第6話 はじめての王都

 ララが歩くところ、町のいろんなところに薬草がひっそりと生えていて、ララはそれらをひとつひとつ拾っていった。


 あんまり至る所にあるので、本当に薬草なのか? と思って、ためしに俺が『鑑定』スキルを使ってみると、地面に生えているのは【草】と出るのだけど、ララが摘んだとたんに【薬草】に変わった。


 別に不思議なことではなく、その辺に立っている【木】だって、木こりが伐採すれば【材木】だし、台風で倒れただけなら【倒木】だ。


 父親が言っていたことだけど、商人の鑑定スキルは、物そのものを鑑定しているわけではない。

 物に関わっている人の心を鑑定している。

 価値というのは、必要としている人がいなければ生まれないからだ。


 ただの【草】でも、専門家のララが摘むことで、はじめて俺にも【草】以外の価値が見えるようになるのだ。


「ハスラハナニラ、回復効果があるわ」


「これも薬草なんだ。よく薬草採集クエストが出てるのは、ハスラオトギリソウなんだけど、どう違うの?」


「ほとんど同じよ」


 ララは、いろんな薬草が入った薬草籠に、ハナニラをいっしょくたに放り込んだ。


「ハスラオトギリソウは魔素がたまると特徴的なまだら模様が出てくるから、初心者でも効果の高いものとそうでないものを見分けやすいのよ。けれど魔素のピークが夏場のたった1日だけしかないの。けど、ハナニラは年中取れるからピークが長いの、収穫する時期によってはハスラオトギリソウより回復効果が高くなるのよ」


「へー、知らなかった。つまり、初心者向けの薬草だったってことか」


「気をつけてね、ライダー。山にはいろんな薬草があるけど、種類を見分けられないと大変なことになるのよ。ちなみに、こっちはハスラスイセン。ハナニラとそっくりだけど、毒があるから絶対に食べちゃダメよ」


