7-3
更に取り調べるため留置する必要があると判断され、検察庁へ送致された後に裁判官の勾留が認められた殺人事件で観護措置が決定してから少年鑑別所に送致されるのが確実な勾留期間に入っていた久賀が絡んだI町での一件はM警察署の管轄内だった事から、奴が出頭したここの留置場での一般面会と呼ばれる方法で情報の取得に協力をしてくれた三人が庁舎正面の階段を降りて来る。
「あら、来てたのね」
本当はこの日の夜に落ち合う約束になっていたが居ても立っても居られなくなって予定外に待ち構えていた自分に大崎がびっくりしながらそう言った。
「沙織さん、落ち着き払って面会を済ませてくれたわ」
「いいえ、深田さんがついて来てくれなかったら緊張で上手く行かなかったわ」
お互いを見つめ合いながら会話を交わす二人に俺は頭を下げるのもそこそこに成果をいち早く欲しがる。
「どうでした?」
「えっとね……」
数十分前 接見室
重い扉が開かれ現れた白い高級ボンタンジャージ姿の久賀信宏がアクリル板の外を見遣って一瞬固まり、
「姉ちゃんが来たのか」
「うん」
次に男は向かって右を一瞥する。
「お前も」
「そうよ」
その後直ぐに正面で相対する姉が口を利く。
「あと、こちらは深田美香さん」
「初めまして」
沙織が右手で示した相手の言葉を受け久賀は訝し気にしながら軽いお辞儀をした。
「私がね、ここまで来る段取りを知らなかったから着いて来てもらったの」
これに男は俯きながらにやけた。
「今日来たのはね、お父さんが正確に知りたいんだって、相手の……なんて言ったらいいのかしら……」
姉が限られた時間を有効に使おうと切り出したこれに久賀が反応する。
「俺が殺したあの人の事か」
この返しを聞いた美香はまだ真意を突いていないと
「そう、その方の名前がね、うろ覚えなんだって」
核心に触れる矢先で大崎が息を呑み、沙織が真剣な眼差しで相手を捉える。
「どうしてそれを聞きに来た」
「だって、お墓にお線香をあげに行かなきゃでしょ?」
「まだ葬式もされてないぜ、そいつ」
「なんで?」
「何でって、それは死体が見つかってないからだよ」
馴染みの薄い単語が含まれる残忍な趣旨で語られた被疑者の告白に面会者の三人が揃って総毛立つ。
「そうだったの……」
力を振り絞って押し出した姉の言葉をきっかけにして時だけが流れた。
暫しの間を置いて沙織が気丈に問いかける。
「で、その人の名前は何て言うの?」
「それは……知らない」
これには外側の三者とも意表を突かれ、下を向いたままだった久賀は見の置き所がない素振りを見せた。
そして抑揚無く詫び言を述べる。
「見てないんだよ、あそこに埋めた人間の顔を」
「え?」
俺は驚きを隠さない声量を発して止まった。
「でね、そこまでで連れていかれちゃったのよ。だから私たちが聞けたのはここまでの内容だったわ」
冷静に話してくれた沙織さんの隣で大崎が少しむくれ、美香さんは浮かない表情で斜め上空を見ている。
(事件に係わる罪証隠滅だと判断されて打ち切られたか。
久賀は埋める作業は朝に一人でと言い、そして死んでいた相手の顔を確認していないと打ち明けた。
柴原は鬼畜龍の奴等が夜中に埋めたと言い、そして殺されたのは柳田だ、と聞いてもいないのに解説してきた。
両方の発言には僅かな時間差だが食い違いが生じている。
これはただ言い回しが異なっただけなのか。
加えてこれから掘り起こされる人物は誰なのか)
「了解しました」
この自分の一言によって皆は各々の役割を終えた事を認識したらしく、
「これで良かったかしら」
と申し訳なさそうにしてこちらを見定めていたこの日はセミロングを束ねずにいた女性に対して、
「お姉さん、今日はありがとうございました」
と会釈をすると、沙織さんは首を二つ左右に振り、次に今日は白のYシャツを清楚に着こなしていた先輩に、
「また色々と助けてもらって感謝しています」
と告げると、美香さんは照れくさそうに頷き、最後にこの日もジーンズ姿の同級生に向けて、
「久賀はアイツなりの正義を貫いている。だが、選択を間違えるおっちょこちょいだからよく見張っておいてくれ」
と進言して言い終わりに二の腕をそっと叩くと、大崎は屈託のない笑顔のまましっかりと頷いた。
それから美香さんの「じゃ、行くね」を合図に三人は視界の遠くに見切れていたミラターボへ歩いて行き、俺はその反対側に設置された駐輪場の原チャリに足を運びながら煙草を咥える。
(もう一つ引っ掛かっている件がある。
タケさんが車内で口走ったと聞かされた話に出て来た“あいつ”とは、どの人物を指していたのか。
しかも誰の何を止められたと思ったのだろうか。
ヤクザの幹部はあいつとされた人物の名を聞いていたのに、わざとその部分を伏せて話したとしたら、隠した意味は何処に繫がるのか。
ダメだ。一秒でも早く真相が知りたい)
そしてニュージョグが焦燥感に苛まれた自分を乗せて走り出した時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
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