第14話 冒険者のアイドル

 

 ヒュアは少しばかり疲れた様子であった。

 普段からあれほど男性に絡まれていれば、疲れもするか。


「まあ、気にしていても仕方ないんじゃないか? 嫌われるよりは好かれているほうがいいんだしな」

「……そうですけどぉ」

 

 そうはいっても、納得できない部分も多くあるようだ。

 先ほどまでの冷たい態度とは打って変わって、親しみやすい表情になる。


「それにしても、さっきのヒュアは怖い顔してたな」

「あ、ああでもしないと皆さんもっと声をかけてくるので……」

「それでも順番決めて話してかけてるみたいだな。むしろ、さっきの怖い顔のほうも好かれているみたいだし」

「な、なんであれでも好かれるんですかね……」

「そういう特殊な人もいるんだよ」


 ヒュアは改めてため息をついた。

 少し休んだところで、俺は椅子から立ちあがった。


「朝食でも食べにいくか?」

「はい、そうしましょうかっ」


 ヒュアは気合を入れるように声を出し、にこりと微笑んだ。

 ヒュアとともに部屋を出て、食堂へと向かう。


 食堂についた瞬間、こちらへとたくさんの視線が集まった。

 男性冒険者たちは、こぞって眉間に皺を寄せている。


 それはヒュアに対してではなく、その隣にいる俺に向けてだ。

 ……確かに、これほど毎日のように注目されていたら、気にもなるか。


「ヒュア、席を取っておいてもらえるか? 料理は俺が運ぶから」

「わかりましたっ」


 ヒュアと一度別れ、料理が置かれているカウンターへと向かう。

 宿で提供される賄いは朝食、夕食の二つだそうだ。

 どちらも、メニューはすでに決まっていて、料理がのったトレーがずらりとカウンターに並んでいた。

 

 二人分の料理をもらった俺は、ヒュアが待つ方へと向かう。

 その間も、冒険者たちからの訝しんだ目は続いていた。

 俺から何か声をかけはしなかった。できる限り友好的な表情で歩いておいた。


 下手に声をかけて、絡まれても面倒だしな。

 ヒュアが確保してくれた席へと料理を運び、俺たちは向かい合うようにして座った。

 

 パンとスープ、それとサラダが本日のメニューだ。

 パンをちぎってスープにつけて食べる。

 魔王と戦うために長旅をしていたので、こういった食事は久しぶりだ。


 前世と比べると食事の味は落ちている気もしたが、それでもずっと保存食しか食べていなかったので、おいしいと思えた。


「今日の予定は何かあるのか?」

「そうですねぇ……まずはギルドに行って依頼でも探しましょうか」

「そうだな。俺もお金稼がないとだしな。普段はどんな依頼を受けているんだ? 魔物討伐とかか?」

「はい。ただ、あんまり強い魔物とは戦えないので、弱めの魔物と戦うようにしていますね」

「けど昨日は運悪くゴブリンに囲まれてしまった、という感じか?」

「……そうなんですよ。気をつけていたんですけど、いつの間にか囲まれちゃって」


 安全に行動していても、思いがけない事態に直面するというのは珍しいことではない。

 このあたりには出現しないといわれている魔物が突然現れ、戦うしかないこともな。


 冒険者というのは九割は実力に見合った仕事をこなしていけるのだが、残り一割で危険と対面する職業だ。

 その一割の際に、正しく行動できた人たちが生き残る。危機を乗り越え、力をつけることができる。


 そうやって、優秀な冒険者へと成長してくんだ。

 冒険者の死者は年間でも決して少なくないのは、こういった危機を突破できなかった人たちだ。

 危機に直面し、それでもなお心が折れない者が本当に強い冒険者……それがある意味、冒険者にとって一番必要な才能かもしれない。


 食事は俺のほうが先に終わってしまった。

 ちらとヒュアが俺を見て、食べる速度を少し早めた気がする。

 もう少し気を遣えばよかったな。

 勇者パーティーでの食事はもはや気を遣うような相手ではなかったため、そういったことが頭から抜け落ちていた。


「別に急いで食べなくてもいいぞ。ゆっくりしてくれ」

「急いでいませんっ。大丈夫ですよ!」


 そんなヒュアを眺めながら、俺は水に口をつける。

 そうすると、周囲から声が聞こえてきた。

  

「あの二人はなんなんだ?」

「話によると、同じ部屋から出てきたらしいぜ?」

「なんだよそれ。ヒュアさん、彼氏いたのかよ……」

「……うぅぅ」


 ヒュアも聞こえたらしく、顔が赤くなっていく。それでも聞こえないふりをしている。

 ヒュアの食事がさらに速くなる。一刻も早く食堂から逃げたいようだ。


「うっ!」

「ほら、あんまり詰めるなって」


 ヒュアが胸を叩き、水を掴む。

 慌てた様子で彼女が息を吐き、食事を再開する。

 ……まったく。


 ヒュアが必死に食べたあと、俺たちは外に出た。

 殺気のこもった視線の数々。


「冒険者たちのアイドルみたいだな、ヒュア」

「そんなつもりはまったくないですっ。いい迷惑ですよっ!」


 ヒュアがむすっと頬を膨らませた。



 〇



 ギルドに移動した俺たちだったが、そこでもやはり視線は多かった。

 昨日はここまでではなかったな。

 まあ、昨日はヒュアとの行動は中庭くらいだった。

 中庭に冒険者はいなかったため、誰も俺たちの関係について気づいていなかったのだろう。


「依頼はあっちの掲示板に張り出されています。ここは開拓地ということもあって、だいたい依頼はいつも同じようなものですけどね」

「なるほどな」


 街にもよるが、毎朝依頼が切り替わるため、朝早くは冒険者同士で依頼を奪い合うことも珍しくなかった。

 開拓地では、クランから出される依頼が主で、民間からの依頼はほぼない。


 だから、依頼が更新されることはなく、恒常のものばかりとなる。

 これは冒険者からすれば気楽でいいな。


「何か受けたい依頼はあるのか?」

「私は何でも大丈夫です! ロワールさんが気になるものを、どうぞどうぞ」

「……そうだな」


 なら、今日は俺の受けたい依頼でいいか。

 ひとまず、依頼を眺めていく。

 知らない魔物の名前も結構見かける。さすがに、時代が違えばそうなるか。


「このあたりの討伐依頼でいいんじゃないか?」


 Eランクの依頼で、別段無理をするということでもないだろう。


「わ、わかりましたっ。足を引っ張らないように頑張りますね!」


 ヒュアはFランクだから、Eランクの依頼に緊張してしまったか?

 それでも、なんとかなると思っている。

 ヒュアの身のこなしは決して悪くはなかったんだしな。


 ゴブリンと戦っているときを見た限り、俺の補助魔法もあれば問題ないだろう。


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