非倫理

6-1


 土地勘のない俺は数カ所のコンビニで聞き込みながら教えられた県道IE線から赤と白で交互に色塗られた鉄塔が目印の細い道で左折する。

二級河川の名も無き橋を越えて数百メートル走ったその道は、舗装が終わるのを境に農道に変わる突き当たりの様な形となった。

進行方向の左手には畑が広がる逆側にやり過ごした住宅の中にタケさんの家があったのを見過ごしてしまったのに気付きUターンをし、表札を確認し直した三件目の建物の灯りが全て消えているガレージ前でブレーキをかける。

エンジンを停止してサイドスタンドを立てた途端にひっそりと静まり返ったそこにはインターホンを押す前から異様な雰囲気が出ていた。

二階のベランダには暗くなってからかなりの時間が経っているのに洗濯物が取り込まれずに干されているにも拘らず主婦向けの軽自動車が駐車されている。


今の時刻は午後九時過ぎ。

こんな時間になるまで帰宅が遅れる予定が組まれていたとしたら干しっぱなしで出掛けるだろうか。

こんな田舎で子供がいて車があるのにわざわざ他の交通手段を使って行動するとは考えにくい。

あの人の子供の年齢はまだ幼かった筈。

ここから最寄りの駅は遠そうだが、バス停が有ったかは気にかけていなかった。

僅かなヒントか推測するカギは無いか。

そうだ、ポストに……ない。郵便物も新聞も無い。

これは何を意味するのか。


まさかな……全員消された。そんな筈は……

じゃあ、何故胸騒ぎがするんだ?

この光景は何を物語っているんだ?


(なっ)

突然、ハイビームのヘッドライトに照らされた。

こちらからは眩しくて見えないその車は、光を下げるでも消すでもなく前方に人間が存在しているのを明らかに認めている上でそうしている。

誰かがここに来るのを待っていたかの様に。


バタンッ


助手席側のドアから人が降りた気配の後に聞こえた音に身構える。

十数メートル先から歩み寄って来る影の持ち主は逆光で判らない。

「お前だったのか」

その声は嬉しそうに甲高く発せられ、近付かれる途中で相手が識別できた。

「テメーが何してる」

ハイビームが切られ、姿が露わになった人物は沢口陽一で、その風貌は顔だけ中学時代のままでチンピラを絵に描いたような身なりだった。

「よう、久しぶりだな」

「答えろ、何してるッ」

不自然なタイミングの把握出来ない事態の割りには語尾が荒ぶる。

(コイツ、何かを知ってる)

五厘刈りにサテン地のブラックシャツが浮いて似合っていない沢口の出方を窺う。

「見張りだよ」

家の捜索に気を取られていて怪しい車の存在にはノーマークだった。

しかしながらタケさんとコイツの接点には思い当たる節が無い。

それに、この場所を監視しているのはどうしてなのか。

現状で絡んでくるのは……

「お前、和泉組か」

「正解」

にやけた面で鼻先に向けられた人差し指を反射的にへし折りそうになったが堪え、更なる状況と真相の解明を続ける。

「そのヤクザもんが何故ここに居るんだ」

「だから言ったろ、誰が来るのかを……」

「その訳だよッ」

今度は無意識に胸ぐらを掴んでしまった。

差し向き敵としか見做みなせない組の構成員は、これには動じず又しても下品に薄ら笑う。

睨みつける自分に対して「知りたいか」と呟かれ「そう言ってんだろ」と吠える。

「聞かしてやるから離せ」

至って冷静且つあざ笑いながら対処してくる沢口に怒りが掻き立てられ、その提案を呑み込むのに時間を要したが、シャツを握った手の力をなし崩しに抜いた。

「先ずは上のモンに報告してくる」


(ケッ、偉いさんにお伺いを立ててからじゃなきゃ話せねぇのか。若しくは自分じゃどうしていいか判断が出来ねぇのだろうな)


向き直って車に戻る背中から下っ端そのもの感が見て取れる男に向けて心中で悪態をつき待ちの時間になる。

室内灯が点けられコンソールボックスを開けゴソゴソ動く仕草から自動車電話を弄っているのが分かった。

遠目から確認した人影は二つ。


(監視に駆り出されたってのは事実なのだろうが、その目的が考え付かない。

タケさんの家族と鬼畜龍の誰かが接触するのを見張っていた。

警察や家族の動きから久賀の自供を確かめる為。

奴等は何がしたいんだ。何に恐れているんだ)


指示を受けて戻って来る沢口の足音はコツコツと鳴っている。

革靴で待機していたのなら非常時には備えていない。

「お前に会いたいから連れて来いだってさ」

益々意図が汲み取れなくなった自分には、もう的を射た結論に辿り着く事が他力でしか残されなかったのだから言われるがままに従う選択肢を選ぶしかない。


俺はもうどうなってもいい。

死体になっても、殺人者になっても。


「行くのは構わないが、聞かせろ」

これは単なる時間稼ぎではなく、コイツの出現で浮かんだ質問の前置きだった。

「久賀はお前が引きずり込んだのか」

この問いに白のピンストライプがダークグレーに入ったスラックスに手を突っ込み立ちはだかる従僕の口が開く。

「いや、頼み込まれたからだ。まぁ、始めっから使いっ走りに丁度いいと思って口利いてやったんだからそう取られても当たってるな」

ヤツが我が身を託す相手を見誤ったのはここが最初だったのか。

兎にも角にもコイツに探りを入れた所で確信には行き着かない。

だが、もう一つ知りたい。

「久賀はどうしてる」

「何だおい、やけに気にするじゃねぇか。そんなに仲良かったか?てめぇ」

見下した口調とヤクザ風情になっただけで立場が上回ったと言わんばかりの態度にキレかけたが、

「それに、てめぇはどうしてここに居るんだ」

逆に探られた事で落ち着きを取り戻す。

「家主が音信不通でな」

「そうだ、聞いてたわぁ。的屋に出入りしてたって」

顎を引き気持ち仰け反った様は余裕を表現したのだろうが、自分の目には滑稽にしか映らなかった。

「で、アイツは」

「あぁそれか。この先の話は別の場所でな」

まぁいいだろう。

コイツ等の上に会えば謎が解明すると信じるしかない。

「ついて来い」

偉そうに命令した沢口は引き返す足を数歩進めた所で振り返り、

「逃げんなよ」とほざき、俺は即座に「しねぇよ」と吐いた。

深呼吸を一つして腹を括ってから原チャリに戻り跨って方向転換をする車を待ち、準備が整ったのを知らせる助手席の窓から出た合図で黒塗りフルスモークのクレスタのテールからニュージョグを一定の距離を保って走らせる。


これからの自分は、

『虎穴に入らざれば虎子を得ず』なのか。

それとも、

『飛んで火にいる夏の虫』なのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る