ひまわり

CHATO

<1>

僕は小説家らしい。

大学生だ。

教授に勧められるまま応募した小説がとある有名小説誌の新人賞をとった。

この先を期待されてるのはわかっていたが

書くことは昔から日常だったし

此れといって

今は特に何も変わったことはない。



大学の講義が休講になり

いつもの公園に足を運んだ。

前日の夜中までずっと書いていたから

休みなのわかってたら寝ていたかった。

午後ゼミに顔を出さなきゃいけないから

アパートに帰るのが面倒で

お昼のパンを片手にブラブラと歩いた。


ここに来る理由。

本当はそれだけじゃない。


彼女がいた。

長い髪を後ろで束ねて

少し汗ばんだ首筋が光っている

スケッチブックを立てたイーゼルを前に腕を組んで

白いシャツとジーンズというスタイルはいつも同じ。

年の頃は…女性の年齢はわからないが

多分30代後半か

ひょっとしたら40代かもしれない

細身だが年を重ねた背中がほんの少し丸くなっている。


僕はいつものように

彼女の斜め後ろのベンチに座って

彼女が描く絵を眺めながらスティックパンをかじる。

別にこれが好きなわけじゃないけど

安いし手軽だし

何しろ片手が空く。

いつもは食べながら読書が日課で

今はこうやって本を膝に置いて彼女と彼女の絵を見てるのにも好都合。


彼女が絵を描きにここきてるのを見かけるようになって1週間くらいか

なんとなく僕も昼休みにここで過ごすようになって。

言葉を交わしたことはないが

こうやって僕がずっと後ろで絵を見てることも

特に気にしていないようだ。

どんな感じなんだろう

こうしてじっと見られてるというのは?

僕は絵が描けないからよくわからないけど

もし自分が書いている時そばに他人が立ってたら

気が散ってしまうんじゃないだろうか。

いやでも、面白いかもしれない

自分の創作をすぐそばで

リアルタイムに誰かに見られるというのも。

ドストエフスキーだっけ
女に口述筆記させて

その女とどうにかなったとかいうのは?




突然彼女が言った

「ねえどう思う」



僕は一瞬虚をつかれ

漂っていたものを掴まれたような

軽い衝撃があって

思わず背がピンと伸びて後ろを振り返った。

誰もいない。


「君に聞いてるの。どう思う?これ、この色でいいかしら」


俺の目をじっと見てる。

日に焼けた化粧っ気のない顔をまともに見たのは初めてかもしれない。

美しい、と素直に僕は思った。

水をぐんぐんと吸って伸びている植物みたい。

でも僕は混乱して何も言えないでいた。


「聞いてる?」


「僕ですか?」


「他に誰がいるのよ。ずっと見てたでしょう?絵が好きなんじゃないの?」



いや別に、と言いかけて

頭の中では

あなたを見ていたんです

と。

でもまぁ、流石にそれはないと思い

結局言ったのは


「青い色が好きです」


別に何を言っても良かったし

彼女は本気でアドバイスが必要なわけではなさそうだったし

口から出まかせ。

僕はこういうところがある。

どうやらいつも

女性が言って欲しいことを

ズバリと言い当てる才能があるらしい。

自慢じゃないけど。



「どこに青があるのよ。私が描いてるのひまわりなんだけど」

彼女はふと笑って

「でもそうよね、青い色が必要だわ」



彼女は少し伸びをして自分の絵を一瞥した後

僕の顔を盗み見た。

まただ。

またこれだ。

その表情は知ってる。

少しうんざりしてあとに続くだろう言葉を僕は待った。



「でももういいわ。今日はやめる。あなた学生さん?」


「はい」


「じゃあ、またね」


そう言って彼女は画材を手際よく片付けてあっさりといなくなってしまった。

へえ。

僕はちょっとがっかり。

がっかりというか…肩透かし。

絶対に誘われると思ってたのに。

そういう感じじゃなかったの今のは。

別にいいけど。


でも僕は

あのとき実際に彼女に絡め取られようとしてたのかもしれない。

結局、ひまわりの咲く公園に通うのをやめられなかったから。

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