家に帰ろう
なか
第1話 ツイッターとヤフー天気予報
ツイッターでこんな話題を見かけた。
『ゲイのみんな! クリスマスが近づいたら油断しちゃダメだよ』
はて? 何の話だろうと思ったら、大した内容ではなかった。高価なクリスマスプレゼントや、特別感のあるイヴの予定、そういった事を重く感じる恋人からポイッと捨てられてしまう。クリスマス前はそんな哀れなゲイが急増する時期なのだと。
そもそも曖昧な関係ばかりなのがゲイの恋愛模様なわけで。この先もずっと一緒にいたいわけでもない。でも何となく会って、ご飯を食べて……ムフフなことをして。それだけの相手へわざわざクリスマスプレゼントを贈るのは確かにためらってしまう。ましてや、相手にプレゼントを買われてしまったとしたら後味も悪い。その前に何とかしたいと思うだろう。
「そんなこともあるのかねえ?」
完全に他人事だった。ツイッターのタイムラインを指先でスクロールさせながら、リビングの対面式キッチンで洗い物をしてくれている彼氏に話かけたら、
「さあ、どうだろうな」
と気のなさそうな声が返ってきた。
そっけない感じが気になって、ソファに寝そべる上体を起こし、三年付き合ってきた彼氏、哲也に目を向けた。宇多田ヒカルの『光』を鼻歌交じりにフンフンと口ずさみながら皿を洗う姿は、普段と変わりなく見えたので、安心して再びソファに身を沈めたのだが、まさかその二日後に、自分がツイッターの話題と同じ仕打ちを彼から受けるとは思ってもいなかった。
◇
ヤフー天気予報によると、大陸からの強い寒気団が南下した影響で、今夜半から東京でも降雪が見られるかもしれないとのことだった。ホワイトクリスマスには、まだちょっとばかり気が早い。
十二月、スーパーやコンビニの店内にクリスマスソングが流れ、街にイルミネーションが灯りはじめるとソワソワした気分になってくる。別れ話なんてされなければ、近いうちに哲也へ贈るクリスマスプレゼントを買いにいこうと思っていた。そう、例えば今日のように営業の出先から直帰できるときにでも。こっそりと。
「そういえば桜井さんは、おいくつだっけ?」
「あ、えーと……今年で三十一歳になりました」
オフィスの革張りのソファーに腰を落ち着けて、ズズッと渋い緑茶をすする。
月一でオフィス用品を納入している小さな印刷所に来ていた。タウン誌を製作している工員数名の町工場で、社長さんが人当たりの良い気さくなオジサンだった。納品にくるといつも丁寧にお茶まで出してくれて、十分程度、世間話に付き合うようになっていた。
「三十一歳なの? へえ、若く見えるねえ。ぜんぜんそう見えないですよ。お子さんも嬉しいんじゃないの? 若く見えるお父さんは、幼稚園とかの父親参観でも鼻が高いだろうから」
大きな鼻にひっかかった小さな眼鏡をちょんと中指でかけ直す。そんな社長さんの言葉に面食らってしまった。
「あ、いえ、子供はいません……というか、結婚もしていないものですから」
別に悪いことをしているわけでもないのに、眼鏡の奥からジロジロと向けられた社長さんの視線に肩身の狭い気持ちになってしまう。
「へえなんで? もう、三十一歳でしょ? 桜井さん、可愛らしい顔しているからモテそうなのに。またより好みしてるんじゃないの?」
「いやいや、そういうことでもないんですけど……いい出会いはないものでして」
頭の後ろに手をまわして苦笑いをする僕に、社長さんは納得のいかない顔をした。
「桜井さん……もしかして、こっちとか?」
声をひそめて手の甲を内側に向け、口元に寄せる仕草をする。それはテレビでよく見かけるオネエを彷彿とさせるポーズだった。一瞬、言葉を失う。
「ち、ちがいますよ」
何とも言えない後ろめたさのトゲが胸にチクリと刺さる。
「ああ、そうなんだ。よかった。じゃあなんで結婚しないのかねえ。自然の営みでしょ? 結婚をして子供をつくるのは。私も娘がひとりいるので桜井さんのような人を見かけると心配になってしまうんですよ。ご両親もそれを望んでいるでしょうに」
社長さんは首をかしげた。
「父は私が学生の頃に亡くなっていまして。母は健在ですけど、あまり結婚の話はしてこないですね。いったいどう思っているのか、私にもわかりません」
「そう、お父様はお亡くなりに……、それは辛いことを聞いてしまいました。申し訳なかったですね。でも、お母様ひとりだったら、なおさら、お孫さんの顔を見たいと思いますよ」
社長さんはしんみりとお茶をすすった。
悪気がないのはわかっている。社長さんはとてもいい人だ。工場の従業員ひとりひとりに目をかけていて、家族のように思っているのが伝わってくる。奥さんのことも大事にしているし、年頃の娘さんが最近口を聞いてくれないと嘆いている。どこにでもいる善い人だった。茶菓子まで用意して毎回もてなしてくれる社長さんのことを僕は悪く思いたくない。悪意のない偏見なんて、この世界にはいくらでもあるのだから。いちいち目くじらを立てていたら、僕の周囲は敵だらけになってしまう。
――が、それにしてもタイミングが悪い。
同棲していた彼氏にフラれた哀れな男を逆なでするような結婚話……できるものならしてますよ! と叫びたい気持ちをお茶と一緒に飲み干して、早々に席を立った。
「あ、桜井さん」
社長さんが席を立つ僕を見上げる。
「はい?」
「悪いけど、このボールペンはいらないかなあ。このドラえもんがついちゃってるやつ。さすがに娘ももうそんな歳じゃないし。オフィスでも使えないですしねえ」
「そうですか……」
試供品にと社長さんにわたしていたアニメメーカーとコラボをした自社製のボールペンを受け取った。娘さんが喜ぶかもしれないと思ったのだ。ちなみにドラえもんではなく、妖怪ウォッチだったのだけれど。
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