夢と現実


 ––––––––––私は、水彩画家になりたかった。


 水彩画に惚れたのは、母に連れられて、美術館に行った時だった。

 ちょうどそのとき、水彩画が展示されており、私はそれらの水彩画に魅入った。


 爽やかな色遣い。奥まで見通せそうな透明な感じ。ぼんやりとした水っ気。


 私は絵の世界に引き込まれた。

 こんな絵を描いてみたいとさえ、思った。



 –––––––––––でも、私は水彩画家にはなれなかった。



 私の仕事は。

 制服やドレスなどを着て。

 口紅やアイシャドウなど、メイクをする。

 別人になる仕事だ。


 私には、演技の才能があった。

 いつか見た水彩画のように、人を世界に引きずり込むくらいの、演技の才能があった。


 絵の才能がなかったわけじゃない。むしろ、上手い方だった。

 でも、それ以上に、演技の才能があった。


 両親に、「水彩画家になりたい」と言ったことがある。

 でも、両親は駄目だ、と首を振った。


「貴女には演技の才能があるの。それを活かさなくてどうするの」

「才能がある者は、その才能を使う義務がある」


 父も母も、それなりに名の売れた役者だった。

 だから、その言葉には、かなり説得力があった。


 才能を活かすことは、義務。


 この世には、役者になりたくてもなれない者が大勢いる。

 役者になれたとしても、食べていけない人が大勢いる。


 そんな彼らに対して、才能を持つ者は責任を取らないといけない。


 そんな考え方が、小さい頃から植え付けられた。


 はっきり言って、糞食らえ、だ。



 私の人生は、私だけのもの。

 どう生きようが勝手じゃないか。


 私は、今すぐにでも、この別人になりための制服を、絵の具で汚してしまいたい。

 口紅なんて、塗らなくていい。そんなことより、真っ白なキャンパスに絵の具を塗りたい。



 でも、できない。

 結局私は、意気地なしなのだ。


 今日も私は、私じゃない誰かになる。




三題噺「制服」「水彩画家」「口紅」

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