第5話 乾という男
俺は再び、金剛済度会の教団本部に向かう、本部のある町は3県の境に位置していた。
近年東北道と圏央道が繋がったため、車ならウチの事務所から1時間弱で行ける。
若中の今井に運転させて、俺は後ろで黙って景色を見ていた。今井は気が利くヤツだから、他の若いのと違って、こういう時の俺に話しかけることはしない。
----------------
高速を降りて合流する街道を外れると、延々と水田が広がる風景に切り変わる。
そんな田園風景の中で、一部だけ緑が茂っている小さな森の中に教団本部はあった。
外からは木に遮られて建物は見えない。
まだ水田は水を引き入れたばかりで、田んぼの水面に反射した小さな森は浮島のように見える。
水田をぶった切る一本道を進み、森に侵入していく。
----------------
森の中の教団本部は外見こそ寺院風にリフォームしているが、以前は農家の持ち家で、屋内は変わらず古い日本家屋だった。
今井は車に待たせて、俺は教団本部を訪ねる。
受付嬢は午前中にも訪ねてきた俺に、不思議と驚くこともなく、予め決まっていたように応接室へ案内した。
しばらく応接室で待つと、乾という目が針のように細い、俺より若そうな男が出てくる。
乾はこの汗ばむ日に、黒いコートを羽織っていた。室内の空調が効いているとはいえ、不自然な姿に変わりない。
嘘か本当かは分からないが、平良は留守だという。
「それは夜叉という、まあ妖怪みたいなヤツです」
乾は俺が話す前に喋り出した、面白くもない話をしてしまったといった感じで、終始しかめっ面だ。
前の専門家もそうだが、この手の輩は依頼主が見たモノが見えるらしい。
しかし今回、俺はキングを見ていない。
「見えるのか?」俺は凄むが、乾は飄々憮然と「匂う」と言葉短く切り返した。
なるほど、猛についた化け物の匂いが俺についた訳だ。
馬鹿げた話だったが妙に納得した。
こいつは専門家なのだろう。
この金剛済度会とかいう教団の拝み屋だか霊能者で、訪ねてきた俺に、その夜叉とかいう化け物の匂いがついていた。
しかも平良の知り合いなのだから、何かしらのトラブルに巻き込まれて助けを求めにきたと推測した。
そんなところか。
なら話は早い。
渋る可能性が高い平良より、手っ取り早く、この若造に頼んでしまえ。
話を切り出そうと口を開いた時、またもや乾が先に喋り出した。
「夜叉を殺したり、傷つければ、その怨みは樋口さんに向かうけど、覚悟はいいのか?」
覚悟?俺がリスクを負う?まったく考えてなかった話が飛び出してきた。
俺はこの件の始末に幾らかかるか、金のことばかり考えていたし、自分に危険がある話とは思っていなかった。
「何故俺が?」思わず本音が出た。
「因果応報だよ、樋口さん」意味不明な答えだったが、俺は怨みを買う役目らしい。
そのことは脅しでもなく、真実なのだと乾の顔を見れば分かる。
珍しく俺は食い下がる。
「前に俺は似たように依頼をしたが、その後の人生に変わりはなかった」真実は変わらないのに、反論してしまう。
俺は無駄なことが嫌いで、自分が納得できなくても相手の真実に従うタイプだった。
真実とは解釈だ、個人個人が事実を如何に捉えているかだ。
だから真実は無数にある。相手の真実に納得できないのは自分の真実に拘るからだ、相手の真実に乗ってやれば、上手く他人の心を操ることもできる。
だから反論や主張は、無駄なことなのだ。
しかし、コイツには違和感がある。あまりにその解釈がぶっ飛んでいて、俺が乾の解釈に合わせることができないのだ。
「前回は金払ったんだろう?」乾が憮然と言い放つ。
嗚呼、コイツは俺が嫌いなタイプの人間だ、タダで化け物退治をする気なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます