第11話 宿なし
「私、必ず強くなりますねっ」
ヒュアが拳をぎゅっと固める。
「そうだな。その気持ちがあれば、きっと強くなれるさ」
「わかりましたっ! 頑張ります!」
ヒュアが大きく笑った。
ヒュアとともに宿へと向かう。この辺りの宿はどこも似たような造りで、金額も大差ないそうだ。
宿に入ると、店員の女性が驚いたようにこちらを見てきた。
上から下まで俺を観察するように見てくる。
「何かおかしなところあるか?」
「いえ、別にそういうわけではありませんよ。ただ、ヒュアが男性を連れてくるなんて思っていなかったので……もしかしてボーイフレンド?」
「ち、違いますよ! ただの冒険者仲間です!」
顔を真っ赤にしてヒュアは首を左右に振った。
そんな反応が面白いのか、店員の目元がからかうように歪んだ。
「えー、本当にー? そうなんですか?」
「まあ、ヒュアが彼女だったらその男性はかなり恵まれているだろうが……あいにく俺は違う。彼女とパーティーを組むことになったロワールだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。私はロニャンです」
ちらと隣にいるヒュアを見ると、すっかり顔を赤くしてしまっている。
ヒュアはあまり色恋の話は得意ではないようだ。
エルフというのは実年齢が分かりにくいが、この反応を見るとほとんど見た目通りなのかもしれない。
エルフの体の成長は人間と同じように進んでいく。
人間でいうおおよそ十五から二十程度の体まで成長してから、おおよそ二百年程度はそのままを維持する。
二百歳を過ぎてから、徐々に老化が始まり、二百五十から三百歳あたりが寿命となっている。
ロニャンは俺とヒュアを見比べてから、俺を肘でつついてきた。
「けど、ヒュアに随分と信頼されているみたいですね、お兄さん」
「そうか?」
「そうですよ。ヒュアったら、みんなにモテるからって結構男性と距離を開いていたんですから。なのに、お兄さん一緒に行動してるじゃないですか」
「そうなのかヒュア?」
俺が訊くと、ヒュアは顔を赤くしてロニャンへと声を荒らげた。
「よ、余計なこと言わないでください! ほ、ほらっ! ロワールさんは泊まる場所を探しているんです! 部屋の準備をしてあげてくださいっ」
「あっ、そうでしたね。ただ、すみません。宿は空いてないんですよ」
「……確かに、人が多いな」
「今満室なんです……すみません」
ぺこり、とロニャンが頭を下げてきた。
別に彼女が悪いわけではないからな。
「いや、気にしないでくれ。他の宿でも探すだけだ」
と俺が言うと、ロニャンは言いにくそうに頬をかいた。
「あー、もしかしたらどこの宿も満室かもしれませんよ」
「なんだと?」
「まだまだ、開拓が進んでいなくて宿が少ないんです。そういうのもあって、あちこちでテントが使われているんですよ」
そういえば、ここに来る途中もいくつかのテントを見たな。
……それなら、今夜は野宿かね。
野宿自体は旅で慣れている。
別に好きというわけではないが。
早急にテントも買わないとここでの生活は厳しいかもしれない。金が必要だな。
「あっ、でも。布団は余っていますので、そちらは貸し出せますよ?」
「貸し出してもらっても、敷く場所がないな」
「誰か、他の冒険者の方に頼んで部屋を貸してもらうというのはどうでしょうか? こちらもそれに関して、追加で料金をとることはしませんので。相手次第では金額の折半という形で対応してくれるかもしれませんよ」
「なるほど、確かにそれはいいかも」
ロニャンの言う通り、頼めば相部屋してくれる人もいるかもしれない。
ただ、厳しいことにかわりはない。
俺のことを知っている相手がいないからな。警戒されてしまうだろう。
「誰か頼んだら泊めてくれそうな人っているか?」
ロニャンがわざわざそう提案したということは何か考えがあってだろう。
外は冷えるし、テントもなしで過ごすのは避けたいので聞いてみると、彼女はにこっと微笑んだ。
「はい」
「誰だ?」
「ヒュアの部屋です」
「私ですか!?」
ヒュアが叫ぶ。
ロニャンの奴、楽しんでいるな。確かにヒュアの反応は素直だから、見ていて楽しいのでわからないでもないが。
「だって、ヒュアがここまで連れて来たってことは、それだけ信頼している人ってことですよね? これまで男を連れ込んだことなかったし」
「つ、連れ込んだとか誤解を生むような言い方やめてくださいよっ!」
顔を真っ赤に、時折こちらを見ながらヒュアが叫ぶ。
それがまたロニャンのツボに入ったよだ。
目を輝かせた彼女は、ヒュアに近づいていく。
「だってぇ、ヒュアってまったく誰かと一緒に行動してなかったんじゃない。特に男性には距離を置いていたし、てっきり男嫌いなのかと思ってたんだよ?」
「別に、そういうわけじゃないですけど……なんだかみなさん、私のこと嘗め回すように見てくるんですもん……」
「だって、顔可愛いもんっ! 胸はないけど!」
ロニャンがきっぱりというと、ヒュアが顔を真っ赤にしたまま声をあげた。
「よ、余計なこと言わないでください!」
「とにかく、そんなヒュアが男性を連れてきたってことはそれなりに信頼しているんだよね?」
「だから、誤解される言い方やめてください……っ! その、それなりに、信頼はしてますけど……」
ぶつぶつと呟くようにヒュアは言う。
そういってもらえるのはありがたい限りだ。
俺よく胡散臭いって言われるしな。
「けど、どうするんですかロワールさん? 外はさすがに寒いと思うけど……」
ちらとロニャンがこちらを見てきた。
ヒュアはすっかりむくれてしまったようで、耳まで真っ赤にしたままそっぽを向いていた。
俺はヒュアの恥ずかしそうな顔を見て、苦笑する。
「俺は外で構わないかな。結構寒いの得意だし。野宿には慣れているからな」
「わかりました。布団くらいは貸しますから、凍死しないでくださいね」
ロニャンがそういったところで、ヒュアが俺の肘を控えめにつかんできた。
「……ま、待ってください」
「ん? どうしたヒュア」
「今の季節は、まだまだ寒いですから。外で体調を崩されたら、困ります。……一緒のパーティーなんですから」
「大丈夫だ。風邪をひくような軟弱者じゃない。なんなら、風邪ひきながらでも冒険くらいできるぞ」
「わ、私が原因ってなったら、気にしちゃうんですっ。ですから、わ、私の部屋に泊まって大丈夫です!」
「つまり、ヒュアが野宿をする……と?」
「わ、私も一緒の部屋ですよ!」
俺が冗談を言うと、ヒュアが顔を赤くしながら叫ぶ。
ロニャンがヒュアをちらと見てから、俺の肩を叩いた。
「お兄さん、大チャンスですね」
「ロニャンっ! 変なこと言わないでください!」
ヒュアがビシビシとロニャンの肩を叩いていた。
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