月が綺麗ですね
「何してんの、希薄なメガネ」
突然、後ろから声がした。本当に突然のことだったから、少年は思わず、わっと声を漏らしてしまった。
「そんなに驚かなくてもよくね?」
そこにいたのは、髪を明るく染め、耳にピアスの穴をあけた、ギャルに分類される少女だった。
いきなりだったから、と少年が答えると、少女はほんのちょっとだけ、ごめんと言いたげな顔をした。
そして、再度聞いてきた。「何してんの」と。
少年は、堤防に腰をかけ座っていた。時刻は夜の10時を過ぎたところ。今は2月中旬で、いくら厚着をしていても体が凍るような寒さの時間だ。
そんな少年に興味を持つ少女の好奇心は正しい。
月を見てたんだよ、と少年は黒のペンキを塗ったような空に浮かぶ、お饅頭のような月を指差した。
「あ、希薄なメガネって天文部だったね」
少年は頷き、そして尋ねる。希薄なメガネって何、と。
「え、マジで言ってる?」
こくこくと頷いた少年を見て、少女はさらに驚いた顔をした。
「お前、クラスとかでそう呼ばれてんだよ。“希薄なメガネ”って。存在感薄いし、喋んないし。
というか、希薄なメガネ、そんな声してんだ」
少女はへにゃりと顔を緩ませた。
そんな少女に、少年は、君はどうしてこんな時間にここにいるの、と聞いた。
「コンビニ行ってたの。家に何もなかったから」
そう言って、少女は手にぶら下げてたレジ袋を見せる。
こんな時間に出歩いてたら危ない、と少年が言うと、お互い様じゃん、と少女が笑った。
「あ、そうだ。これあげる」
レジ袋の中から、少女は缶コーヒーを取り出し、少年に渡す。少年の冷えた手には、その温かさは少しだけ乱暴に感じられた。
「じゃあ、また明日」
そう言って、立ち去る少女の背中に少年は言葉をかける。
「月が綺麗ですね」
何当たり前のこと言ってるの、と少女はけらけらと笑って去っていた。
缶コーヒーの温かさのせいなのか、少年の体は熱を帯びていた。
月は何も変わらずに、柔らかに輝いていた。
*三題噺「月」「少女」「希薄なメガネ」
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