猫派の君イヌ派の僕
和來 花果(かずき かのか)
第1話 君はイヌ派
ネコ耳にネコのしっぽ。今年のダンス部は、文化祭でネコの衣装で踊る予定だ。
理沙のネコっぽい瞳は、ネコの衣装によく似合っている。仮縫いの衣装を着て、鏡に映った自分に向かって、理沙はネコポーズを決めてみる。学校のジャージでネコポーズを取っている時とは全然違う。衣装を着ると、
周りのメンバーの子達も、キャアキャア華やいだ声を上げて、ダンスの振付をワンフレーズ踊ったりしている。
「理沙はネコ派でしょ?」
と
ネコ派かイヌ派かと皆で話していたところだったらしい。
理沙はドキッとした。
少し前だったら、理沙は間違いなく「うん。ネコ派だよ」って即答していた。
でも今は、ちょっと迷ってしまう。
気まぐれで自由。丸くなったり細くなったりする瞳。ピョンって飛び上がるところ。日向ぼっこが好きなところ。
理沙はネコは大好きだ。理沙自身もよく、ネコっぽいよね、と言われる。
「うん、ネコ派だよ」
理沙は一瞬の後、笑顔で答えていた。
迷った理由は……、藤川君だ。今年、初めて同じクラスになった。それまでは理沙は藤川君の存在さえ知らなかった。
藤川君は理系の眼鏡男子だ。
理沙はダンスが大好きで活発だし、クラスでも華やかな方だ。理沙が付き合うなら、きっと茶髪でちょっと軽い、チャラ男だと思われている。
だから藤川君と理沙の組み合わせはない、ってクラスの皆は思っているだろう。でも本当は、理沙は藤川君が好きだった。
理系の眼鏡男子。理沙の好みのど真ん中だった。でもそれは藤川君に会うまで、理沙自身も気が付かなかった事だ。
クラス替えで新しいクラスになった時、理沙はもちろん、友達に囲まれて話していた。
少し遅れて、藤川君が教室のドアから入ってきた時、理沙はギュウッと胸をつかまれたような気がした。いや、気がしただけではなくて、実際にギュウッと体感した。
これまで理沙が恋する時は、いつも相手から好きって言われてからだった。だから理沙は一目惚れがあるなんて信じていなかった。
それなのに藤川君をひと目見た時から、理沙は恋に落ちてしまった。自分でも信じられないことに。
理沙は明るくて積極的だと思われているけれど、恋に関しては違う。好かれているから、安心して好きになれる。自分を好きかどうかも分からない相手を好きになったりしたことはなかった。
だから藤川君には理沙はいつもよりも、ずっと慎重だ。
気ままで気まぐれ。ネコみたいにいつも相手を振り回してきた理沙は、消えてしまったみたいだ。
藤川君はイヌタイプかネコタイプかといえば、間違いなくイヌタイプだ。マジメで忠実。飼い主にまっすぐ向ける瞳。味方には優しいけど、敵には容赦しない。
(人間にイヌタイプとネコタイプがあるなら、動物の好みのイヌ派とネコ派は、そのまま人間にも当てはまるのかな?)
そう思うようになってから、理沙は今までのように、迷わずネコ派だって言えなくなった。
藤川君はイヌタイプだから。
「もしかしたら私、イヌも好きかもしれない。飼ったことがないから分からないだけで」
と理沙は考えたりする。
理沙自身はネコタイプだ。
ダンスのネコの衣装も大好き。長くて細いシッポを持ってウォーキングする振付も大好き。日だまりのお昼寝が好き。
でも藤川君はネコが好きかな?
聞かなくても、答えは分かっている気がして、理沙は悲しくなる。
(イヌ派でもいい。ネコが嫌いじゃないなら)
理沙は自分がネコ派なのに、イヌタイプの藤川君が好きだと言うことは忘れて、ため息をついた。
「ねえねえ。藤川君はイヌ派?ネコ派?」
次の日理沙は、藤川君に聞いてみた。藤川君の席は理沙の席の斜め後ろだ。前の席だと、背中をつつかないと話せないが、振り返ればすぐ話せるのが斜め後ろの席のいいところだ。
「何で?」
と藤川君は理沙に聞き返した。
(なんで? もしかしてただの会話の話題だと思ってもらえなかった? 実は藤川君の好みのタイプが知りたいのだと気付かれてしまったのかもしれない)
「えーと、別に大した意味はないんだけど……」
理沙は焦って口ごもった。
「藤川、ただの会話でしょー? 理沙を困らせるのやめなよ」
と美南が助け船を出してくれた。
「私はねえ、やっぱりネコ派かな? ネコ飼ってるし。ほら、見て。この写真。茶トラのタイガルっていうんだよ」
美南は愛用のiPhoneを出して、タイガルのカワイイ写真集を見せてくれる。
(美南……。助けてくれたのはありがたいんだけど、私は藤川君がネコ派かイヌ派か聞きたかったんだよ……)
理沙はタイガルの写真をうわの空で見ながら、美南には、藤川君が好きだと打ち明けておけばよかったかな、と思った。もし理沙が藤川君が好きだと美南が知っていたら、きっとネコ派かイヌ派かを聞き出すのに協力してくれたはずだ。
美南は藤川君にも、iPhoneを見せている。
「かわいいね」
藤川君は言った。
(かわいい! ネコをカワイイって、藤川君が言ったー!)
理沙は飛び上がりたい気持ちになった。
「うん、かわいいねー!」
理沙はブンブンと首を縦に振って、藤川君に笑顔を向けた。
藤川君は理沙と目が合うと下を向いてしまった。
「あー、でも僕はイヌ派だけど」
藤川君は、次の授業の教科書を出しながら、ボソッとつぶやいた。
さっきの理沙の質問の返事。答えてくれて嬉しかったけど、理沙の心は雲の上から突き落とされた気ように急降下した。
「ふーん。そうなんだ」
理沙は藤川君に悲しんでいる顔を見せたくなくて、クルリと前を向いた。
藤川君の斜め前の席のいいところは、前を向けば藤川君と顔を合わせなくてすむところだ。
理沙のしょぼんと落ちた肩を、藤川君が不思議そうに後ろから見ていたことには気が付かずに、理沙は思った。
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