人魚姫の憂鬱

そよぎ

人魚姫の憂鬱


「みてみて!このパフェ、まじかわいくない?」

「ほんとだー!かわいいー!」

「それどこのカフェのやつ?」

すれ違う女子高生三人組がどこかのカフェの話をしている。映え、というやつだろうか?

SNSをやっていないからイマイチ分からない。最近はテレビすら見ないし。

そんな俺だが、今日はカフェへ行く。

廃校になった小学校を利用しているカフェだ。

友達に無理やり行かされた合コンで俺の前に座った女性が教えてくれた。


そこは、20年ほど前に廃校になって取り壊されたはずの俺の小学校と瓜二つの外観をしていた。


写真を見せられてから、ひどくそのカフェのことが気になり、気付けば俺の手は勝手にカフェの場所を調べていた。

女性からそのカフェは流行っていると聞いていたのだが、なかなか検索がヒットせず、やっと見つけられたのは外観の画像と場所だけだった。

レビューなどは一件もなし。

本当に流行っているのだろうか。


住所が示していた場所は山の中。俺の小学校とは全然別の場所にある。

俺はカフェへ続く道を見て、愕然とした。

最早、獣道じゃないか。本当にこんなところにカフェがあるのだろうか。

革靴で来たことを後悔しつつ、歩みを進める。

少し歩くと開けた場所に出た。

「ここだ、着いた」

顔を上げると、カフェ・人魚姫とシャレた字体で書かれた看板と、母校の姿が見えた。

やはり、どうみても俺が6年間通った小学校だ。

俺が通っていたときのそのままの姿。

今となっては珍しい木造校舎。

その小学校は俺の学年で創立160年の長い歴史は幕を閉じた。

卒業の2年後、ダムを建設するとかなんとかで、校舎は取り壊された。


その、はずだ。


…まぁ、この店の店主に聞けば何かが分かるだろう。


昇降口でスリッパに履き替えて、廊下を歩き、カフェを探す。1教室だけを改装してカフェにしているというのはあの女性に聞いていたが、ここまでそのままの姿だとは思わなかった。

いや、俺が通っていた校舎は取り壊されている。


じゃあ、この校舎は一体なんなんだ。


そんなことを考えている間に着いてしまった。

「カフェ・人魚姫」という看板が教室のドアに立て掛けられている。

ここは、小学校生活最後の1年間を過ごした教室だ。


少し緊張しつつ、ガラガラと音を立てて引き戸をを開ける。

そこには20代くらいの若い女性がカウンターに立っていた。

「いらっしゃいませー…ってあら。珍しいお客さんですね」

「…どうも」

そんなに30代の男性客は珍しいのだろうか。

店内はカウンターがあったり、照明が変わっていたりと改装してあるものの、教室の雰囲気は変わっていなかった。

座席は学校の椅子と机をそのまま使っているらしい。二つの机が向き合うように四つくっつけている。

先客はいなかった。

少し迷って窓側の席に座る。

「こちらがメニューになります」

と言って差し出されたのは学級だより風のメニュー表。凝っている。

「えーっと、アイスコーヒーを」

「かしこまりました、すぐにお持ちしますね」

そう言って女性店員はカウンターの中に入っていった。

はたと思い出し、机を見る。小学6年のときここら辺の席だった。…なんでこんなことを覚えているのだろう。同級生の名前は数人しか覚えていないのに。

たしかこの辺に…あった。

机の上には彫刻刀で書かれた「ゆうま」という三文字が並んでいる。

俺の名前だ。卒業式の日に彫った名前。

やっぱり、ここは俺の小学校だ。

どうしてか分からないけど、ここにある。

「お待たせしましたー。アイスコーヒーになります」

と言って、置かれたお盆を見ると、2つのカップが並んでいる。一つを俺の前に置き、もう一つを店員が自分で取った。そのまま彼女は目の前の席に座り、優雅にカップに口をつけた。

