天空を制するは、天翔る竜騎士サーカス団

織星伊吹

01 空と竜を愛する青年、カーム


 美しく広大な青空を飾るのは、道化師模様の派手な布を纏った“竜”たちであった。

 空の覇者である彼らは皆――カラフルな襟を垂らし、頭頂で三つに分かれた愉快な帽子を頭に乗せていた。

 己の躰を容易に包み込む悪魔のような漆黒の翼も、見るものに潜在的な恐怖心を抱かせるはずの頭部から生えた茨のような角でさえ、滑稽な装飾品のように見える。

 竜たちは鞍上で手綱を握る相棒(パートナー)にすべてを委ねていた。そのささくれだった黒い鱗を深みのある青や紫に反射させつつ、贅沢に振る舞われる金砂の中を舞うのだ。


 音楽隊の音色が緩やかに空に靡いたそのとき――、会場の両翼から飛び出した二匹の竜が急降下し、やがて交差する。そこからひらりと返った二匹の竜は、大量の牙が覗く大口から空気が震えるほどの火球を放ち合う。

 炎と炎がぶつかり合い、大きな爆煙が曇り一つない大空に現れる。そして、立ち込める黒煙の中から二十を超える竜が飛び出しては順繰りに水平移動へ移り――一つの輪を描いた。

 それぞれタイミングを示し合わせてくるりと躰を回転させて、自慢の鱗の輝きを見せつける。

 形成された一輪の竜の集いは徐々に姿を変え、それ自体が一つの生命体のように縦横無尽に変化していく。その光景は生命の進化を見ているようで、神秘的で実に美しい。


 天空で巻き起こる竜のサーカスに、民衆たちが大きな歓声を上げる。皆、今日という記念すべき新たな祭日を祝うためにこのウィンガリウム共和国に集結しているのだ。



 たった今このとき――我々人類は天空への旅を始めようとしている!



 ――世界初の長期団体飛行。そんな人類史に残る偉業を成し遂げるべく、空の大冒険へ挑む勇敢な彼らを送り出す二十万の民衆の注目は、その大多数がウィンガリウム飛行場の上空を浮遊する“巨大過ぎる物体”に集まっていた。


 生物、物質の搭載が可能な世界初の超大型巨竜飛行船――体長一四〇〇メートルを超える、規格外の大きさの“竜”である。

 水中で生を得るクジラのように太く、丸々としたフォルムに短い首と手足が生え、風の流れに任せて長い尾が揺れる。必要以上に分厚く巨大な翼は飛行に使われるものでないことが近年、学者の論文によって発表され、世界中に衝撃を与えたばかりだ。

 幾重の生物学者が頭を悩ませる謎だらけの巨大飛行生命体は、その大きさと神秘性からすべての生物の母とも云われ、世間では母竜(マザー・ドラゴン)と呼ばれている。


 国民の血と汗である税金を湯水のように使って建設したウィンガリウム飛行場を囲む円形の大階段から、民衆たちはゆっくり大空へ浮上していく母竜と、その首筋上方――定められた空域にて行われているサーカスを見送る。喧騒と祝福の声で盛大に送り出される中、母竜の胸部に増設されている簡易型の飛行場から一匹の竜が飛翔した。

 竜は勢いよく高度を上げながら繰り広げられるサーカス空域へと参入し、他を圧倒する飛空技術を魅せつけてサーカス空域の中心でぴたりと停止。竜に跨がっていた男が鞍上に立つ。


 そして――大槍先端のウィンガリウム国旗を掲げた瞬間、煌びやかな花火が爆発する。


『我が国を代表する生きる伝説、ヒンメル・キリヒンマグであります!』


 ウィンガリウムを初めとする先進十カ国(F10)に配置されるテレビやラジオに、世界初の生中継として受信されるべく野太い中年男性の声が空に広がる。

『母竜機構』の最高司令官であり政治家の顔を持つ、ジラーニ・ウェザマクスウェル総統の言葉だった。彼の声に同調するように、国中の声が被さる。


『皆様もご存じの通り、十二年前の悲しき歴史である『人竜戦争』において凶悪な竜たちを討ち滅ぼした我らが国宝級の英雄! 母竜機構の竜騎士でございます!』


 ジラーニの芝居がかった声に合わせてヒンメルが片手を上げると、盛大な拍手が鳴り響く。しばらくその様子を保ってから、ヒンメルは鞍へと跨がり再び空のサーカスに参加する。鮮やかな竜たちの軽業を背景に、民衆はジラーニの声に耳を傾けた。


