猜疑心

4-1


「どうした、会って話したいって」

翌日の俺は井出弘と落ち合った。

頭部全体に白のタオルを覆い被せ、胸元に【(株)大貫斫工業】と刺繡された黄土色で上下をそろえた作業着で現れたコイツん家の前ですっかり日が暮れた仕事帰りを待っていたのは、他人にはそう簡単に頼めない相談をしに来たからだ。

「ソレなんだけどな……」

「それよりもチョット来いよ」

聞かれたから本題を切り出しかけたのに遮られ一瞬イラっとしたが、キーホルダーをくるくる回しながら来た道を戻って行くヒロシの後を追う。

 連れていかれた井出宅から三軒隣の至る所で見掛ける緑の金網フェンスに囲われた敷地に差し掛かると、

「スポイラー関係はこれからなんだけど」

と月極駐車場のパネルが括られた出入口のすぐ脇を指差し、その先にはBBSアルミホイールを履かせた90年式マークⅡ2.5GTツインターボが停められていた。

街灯に半分照らされたホワイトボディーの新車を自慢げに披露したヒロシに、

「これ、高かったろ」と訊ねると、ケロッとしたツラでこう言ってのけた。

「ローンは親が組んだ」

あらまぁ、実家に似つかわしくないお坊ちゃまだこと。

「ドライブ行くか」

何の目的も無く運転したがる様からすると、愛車を手に入れてから間がなくよっぽど嬉しいのだろう。

俺はこちらの意見を待たずにロックを解除したヤツに従うしかなかった。


「で、何?」

車を発進させ、シートに左足だけ胡坐をかいて斜に構えた右手だけでハンドル上部をを握る相手に今日訪れた理由についてやっと喋れる時になり「車が要るんだ」と今日の要件を告げる。

これには言うまでも無く目論見があった。

「直ぐにか?」

路地から大通りに出たヒロシがチラ見と一緒にした問いかけに「あぁ」と返し、

「何で必要なんだ?」

と聞かれた事に待ってましたと言わんばかりの面をしてしまった。

「これには事情があってな……」

それからは郊外の二車線道路に入って走行する運転者に事の説明と思惑と魂胆を話し、不定期に道路照明灯や対向車の光を浴びながら自分の策略についてヒロシと議論を重ねた。


 一時間を越すドライブ中で一通り語り尽くした末の結論に納得したヒロシは、

「そうか。そういう事なら……」と思案し、

「この町で足を調達すると言えばあの人だろ」とにやける。

(誰だよ、この町のあの人……)

「あ!」

俺の頭に中坊時代小学校の校庭で乗り回したMB50が浮かぶ。

「行ってみっか」

「あぁ、頼む」

お互いの心当たりがある人物が一致した所でヒロシはハンドルを切った。



「あのぉ、憲蔵さんいらっしゃいますか?」

四コ上の風間宅に到着した俺達はインターホンにそう告げ、対応した人物に待つように指示されてから数分後に面倒臭そうに玄関からアルミ門扉の外まで出て来てくれた黒のTシャツにネイビーブルーの七分丈パンツ姿の先輩に頭を下げる。

