疑問視

7-1

 「すいません、美奈子さん御在宅でしょうか」

 「どうしたの、こんな朝早く」

昨日の打ち合わせから少し足らない睡眠時間をを取り、大崎の家に朝駆けで訪問した俺がインターホンで呼び掛けると当の本人が対応だったので「ちょっと頼みが」とお願いの旨を伝える。

「分かった、今出る」

その言葉に後に玄関が開き、着古しのアヒルをモチーフにしたアニメキャラクター柄のスウェットで姿を現した大崎が恥ずかしそうにして門扉を挟んだ向こう側に歩み寄って来た。

「何?どうしたの」

「今日の予定は?」

寝癖らしき髪跳ねをしているまま心配そうな表情をした相手にぶっきらぼうな先ずのお伺いを立てて見る。

「え?教習所ぐらいかな」

あまりにもいきなり過ぎたのが功を奏したのか、すんなりと答えが。

ならば、とすかさずに本題を切り出す。

「久賀がパクられたのは知っているよな」

この固有名称を持ち出した途端に大崎の表情が沈んだ。

「奴の為にもやって貰いたい事がある」

そしてこれを機にお互いが押し黙った。

相手にとっては面倒事でしかない話を持ち掛けた自分が心苦しむ中、目の前の体が少し揺れた。

「それって今日?」

「あぁ、急ぎだ」

突然の頼み事が振って湧いた上に急かされるとは思ってなかったであろうが、必ず承諾してくれと訴える眼で返事を待つ。

そこから暫し見つめ合ったが、同級生は先に目線を切って止まってしまった。

これから行おうとしている中身を聞いたら重荷を背負ってもらう事になる。

それを察知したのか思案に時間を掛けているのだろう。

「やっぱ無理か」

「いえ」

半ば諦めを含んだ一言が即座に一蹴された。

「授業を飛ばすのをチョット躊躇っちゃった」

そっちで悩んでいてくれたのか。

「あなたの頼みは了解した。で、私は何を?」

「奴の姉ちゃんに会って欲しい」

今度は言葉に喜びを含めて切り出した。

「そう、それなら……今電話してみよっか」

「え、知り合いなのか」

「えぇ、お姉さんとは三歳差だけど小学生時分にバレーボールのスポーツクラブで

 一緒だった頃から可愛がってくれててね。久賀君が捕まったのを教えてくれたのも

 沙織さんなのよ」

「助かる。早速お願いするよ」

「分かった。じゃ、待ってて」

そう言い残した大崎が小走りで我が家に戻って行った。

結果を待つ間に頭の中を整理する。


(何はともあれ出頭したのが俺と別れて直ぐだったのかが知りたい。

時間が空いていたのなら奴が墓に供えた可能性もある。

久賀があの場に居たのなら奴もレイプされた人物の名を聞いていた筈。

レイコが埋葬されている場所を誰かに聞き出せるタイミングはあった。

巻きにされた人物を処理するまでの間に引き連れた面子めんつからなら情報を得られる。

但し、レイコとタケさんの関係性を知る機会があったのか、久賀がライターに興味を示していたのを知っていたのかまで把握していなかったら又疑問が空転し我がの混乱を招き行動が為難しにくくなり後手を踏みそうだ)


「明日面会に行く予定だったんだってさ。それで今晩時間作ってくれるって」

控え目の声量だったが確実に届いた声に気付き、その主が扉を半身で押さえつつ片手に収まる物を振って知らせてきたのでOKサインで返し、

「好きな時間でお願いしておいて」と追加して片手で拝んで見せると、これを受けた相手が子機を耳に充てがいながら屋内に戻ったのを見送って一安心する事と同時に煙草を咥えつつ原チャリに戻って腰掛ける。


(あいつは廃バスで河合って奴と世間話をする仲だったと言っていたが、鬼畜龍の奴等と何処まで親密に関わっていたかまでを聞き出せたら話が変わって来る。

レイコに想いを寄せていたメッシュ野郎の後輩が誰かが判明すればソイツからの情報も得られるようになりそうだがつてが無い……)


思案しながら口にしていたラークマイルドが指に熱を感じる寸前までになっていたのを察知し、用済みになったソレを側溝に放り入れようと狙いを定めた視界に数メートル先の自販機が入った途端に喉が渇き、コントロール良く吸い殻を投げ入れた後にそこに向け数歩運んだタイミングで背中側から玄関ドアが開く音がし、ラズベリーのフリル袖ブラウスとジーンズ姿に着替えた大崎が現れ、コンパクトを覗きヘアスタイルを頻りに直しながら門扉の外まで来て立ち止まる。

「七時にT駅前で待ち合わせになったよ。で、どうするの?」

そう言った間だけ髪を触るのを一旦止めた大崎が再び鏡に視線を移してこの先を聞き進めようとして来たが、原チャリまで引き返した俺はそのまま愛車に跨りスロットルを親指で操作しエンジンを一つふかして「じゃ、夜に」と徐に打ち切り、己をを急かすようにその場から離れた。

「え?じゃあ今か……」

何に焦っていたのかは説明が付かないが、一刻も早く確信めいた事柄に辿り着きたかった自分が走行を始めたバックミラー内に何かを告げようとした言葉をバイク音でかき消された同級生が明らかに怒っている姿が映り小さくなってゆく。


 『果報は寝て待て』と言うが、悠長に構えていられる精神状態ではないし、どうしても居ても立っても居られない。

これから知り得るのが凶報である事も覚悟しなくてはいけないが、焦燥感に駆られて至る所に無策で突っ込んで行くのはあまりにも馬鹿すぎる。


この感情は何処から来るのだろう。

あいつに対しての憐れみか。

アイツへの申し訳無さなのか。

あの人への後ろめたさからなのか。


この一連の出来事は何時から始まって何処まで波及してどれだけの人々を巻き込んでいるのだろう。

もし我が身が発端だとしたら、今この時点まで誰を悲しませ、誰を傷つけ、誰を苦しませ、誰を無くしたのか。


この後の俺は、当てもなくY町に向かい目的もないT町を抜け、Ⅿ市を意味無く走り、I町を横断しO町を突っ切る不毛な時間をただ食い潰し、正解の欠片も拾うことが出来ずに約束の夜を迎えた。

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