『我々が世界初の長期団体飛行を行う最たる目的は再三に渡り発信しておりますが……記念日である本日、こうして盛大に送り出して頂ける尊きウィンガリウム国民の皆様、そして遠方からお越し頂いた後援者の皆様方へ、今一度お話させて頂きます』


 このときのために集結したと言わんばかりの二十万の民衆が、ここぞと騒ぎ立てる。


『それは、“世界地図に記載の無い人類未踏の大陸の発見”と、“未だ発見されていない新たな資源の獲得”です。……記念すべき本日、母竜機構の核となる三つ目の目的を、生中継をご覧頂いている世界中の人々にご発表させて頂きます!』


 肺いっぱいに大きく息を吸い込んだジラーニが、膨らんだ腹から声を絞り出す。


『……それは――――“竜の凶悪なイメージの払拭”です!』


 新たに発表されるその声明に、民衆たちが響めく。


『ゴシップ記事などから予想されていた方も多いでしょう。我々に批判の声を上げる方々もいるはずです。世界を揺るがせた『人竜戦争』によって、竜とは“忌み嫌うべき”“いずれ世界を滅ぼす悪しき種”となっているのが現在の認識だからです。……しかし、その代償として我々は大きなリターンを得た。皆さんの視界に映っている摩訶不思議な船です』


 母竜の首筋あたりに備わった演台で、ジラーニはマイクを持ち替える。


『結果として我々は組織で空を飛び回れる自由を手にした。その際、「世界中に蔓延る竜を撲滅せよ」との声が集まりました。母竜機構が結成された当初、その存在理由は凶悪な竜たちに対抗するためでした。『人竜戦争』に打ち勝ったからこそ、今の平和があることを我々は決して忘れていません。……ですが、ご覧下さい。この大空を羽ばたく人と竜による共演の宴を』


 雲一つ無い青空で畏怖の対象とされる竜たちが、選び抜かれた精鋭である竜騎士たちと共に一つのエンターテインメントを作り上げていた。


『美しく広大な青空は、誰のものでもありません。争う必要などないのです。私たちは、今こうして一つの娯楽を作り上げているではありませんか。……人類は竜とわかり合えます。友情を育むことができるのです。だからこそ、声を大にして告白させて頂きたい』


『――“我々は暴力ではなく、友情で答えていく”!』


 舞台役者のような熱量を込めて、ジラーニが声高らかに叫んだ。


『今後は世界中の動物愛護協会と連携し、竜を人間の良きパートナーとするべく我々も努力していきます。セレモニーへのお返しとして“竜のサーカス”という形を取らせて頂いたのも、三つ目の目的を体現するためとご理解頂いて構いません』


 大きなブーイングと、賛同の拍手が混じり合う。ジラーニは一呼吸置いて尚続ける。


『かといって、果てしなく広がる大空の何処かに好戦的な野生竜が生息しているのもまた事実。もちろんできるかぎりの戦闘は避けますが、我々も武力を持たねばならない。そのために我が母竜機構が多額の資産と時間を投入した空で戦う手段を持つ精鋭、竜騎士たちがいます。彼らは竜との対話を得意としており、邂逅する野生竜たちと対話を試みます。半年後、再びこの地を訪れるときには人と竜の歴史が新たなものに変わっているやもしれません』


 ジラーニは大きく息を吸ってから、染み渡るような声を繰り出す。


『世界の果てで浮遊し続けると言われている――ミィチェタ大陸。永遠の命を育むことができるとされるフェニク草。そして野生竜たちとの邂逅、対話。竜だけではなく、我々が認知していない国家や民族との出会いもあるかもしれません。そのいずれも、我々母竜機構は必ずや成功させてみせます。どうか、このジラーニ・ウェザマクスウェル率いる無謀な天空の旅を、祈って頂きたく思います』