「ケンゾーさん、すいません遅くに」

「おぅ」

ヒロシの挨拶をポケットに手を突っ込んだまま応える先輩。

「憲蔵さん、お久しぶりです」

「あ……あぁ」

この反応からすると自分の記憶がこの人には無い様子。

「こんな時間に何の用だ」

問われたのはヒロシだった。

「それなんですが、チョット車を用立てて欲しいんです」

「お前、ここまで何で来た?」

「車です」

「誰の?」

「俺のです」

「何時買った?」

「最近です」

「で、まだ車要るの」

「はい、チョットした訳で」

「それは何?」

「俺の母親が事故って車ダメになったからです」

「それで?」

「新車を買う事にしたけどその間だけの足が欲しいって頼まれて」

「ふぅ~ん……」

怒涛の質問攻めにも負けずにヒロシは、自分が免許をまだ取得していない為代わりに仕入れて欲しいと頼んでおいた任務を遂行する。

「で、どんなの?」

「なるべく地味なやつが」

これに憲蔵さんは眉をひそめて持ち上げ、斜め上空に視線をやった。

「地味な車……あぁ、それなら……」

何かを思いついた様子の先輩に手招きされて自宅の敷地内に二人は呼び込まれた。

 三人でガレージを抜けて母屋を回り込み、裏手に拡がった庭というべきか迷う更地に出ると、憲蔵さんは片隅に置かれていた一台を指し、

「あれどうだ」と月明かりの下でクリーム色がかったセダンに寄って行く。

助手席側で立ち止まった先輩は、

「ウチのじいちゃんが乗ってたのだけど」

と78年式ブルーバードのボンネットを軽く叩き、俺達は近寄りその周囲を歩く。

ここに来る道中で、もし今日中にお目当ての車との引き合わせに漕ぎ着けられたら如何にも自分が欲しそうにしてくれとヒロシに頼んでおいた。

自分の要望に沿っていたこれなら不測の事態から逃れる場面や奴等の捜索時に目立たない。

「けど、おじいさん困りませんか?」

しれっと演技をカマし続ける連れの質問に、

「使ってねぇから平気だ。今は結局軽トラでしか出掛けてないから要らないって言ってんだ」

と願ったり叶ったりに転ぶ話が貰えた。

俺は水垢が浮いている車を暫く眺めた後に腕組みをして立つ先輩の左後方に回り、気付かれないようにヘッドライト前でしゃがんでいた井出にGOサインを送る。

合図を受けたヒロシが、

「コレ、売ってください」と憲蔵さんにお願いすると、

「因みにあと数ヶ月で車検が切れるぜ」と返されたが俺はOKサインを出した。

「丁度いいじゃないですか」

連れはそう言って立ち上がりながら車体に触れる。

いい塩梅の台詞を瞬時に述べる井出が逆に怖くなってきた……

「おぅ、タバコくれ」

自分に振り返ってチョキを出す先輩の指に一本差し出し、風除けを作って火を点すと、憲蔵さんは一度吸い込んだ後にセダンを顎で示し、

「コレの廃車料に色付けた分を払ってくれたら処分もこっちでやってやるよ」

と神の様なお言葉を煙と共に仰った。

「いやいや、ケンゾーさんの手間賃も払います」

俺もそう考えていた。人として当然の対応だ。

「少しの期間じゃ名義変更するまでもないから今持ってくか?」

セットされてないオールバックを撫でた先輩の提案に二人揃って固まる。

田舎の発想は緩くて助かるが、現時点で保管しておく場所は決めていなかった。

「後日改めて代金持って来きますので、その時にします」

機転を利かせたヒロシにまたもや驚かされる。

「そうか、じゃ、また今度って事で」

商談が成立した旨を伝えられた後は皆で門前に戻り各々憲蔵さんに、

「では、失礼します」と別れを告げ、其々が「ありがとうございました」と玄関の扉が閉まるまで礼を尽くした。



 帰途に就くマークⅡに乗り込みドアを閉じた瞬間にヒロシが「話が早くて良かった」とにやけ、俺は「助かった。ありがとな」と感謝の意を伝えた。

「で、次はどうする?」

キーを回し、アクセルを踏み込んで走らせた連れの言葉に、

「また追って連絡する」と返す。

(車庫か……どうすっかなぁ……

流石に会社にはお願い出来ねぇか……

けど、なるべく手元に置いておきたいし…)

頭を悩ましている最中にヒロシが「あとな」とステアリングの中心を人差し指の爪で小突いた。


「コレ、月々の支払いは俺がちゃんとするぜ」


危ないトコだった。てっきり親のすねをかじるモンだと勘違いしてた。

ヒロシ、スンマセンでした……


その時の車内には作内で登場するベンツのナンバーが『893』だったテレビドラマの主題歌が流れていた。

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