二.
「
「は、はい。私が御社を志望したのは――」
目の前の長机にずらりと座るスーツ姿の面接官に向けて、僕は頭の中の履歴書を必死で読み上げた。いくつも就職試験を受けてきたが、大本命は医療器具メーカーであるこの会社だ。
「
「約五%……です」
その通り、と面接官は教鞭を執る教師のようにはきはきと返した。
「コウモリに似た翼を持つ彼らは症例も少なく、介助の環境も揃っていない。今後更なる医療器具の開発が求められるでしょう。ただし有翼人種の大多数は嫡出後に
「は……はい」
それは文字通り対の羽を切り落とし、
「なぜ除翼が必要なのかと言うと、世の中の多くが無翼に適した作りになっているからですね。他にはご存知ですか?」
「翼起因の病気を未然に防ぐ為……それから現在の法律では有翼人種は自由に空を飛べず、あっても邪魔になるだけだから、です」
ドローン等と同様、いやそれ以上に羽ばたける場所は限られている。翼は淘汰され損ねた不必要なパーツなのだ。
右端に座る髭面の面接官が興味深げに頷く。
「さすがに詳しいね。『有翼人種同好会』とやらに所属してたんだって?」
「はい、大学在学中に……」
メンバーは出身地も性格もバラバラで、だけどそれなりに有翼人種に興味があって、彼らを尊重していた。卒業後にOBで集まる機会も多く、最近ではこの同好会が各々の人生に多少なりとも影響を及ぼしていることを実感する場面が増えた。
秀才のヒロは有翼人種の研究が有名なN大学に助教として就職し、日々研究に没頭している。お洒落好きのマコは最近有翼人種専用の服飾ブランドに転職したし、真面目が取り柄のエイタは公務員になり、今は飛行施設の建設を計画しているらしい。
そして朝日。
彼女の両親は、生まれたばかりの娘の背中から翼を切り落とすという選択をしなかった。快活な彼女は自身の背中から生える対の羽を誇らしげに――少なくとも僕にはそう見えた――背負いこんでいた。そして、空を飛べない代わりに、二本の足で地を駆けた。
翼と共に生きることを選んだ彼女は、いまや陸上界に彗星の如く現れた有翼の美女として連日メディアに取り沙汰されている。
僕だけだ。翼も未来も、何もないのは。
「話を戻します。率直に聞きますが、梶浦さんは、除翼文化が今後下火になると思いますか?」
僕は言い澱んだ。情けないことに答えが口から出てこない。
面接官はつまり
面接官が手元の紙面に目を落とした。おそらく、非正規雇用で埋められた職歴欄を眺めているのだろう。
駄目だ。
落ちた。
耐えきれず僕は視線を逸らした。
気分は今にも雨が降りそうなくらい湿気こんでいるというのに、窓の向こうは嫌味なほど快晴だった。
青い空、白い雲――。
学生時代の自分たちが、瞼の裏で青い空を見上げている。
”飛びたい”
それは、朝日が晴れた日に決まってよく言う言葉だった。
僕はその度に隣で夢想したものだ。背中の翼を力強くはばたかせ、空を掻いて風になる――勢いよく青い世界に飛び出していく姿を。
『時折りね、どうしようもなくはばたきたくなる時があるの』
いつも明るくて笑顔の絶えない朝日の顔が、陰りを帯びる瞬間がある。
僕は気の利いた言葉ひとつ返せないで、いつもただ隣に立っていることしかできなかった。口をひらく自信も、一歩踏み出す勇気も、生まれた瞬間にどこかへ落っことしてしまったのだ。
『それってね、きっと本能なんだよ』
『うん』
『生物の本能まで、人は管理できないよね』
『うん……』
『空を飛びたいって思うのは、ダメなことなのかな』
僕にも分かるよ。青い空を見ているとどうしようもなく飛び出したくなる、その気持ちが――。
『いつかって、いつ?』
本能が、真っ赤な夕日を背に佇むシルエットを
普段は温厚な朝日が、あの時だけはなぜだか語気を強めて反論した。
『夕ちゃん。飛ぼうよ、一緒に』
そうだ。飛ぶんだ。
そのためにここに来た。
空を飛びたいと願うことは、ダメなことなんかじゃない。
「……有翼人種には、飛行本能が備わっています。それがなくなることはありません」
ぽつりと呟いた僕の言葉に、面接官たちが静かに目を瞬いた。
「翼を切り落としても、飛びたいという衝動までは消せないんです。真に義翼を必要としているのは、
「ほう。なぜそうとはっきり言いきれるのですか?」
試すような目を向けた面接官に、僕は今度こそしっかりと向き合った。
「それは――僕が、除翼された有翼人種だからです」
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