 ウィンガリウム上空を占領している母竜が、世界中に響き渡るような啼き声を上げる。


『おや、母竜もこの出立を祝ってくれているようです。それでは、引き続き母竜機構からのサプライズ・サーカスをお楽しみ頂ければと思います――』


 鳴り響く歓声と拍手の中、天空のサーカス員として演目を続ける若輩の女竜騎士が、遠方の空を飛行している“何か”を視界に収めた。



 * * *



 青年の翡翠色の瞳に、観たことも無い光景が映っていた。

 ぱらぱらと舞い散る金色の雨の中、大勢の竜たちが息を合わせて空のダンスをしている。本来、敵を牽制し焼き殺すための手段とされている『火竜』の火球でさえ、この夢のような空間では小道具の一つに過ぎないらしい。

 刻一刻と変化していく天空のサーカスに、民衆たちは魅了されている。人々の表情は驚きや笑顔に満ち足りていて、楽しそうな声を聞くだけで参加していない自分の心までもが躍る。


 まるで――、この空域だけ世界から切り離された特別な場所のよう――。


「…………凄い」


 しばらく惚けていた青年だったが、やっと喉から声が出る。

 初めて目にする見世物に全身が熱くなり心臓が高鳴る。心がわくわくしてしかたない。

 ――もしかしたら“自分の求めるモノ”がここにあるのかもしれない。

 伸ばしっぱなしの黒髪を風に靡かせて、カームは相棒の首元をとんとん叩き、収まりきらない笑顔で言った。


「ハハハ! よーし……ファム、俺たちも混ぜてもらおう!」


 ファムと呼ばれた『飛竜』はカームの意思に応え、高度を落としながら滑空する。そして彼らはそのまま母竜機構たちのサーカス空域へと乱入する。


「うわあ……デッカいなあ。これ本当に竜なの?」


 遠目から見ても途轍もない大きさだったが、近場だと尚のことその異常さが際立つ。母竜機構と呼ばれる彼らは、この大きな竜に乗ってこれから世界を旅するらしい。

 空と一体になるように飛び回るカームとファムは、サーカスに従事している竜や竜騎士たちを易々すり抜けて、視界の中で興味を惹かれた白い竜へと近づいていく。


「やあ、俺の名前はカーム! アルビノの火竜だなんて珍しいね!」


 鱗や翼は真っ白なのに、瞳だけが血液を透かせたように真紅に輝いている。アルビノ竜の鞍上で手綱を握る竜騎士は返事すら寄越してこないが、カームは笑顔を絶やさず口を開く。


「君たち凄いね、これ、サーカスって言うの? 人と竜でこんなに大勢の人を楽しませることができるだなんて、俺感動したよ!」

「…………アンタ、何者?」

「名前はカーム。こっちは相棒のファム」

「そういうことじゃない。新入りのくせに堂々と遅刻してきてどういうつもりなのって聞いてるの。それに……なんなの、その装備は」


 つま先から頭の天辺まで隙間の無い女竜騎士と比べると、カームの装備は実に貧相で最低限の防寒対策を取っているだけにしかみえない。


「たかがサーカスとはいえ空を飛んでるのよ。そんな格好じゃ低体温症になるわ。所属の班はどこ? というか今は演目中なのよ、割り込むだなんてどうかしてる。一体誰の指示なのよ」

「ハハハ、ごめん勘違いさせちゃってるね。俺、この組織の新入りってわけじゃないんだ。でも新しい仲間に入れてほしい! 俺もサーカスやりたいから」

「は? 母竜機構以外に属する竜騎士ってこと? そんなの聞いたことないけど」

「竜騎士ってやつでもない」

「……じゃあ、どうしてアンタは竜に乗ってるのよ。その竜、母竜機構の資産でしょ」

「違うよ。こいつは俺の親友。ほら、ファムもよろしくって言ってる」


 カームがにっこり笑うと、ファムも一緒に低く唸った。


「まったく話が通じてない……」

 何やら一人でぼやく女竜騎士を余所に、カームが目を光らせる。


「それにしても……面白い格好だね。ちょっと失礼」

 カームはファムからぴょんと跳躍し、アルビノ竜の首に絡まるように抱きつく。


「なっ……!? 安全帯(セーフティ・ベルト)してないの? 小碇(ミニアンカー)も無しで飛び乗りなんてしてんじゃないわよ! ……ていうかそもそも飛行中の竜への二人騎乗は緊急時以外は絶対禁止でしょうが! 一体何してんのよ、アンタ!」


