第24話



 腰を抜かしていたクライをちらと見る。

 両目に涙を浮かべ、がたがたと震える彼の動きに反応してか、ダークパンサーが足を止めた。

 俺たちは揃ってその場でしゃがみ、様子をうかがう。


 ダークパンサーは……しばらく周囲を見ていたが、再び歩き出した。

 ほっと一息をついたところで、オンギルがクライの肩を叩いた。


「なんだ、おまえも戦いたかったのか?」

「ち、違うよ! どうしてそんな発想になるんだよ!」

「だって、わざわざダークパンサーに居場所を伝えるようなことをしたからな? なんだ、違ったのかよ」


 オンギルが肩を竦めて笑っていた。


「な、なんだよあの迫力は……っ。あんなのに、本当に勝てるのかい」


 いまなお、ダークパンサーは木々をなぎ倒し進んでいる。

 クライのような発言が出るのは当然だろう。


「ま、これまでに戦っていたダークパンサーなんて、全部可愛いものだな。見て一発で分かったぜ。戦いがいのある奴だってよ」

「戦いがい、どころじゃないよ……」


 あのダークパンサーは間違いなくEランクのものとはすべてが違う。

 ダークパンサーと思い、戦いを挑むのは認識のズレを引き起こし、苦戦するはずだ。


「よし、後を追うか」

「……へ?」


 俺はすぐにB・ハイドの魔法を全員に再度かけなおした。

 魔法を受けたクライの顔が引きつっている。


「な、何を言っているんだい? もう敵の姿は確認したじゃないかっ」

「とはいえ、思っていた以上に厄介そうだ。今のうちに敵の情報を集めておいたがほうがいい」

「だ、だからって……もしも見つかったらどうするんだ!」

「さっきのこの距離で見つかってないんだから、下手なことしなきゃ大丈夫だ」


 俺が言うと、オンギルの口元が緩む。


「それに見つかったら、戦えばいいだけだぜ」

「馬鹿なこと言ってないでよ……っ! もー、いやだよぉ! 帰りたいよぉ!」


 クライが泣き出してしまった。

 ……先にクライだけでも帰してやってもいいが、ダークパンサーを追う理由はきちんとある。


「ちょうど、ダークパンサーが向かっている方角にゴブリンがいるんだ。もしかしたら交戦するかもしれないし、それだけでも見ておこう」

「だ、だけど……わかったよ……いきますよぉ……」


 クライはよろよろと立ち上がると、わずかにふらついた後、足を引きずるように歩き出した。

 俺たちが先頭を歩き、クライは俺たちから三歩ほど離れた場所を歩いていた。

 時々背後を見やると、クライはちらちらと町の方を見ていたが、俺は特に声をかけずに歩いていった。


 ダークパンサーを追う理由は別にもある。

 ……なぜ、奴は森を徘徊しているのか。

 何か理由があってなのか、それとも単に気晴らしに散歩しているのか。


 しばらく歩いていると、ダークパンサーの前にゴブリンが現れた。 

 ゴブリンたちはダークパンサーと対面したことで、ようやくその姿を認識したようだ。


 俺たちはまだ無傷の木々の陰に潜み、様子をうかがう。

 ダークパンサーの目の色が変わった。ゴブリンを見つけた瞬間、ダークパンサーが鳴く。


 威嚇するような鳴き声だ。ゴブリンたちもまた、それに反応して持っていた武器を振り上げた。


 ゴブリンの数は五体。それぞれ、挟み込むように動きだした。


「あのゴブリンたちがダークパンサーを倒してくれるというのは、な、ないかね?」

「そんときはオレがゴブリンをぶっ潰す」

「何馬鹿なこと言っているのさ!」


 ……ま、ゴブリンがダークパンサーを倒すのは不可能に近いだろう。

 まあ、限りなくゼロに近いだけで、ないわけではない。

 例えば、ゴブリンの武器がダークパンサーの両目を捉えて、視覚を奪うとかな。

 

 とはいえ、あのダークパンサーなら目が見えなくともゴブリン程度ならどうにか倒せそうだが。

 視覚を失えば、俺たちが有利に進められる可能性はあるので、俺も多少は期待して見守ることにした。


 ゴブリンたちがダークパンサーを囲んで攻撃を仕掛けていく。

 しかし、それらの攻撃はダークパンサーの体毛によって阻まれていた。

 ……硬質化できるようだ。魔物の中には、魔力を使って体毛などを鉄のように堅くするのもいる。


「ガアアア!」


 しばらく攻撃を受けていたダークパンサーが、雄たけびをあげる。

 その衝撃にゴブリンたちが吹きとばされた。


 そこでようやく、ゴブリンたちは力の差を理解したようだ。

 何体かが逃げようと体を翻したのだが、そのゴブリンへ向かってダークパンサーはとびかかった。

 

 一瞬だった。その体を自慢の爪で強引に切り裂いた。血が噴き出し、地面を濡らす。

 引き裂かれた仲間を見て、ゴブリンが雄たけびをあげる。

 棍棒を振りかぶりとびかかったが、その体は尾で貫かれた。


 いよいよ、ゴブリンたちは気づいたようだ。

 ダークパンサーが挑んではいけない格上であると。

 

 ゴブリンたちは四方へと逃げだす。

 だが、ダークパンサーの身体から体毛が放たれた。


 それらは矢のようにゴブリンたちへと降り注ぐ。

 逃げきれなかったゴブリンが二体やられた。

 最後のゴブリンが驚いたように吠えたが、それだけで攻撃は終わらない。


 地面に突き刺さった体毛が、集まり変化する。

 小さなダークパンサーが三体出現し、ゴブリンへとかみついていく。


「なんだよ、ありゃ……! いつでもあれで訓練できるじゃないか!」

「なんなんだ、あれは……」


 オンギルは目を輝かせ、クライは色を失った目をしていた。


「毛がダークパンサーに変化できるのか。見れてよかったな」


 俺が二人に反応するように答えると、クライが涙を流してしがみついてきた。


「む、無理だ! あんな魔物を召喚するような能力に……っ、あんな化け物みたいなパワーとスピードを持っているなんて……っ! いったいどうしたら、かてるっていうんだ!」

「ま、それはおいおい考えるとして……ダークパンサーの目的が少しわかったかも」

「なんだって!? どうにか、戦わずにすむ方法もあるのかい!?」


 すがりついてきた彼から、俺はダークパンサーへと視線をやる。

 ダークパンサーはゴブリンを喰らい、さらにゴブリンが運んでいた木の実なども口に運んでいく。


「たぶんダークパンサーは餌を求めている。だから、餌がある場所を求めてさまよってるわけだ」

「……そ、それならどうにか誘導することもできるってことじゃないか!?」

「かも、しれないな。それこそ、拠点の食糧全部外においておけば、満足してくれるかも」


 俺の言葉にクライは唇を噛んだ。


「け、けど……それだと、活動が……」

「できなくなるだろうな。だから、ま。やるしかなさそうだ」


 少し声に力を籠めて言うと、クライは諦めるように肩を落とした。


「なぜ、キミはそんなに冷静なんだ……」

「そりゃあ戦いが好きだからじゃねぇか?」


 オンギルと一緒にしないでほしいな。


「焦っても仕方ない。ほら、そろそろ拠点に戻るぞ」


 クライを引きずるようにして、俺たちは拠点へと歩き出した。

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