「げ……なるほど、確かにそれは素人に依頼するのためらうよな」


「ほんとうは薬草だって、毒の成分が多いものよ。ふつうは毒をきれいに取り除いて、魔素だけ取り出したものをポーションにするの」


「さっき、見境なく生のまま食べまくってたけど、あれも危険だったんだ?」


「ううん、ぜんぶ私が取ったものだから大丈夫」


 さも当たり前のことのように言った。

 きっと『薬草摘み(グリーナー)』の彼女には当たり前のことなのだろう。


「だから、ぜったいに自分で拾って食べちゃダメよ? なにか拾ったら、食べる前に必ず私に見せなさい」


 などといって、ララはお姉ちゃんぶっていた。

 きっと妹たちと花園にいたときも、ランクの低い彼女たちを連れて、同じように教育していたんだろう。

 かなり教え慣れている。


 ちなみに、本物のニラにはニラの臭いがあるから、それでスイセンと見分けなきゃいけないらしい。

 頑張ればできないことはない……けどちょっと怖い。


 他にも、収穫する時期がちょっとずれると毒にしかならない、紙一重の薬草もあったりする。

 俺が薬草に手出しするのはよして、ララに一任したほうが賢いだろう。


「それ摘んでどうするの?」


「調理して晩御飯にします」


「お昼にあれだけ薬草たべたのに? せっかく拾ったんだから、食べるより売ってみたほうが良くない?」


「売るの?」


「そう、ペグチェの人たちは、薬草をお金に替えたりしないの?」


 次期族長なら、取り引きなんかも教育を受けていると思ったのだけど。

 ララは、ちょっと考え込んだ末に、言った。


「ヒツジ肉と織物と移動式テントと櫛にしか替えたことがないわ」


 ララは今までの買い物をぜんぶ覚えていた。

 さすが流浪の民、お金の概念がないんだ。

 とりあえず、お金がどういう物かから教える必要があるだろう。


 さっそくララを連れて、東の冒険者区画に行った。

 そこには冒険者ご用達の巨大市場がある。

 建物の壁を利用して張られた庇(オーニング)が珍しいらしく、ララはちょこちょこと屋台の間を走り回って、目をきらきらさせていた。


「すごい、石の壁を使うと、テントが半分ですむのね! この発想はなかったわ!」


 ララにとっては大発見だったようだ。

 俺も庇を見てテントを半分ですませているという発想がなかった。

 風通しがよくて涼しそうだから、夏場になると活躍するかもしれない。


 ここは冒険者ギルドが経営している市場で、ギルドに所属している冒険者なら、素材を高く買い取ってくれる。


 庇の下に集められているのは、オトギリソウみたいな初心者向け薬草以外にも、魔獣の角や肝、毛皮といった玄人向けの素材が並んでいた。

 それらを見ながら歩いているのは、ローブに身を包んだ錬金術師や魔術師、それか武器や防具の職人などが大半。

 ようするに、買い手はみんな鑑定眼のあるプロばかりだ。

 ララの薬草が本物なら、売れないはずはない。


「すいません、ちょっと薬草を見てもらいたいんだけど」


「あいよ……なんだ、ほとんど雑草じゃないか? オトギリソウとかないの?」


「『薬草摘み(グリーナー)』が摘んだから本物だよ。隣の人は銅貨10枚だすって言ってたけど」


「ええっ……ちょっと待ってくれ、専門家じゃないとわからんし」


 商人として育てられていた俺は、商売のスキルもある程度は持っている。

 いろんな所でふっかけながら、街中で拾った薬草を換金していくと、ざっくり銅貨20枚くらいになった。


「ほら、これがお金だ」


「おおー」


 ララは、口を丸くして驚いていた。

 ちなみに、銅貨はだいたい1枚で一般市民の1食ぶんだ。


 500円という中途半端な価格なので、ふつうは半銅貨(ハーフ)という半額のものや、四半銅貨(クォーター)というさらに半額のものを使う。


 街中に生えていた薬草でもお金になるなんて。

 商人をやっていた父親なら、目の色を変えて飛びつくだろう。

 なんて便利なスキルだ。


 ララに銅貨をあげると、不思議そうに絵柄を見ていた。

 前世のコインと同じで、表に国王とか国のシンボルが書かれている。

 今の銅貨に書かれているのは、北国ウツヨキのシンボル、カエデだ。


「薬草がカエデになったわ」


「ララ、あそこの屋台に持って行ってごらん」


 とりあえず、お金をちゃりちゃり、とララに渡して、買い物を体験させてみることにした。


 ララは、銅貨をちゃりちゃり鳴らして、屋台に駆けていった。

 背が低いから、背伸びして屋台のおじさんと話をしている。

 おじさんが鉄板の上で何か作業しているのを、背伸びしてなんとか見ようとしている。

 やがて、ちゃりちゃりちゃり! とさっきより勢いよく銅貨を鳴らして、こっちに戻ってきた。


 おー、無事に買ってきたな。

 王都の名物、焼き鳥だ。

 もっちりしたもも肉が串に連なっていて、タレでてらてらと光っている。

 ネギが間に刺さってないのが残念でならない。


「カエデがお肉になったわ。ライダー、食べよう!」


「ありがとう」


「2本で半銅貨1枚になります」


「くれるのかと思った」


 ララは、お金の使い方をあっという間に習得してしまった。

 彼女は、将来一族を率いる次期族長として、しっかり都会の事を吸収しようとしているのだ。


 * * * * * * * *


 ララを連れて街中をうろうろしていたら、あっという間に夕暮れが近づいてきた。

 俺の用事もまだ残っているので、とりあえずララの身柄をどこかに預けておかなければならない。


 というか、はやくクエスト完了の報告をしないと。

 スピードが命の『騎兵(ライダー)』の沽券にかかわってしまう。


「日も暮れそうだし、泊まれるところ探そうか。さすがに俺の住んでいる下宿には呼べないし」


「ライダーはどんなところに住んでいるの? 興味あります」


「冒険者野郎どもの下宿。人呼んで『梁山泊(りょうざんぱく)』」


「りょう、ざん、ぱく」


 すさまじい名前の響きに、ララは、ごくり、と喉を鳴らした。

 そこは、ランク9以上のハイランク冒険者のみが住む、猛者どもの巣窟。

 近隣住民からも恐れられている、冒険者による冒険者のための冒険者の下宿だった。


 まあ、近くに新しい下宿ができたから、新入りがみんなそっちに取られちゃって、古参しかいないだけだけど。

 ララみたいなかわいい子が寝泊まりするには、さすがに問題がある場所だった。


「まるで地獄みたいな宿屋さ……雨風がしのげるだけの木製の小屋に、5、6人が雑魚寝する大部屋がひとつあるだけ。風呂もなければ食事のサービスも一切ついていない。それどころか、大家はたまに1カ月くらい冒険に行って不在になるから、雨漏りも隙間風もみんな自分で修理しなきゃならない。

 唯一のアメニティは中庭の共同井戸がひとつだけで、朝夕はそこに行列ができる。雨がふったらみんな大はしゃぎで外をかけまわる。どんなに疲れていても、朝はニワトリがけたたましく鳴いて起こすし、夜は寝ぼけたウマがたまに入ってきて、大騒ぎになる。ついでにトイレはご想像にお任せする」


