嵐去って

 膝の上の皿からクッキーを頬張るたびに、シェリーテちゃんの表情はコロコロと変わる。美少女の仕草は見ていて飽きない。

 逆に彼女の隣に座るアロハシャツの小汚い爺は、皿の上のクッキーが一個、また一個と減っていく度にしぼんでいくので、すぐに見飽きた。


 僕はシェリーテちゃんの喜ぶ姿を更に見たくて、冷蔵庫にあったゼリーとプリンも差し出した。もう貢ぐ君とか何でも好きに言ってくれて構わない。

 幸い彼女はどちらも初見だったようで、ゼリーをスプーンに取っては「宝石みたい」と言いつつ光を通してみたり、プリンを味わっては小躍りしそうになるほど嬉しそうに食べていた。


 反対にシェリーテちゃんが最後の一口を食べるところを見ながら、エア味見した爺。

「いいもん……。帰ったらワシもそれ作るもん……」

 と、完全にスネた。

 どこにも偉大な魔法使いとやらの威厳は無い。

「さっき、シェリーテちゃんに『見た目だけで、味まで再現できた事が無い』って言われてたろ。しかも味見すらできてないし……」

「おのれヨシアキ! ワシにもくれたってええじゃろうに! 今ここでワシの大魔法で目にもの見せてくれる」

「やれるものならやってみろ! そもそも爺の喜ぶ顔と、美少女の喜ぶ顔、健全な男子ならどっちを見たいと思うよ?」

「むむむ……」

 反論できまい。自称大魔法使いが高校生に口で負けるとは情けない。

 ちらりとシェリーテちゃんを見るが、絶賛余韻堪能中ぜっさん よいん たんのうちゅうで、こちらの話など聞こえていない。


「しょうがないな……。ほれ!」

 僕はテーブルの上にあったコーラ味の飴玉を爺の口に放り込んだ。

「むぐっ! ……な、何をするんじゃ! 息が詰まって死んだらどうするんじゃ!」

「そうなったら弟子に泣いてもらえるかもしれないぞ?」

「……」

「というのは冗談だが……ウマいだろ、それ?」

 そう言われて、爺は素直に口の中の飴を転がした。

 直後、驚いたような顔をしたかと思うと、爺はにやりと笑ってみせた。

「なんじゃ、シュワシュワしていけるなこれ。……このシュワシュワは魔法か?」

「いんや、科学だ!」

 僕はにんまり笑って応じた。

 この際、シュワシュワが科学に含まれるのかはツッコまないで欲しい。


「シェリーテ、満足したか?」

 飴玉を舐めながら、爺はシェリーテちゃんに声をかける。

 プリンの余韻に浸って呆けていた彼女は、可愛そうにもその声で現実世界に引き戻された。

「あ、はい。ヨシアキさんに免じて許してあげます」

 そう言われて爺は苦笑いした。

 とりあえずは盗み食いの罪は許して貰えるようだが……。先程からの様子を見ていても、弟子の方が立場が上なんじゃないだろうかと思えてくる。

「それはそれとして、あとで奥様に色々と報告しておきますが……」

「うぇあっ!?」

 爺は変な声を出したかと思うと、一気に青ざめた。

(何? 爺に嫁さん居たの? それもヤバい人なの?)

 疑問に思ったが、口にしないでおく。下手に首を突っ込むと、何かあった時に僕まで巻き添えを食らうかもしれないからな。


「何にせよ、ワシはシェリーテを迎えに来ただけだし……。とにかく腹が減ったから帰るとするわい」

 さらっと食い物を与えなかった事に対する当て擦りしやがった。

「ヨシアキさん、お世話になりました。お土産のお菓子まで頂いちゃって……。またできたらクッキーを頂きにきたいところですが……」

 シェリーテちゃんは丁寧に頭を下げると、優しく微笑んだ。

「いいよ、今度は違うお菓子も用意してあげるよ」

 異世界かどうかはともかく、遠くに住んでいればそうポンポンと来られるものではないだろう。シェリーテちゃんにはまた会いたいけど、もう来ないよな。


 この後、僕らは記念撮影をして握手を交わした。

「ではな!」

 そう言って爺は手にしていた帰還石とやらを床に放り投げる。すると直ぐに、先程と同じように床に光る魔法陣のようなものが描かれた。

「それでは……」

 二人が手を振りながら中に入ると魔法陣が大きく輝き、その光が消えた時には全て跡形も無く消えていた。


「どういう手品なんだろう……。シェリーテちゃんの耳は本物っぽかったし、本当に異世界から来たのか? ……まさかな」

 気が抜けて、ふとベッドに腰を下ろし頭を掻こうとして気が付いた。


「あ……」

 また頭のサークレットが残されていたのだ。


 いや、それだけではない。この時僕は知らなかった。もう一つの忘れ物がベッドの下にあったということを。

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