 カームはこちらに首を向ける女竜騎士の格好を改めて確認する。スタイリッシュに尖ったヘルメットは竜の頭部を模して作られていて、竜の大顎で丸呑みされているように見える。目元には一体型のバイザーゴーグル。そして首まで覆う身軽そうな鎧。その肩や背中からは刺々しく捻り上がった茨が無尽に生えていて、竜の着ぐるみを着ているようだった。


 カームが指を差しながら訊ねる。「それカッコイイね。温かいの?」

「竜鎧(ドラゴン・メイル)のこと? 低体温の竜の躰に近い状態を再現してるから、自分の体温を外に逃がさないよう保温してるって感じね」

「その派手な布は?」

「こ、これは……って、そんなことどうでもいいでしょ! あたしはアンタのことを――」


 女竜騎士が竜鎧の上からすっぽり被っているカラフルな布を摘まんで、慌てたように声を上げる。アルビノ竜も同様のものを身に纏っていることから、サーカス用の衣装なのだろうか。そのまま視線を落としたカームは、アルビノ竜の白い鱗に触れる。


「綺麗な白い鱗……つやつやだ。この子滅茶苦茶若いでしょ? 綺麗に手入れされてるし、愛されてるんだね。……でも、なんだろう。あんまり楽しそうに飛ばないね、君」

「ちょっと、こっちの質問に答えなさい!」

「なるほど……似たもの同士ってわけかな」

「は? 何を言ってるのよ!」

「いや似たもの同士って相性が良くも悪くもなるからさ、ちょっと危ういところがあって」

「そんなことは聞いてない、今すぐ竜から降りろと言ってるの!」

「ハハハ」

「笑ってんじゃないわよ!」


 そのまま退散しようとしたが、振り返った瞬間、カームの視界にサーカスが映ってしまう。


「……あの人の飛び方、なんか見惚れちゃうな」


 カームが注目するのは伝説の竜騎士ヒンメル。サーカスの中心人物であり、この空域でも他を圧倒する存在感を放っている。ヒンメルが行う技は一つひとつが激しく情熱的でダイナミックだ。それでいてときおり繊細で、気品溢れる風格を漂わせてしまうのが不思議だった。次は一体何をしてくれるのか、彼の軌道を追っているだけでカームは心がうきうき踊ってしまう。きっと本人が心の底から楽しんでいるからこそ、観客までそう感じてしまうのだろう。


「ちょっとアンタ聞いてんの? 本当に降りなさいよ、一体どういうつもりなの!?」


 女竜騎士が演目中にも関わらず大声を上げたことで、周囲の観客たちもざわめき始める。


「なんだあいつは」「周りと格好が違うぞ」「一人だけなんかおかしくないか」


 真面目に演目を続ける竜騎士たちも、次第にカームの存在が企画されたものでないことを感じ取り、パフォーマンスに若干の影響が出始めていた。

 そんな中、カームは周囲の目など気にすることなく言った。


「よし、俺たちもなんかサーカスっぽいことやってみようか!」


 カームが口笛を鳴らすと、少し離れた空を飛んでいたファムが身を寄せてくる。カームは定位置の鞍にジャストで飛び乗って、女竜騎士に笑顔を向けながら手を振る。


「……あ、その子だけど、自尊心強めっぽいから無理に言うこと聞かせようとするのは逆効果だよ。ある程度手綱を任せてあげると、君とも上手くいくかもね。それじゃ!」

「ちょっと! まだ話は終わってないわよ! こらっ、待ちなさい!」


 女竜騎士の叫びに応えることなく、カームとファムは離れて行く。


「アイツ……口笛で竜を呼んだの……?」

 女竜騎士が口を開きっぱなしのままに言った。



 * * *



 カームは一気に高度を上昇させると、目にも留まらぬ速さでサーカス空域を突き進む。


「なんだお前、止まれ!」「何班所属だ!」「騎乗装備はどうした!」「今は演目中だぞ!」

「名前はカーム! ここの人じゃないけど、一回だけサーカスさせてよ! お願い!」


 空中で行く手を阻もうとする竜騎士たちをカームは軽々とかいくぐり、サーカス空域のほぼ中央で滞空していたヒンメルを発見。観察するように彼の周囲を緩やかに旋回する。やがて、ファムから身を乗り出して言う。