喉が動き、コーヒーを飲み込んでいるのがわかる。

「えーと、あの?」

戸惑っていると彼女は微笑みながら、話しかけてきた。とても綺麗な人だ。

「少し、おはなししませんか?」

「は、はぁ」

しばらくの沈黙。

気まずいものではなく、優しい静けさ。


「聞いたことありませんか?人魚の肉のうわさ」


唐突に彼女の唇が動く。

「あります」

反射的に答える。

「どんな、うわさでしたか?」

小学生の時の記憶を辿る。

たしかあれは…

「りかしつには、にんぎょのにくがかくしてあります。みつけても、けっして、たべてはいけません。えいえんに、このがっこうを、さまようことになるからです」

スルスルと自分の口から出た言葉に驚く。

女子が騒いでいた噂話だ。

「やはり、あなたはこの学校の卒業生なんですね」

「そう…です。あなたもですか?」

「ええ。」

俺が最後の卒業生で、34歳だ。

と、いうことはこの人は30歳以上…。

20代前半にしか見えない。

「その…失礼ですが、おいくつですか?」

「あら、女性に年齢を聞くのはご法度ですよ?」

うふふっと笑いながら、彼女は微笑む。


「実は私、この学校の一期生なんです」

「…え?」

創立160年のこの学校。

…ってことはこの人170歳以上?

「…うふふ、冗談ですよ?」

そりゃそうだ。一瞬でも、信じてしまった自分が恥ずかしい。

「お仕事は何をされているんですか?」

また、唐突に話題が変わる。

「交番勤務の警察官をしています。」


「ということは町を守るヒーローですね」


その言葉で思い出す。小学生のときの夢。

友達にはバカにされたけど、俺は本気で町を守る、カッコいい、ヒーローになりたかった。


警察官になった自分を小学生の自分が見たらどう思うだろうか?町を守るヒーローだと、言ってくれるだろうか?


「八尾比丘尼の伝説を知っていますか?」

また話題が変わった。

「知りません」

聞いたことがあるような気がするが、どこで聞いたか覚えていない。

「簡単に言うと、人魚の肉を食べた女が不老不死となり、八百年生きることになった、という伝説です」

にんぎょのにく、不老不死。

あ。そうか。

「…だから理科室に隠された人魚の肉を食べると不老不死になって学校を永遠にさまようことになるんですね」

そう考えて、ふと、疑問に思う。

「なぜ、学校から離れられないのでしょうか?」

気がつくと、右手を挙げていた。まるで先生に質問するときのようだ。

学校の雰囲気に当てられているのだろうか?

…恥ずかしい。

「さぁ?どうしてでしょう」

彼女はカップを持ち上げ、2口目のコーヒーを飲む。その動作が、あまりに綺麗で、見惚れてしまう。


「"にんぎょのにく”を食べてしまった人は学校が壊されたら、どうなるのでしょうね」


コーヒーカップを置いて微笑む姿はどこか寂しげに見えた。


すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつける。

口に苦味が広がる。美味しい。 

そのまま飲み干して、俺はゆっくりと立ち上がる。

「もう、行きますね」

なんだか、これ以上居ては行けない気がした

「そうですか」

そう言うと彼女もゆっくり立ち上がった。

「お代は結構です」

「いいんですか?」

「楽しいおはなしを聞かせて頂きましたので」

ドアに二人で向かう。

「お邪魔しました」

名残惜しいけど、俺は小学校を出なければいけない。

「またのお越しを、お待ちしております」

教室のドアを開けて、踏み出す。

後ろ手でドアを閉めて、前を見るとそこには来た道があった。

…おかしい。さっきまで教室にいたから、まだ学校内のはずだ。


慌てて振り返る、が、そこにはもう何もなかった。


拓けた場所で、草がボーボーに生えている。

それだけだ。小学校があった形跡なんてどこにもない。


さっきのは夢だったのだろうか。


口の中にはまだ、コーヒーの苦味が残っていた。

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人魚姫の憂鬱 そよぎ @soyogi

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