 ララは、うーん、とイメージを働かせている。

 そういえば、建物の質がどうのこうの以前に、ララは移動式テントでみんなと一緒に生活しているから、梁山泊の生活とあんまり大差ないのかもしれなかった。

 住居に対するこだわりとか、プライバシーが守られていないことに対する嫌悪感とか、そういうのが全くないのだ。


「それって、なんだか楽しそうなんだけど?」


「いや、ダメ、ぜったい。近づくだけでも汚れる」


「私はそこでいいと思いますけど」


「よろしくない。ぜったい危ない。前世の俺基準では、女の子が泊まったら完璧にNGだから。ちょっと無理してでも、いいところを探そう」


 ということで、ララのために、ちょっと値が張る宿場を探した。

 せっかく都会に来たのだからな。

 大通りを挟んで西側、スワッグや魔法のランタンがいくつも飾ってあるいい感じの宿屋で、受付けの化粧の濃いおばちゃんに尋ねてみる。


「うちに泊まりたいの? 坊やにはちょっと高いかもしれないよ」


「ああ、構わないよ、親父のお使いだから」


 もちろん商人的な建前は駆使した。

 常に保護者の影をちらつかせておかないと、塩対応されるのがオチだ。

 服もわざわざ昔使ってたのを引っ張り出してきて、サスペンダーを意味もなく引っ張ったりした。


「できたら共同部屋じゃなくて、個室がいいんだけど」


「もちろん全部屋個室よ。それから風呂とモーニングサービスもあるわよ」


「へー、モーニングがあるのか。なんか本格的なホテルっぽいな」


 おばちゃんも嫌なガキが来たな、と内心思っただろうが、そういう感情が先入観を強固なものにするので、俺の話が嘘じゃないか、と途中で見抜けるほどの心の余裕がなくなるのだ。


 ちなみにモーニングサービス、というのは無料の朝食サービスのことで、完璧な和製英語である。

 前世では、タイ人の研修生にまったく通じなかった記憶があった。


 言葉の響きだけでは、ララにも分からないと思うので、あとで教えてあげなければ。

 ひょっとして梁山泊みたいな、ニワトリがけたたましく鳴いて起こしてくれるようなサービスだと思っているかもしれない。

 などと考えていたら、ララはぴっと手を挙げて、真面目な顔で質問した。


「夜はウマが入ってくるんですか?」


「ウマ?」


「ウマと一緒に寝られますか?」


「ウマと?」


 ちょっと待って。

 言ったじゃん、それサービス違うって。

 俺は赤面してしまった顔を隠すことに努めた。

 せっかくのキャラが崩れてしまう。


 * * * * * * * * * *


 紆余曲折あって、ようやく俺は、ララの部屋を手に入れることができた。


 ちなみに、西区はハイソな住宅街が立ち並ぶことから、王都では高級であることを示す指標としてよく使われている。


 1泊で、しめて銀貨2枚。

 銀貨1枚が5000円なので、格安ビジネスホテルばかり使っていた前世の感覚だと、ちょっとランクが上がった感があって嬉しい。


 銀貨以外でのお支払いはお断りしているところが多いので、俺のポケットマネーから銀貨を出して、とりあえず1泊ぶんは確保してあげた。

 おばちゃんはますます顔をしかめた。


 ララの所持金は、さっき街中で採集した薬草の銅貨20枚だけだ。

 俺が無利子で両替すれば、ギリギリ今日の宿代が払えるぐらい。

 けれど、この先どうなるか分からないので、なるべく多く取っておいた方がいい。


「明日の事は明日考えるとして、今日はここに泊まっておいてよ。とりあえず、騎士団長に相談してくる。ララの家族を探すぐらいは、プロに頼っても問題ないだろう」


「いいえ、必要ないわ、ライダー」


「え、どうして? 帰りたくないの?」


「だって、私の帰る場所はすぐそこにあるでしょう?」


 そう言ってララが指さす先には、山がそびえていた。

 今もどこかでペグチェが歩いているだろう、広大な山だ。


「妹たちとはそのうち巡り合えるわ。それに私、もうちょっとこの町の事を知りたくなったの」


 なんとも流浪の民らしい、おおらかな答えだった。

 彼女の感覚としては、山はそこに見えているし、ちょっと広い庭で家族と離れ離れになっただけなのだ。


 ララは、思った以上にしっかりした考えを持った子だった。

 それに今日だけで、都会の事をずいぶん勉強したみたいだし。

 彼女がもっと勉強したい、というのなら、俺には彼女を止める理由なんてない気がする。


「ライダー、私と一緒に泊まらないの?」


「ここに? うーん」


 なかなか魅力的ではある。

 男の一人暮らしで、貯金しかしないから金に余裕はあった。

 けれど、今回のクエスト報酬が銀貨3枚とポーションセットだ。


 ギルドも経営難で、報酬を現物支給するようになったし。

 宿屋で1泊するのに現金の半分以上を使うのは、けっこうキツい。


「いいや、俺には『梁山泊(りょうざんぱく)』があるから」


「いいな。ニワトリとウマがいるんでしょ?」


「サービスじゃないから。おやすみ」


「おやすみ、ライダー」


 会う約束はしなかったけれど、明日きっと会える、という予感がした。

 不思議な出会いをしたものだ。

 こうして俺はララと別れ、ようやく任務終了の報告をすることが許されたのだった。

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