4-2
(おっと……)
翌日の朝に何時もの日課になっていたランニングがてらの散歩をいつもと違うルートに変更した俺は、駅から下り方面の単線に沿ってニ十分以上歩き、左手にビニールハウスが整然と並んで広がる乗用車同士がすれ違える幅の道で足を止めた。
小さな鉄工所を最後に遥か先の交差点まで延びる道路右脇には二メートル弱砂利が敷かれ、線路との境には背丈ほどのブロック塀が備わっている。
それに倣って錆びている上にタイヤの外れた廃車や明らかに使用している気配があるアルト、両ドアに会社の看板の入った幌を背負った軽トラ、派手にデコレーションされた4トンダンプが百メートル程度の等間隔で離れて停まっていた。
(知らなかった。ここなら勝手に一台増えていても怪しまれなさそうじゃん)
この時点で、どう見積もっても自分の土地ではない道端を我が物にしている人たちの仲間に混ざろうと決め、ゆっくりとその区間を往復する。
周辺に目を凝らしてみるが車体に書かれたそれらしき会社の存在は認められない。
(後は此処にある車が昼間消えているかを確かめ、夜間にどんな法則で駐車されているかを何日か調べる必要があるな)
歩いている最中にその場の雰囲気を調べつつ何時でもこの保管場所が停め放題なのかの算段を立てた俺は、原チャリなら数分で来られる考えようによっては人目に付かないと思われる場所が問題無さそうと踏み、思わぬ光明が差した事にほくそ笑みながらランニングに切り替えた。
格闘で勝るには数種類のトレーニングを連続し、瞬発的な筋力と持久的な筋力をくまなく鍛えるのが効率的なのだと言われる。
タケさんと部屋で会話を交わしたあの翌日から本を読み漁って調べ倒したから間違っていない。
最近の自分は、習慣になった下半身の力が大半を占める打撃で踏ん張ったり、力負けしないの為に重要且つ必要なふくらはぎの筋肉を鍛錬するロードワークの中で、公園等の鉄棒やぶら下がれるモノがあると立ち寄り、背中、特に背筋を鍛える為の懸垂をするようにしている。
パンチを打つ際は、広背筋を含めた背筋力が拳に乗ってスピードや威力を生み、ディフェンスが間に合わなかった場合は、背中側で受けることもあるから耐久性に優れた背面を作る必要があるからだ。
この時にグリップを逆手ではなく順手で握り、手幅は肩幅よりも広めに取って腕を伸ばし体を浮かせ、脇を締めて胸をバーに近づけるイメージで体を上げてゆっくりと戻す動作を十回、手幅の狭いパターンも十回行っている。
上半身がいくら強くてもそれを支える土台の下半身が弱ければ身体の安定感が損なわれ、最大限の攻撃が繰り出せない。
ベンチや段差があればそこに背を向け、そこに片足の甲を乗せ背筋を伸ばし反対側の足を大きめな一歩程出し、前方に出した方の脚に重心を置いて膝をゆっくりと曲げ、腰を落として膝が直角程度まで曲がったところで一旦静止し、曲げた膝を伸ばして元の体勢に戻す運動を左右十五回行う。
階段を見つければ上り下りダッシュで蹴りを打つ際の腰の入り方に影響する骨盤と股関節を結ぶ筋肉を鍛える。
云わば軽量級の自分には、筋出力向上や連動性強化を追い込むやり方ではなく、集中して動作確認する事に重きを置いて体を動かすのがベストな選択なのだ。
今日も出来る限りの努力をしながら自宅に向かう。
部屋に帰って午前中を過ごした俺は、更なるアイテムを入手するためにD市の外れにあるホームセンターにやって来た。
目的は自動ドアを抜けて右手にある作業服ではなく、入口からの正面通路で陣取っている電動工具でもなく、レジ横に釣り下がる小洒落たキーケース。
部屋や原チャリはキーホルダーでも様になるが、やっぱ自動車のキーはコレでなくっちゃ格好つかない。
先ずはカラーを選ぶ。
無難な茶色でいいか。
次は大きさ。
何本も所有している訳じゃないから小さい方で。
あっさり決めた後は今回の本命を探しに店内を進む。
スノコと接着剤を両手に見ながら通路を歩き、塗料カウンターと内装資材に挟まれた角を右折し、前方に現れた梱包材と建築金物が向かい合う交差点を左に折れ、新たに出現した自動ドアをくぐったエリアに立てかけられた木材に歩み寄る。
欲しかった径三十ミリで長さ九百ミリのヒノキ製丸棒はコンパネやベニヤ板に向かい合って置かれていた。
この代物を買いに来たのは緊急時に備えて、言わば保険だ。
鉄パイプや木刀、金属バットをトランクに積んで用意していたら、始めから暴行に使用するつもりで所持していたとなり、
『正当な理由なく凶器を隠し持っていた者は犯罪に問われる』という軽犯罪法に引っ掛かってしまうが、その際にこの丸棒を後部座席に乗せていただけなら『そば打ち道具で使う麺棒だ』と言い張ればいいと前の職場の人間に聞かされた。
ま、コレを使用する時は相手を潰すまでぶっ叩くからソレどころの罪状じゃ済まないだろうし、運転中に止められて発見されれば無免許でパクられるし、自分がやろうとしている事は百年以上前に制定された決闘罪に該当してソレだけで罪なのだから杞憂か。
数本握って感触を試してみたがどれも変わり映えせず、最後に掴んだ丸棒を持ってキーケースとの購入の為にレジへ。
(やっぱり蕎麦の打ち方を警察に問いただされたらマズいからそば打ち指南書を買っておいた方が良いかな)
余計な偽装工作を考えながら会計を済ませ、店外に出るドアに向かって歩いていると、出入り口を跨ぐ現場作業員らしき男が自分の視界に入った。
そいつとの距離が近付くに連れて敵意むき出しな眼差しを受けているのが分かったが、素知らぬふりでそっぽを向き歩を進める。
だがそいつはすれ違い様、明らかな故意でぶつかって来た。
カチンときたその瞬間立ち止まり、ついさっき仕入れた丸棒の出番かと頭を過ぎるが、その感情を抑える。
今揉め事や警察沙汰を起こしてしまっては自分がやらなくてはいけない計画が水の泡になってしまう。
腹立たしさを必死に堪えて再び歩き出すと、背中側からバカにした笑い声が聞こえてきた。
又足が止まりそうになったが、湧き上がる怒りを買い物袋の手提部と一緒に握り潰してそのまま店を後にした。
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