸らす。もう慣れた反応ではあるが、それでもいちいち傷ついてしまう自分が嫌だった。

 はあ、と大きく溜め息を吐いて、窓の外を見た。代り映えしない中庭がそこには広がっている。俺が孤独な時間を過ごしていると、教室の引き戸が開かれて、担任が入ってきた。

 しかし、なんだか雰囲気が違う。担任が少し緊張しているようだったのだ。そして、教室の外では誰かが待っている素振りもある。いつもと何かが違った。

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