センチメンタル・バーミリオン

「ねえ、いい加減に足洗ったら」


 最近知り合った同い年の純粋な少女が、私の汚い手をとりながら真剣な顔をする。


 ――――そんな綺麗な手で、罪を知らない手で、私の手を触らないで。綺麗な貴女が汚れちゃう。


「……無理だよ」

「無理じゃない。そういうのは、自分の覚悟が大事なんだよ。私だって協力する」


 ――――わかった風に言わないで。貴女は汚れを知らないから、そんなことが言えるの。


 彼女は光の当たる世界で生きるべき人間だ。未だ闇を知らず、髪の毛一本さえも汚れてない。

 闇の世界に生きる私にはまぶしすぎる存在で、同時に強い憧れを持った。

 できることなら、彼女みたいに生きたかった。


「……無理なんだよ」


 ため息を吐くように、私は繰り返す。

 彼女の疑問に答えるために、私は言葉を紡ぐ。


「例えば、夜空に浮かぶ月を貴女はどう思う? 綺麗だと思うでしょう?」


 彼女は頷く。


「例えば、彼岸花の赤を貴女はどう思う? 不気味だと思いながらも、綺麗だと思うでしょう?」


 彼女は頷く。


「私はね、もう何も感じないの」

「何も?」

「そう、何もかも。綺麗なものを見ても、汚い物を見ても、私は何も思わない。ただ、そこある“もの”ってだけ」

「そんなことって……」

「あるの。あるんだよ。もうね、色々なことに一喜一憂するのが疲れちゃったから、そうやって心を殺した。私のいる世界はそういうところ。殺したものはもう二度と元には戻らない」


 私が心を殺したのはいつだっけ。


 自分の親を殺したとき?

 私に色々なことを教えてくれた師匠を殺したとき?

 親友と呼んだ彼女に裏切られたとき?

 好きだった彼のことを売ったとき?


 心当たりが多すぎて、今ではわからなくなってしまった。

 全部全部、過去の話だ。


「足を洗うにはね、私はもう汚れすぎてしまった。この手には、体には、赤い赤い血の色が滲んでしまっている。私は罪を犯しすぎた」

「……でも、貴女はそれで幸せなの? そんな人生でいいの?」

「今更、幸せになろうとは思わない。捨てた物も、失った物も、背負っている物も、大きすぎる」


 彼女の手を優しく振り払いながら、私は淡々と告げる。


 悲しくなんかない。

 寂しくなんかない。

 傷ついてなんかない。


 その感情は昔に捨てた物だった。


 だから。

 彼女がぽろぽろと涙を零したとき、私の代わりに泣いてくれてるんだなと思った。

 泣けない私の代わりに、悲しんでくれてるんだなと思った。


 そんな彼女を抱きしめることさえ、私にはできなかった。


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