「君がヒンメル? 是非見ててよ、俺のドキドキ初サーカス!」

「……な、なんだ? お前は」


 困惑するヒンメルを置き去りにして、カームはスピンしながら空へ潜り込み、常識外れな軌道を描いて捻り上がる。そのまま高速で一直線に高度を上げていき――頂点に達すると、カームはファムから手を離し――――、“大空に自らの身を投げ出した”。


「おいおいなんだあれ!」「人が、人が墜ちてるぞ!」「きゃあああああ!」


 観客たちの悲鳴が空域内を占領し、カームは重力の法則に従い当然の様に空を墜ちる。金の砂が舞い散る空を流星のように垂直落下し、地表である母竜との距離がどんどん近付いていく。

 誰もがカームの事故死を予想した。口達者なジラーニでさえ声を出せず呆然とする最中、地面に激突するそのすれすれのタイミングで――――。

 併走していたファムが緩やかなカーブでカームを優しくキャッチ。

 尋常ではない一人と一匹の見世物に、これまでで一番大きな拍手が大階段に反響する。


『み、皆さま、ご覧頂けたでしょうか! たった今大技を披露しました竜騎士は、ヒンメルに匹敵する我が母竜機構の若き天才竜騎士であります!』


 ジラーニが、興奮した様子で世界中に嘘八百を響かせる。


『人間離れした飛行技術、竜との対話ができなければ実現不可能でしょう! しかし我々はその術を持っている。必ずや世界に平和を! 竜は人類の良きパートナーとなるでしょう!』


 老若男女の大歓声が響き渡る中、ファムの背中でうつぶせ状態のカームが身体を起こす。


「……ハハハ、俺たちのサーカス、みんなに喜んでもらえたのかな? 無茶に付き合ってくれてありがとね、ファム。流石に……やり過ぎたか」


 ほっとしたせいか全身の力が抜けていく。だけど、これまで得たことのない高揚感がカームの胸には広がっていた。そのせいで、一瞬反応に遅れた。

 翡翠色の瞳が――、墜ちている人影を目撃する。


「ファム! 急いでッ!」


 すぐさま表情を切り替えるカーム。鞍には乗らず竜の背中にピタリと身体を這わせて風の抵抗を無くし、神速で距離を詰める。

 墜ちているのは観客ではない。竜鎧を着用した竜騎士だ。

 ――演目中の事故? いや、そんなことはどうでも良いからとりあえず手を伸ばせ!

 カームの指先が、落下する竜騎士のブーツを擦った。


「流石ファムだ、凄い! あともう少しだよ、頑張って!」


 カームの言葉に焚きつけられたファムが瞬間、速度を上げる。

 同高度まできたところで、カームはすかさず落下する竜騎士の脇腹を強く抱きしめる。

 カームが竜騎士を引き上げたのを確認したファムは、満足したような唸り声と共に緩やかにスピードを落として水平飛行に戻っていく。

 大きな安堵とともに、カームはぐったりする竜騎士の兜を取り外す。

 陶器のような真っ白な肌に、ややカールした長い睫毛。薄桃色の小さな唇。そのどれもが愛らしい少女のそれだが、切りそろっていない無造作な赤髪が、カームには野性的に映った。


「大丈夫?」カームの呼びかけに、彼女はううんと小さく唸る。

「…………練習通りなら、あたしは――」


 先ほど一緒に会話した女竜騎士だった。意識が朦朧としている。

 彼女の白い肌を透明な涙が伝う。カームはそれを汚れた指で拭おうとして、やめた。


「……間に合って、本当に良かった」


 気が付くと、周囲が大歓声に包まれていた。さきほどの顛末が、観客には感動の寸劇に映ったらしく、クライマックス後の大団円のような雰囲気を作ってしまったらしい。興奮したジラーニの饒舌もまた、盛り上がりの一端を担っていた。そんな空気に取り残されたカームが辺りを見渡すと、相棒を放って自由奔放に飛行しているアルビノ竜を見つけた。


「ごめん。さっき俺が余計なことを言ったからだね」

「……サーカスなんて、大嫌いよ」


 低い声で女竜騎士が涙声を漏らしたのを、カームは確かに聞いた。


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