第21話 白銀の御子と黒鋼の御子(3)


「・・・というお話でした。めでたしめでたし。」


絵本を読み終えると、ルイスは不思議そうな顔でタムラを見上げていた。


「・・・ねえタムラ、しおがねサマは?・・・しおがねさまは、どうなったの?」

「ん?・・・ああ、しろがねさまのこと? 実はね、退治された後にどこに行ったのか、誰にも分らないんだよ。お空に昇って他の神様たちと一緒に暮らしたとか、実は死んじゃったとか・・・。いろいろ言われているけど、はっきりしてないんだよ。」


ふうん、とルイスはつぶやく。


「しろがねさま、どこにいるのかなあ・・・?」


すると、ルイスはタムラから絵本を取り上げ、最初のページからパラパラとめくっていった。


ひら神名(がな)だけで書かれた文章の合間合間に、いろんな表情の“しろがねさま”や“くろがねさま”が、柔らかいタッチで描かれている。


「あ、ここだ!」


ルイスはページをめくる手を止め、挿絵の或る箇所を指しながら、タムラに尋ねた。


「ねえタムラ。タムラって、もしかして・・・“しろがねさま”なの?」

「――えっ?なんで・・・。」


タムラにとって微塵も予想だにしなかった、ルイスの何気ない疑問。


「ルイス。ど、どうして、そう思うの?」


鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべながら訊き返すと、ルイスは、


「ほら!だって、ここに描かれている“しろがねさま”!タムラにそっくりじゃない?かみのけ、まっしろだもん!」


ルイスが指さした“しろがねさま”は、両目の赤い瞳をギラギラと光らせ、長い銀髪を振り乱しながら、神器を手に襲いかかってくる“くろがねさま”を迎え撃とうとしていた。

“しろがねさま”“くろがねさま”は、どちらも美しい女神として描かれている。

男なのに普段から女として生活しているタムラは、なるほど確かに、“しろがねさま”に似てると言われても不自然ではない。


「・・・ぷっくく、ははは!」


噴き出すタムラ。

ルイスは、口をへの字に曲げた。


「むう・・・ルイス、まじめにきいてるのに、なんでわらうの?」

「いやあ、ごめんごめん。こんなこと聞かれたの初めてだったから・・・。まあ確かに、僕も銀髪だし、似てなくもないかもしれないけどさ。ここに描かれている“しろがねさま”は、後の時代の人が想像で描いたものだよ。それに、“しろがねさま”の瞳は赤いけど、僕のは青!・・・ほら、全然違うでしょ?」


ルイスの顔に、タムラは自分の両眼をぐぐっと近づける。

蒼く透き通った二粒の『宝石』には、「なーんだ」と納得した表情のルイスが映っていた。


「それにしても、不思議な話ですね。」


傍で聞いていたオゼが、唐突に会話に入ってきた。


「“しろがねさま”が、退治された後どうなったか?・・・私、前から疑問だったんですよ。神代から建国に至るまでの重要なエピソードなのに、一番肝心なところがすっぽり抜け落ちてるなんて。」


「ああ、『神話七不思議』とかいうやつだっけ?・・・まあ、神話なんてその時の為政者に都合のいいように書き換えられたりするのが定石だし。何かを隠すために意図的に書かなかったかもしれないね。・・・と、こんなこと言うと、今のアマテルスに怒られてしまいそうだけど。」


タムラは再びカップを手に取り、すっかり冷めってしまった紅茶の残りを一気に飲み干した。


「タムラ、こんどはこっちのほん!よんで!」


いつの間にか、ルイスは“しろがねさま”の絵本を床に放り捨て、別の絵本をタムラに差し出していた。


「いいよルイス。じゃあ次のを読もうか。」


タムラは再びルイスを膝の上に載せ、抱き寄せる。ルイスのお腹の『石』に触れると、ほんのり暖かくなっていた。


「タムラ様。紅茶のお替り、淹れて参りましょうか?」

「うん、ありがとう。お願い。ええと次は、『不思議の国のエリス』・・・」


外は相変わらず猛吹雪だったが、屋敷の中は暖かく穏やかな時間が流れていった。

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